第78話 ヴァイオレット・ローズ①

夜の帳が落ちた、王都郊外の外れに佇む古い館。


以前は名のある貴族が所有する物件だったそうなのだが、諸事情で手放され、今現在は人気も無い状態でひっそりと佇んでいる…という事になっている。そう、昼間だけは。


夕暮れ時になると、夜の匂いを感じ取るがごとく、あちらこちらに設置されたランプが自動的に点灯し、鄙びた館に幻想的な雰囲気を与える。そしてそのランプの色は紫。


闇夜に浮かぶ紫のランプが、館全体に絡まる様に生えている蔦の間に浮かび上がる事で、まるで館全体に紫の薔薇が咲いているようだと噂され、いつしかその館は『紫の薔薇の館ヴァイオレットローズ』と言われるようになったという。


…尤も、実は『紫の薔薇』と名が付く時点で、どのような場所でどんな人が集う場所なのか、分かる人にはちゃんと分かっていたようだ。


ちなみに『紫の薔薇の館ヴァイオレットローズ』には、毎夜目立たぬように装飾を施された沢山の馬車が訪れているのだが、今夜ここにやって来たのは、簡素な漆黒色の馬車1つだけだった。


そこから降りて来たのは、すっぽりとローブを被った、男3人と、その内の一人に抱えられているのは子供…であろうか。こちらもやはり、すっぽりと全身を覆うローブに身を包んでいた。





「…グラント父様。凄く趣のあるお館ですね!」


「あー、そうだろ!冒険者やってた時は、煩いのに見付からない絶好の隠れ家ってヤツで、ここでよく寝泊りしていたもんだぜ!」


「そうなんだよね。そんなに気に入ったんならって、グラント名義にしてあげたんだけど、いつの間にか別の奴に名義変更していてさぁ…。全く、知り合いだったから良かったけど、せめて一言欲しかったよね!」


――ここまでの会話で分かる様に、『諸事情で手放された、名のある貴族の館』とは、ようはバッシュ公爵家所有の館をグラントに譲渡し、そんでもって、いつのまにやら所有者がグラントから別の者へと変わっていたと、そういうだけの話しであった。


「まあ、そう言うなアイザック。こいつが常識外れなのはいつもの事だ。…まあ、流石の私も、この館がになっていたのは、正直驚いたけどね」


「メル、お前だってそう言いながら、ちょくちょく遊びに来てんだろ?」


「まあね。ここ、個室もあるから、息抜きには丁度良くて。っていうか、アイザックだってたまに利用しているって、あいつから聞いたぞ?そうそう、こないだは「あんまりにも娘自慢がウザいから、そろそろ出禁にしようかな」ってぼやいていたっけな」


「えっ!そんな事になってたんだ!」


「私がとりなしてやったから、かろうじて首の皮一枚で繋がってるがね」


「あー、そんじゃあ丁度良かったじゃん!当の「自慢の元」を見りゃ、出禁も永久解除になんだろ!」


――…父様…。いつでもどこででも、娘自慢をするのはいい加減止めようか?こっちがいたたまれませんっての!まったくもう!


ともかく、小声でそんな事を話し合いながら館の扉の前に辿り着りつくと、グラント父様はノッカーを打ち鳴らした。というか、ノッカーの形も薔薇でしたよ。芸が細かい。


「…あの、父様方。女の私がこのような場所に来て良いのでしょうか?…だってここ…」


「あー、平気平気!お前だったら絶対大丈夫だから!」


カラカラ笑って親指を立てるグラント父様に、他二人が同意とばかりに頷く。う~ん…。こと私に関しては、三人が三人とももれなく娘バカに成り下がってくれるので、いまいち信用出来ない…。まあでも、ここまで来たんだし、私も行きたかったし…。腹くくりますか!


やがて、重厚な造りのドアが音も無く開いたと思ったら、ナイスミドルなバトラーが現れ、私達に対して深々と頭を下げた。


「おう!ハリソン。久し振りだな!」


「グラント様、ようこそいらっしゃいました。他の皆様もどうぞこちらに。マダムが中でお待ちです」


そう言うと、ハリソンと呼ばれた男性は私達に背を向け、屋敷の中へと進んでいく。私達も屋敷の中に入ると、あちらこちらに灯る紫色のランプに照らされた薄暗いお屋敷の中を、彼について歩いて行った。


やがて、ある部屋の扉の前に辿り着くと、ハリソンは2回ドアをノックした。すると中からドアが開かれ、ハリソンよりも若い、召使風の男達…いや『黒服』達が、扉の両脇に控え、深々と私達に対して頭を下げた。


グラント父様は私を抱えたまま、勝手知ったるといった風に、豪華な絨毯が敷き詰められた部屋の中へと足を踏み入れる。するとそこには、外の薄暗さとは無縁とばかりに、豪華なシャンデリアに照られた眩いばかりの空間が広がっていたのだった。


一目で高価と知れる、上品で豪華な装飾がふんだんに施された室内には、オーク素材のような重厚な造りのローテーブルとソファーが幾つも設置され、高価そうなワインボトルが所狭しと並ぶカウンター席まであり、まるで超高級な銀座のナイトクラブのようだ。


そして、あちらこちらに飾られている、匂い立つ薔薇の香りに負けない程、豪華なドレスに身を包んだ『美女』達が、あちらこちらで優雅に微笑んでいる。


そのあまりのキラキラしさに、思わずポカンと口を開け、目が釘付けになっていた私に向かって、紫色の豊かな髪を緩くまとめ上げ、上品な黒いシルクのドレスを纏った、妖艶な熟女が歩み寄って来た。


「『紫の薔薇ヴァイオレット・ローズ』にようこそ、小さな淑女ちゃん」


そう言うと、泣きホクロが特徴の垂れ目がちな瞳を細めた妖艶な『オネェ様』は、私に対し、極上の微笑みを浮かべたのだった。







オリヴァー兄様が予想していたちょうどその日に、父様方は無事、バッシュ公爵家に戻って来た。…のだが、果たして無事と言っていいものか、ちょっと判断を迷った。


だって、アイザック父様は、ゲッソリと疲労困憊って顏しているし、メル父様とグラント父様は超絶不機嫌そうだったんだもん。


アイザック父様のお疲れ顔は割とよく見るけど、メル父様とグラント父様は、疲れた顔も不機嫌そうな様子も滅多に見せず、いつも朗らかに飄々としているイメージだったから、真面目にビックリした。


「と、父様方!お帰りなさい!」


取り敢えずビビりつつも、精一杯の笑顔を浮かべ、父様方に飛びついた。


「ただいまエレノア!…ああっ!癒されるっ!!やっぱり僕の天使は世界一可愛い!!」


と、父様…。小さな子供みたいに、ブンブン振り回すの止めて下さい!酔います!!


「私の可愛いエレノア…!よく顔を見せておくれ。…うん…ほんっとーに癒されるな!!」


メ…メル父様ー!!どアップやめて!お疲れ顔の所為か、いつも以上にアンニュイな色気だだ洩れです!!最近やっと強くなった鼻腔内毛細血管が崩壊してしまいますから!!


「会いたかったぞエレノア!!…っくー!!激可愛い!マジ癒される!!もう今日は一日、こうして抱き締めていてぇ!!」


いやぁぁぁ!!本当にぎゅうぎゅうに抱き締められてますよ!!し、しかもグラント父様ってば、脳筋のくせに、絶妙な力加減!まさか父様…タラシか!?タラシなんですね!?いけません!一日こんなんされていたら、私の心臓真面目に止まります!!


そんな私の心の絶叫を他所に、三者三様、それぞれが「可愛い」だの「癒される!」だのを言いながら、互いに奪い合うように、私を抱き締めたり頬ずりしたり、頬にキスをしたりしてくる。…父様達、真面目に大丈夫だろうか?お仕事、そんなに辛かったのかな?


しかも、普段だったらこういう状況になると、青筋浮かべた兄様方が、父様方から私を取り返そうとするんだけど、常にない父様方の様子にビビっているのか、珍しく二の足を踏んでいる状態だ。召使達も皆、呆気に取られて私達を見ている。


「父様方…お仕事大変だったのですね。本当に、お疲れ様です」


そう言って、お疲れさまの気持ちを込めて父様達の頬にキスをしたら、三人揃って私の奪い合いが激化した。そこで流石にキレた兄様方が、父様方から私を奪還しました。ふぅ…やれやれ。


――だが、騒動はここで終わらなかった。


案の定と言うか、グラント父様とメル父様は、兄様方が自分達抜きで誕生日会を開いたと聞かされ、大激怒したのだった。


「オリヴァー、クライヴ…。やりたくもない外交で疲弊し切って帰った父達に対し、よくもそういう情け知らずな事を…!」


「お前らー!!俺達から、ドレスアップしたエレノアを愛でる、絶好の機会を奪いやがってー!!」


…等と、訳の分からない恨み節を炸裂させた挙句、「これが俺(私)の誕生日プレゼントだ。有難く受け取るように!」と、技術指導と称し、オリヴァー兄様とクライヴ兄様をフルボッコにしてしまったのだ。


――え?何でお前止めなかったんだよって?そんな無茶、言わんで欲しい。


あんなブチ切れした父様方を、誰が止められると言うんだ!?実際、アイザック父様やセドリックが仲裁に入ったんだけど、二人ともガン無視された挙句「じゃあお前ら、一緒に特訓受けるか?」って言われて、あえなく撤収。そりゃそうだ。誰だって命は惜しい。


そんな訳で、骨は折れていないものの、ズタボロ状態にされてしまった兄様方の治療をセドリックと必死にやりましたよ。


兄様方、まともに起き上がる事も出来ない状態ながら、「いつか殺す…!」と呪詛を吐いていた。どうやらフルボッコにされても心は折れていなかったようだ。よかったよかった。


勿論、兄様方をこんなにしたのはやり過ぎだって、後で散々父様方に抗議しましたけどね。


「今度こんな事したら、父様方を嫌いになります!」って言ったのが余程ショックだったのか、メル父様とグラント父様、ちょっとしょんぼりしていた。(逆に兄様方は喜色満面になっていた)


まあでも、結局怒りが収まらなかったのか、グラント父様が「んじゃ、後はエレノアとデートする事でチャラにしてやる。エレノアだって、たまにはどっかに行きたいだろ?」と言い放ったのだ。


勿論、兄様方は「何バカ言ってんだ!」って大反対したんだけど「んじゃ、お前らも来るか?俺達は構わないが?」と行き先を告げると、途端兄様方は青褪めて何も言わなくなった。アイザック父様だけは「エレノアの教育上、あそこに行って果たしていいものか…」と悩んでいたが、当の私が興味津々で「行きたいです!」と告げると、自分も一緒に行く事で了解してくれたのだった。




「それにしても、エレノアが行きたいって言ったのには驚いたな。普通のご令嬢にとって『彼女ら』は、不倶戴天の仇のようなものだからね」


「ここではそうでしょうけど、私の元いた世界では、『彼女達』に憧れたり、友達になりたがる女子って結構いたんですよ。それに私もお酒が飲める年になったら、そういうお店に遊びに行くのが夢だったんです!」


「…もっと違う夢を持った方が良いと思う…」


「エレノアのいた世界の女性達って一体…」


「所変われば…ってヤツだな。にしても、女が男女の店に行きたがるなんてなぁ…」


――三者三様のご感想、有難う御座います。


そう。何を隠そう、グラント父様方が私とのデート先に決めたのは、所謂前世で『オカマバー』と言われていた場所なのである。


なんでも、そこを経営しているマダムが、グラント父様が昔パーティーを組んでいた冒険者仲間で、引退した時にグラント父様が餞別として、所有していたこの館を譲ったのだそうだ。


余談だが、オリヴァー兄様とクライヴ兄様、まだ十代前半の頃に一度父様方に連れていかれた事があるらしいんだけど、軽くトラウマになってしまい、もう二度と行きたくないんだそうだ。成程、だから父様方、私とのデートに兄様方がついて来ないように、わざと行き先ここにしたんだな。


それにしても、幼い息子達をそんな所に連れて行く父様方も父様方だが、兄様方が負わされたトラウマの中身も、微妙に気になってしまった。聞いてみたけど、頑として口を割ろうとしなかったのが、更に興味をそそる。後で父様方に聞いてみようかな?…なんて考えていたら、オリヴァー兄様がニッコリと、実にいい笑顔で微笑んだ。


「…エレノア…。分かっていると思うけど、余計な詮索はしないように…」


「はいっ!何も聞かないし、知ろうとしません!」


勘の良いオリヴァー兄様の圧の恐ろしさに、私は瞬時に屈した。


「よろしい。…あと、くれぐれもはしゃぎ過ぎないようにね?それと、苛められたらすぐ逃げるんだよ?!父上達だけだと面白がって、絶対助けてくれないからね!!」


「は、はい…」


…あの時のオリヴァー兄様の顏、滅茶苦茶真剣だった。ひょっとして兄様、ここで苛められた事があるのかな?そして間違いなく、父様方に見捨てられたんだな。なんて哀れな…。


そう言えば、セドリックも一応誘ってみたんだけど、「ううん、遠慮しておく!」って、即効で拒否された。…うん、確かにセドリックだと、トラウマどころの騒ぎじゃなくなりそうだもんね。お留守番決定は正しいと思う。…新たな扉を開かれたりしたらやだしね。


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今回は父様方&エレノアで、第三勢力の牙城に乗り込みです!

やはりというか、お仕事帰りの父様方。ストレスが凄い事になってますねv

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