第79話 ヴァイオレット・ローズ②
ところで、件の冒険者仲間さん、『
そして、そんな彼らのシンボルこそが、『紫の薔薇』なんだそうだ。
何で紫の薔薇?って、皆に聞いてみたんだけど、ずっと昔から、紫の薔薇って、同性愛者の隠語だったんだそうだ。なんでも、遥か昔に品種改良の結果、紫色の薔薇を作り上げた人が『
まあそんな訳で、彼はグラント父様に譲られた館を使用し『
「あ?いや、あいつ、最初から『女』やってた訳じゃなくて、俺とパーティー組んでた時は普通に男だったぞ?あれだ、あいつがソッチだってカミングアウトしたのは、アイザックに一目惚れした時だったな。いやー、あんときゃマジでビビったぜ!」
思わずアイザック父様に顔を向けると「エレノア!僕はちゃんとお断りしたから!」と必死な形相で言い訳してきた。いや、そうでしょうとも。そうじゃなければ私、生まれてないですし。
んで、アイザック父様にフラれて傷心な彼は、これを機会に冒険者を引退し、本格的にソッチの世界で生きていこうと決意したのだそうだ。
ちなみにグラント父様は彼…いや、彼女的には『趣味じゃない』んだそうで、お陰で今迄ずっと、普通に友人関係を維持しているのだそうだ。あ、ちなみにメル父様も『範疇外』なんだって。
全員が全員じゃないんだろうけど、オネェ様系の『
…あれ?ちょっと待って。じゃあなんでアイザック父様、私達と同行しようとしてるんだろう?彼…いや、彼女もフラれた相手に会うのは嫌じゃないのかな?と思ったんだけど、未練をいつまでも引き摺る『
アイザック父様はグラント父様同様、夜会とかで肉食女子に絡まれるのが嫌で、ここの常連になっちゃったんだそうだ。でも来る度娘自慢をしまくるので、遂に出入り禁止一歩手前になっていると…。父様…あんたって人は…。
ともかく、今私の目の前には夜の蝶…もとい、オネェ様方がズラリと勢揃いしている。本当に、だれもかれもがもの凄く綺麗でキラキラしい。
勿論、その中には「あれっ?」って感じのオネェ様方もいる。…前世のテレビなどでよく見た、いわゆる、ガチムチ系の正統派(?)オネェ様だ。
まあ、そういう人達がいてもおかしくはない。だってこの国の男性達は総じて美形揃いだけど、美形にも種類があるからだ。いわゆる、兄様方や父様方のような、耽美系美形と、ルーベンやジョゼフ等と言った、男性的魅力に溢れた美形…って感じに。
だから男性的な容姿や体型をしていれば、どんなに心が女性らしくても、着飾れば着飾る程、寧ろガチムチ系な見た目が強調されてしまうのだ。彼女らにしてみれば割り切らざるを得ないけど、やるせないことだろう。
そしてやはりというか、オネェ様方は皆、微笑んではいるものの、目が微妙に笑っていない。敵意…とまではいかないけど、やはり私に対して警戒感は持っているっぽい。
――まあでもそれは、仕方が無い事だと思う。
前世の世界と違い、いくら彼女らが市民権を得ていたとしても、やはりマイノリティゆえの苦労もあるだろうし、マテオと肉食系女子達のやり取り見てると分かるけど、女性達の『
きっと彼ら…いや、彼女らも嫌な思いを沢山してきたんだろうし、『女』と言うだけでもてはやされている女性達に対し、色々思う所があるに違いない。それにここは、彼女らの聖域なのだ。むしろ女である私を、ここに招き入れてくれた事自体が奇跡的なのだ。
「…あ…あの…」
私は勇気を振り絞ると、そんな『彼女』らを真っすぐ見つめた。
「エレノア・バッシュです。このたびは、私がこの場に来る事を許可して頂き、有難う御座います!心からお礼を申し上げます!」
そう言って、ペコリとお辞儀をした瞬間、微妙に漂っていた緊張感が、一気に緩んだのを感じた。
「ふぅん…。ひとまず、合格ね…」
「はい?」と顔を上げると、こちらを興味深そうに見つめるマダムと、ドヤ顔のグラント父様、アイザック父様がいた。…って、あれ?メル父様は?
「メルヴィルなら、あっちでもう盛り上がっているわよ」
そう言われて指差された方向を見てみれば、テーブル席で綺麗どころに囲まれ、優雅にワインを傾けているメル父様の姿があった。…メル父様。相変わらずフリーダムですね!
「ほらな!言った通りだろうが!俺らの娘は超絶可愛くて良い子なんだからよ!」
「はぁ…。ここ最近、あんたもアイザックに感化されたか脳がやられたか、いきなり娘バカになっちゃってたからね。ぶっちゃけ、あんたもアイザック同様、出禁リストに入れる寸前だったのよ?」
「げっ!マジか!?」
…グラント父様…。アイザック父様といい、二人揃って何やってんですか!?
「まあねぇ、立ち話もなんだから、取り敢えず座りましょ。ああ、まだ名前を言ってなかったわね。私の名前はメイデン。マダム・メイデンと呼んで頂戴」
「は、はい!宜しくお願いします、マダム・メイデン」
ちょっと緊張気味に返事をした私に、マダムは綺麗な鳶色の瞳を細めた。
「ふふ…そんなに緊張しないで?カチコチしてたら、折角の可愛いお顔が台無しよ?」
「え?か、可愛いって…そんな事…」
この世界の男性達って、基本女性よりも綺麗な人が多い。そんな彼ら…もとい、彼女らは、その美貌を更に磨き上げているのだ。兄様方や父様方とは、また違った意味で目潰し攻撃的にキラキラしい。だから人種は違えど、こんな綺麗な人に可愛いなんて言われてもなぁ…。あ!成程、営業トークか!それなら納得。
「あら?自分が可愛いって言われたのが意外?ひょっとしてお世辞だって思ってる?」
ズバッと言いあてられ、「そうです」とも言えずに戸惑う私に、マダムが呆れ顔になった。
「心外ねぇ。悪いけど私、女をおだてる趣味なんて無くてよ?可愛いから可愛いって言ったの。ただそれだけよ」
「え?そ…で、でも…」
わたわたしてしまった私の態度に、マダムはなんだか呆れ顔をしながら父様方を横目で睨みつける。
「ちょっとアイザック、グラント。あんたら私に散々娘自慢しといて、一体この子にどういう教育してんのよ!?ひょっとして虐待してんじゃないでしょうね?!ってか、この子本当に女?私の知ってる女のカテゴリーに全く当てはまらないんだけど。ひょっとして女の皮を被った何か?」
…お…女の皮を被った何かって…。なんかもの凄い言われようだな。
「おいおい、女の皮被ったって、お前それ自己紹介かよ?ライナー」
「うっせーわ!てめぇグラント!本名言ってんじゃねぇよ!ぶっ潰すぞ!?」
「メイデン!戻ってる!戻ってるから!」
「あぁら!嫌だわ私ったら!ごめんなさいねぇ~エレノアちゃん」
「い、いえ…」
アイザック父様の指摘に、ライナーさん…もといマダムは、コロッと妖艶な熟女の顏に戻った。う~ん、しかしやっぱり男の人だったんだな…。声なんかめっちゃドス効いていたし。ちょっとビビった。
「まあ、話を元に戻すけど、何でこの子こんなに自分に自信ないのよ?この子よりも、よっぽどブスな女でさえ、無駄に自分に自信持ってるってのに。そもそも女ってだけで、蝶よ花よでちやほやされるから、己を知らない、発情期の雌猿みたいなのが大量生産されんのよねぇ…。あれって本当、何とかなんないのかしら?」
おおっと!オネェ様の女ディスりトーク炸裂!流石は女の仇敵と言われる『
「メイデン!僕もみんなも、こんなに可愛くて素直で天使なエレノアの事、虐待なんてする訳ないだろ!?むしろそんな輩がいたら、ありとあらゆる拷問の果て、八つ裂きにした挙句に骨の一欠けらも残さず燃やし尽くしてやるから!」
「おお!よくぞ言ったアイザック!でもよ、いっそ氷漬けにしてクラッシュしちまった方が早いんじゃねぇか?」
「あんたら…。こんな所で何楽しそうに殺人計画練ってるのよ?!」
全くもって、マダムの言う通りです。父様方…愛が重い!重いですよ!!
「ああ、それは楽しそうだ。私も是非参加させてもらうよ。特に拷問のトコ」
メル父様!にこやかに参戦しないで!周囲のオネェ様方、ドン引きしているから!!
父親達の物騒な会話に、オロオロしているエレノアを、メイデンは興味深そうに観察していた。
『…ふ~ん…。本当、変わった子ね…』
元から娘バカだったアイザックの話は差し引くとして、グラントやメルヴィルまでもが自慢をする娘とは、一体どんな子なのかと興味を持ち、ここに足を踏み入れる事を許可したのだが…。確かに普通の女とは違っているようだ。
豊かに波打つ、ヘーゼルブロンド。インペリアルトパーズのようにキラキラした大きな瞳。バラ色の頬とぷっくりした桜色の唇。…ハッキリ言って、そんじょそこらの雌猿では太刀打ちできないぐらいに可愛らしい容姿をしている。
普通の女だったら、それを鼻にかけて女王然と振舞うだろうに、この目の前の少女には、そういった高慢な態度が一切見られない。それどころかむしろ、どこか自分に対して自信なさげな印象を受けるのだ。
しかも自分達が元・男であった事を知っているだろうに、興味深そうにしているものの、表情にも態度にも、嫌悪感や侮蔑の色は一切感じられない。いや、それどころかむしろ、憧憬に近い眼差しをこちらに向けてくるのだ。本当にこの子は女の子なのだろうか?女装した男の娘?…いや、ひん剥いて確認するまでもなく、それはないだろう。
そう言えば、バッシュ公爵家繋がりで親しくなった同類のデザイナーに、エレノアの人となりをそれとなく聞いてみた事があったのだが、「ああ、エレノアちゃん?良い子よ~♡」としか返って来なかった。
まあ、公爵家お抱えのデザイナーだから守秘義務があるのだろうし、上得意の娘の悪口など言える訳がないかと思っていたのだが…。その娘がうちに来店する事になった途端、たまたま来店していたそのデザイナーは、アイザックに負けず劣らずの弾丸トークで、エレノアの事を褒めちぎりまくっていったのだ。
「いやほんと、ぶっちゃけあたしがノンケだったら、ぜーったい嫁に貰っちゃってたぐらいにイイ子よ~♡また、あの子のお兄ちゃん達がバカいい男達でさぁ!も~、採寸のついでに、あちこち触りまくりよ!嫌そうに耐えている姿がまたそそるのよねぇ…♡♡」
…後半、娘の婚約者達へのセクハラ発言に移行していたが、あの究極の女嫌いが…と、正直あれには面食らったものだった。
『
ただ気になるのはやはり、エレノアの態度だ。どう見ても周囲に心から愛され、大切にされているようなのに、この自信の無さは一体何故なのだろうか?
「おい、メイデン。取り敢えずエレノアになんか飲ませてやってくれ」
「あ、ああそうね、御免なさい。ちょっと!誰かワイン三つ持って来てくれる?15年ものの…そうね、色はロゼで。それとジュースも忘れないようにね」
ふと、視線を感じて目をそちらにやると、エレノアが何やらキラキラした目でこちらを見ている。条件反射でニッコリ微笑んでやれば、ボッと顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
『あらやだ。ちょっと…可愛いじゃない…!?』
思いがけないエレノアの反応に、思わず頬が緩んでしまい、そんな自分に愕然とする。まさか女を『可愛い』なんて思う日が来ようとは…。
「お待たせしましたマダム。それと…エレノア…ちゃん?はい、ノンアルコールのカクテルよ」
『あら、ちょっとヤダ!』
飲み物を持って来たのは、よりにもよって、この店一番ガタイの良い
『さ、流石のエレノアちゃんも、引くんじゃないかしら?』
メイデンはそう思いながら、心配そうにエレノア達の様子を伺う。
こう見えて、所作も心根も一番女らしく優しい子なのである。見かけの所為で、周囲…特に身内からだいぶ辛い目に遭ったと聞いている。もしエレノアが嫌悪感や拒絶反応を見せたら、要らない傷を増やしてしまうのではないだろうか。
だがメイデンの心配を他所に、エレノアは一瞬きょとんとした後、ニッコリ微笑んだ。
「有難う御座います、オネェ様!」
その瞬間、グラスを渡していた
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アイザック父様、まさかのモテですv
そして無意識タラシの本領発揮!どうやらオネェ様方にも効果てきめんの様子です。
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