第81話 ヴァイオレット・ローズ④
――さてさて。ひとしきりマダムとグラント父様がじゃれ合った(?)後、今度はマダムを筆頭に、私に対する質問会という名の女子トークが始まった。
「へぇ~!じゃあ、エレノアちゃんの婚約者って、グラントとメルヴィルの息子達三人だけなの?ちょっと少なくなぁい?」
「そーよねー!普通、貴族の子女って、婚約者なり恋人なり、もっと沢山いる筈よねぇ?」
不思議そうなマダム達に、私は苦笑する。
「はぁ…。あの…ちょっと事情がありまして…」
というか私、三人だけでもお腹いっぱいなんですけど。転生者として覚醒したばっかの時は、夫は一人でって決めていたぐらいだし。
「そうなんだよー。僕ももうちょっと、エレノアに婚約者か恋人持たせたかったんだけどね」
だから、要りませんてばお父様!
「ふーん。グラント、メルヴィル。ひょっとしてあんたらの息子達って嫉妬深い?」
「おう!めっちゃ嫉妬深いぞ!」
「そうそう。お陰で私達も、エレノアを満足に構えないんだよねー」
…父様方。あんたら息子達をぶちのめしてでも、自分の欲求通しているくせに、何仰ってんでしょうかね?え?あれでも抑えていると?うわぁ…。それ聞いたら兄様方、絶対ブチ切れますよ?
「まあ、一番の原因は、王家対策なんだけどね」
ちょっ…!父様!そんな事、こんな公の場で言って良いんですか?!
「ん?ああ、ここの人達なら大丈夫だよ。物凄く口が堅いから、お客の個人情報を決して漏らしたりはしないし、『誓約』もしているしね」
「『誓約』…ですか?」
「うん。『誓約』っていうのはね…」
父様いわく、『誓約』とは、魔法を介して交わす契約の事で、もしそれを破った場合、破った方にペナルティが課せられるという、厳しいものなのだそうだ。例えば、一生魔法が使えなくなるとか、四肢欠損させるとか、俳人…いや、廃人になるとか…(ひぇぇ!)
ちなみに、バッシュ公爵家の召使達も全員、この『誓約』を交わしているのだそうだ。というか、私が転生者として覚醒してから、自分達から進んで『誓約』を願い出たらしい。んで、その見返りとして、永久雇用を嘆願して来たとかなんとか。…従業員の皆さん。人生の重要決断、それで本当に良いんですか?
「えっ!?王家対策?何それ!?」
ロイヤルの名が出た途端、マダムやオネェ様方の目がキラリと光る。どうやら古今東西、こういうゴシップネタは人心を鷲掴むようだ。
「う~ん…まあ、あんまり詳しくは話せないんだけど…」
そう前置きして、父様がザクッと私がディラン殿下とリアムに気にいられてしまった経緯を説明する。その途中で、なんか小声でこしょこしょとマダムに耳打ちしていたのだが、「えっ!?うそ!第一も…?」「しっ!」という声が漏れ聞こえる。…一体何を話してんだろうか?
「…って訳で、不幸にも王子様方に目を付けられてしまってね。…ほら、王家に目を付けられて妃に…なんて事になったら、王家にエレノア取られちゃうだろ?だから公の場に出してあげる事が出来なくてね。可哀想だけど、王立学院に行く以外、屋敷から殆ど出してあげられてないんだ」
「まぁ…。確かにそれじゃあ、他に男捕まえられないわよねー」
「エレノアちゃん…なんて不憫なっ!こんなに可愛いのに!!」
「他人事なら「なにそれ美味しい!女のロマンだわ~♡」…ってなるけど、こと身内に関わってくると、厄介な話よねぇ…」
「私達も折角出来た可愛い妹を、いくら王子様達とはいえ、取られちゃいたくないしねぇ!」
その場にいた全てのオネェ様方がうんうんと頷いている。あれ?私、いつの間にか、こんなに沢山のオネェ様…もといお姉様が出来ていたらしい。
…うん、なんかちょっと嬉しい。この場にいるオネェ様達は、例え生物学的には男性であっても、心はれっきとした『女性』なのだ。私、この世界で転生者として覚醒してから、周囲に女っ気の欠片もない生活してきたから、こんなに沢山の同性の人達と触れ合えるなんて、凄く嬉しい!なんせ母親とは滅多に会えないし、同性と言えば、何故か敵意を剥き出しにしてくる肉食女子達ばかりだったしね。
「オネェ様方…」
感動して、ウルウルした目でオネェ様方を見つめると、オネェ様方も私に慈愛のこもった眼差しを向け、コクリと頷く。
「そうよねぇ…。私も折角出来た娘を、王家に嫁にやるのは反対だわね!」
おっと、そうそう!第二のお母様も出来たんだった!…あ、アイザック父様が何か言いたそうな顔をしてる。取り敢えず無視しておこう。
「でもさ、王立学院に通ってるって、それじゃあリアム殿下や王家の『影』を通じて、ディラン殿下にすぐバレちゃうんじゃない?あんたらどうやって誤魔化してんの?」
「ああ、それはちょっとした小技を使ってるんだよ!ね、メル」
「うん?あ、そうそう、忘れてた!シャニヴァ王国に行った時、フェリクス王弟殿下から、あのクソガキ…いや、フィンレー殿下がディラン殿下の嫁探索に協力しているって情報を仕入れたから、例の眼鏡を改良したんだった。はい、エレノア」
そう言って、メル父様は懐から眼鏡ケースを取り出した。…ってか何でソレ持って来てんですか?それにメル父様、気のせいか、さっきフィンレー殿下の事、「クソガキ」って言ってませんでしたかね?!
「以前の
そこで私はフィンレー殿下と出逢った時の事を思い出した。確かに彼は希少な『闇』の魔力保持者だ。それにメル父様が警戒している所を見ると、相当腕がたつのだろう。
…しかも、彼は
「有難う御座います、メル父様!」
「いやいや、可愛い娘を守る為だからね」
素直にお礼を言った私の頭を、メル父様は優しく微笑みながら撫でる。そんな時、「そうだ!」と、グラント父様の声が上がった。
「丁度良いじゃねぇか!エレノア、今ここでソレ付けてみな?言葉で説明するより、よっぽど手っ取り早い」
「え?今ここで…ですか?」
グラント父様の提案に、私は思わず顔を顰めた。
だって、こんなキラキラしいオネェ様方の前で、『あの』恰好をご披露しなきゃいけないって、どんな拷問ですか!?きっと絶対、ドン引きされるに決まってるよ。もしくは大爆笑されるか…。うう…どっちもヤだなぁ…。
「あぁら、眼鏡かけるだけ?そんなんで王家対策になるの?」
不思議そうなマダムに、グラント父様が自信満々と言った様子で頷いた。
「ふっふっふ…。まあ、見て見りゃ分かる!ほら、エレノア?」
…どうやら眼鏡をかける選択肢しか、私には無いようだ。
私は覚悟を決めると、溜息交じりに逆メイクアップ眼鏡バージョンⅡをかけた。
するといつもの通り、フワリと風が巻き上がったと思うと、髪が縦ロールへと変わる感触がする。…が、いつもよりもやや、身体が重くなったような…?あ、そうか。多分これ、さっきメル父様が言っていた、完全に魔力の気配を消す為の細工が影響しているんだ。
そして私の姿が完全に、学院仕様となったと同時に、シン…。と、室内が痛いぐらいの静寂に包まれた。私は恥ずかしさのあまり、顔を赤くしながら、思わずちょっと俯き加減になってしまった。が、どうしてもビシバシ視線が刺さってくるのを感じる。うう…痛い。
しかし、覚悟していた笑い声や揶揄いの言葉は、いつまで経ってもやって来ない。その代わりになんか周囲から、どす黒いオーラというか、怒気のようなものが噴出する気配を感じた。
「…アイザック…。グラント…。メルヴィル…。どういう事かしら?これは…?」
マダムの超、ドスの効いた声が静まり返った室内に響き渡る。…あれ?ひょっとして、怒っていらっしゃる?何で?
「え?ど、どういう事って、王家に気が付かれないように、変装を…」
「…まさかと思うけどコレ、リアム殿下と出逢ったっていう、お茶会でもやらかした…?」
「う、うん。あの時は、更に奇抜な全身コーディネートで…。あ、王立学院では、制服はちゃんとした仕様だからね!」
「そうそう、でもそれが却って相乗効果でいい味出してんだよな!」
「ああ。あれは派手に改造しなくて正解だった。眼鏡の効果がより際立ったからな」
なんかドヤ顔で良い仕事したみたいな事言っている父様達に対し、遂にマダムとオネェ様達がブチ切れ、一斉に立ち上がった。
「オラ、ちょっとツラ貸せや!全員こっち来い!!」
そう言うと、マダムとオネェ様方があれよと言う間に父様達の襟首を引っ掴むと、そのまま隣の続き部屋へとズルズル引き摺って行った。
「えっ!?え?ちょっ!?」
「おい、なんだよ一体!?」
「え?私まで?」
そしてパタリと扉が閉じられる。――が、次の瞬間。
「てめぇらー!!なぁに「いい仕事したぜ!」的にドヤってやがる!!こんの虐待クソ野郎共が!!」
マダムの怒声がビリビリとこちらの部屋にまで響き渡り、それに呼応するように、一斉にオネェ様方が参戦する声も響き渡った。
「アイザックー!!てめぇ!子煩悩の風上にも置けねぇわ!!父親失格!!」
「バカバカ!アイザックちゃんのバカ!ちょっと自慢がウザいけど、良いお父さんだって信じてたのに!!」
「ち、ちょっと待ってー!あっ!どこ触ってんだ!うわぁっ!ちょっ、まっ…!いやーっ!!」
「酷い!あんまりだわ!!あんな可愛いエレノアちゃんに、なんてことをっ!この鬼畜!悪魔!!」
「えっ!?ちょっ!ま、待ちなさい君達!」
「こんの、唐変木!!乙女の気持ちを何だと思ってんのよー!!許せない!」
「うわーっ!ちょっと待て!!いてっ!いててっ!!てめぇら!ピンポイントで急所狙ってくんじゃね…いてーっ!!」
…等と、罵倒と、野太い嗚咽交じりの罵り声。あ、この声、マリアンヌオネェ様だ。それに伴奏するようにビシバシと平手打ちの音が響く。あ、ゲシバキと乱闘のような音も響いて来た。…どうやらオネェ様方にとって、私のこの姿は虐待以外のなにものでもなく映ったようだ。
「あ…あの、お嬢様?そのお眼鏡、そろそろ外されては…」
扉の前でオロオロしている私に、控えめな様子でそう進言して来たハリソンさん。でも貴方、口元がピクピクしてますよ?あ、隅に控えている黒服のお兄さん達の肩が震えている。…彼らは多分、マテオと同類の方々だろう。ここらへん、同じ『
「あ…は、はい!」
私はハリソンさんの勧めに従い、眼鏡を外す。…と、ハリソンさんは元の姿に戻った私をマジマジと見つめ、目元を優しく緩めた。
「何と言うか…。元々お可愛らしかったお嬢様のお顔が、更に輝いて見えますね。さ、あちらに座ってジュースでもお召し上がり下さい。大丈夫。心配せずとも、あの方々は殺しても死ぬようなタマではありませんから」
サラッと父様方をディスるハリソンさんに同調するように、黒服のお兄さん達も頷く。何気にこちらも父様方に容赦ないな。…まあでも確かに、父様達なら殺しても死にそうにないけどね。
私は心の底から納得すると、ハリソンさんに促されるまま、再びソファーへと腰かけたのだった。
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おまけの会話
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「あの…。ハリソンさん」
私はこの機会に、ずっと疑問だったことを聞いてみた。
「はい?」
「ハリソンさん達は…その…。うちの父様方だったら、誰が一番好みですか?」
「…そうですね。私はやはり、グラント様ですか」
「あ、私はメルヴィル様ですね」
「私は以前メルヴィル様と一緒に来られた、クロス伯爵家の騎士隊長様が好みです」
「私はグラント様、メルヴィル様、どちらでもいけます!…ですがどちらかと言えば、方々をもう少し年若にした方が…」
…どうやら、こちらの『
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間違いなく、アイザック父様が一番犠牲になっていますね!
そしてやはり、婚約者が少ないと指摘されるエレノアです。
この世界、平均で5人~7人程お相手いるのが普通なのです。
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