第77話 ピクニックと不穏な国

「やあ、みんな。お疲れ様」


「オリヴァー兄様!」


「オリヴァー?お前、どうしたんだ?」


「どうしたも何も、もうお昼を過ぎているのに中々戻って来ないからさ。じゃあ折角だし、外で食べようかと色々用意させたんだ。天気も良いしね」


そう言ったオリヴァー兄様の後ろでは、お花畑に近い木陰に、ブランケットを敷いたり、設置した簡易テーブルに食べ物や飲み物をサーブしている召使達の姿があった。


「エレノアが楽しみにしていた外出も当分お預けだし、ここで食べれば、ピクニック気分になれるだろう?」


「オリヴァー兄様…!」


確かに。このバッシュ公爵邸の敷地面積、東京ドーム何個分よ!?ってぐらいにばか広い。裏手の方なんて、ちょっとした湖付きの森と言うか林まであるぐらいなのだ。そう考えたら確かに、ここの方が下手な公園とかよりもピクニック気分を味わえそうだよね。


「…でも、その前に…」


「え?」


今迄ニコニコしていたオリヴァー兄様の笑顔が、スン…と、アルカイックスマイルへと変わる。…あれ?どうしたんでしょうか兄様…?


「エレノア。ちょーっと、そこに座ろうか。…え?今動けない?そう。じゃあセドリック、取り敢えずお前の魔力でエレノアを復活させてあげてくれる?起き上がれる程度でいいから」


「え?あ…あの…オリヴァー兄様?」


「ちなみにエレノア。僕は別に小さい方が好みって訳ではないからね?」


「はいっ?!」


ザーッと顔から血の気が引いた。…オ、オリヴァー兄様…!何でその事を…!?あっ!兄様の後方にウィルが!犯人はお前かーっ!…って、ちょっと!何、目を逸らしてるんだ!こっちを向け、卑怯者めが!!


「エレノア…ごめんね?」


セ、セドリック!?その謝罪は何かな?あっ、手からほわほわと温かい魔力が流れ込んでくる!おかげでどんどん身体が楽になってくる…のはいいんだけど。ストップ!セドリック、もういいから!セドリックも修行で疲れているだろうし、今は復活したくないから!え?諦めろって?だって、オリヴァー兄様の笑顔、超恐いんだよー!


「うん、もうそれでいいかな?…それじゃあエレノア、そこに座りなさい」


…青筋を浮かべた、アルカイックスマイルなオリヴァー兄様…めっちゃ恐い…。


私はプルプル震えながら、大人しくオリヴァー兄様の真正面に正座した。あまりに恐ろしくて、顔が上げられない。


「…で、最初に聞いておきたいんだけど」


「は…はい…」


「エレノアは何で、僕が…いわゆる、スレンダーな体型が好みだって思ったわけ?」


スレンダー?ああ、貧乳とは言いたくなかったんですね兄様。


「そ…それは…。…何となく、兄様のイメージというか…見た目で…?」


シン…とその場の空気が凍った。その中で「おい…じゃあ俺のイメージって一体…」とのクライヴ兄様の呟きが聞こえた気がしたが、今現在、オリヴァー兄様の圧が恐くてそれどころではない。


「…へぇ…。エレノアにとって、僕ってどういうイメージなんだろうね?是非とも聞いてみたいなぁ…」


そう言われても、フィーリングで…としか言いようがない!でも言ったら更に怒りそうだし…。


「…あ…あの…。御免なさい。ひょっとして兄様…逆でしたか?」


一応、淑女の嗜みとして『巨乳派』とは口にしないでおいた。…のだが、ブチッと何かが切れる音が聞こえた(ような気がした)


「エレノア――ッ!!!」


オリヴァー兄様の怒鳴り声が、庭園全体に響き渡る。

その後、実に30分もの間、私は荒ぶる兄様から雷を落とされ続けたのだった。







オリヴァー兄様に正座させられ、めっちゃ怒られまくった後、足の痺れで再び動けなくなった私は、またしてもセドリックの土魔法で治してもらった。


そんなこんなでちょっとトラブルがあったけど、無事(ではないけど)ピクニック風のランチタイム突入である。オリヴァー兄様も、散々怒鳴ってスッキリしたのか、いつもの穏やかさを取り戻している。…本当に良かった。


用意してからちょっと時間が経っちゃったけど、冷めても美味しい料理ばかりだから問題はない。…うん、このフワフワ卵サンド美味しい!あっ!セドリックが作ったクロワッサンを使ったアボカドサンドもある!冷製スープも美味しい!ああ…幸せ。


「エレノアは本当に美味しそうに食べるよね」


私の食べっぷりに目を細めるセドリックに、私は口一杯頬張ったパストラミサンドを飲み下しながら、コクコクと頷いた。


「だって実際美味しいし!特にセドリックの作ったパンが凄く美味しい!」


「有難うエレノア。勿論、デザートも作っておいたから。楽しみにしてて」


「うん!何があるんだろう。凄く楽しみ!」


「楽しみなのは良いが、あんまり食い過ぎると太るぞ?」


「クライヴ兄様の地獄の特訓で消耗した分だからいいんです!」


「だったら、そもそも怒られるような事すんな!」


そんな微笑ましいやり取りを目を細めて見守っていたオリヴァーが、おもむろに口を開く。


「エレノア。公爵様と父上達、明々後日には帰ってくるそうだよ」


「え?父様方が!?」


「うん。魔法通信で、そう連絡があったんだよ。なんでも今日中には船に乗る予定だって」


オリヴァー兄様から、父様方が帰国する旨を伝えられた私は驚きを隠せない。だって確か父様方がシャニヴァ王国に向かったのって、3日前だったよね?折角何日もかけて訪れた国なんだから、普通もっと滞在するもんじゃないのかな?明々後日って、ほぼトンボ返りじゃない?


「元々、友好国でもないし、様子見で行っただけだからね。…まあ、確かに滞在期間が短すぎるのはちょっと引っかかるけど…」


「でも、父様方が元気そうで良かったです!」


取り敢えず、ドンパチせずに帰って来られて本当に良かった。そりゃあ、父様方の強さは知っているけど、やっぱり心配だったんだよね。


「早く父様方にお会いして、お土産話お聞きしたいです!」


特に、どんなモフモフがいたかが凄く聞きたい。ネコミミとか、うさ耳とかいたのかな?まるっと獣の見た目なのかとか、それも気になる。


「そうか?俺達はあんまり早く会いたくねぇがな」


クライヴ兄様が、げんなりとした顔をしている。そりゃそうか。誕生日会を先倒しした事、絶対怒られそうだもんね。


「エレノアは獣人に興味深々だね。前世でも獣人っていたの?」


「えっと…。前世では人族以外いませんでしたので…」


その代わり、映画やら小説やら漫画やらには、山程出てきたけどね。なんなら獣人を模したバニーガールとかネコミミ娘とかもいました…とは、流石に言えないけど。


「でも、これを機会に国交を結ぶ事が出来たら素敵ですよね!」


「うん、そうだね」


晴れ渡る青空の下、気持ちの良い爽やかな風に吹かれながら、私は再び、美味しいランチを口一杯に頬張ったのだった。





◇◇◇◇





「それでは国王陛下、我々はこれにて失礼致します」


フェリクスが深くお辞儀をすると、高御座に座し、国王と呼ばれた精悍な風貌を持つ男は、眉間に皺を寄せる。その耳は、真白い狼の耳が生えており、同じく純白の長い尾が、座る椅子からふさりと床に向かって垂れている。


ここ、獣人王国シャニヴァを治める国王は、狼の獣人であった。そしてその横には、王妃である狐の獣人が、豊満な胸元をこれでもかと強調させた豪奢な服を身に着け、艶やかに微笑んでいた。


「本当に、発つのか?一回ぐらいは宴に出ても良かろうに」


「いえ、お心遣いは有難く受け取りますが、こちらにお伺いしましたのも急でした。それゆえ、これ以上のご迷惑をお掛けする訳にはまいりません」


「そうか?宴ごとき、こちらはたいした用意もいらぬのだが…。では、受け入れの件は頼んだぞ」


「ええ。こちらも楽しみにしておりますよ。…では一ヵ月後に。お待ちしております」


フワリ、と優雅にローブを翻し、お供である将軍一人のみを従えた第三王弟フェリクスが、その場を後にする。


その優雅かつ、大変に見目麗しい姿に、その場に居た女達は一様にホゥ…と溜息を洩らし、男達は苦々しい表情で目の前を通り過ぎる男を睨み付ける。そこにはこれから友好国になり得るかもしれぬ、他国の王族に対する敬意は微塵も見られなかった。


しかし、更に女達の視線を釘付けにしたのは、王弟の護衛として付き従っている男だ。


『ドラゴン殺し』と世に名高き英雄。その威風堂々とした態度。輝く様な銀糸と切れ長なアイスブルーの瞳。加えて野性味溢れる精悍な美貌は、その場の全ての女達に感嘆の溜息をつかせたのだった。


やがて完全にフェリクス達の姿が見えなくなった所で、国王は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「何とも弱そうな奴らだ。気配にまるで覇気がない。アルバ王国の男達は、見目麗しい姿だけが取り柄の優男…という噂は、どうやら本当のようだな」


国王の傍に控えていた、身の丈2mはあろうかという、虎の獣人が、同意するように深く頷く。


「まさにその通りですな!あの同行していた将軍…。世に名高き『ドラゴン殺しの英雄』との事ですが、私の放つ威圧をまるで感じ取っていなかった様子。脆弱な人の世界の定義での英雄など、たかが知れております」


「そうよな将軍。さしずめ火吹きトカゲを討伐して、ドラゴン殺しなどとホラを吹いておるのだろうよ。なあ?」


その場に集った臣下や軍人が、一斉に嗤いだした。


「そも人間とは、数少ない女に選ばれる為に、美しさのみ磨き上げる事に心血を注いでいると聞く。あの者達の国『アルバ王国』では、特にそれが顕著であると」


「まあ!ではあの国では、男達は皆、あのように美しい者達ばかりという事なのですか?!」


嬉しそうな王妃の声に、国王は頷く。


「ああ。ほぼ全ての男が、それなりのレベルだと報告では上がっている。…最も女の質は甚だ平凡だそうだ。我が国の女達と違ってな」


そう言うと、国王は自分の肩に置かれた王妃の手を愛し気に撫で上げた。


――獣人の世界における価値とは、すなわち『強さ』である。


見目が麗しいだけの優男など、この国では奴隷よりも価値が低い。そしてそれは必然、女にも適用される。強く、美しくなければ、上位種の男に見初められたりはしないのだ。


王妃は、自分の手を撫でる国王の手を両手で恭しく持ち、唇を押し当てる。


「…でも、そんな強くも美しくもない女達が、あのような美男に傅かれているかと思うと、わたくしとても不快な気分になりますわ!」


「まあ、そう言うな。男だろうが女だろうが、顔だけだろうが凡庸だろうが、『人間』というだけで使い道があるのだからな」


スウッと、国王の瞳孔が細くなり、獰猛な野獣のような表情を浮かべ、嗤う。


「ふふ…そうですわね。ところで、皇太子と同行する娘達は?どの子を行かせましょうや?」


「レナーニャ ロジェ ジェンダ…あたりが良かろう。あれらは我が子らの中で一、二を争う程強く、美しい。程度の低い女を見慣れた男共なら、すぐに虜にしてしまうだろうよ。上手くすれば、幾人か優良な子種どもを連れて帰って来るやもしれんぞ?」


「まあ、素敵!そうね…。出来ればとびきり見目の良い男が良いわ!よくよく言い含めておかなくては!…ああ…楽しみだわぁ…」


ウットリと、舌なめずりをするように、蠱惑的な赤い唇を舌でチロリと舐め上げる王妃からは、滴り落ちる程の『女』の欲が滲み出ていて、周囲に控えていた兵士達や将軍の喉がゴクリと鳴った。


「そうだな。お前も楽しみだろう?なあ、ヴェイン」


「はい。父上」


玉座の奥から姿を現した、狼の耳と尾を持つ少年に声をかけ、国王は嗤い続けたのだった


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オリヴァー兄様、貧乳好き疑惑にブチ切れの回ですv

そして、獣人王国登場。今後、波風が立ちそうな予感です。

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