第76話 カップと疑惑

暫く夢中でエレノアの唇を堪能していたセドリックは、ふと、名残惜しそうにエレノアから離れる。


「ごめんね、エレノア。魔力循環の修行は、今日はこれぐらいにしようか」


「…え?あ、う、うんっ!」


真っ赤になっているエレノアを助け起こしながら、セドリックはさり気なく周囲を伺う。それと言うのも、先程エレノアとキスをしていた時、クライヴからの控えめな圧を感じたからである。


だが、ちょっと離れた場所にウィルが控えているだけで、他には誰も見当たらなかった。


『これから、剣の修行だもんね。…でも流石はクライヴ兄上。僕の自制心の限界をよく分かっているなぁ!』


そう言えば、オリヴァー兄上が暴走しかけると、さり気なくフォローして止めてくれるし、エレノアが何かをやらかすたび、きっちり叱ってくれるのもクライヴ兄上だ。

血は繋がっていなくても、自分にとってはオリヴァー兄上と同じぐらい、大切な敬愛する兄である。彼らの弟だという事は、自分とっての誇りだ。


『僕はまだまだ、兄上達の足元にも及ばないな…。頑張ろう!』


セドリックは、偉大な兄達に少しでも近づけるよう、改めて自分自身の更なる向上を決意したのだった。


…等と感動しているセドリックであったが、実はクライヴ「機会があったら、なるべくエレノアに積極的に迫るように!」と申し渡したはいいものの、心配で何度もこっそり様子を伺ってた挙句、「おい、もうそれぐらいで止めようか!?」と、ちょっと圧をかけただけである。


って訳で、自制心の限界が来たのは、寧ろクライヴの方であったのだが、傍で一部始終を見ていたウィルは、「…お二人の為にも、この事は絶対セドリック坊ちゃまには黙っておこう…」と心に誓ったという。


「…えっと…。エレノア、大丈夫?」


「う…うん…」


先程から、真っ赤になってモジモジと恥じらったままのエレノアに引きずられるように、セドリックも羞恥心が湧き上がってきてしまい、ソワソワしてしまう。


思えばあんなに強引にエレノアに迫った事など今迄一度も無かったし、一瞬うっかり理性も無くしてしまった。一歩間違えたらエレノアに嫌われて、口もきいてもらえなくなる所だった。


なのに今現在、大切な少女は自分に対して盛大に恥じらってくれていて…。しかも口付けの合い間に好きだとまで言ってもらえたのだ。あまりの幸福感と羞恥心に、まともに目が合わせられない。だが、こんな微妙な雰囲気でクライヴ兄上の所に行くのも…。


悩んだ末、セドリックは取り敢えず話題を変える事にした。


「あ…あのさ、エレノア」


「え?」


「あの…そういえばエレノア、部屋で着替えをしていた時、なんか叫んでなかった?カップがどうとか、エーとかビーとか…」


「え?あ、あれ…聞こえてた?」


すると、エレノアの顏の赤みが濃くなる。


『あ、不味い!触れられたくない事だったか!』


「ご、ごめん!聞く気は無かったんだけど…。ちょっと気になっただけで、エレノアが聞かれたくないなら…」


セドリックが慌ててそう口にすると、何故かエレノアはセドリックの顏をジッと見つめた後、少し考え込む素振りを見せる。


「…う~ん…。セドリックなら、聞いても大丈夫かな…。それに、一番正直に答えてくれそうだし…」


ブツブツ呟いた後、エレノアは周囲を見回し、落ちていた木の枝を拾ってくると、セドリックを手招いてしゃがみ込んだ。


「あのね、セドリックが聞いたカップとか、AとかBって、私の前世における、胸の大きさの事なの」


「は!?む、胸!?」


「うん。ちなみに、大きさで言うとね…これが今現在の私」


エレノアは手にした枝で、地面をガリガリ削っていく。見るとそこには、何やら縦に一本線が引かれていた。


「??」


この線の何がエレノアなのだろうか?


「んで、これがAカップで…次にBカップ」


その一本の線の横に、一部分、小さく盛り上がった線が描かれ、さらにその横に、盛り上がりが大きくなった線が描かれる。


「………」


ここでようやく、その盛り上がりが何であるのかを悟ったセドリックの顏が、みるみる赤く染まっていく。


「で、これがCカップ。ちなみに、私が最終的に目指しているのはコレなんだけど…。セドリック、正直に答えて。セドリックは小さい派?それとも巨乳派?」


「ちっ…き、きょっ、ちょっ!」


わたわたとしながら、セドリックの顏は真っ赤に染まっていたのだが、エレノアはそれに気が付かず、真剣な様子で話しを続ける。


「私としては、ちゃんと成長させたいんだけど、出来ればセドリックや兄様達の好みの大きさを目指したいんだよね…。だって、育った後で実は小さいのが好きでしたなんて言われても戻せないしさ」


「な、な、なんで…!そん…なこと、ぼ、ぼくに…聞くんだよ!?」


「だって、こんな事兄様方に聞いたら、絶対怒られるし正直に答えてくれなさそうなんだもん!その点セドリックだったら、正直に答えてくれそうだし。ね?教えて?セドリックはどっちがいいの?」


――なにこの羞恥プレイ!?


セドリックは増々顔を赤らめさせ、思わずウィルに助けを求めて振り向くが、当のウィルは既にお花畑に突っ伏し、撃沈していた。


可愛らしく小首を傾げるエレノアは最高に愛らしいし、自分達の好みに合わせて頑張りたいなんて言われれば、そりゃあ男としては物凄く嬉しい。…そう、物凄く嬉しいんだけど…っ!!普通男に聞くか!?こんな事!!さっきまではあんなに恥じらってくれていたというのに。やっぱり自分、まだまだエレノアに男として意識されていないのだろうか!?ひょっとしてさっきの『好き』も、家族として…?いや、それは断じてない!…筈。


「ぼ、ぼ、僕は…エ、エレノアだったら…どっちでも…」


もごもごと、それでも律儀に答えてしまう自分が憎い。なのにエレノアは不満そうな顔で更に追い打ちをかけてくる。


「いいんだよ、セドリック。正直に話して。今なら多分、どっちでもなれると思うから!…うん、本当に多分だけど。ちなみに兄様達はどうかな?オリヴァー兄様は、どちらかというと小さい方が好きそうだけど…」


――兄上達の好みの大きさなんて知る訳ない!!


そう言おうとしたセドリックは、とある気配に気が付き、顔を上げた瞬間目を見開く。が、エレノアはそれに気が付かず、なおもブツブツ言いながら、真剣そうに地面を見つめている。


「う~ん…クライヴ兄様はなぁ…。どっちだろ?意外とああ見えて、巨乳派だったりして…」


――ゴンッ!!


「ぴゃっ!!」


いきなり頭に受けた衝撃に、エレノアが悲鳴を上げる。


「いったた~…!」


涙目で頭を押さえ、ふと顔を上げると、セドリックが真っ青な顔でこちらを見ている。…というより、自分の後方を見つめている?


恐る恐る振り向いたエレノアの目に映ったのは、自分の後ろで仁王立ちしているクライヴの姿であった。


「ひゃあぁっ!!」


飛び上がって逃げようとするエレノアを逃がすまいと、首根っこをガッシリ掴んだクライヴは、真っ赤になった夜叉顔でエレノアを睨み付けた。


「お…お・ま・え・と・い・うヤツはーー!!!」


「ご、ごめんなさいー!!クライヴ兄様!!どうか許して下さいっ!」


「いいや、許さん!!来いっ!お仕置きだ!!」


必死に許しを請うエレノアをガン無視し、鍛錬場へと引き摺って行ったクライヴは、いつもの基礎訓練×2を命じ、それに更に素振り200回、自分との打ち合い10回、その後のウォーミングアップに敷地内を全速力で3週走る事をエレノアに命じたのであった。






――そうして全てのメニューをこなし、エレノアは息も絶え絶えな様子で地面に大の字に伸びていた。


「エ…エレノア…大丈夫?」


心配そうに自分を覗き込んでくるセドリックに、エレノアはふるふると力無く首を振った。


「…もうダメ…。指一本動かせない…。クライヴ兄様の鬼…!」


「自業自得だ!別のお仕置きにしなかっただけ感謝しろ!」


――なんと!これ以上の地獄のお仕置きコースがあったというのか!?


「ちなみに!今度ああいった事言いやがったら…分かってんだろうな…?」


――つ、つまりはその…究極のお仕置きコースまっしぐら…という事ですね!?なんてこった!今でもこんななのに、これ以上されては真面目に死ぬ!


エレノアは真っ青になりながら、クライヴの言葉にコクコクと頷いた。…まあ勿論、別のお仕置とは、花嫁修業的なアレ系なお仕置きの事なのだが、エレノアは純粋に肉体的しごきと勘違いしたようである。


『うう…。結局、セドリックや兄様方の好みのサイズを知る事は出来なかったなぁ…』


まあでも彼らの事だ。たとえ自分の好みのサイズでなくとも「エレノアだったらなんでもいい」で済ませてしまうだろう。だったらもう、心置きなく、自分が目指す理想のカップに向けて頑張ろう。そう、例えオリヴァー兄様が小さい派だったとしても…。

きっと世の男性達は、圧倒的に巨乳派が多い筈だから、大きくなって損する事はないに違いない。だったらいっそ、Dカップに…。いや、そんなおこがましい事は言わない。Cカップ…いや、せめてBカップに…!


「…あいつ、絶対またくだらない事を考えてるよな」


「そうですね。…まあ、今何を考えているのかは、何となく分かりますけど…」


「だな」


寝ころびながら、何やらブツブツと呟いているエレノアを、半目の呆れ顔で見つめるクライヴに、セドリックが同意とばかりに頷いた。


「…ちなみに、クライヴ兄上はどちら派なんですか?」


クライヴは、飲んでいた水を噴き出し、咽込んでしまう。


「す、済みません兄上!」


「ゴホゴホッ!…お、お前…いきなり何言ってんだよ!?」


「え~と…。な、何となく…気になって…」


クライヴは、ほんのり頬を赤らめているセドリックを見ながら、『こいつも良い感じに年相応になったな。大人しくて、いつも人に気を使ってばかりで自分を押し殺していたのに…』と、うっかり兄として感じ入ってしまった。


「…まぁ…なんだ。俺はエレノアだったらどっちでもいい」


「はい、僕もです!」


「…ただ、まぁ…。成長していってくれるんなら、それはそれで…。いや、決してそっちの方が良いと言う訳ではないぞ?!あくまで、成長の過程で自然に…ってのが前提だからな!?」


「はい、そうですよね!ごく自然な成長の過程というのであれば、それが一番ですよね!」


「そ、そうだ!その際、うっかり発育が良くなっても、それは自然な過程での事だからな。そうなったら非常に喜ばし…いや、成長を共に喜んでやらなくてはな!」


「そ、そうですよね!もしそうなったら嬉し…いえ、エレノアと共に喜んであげなくてはいけませんよね!」


「そうだ、あくまで自然な成長を、共に喜んでやろう!」


「はいっ!」


――ようは男として、『成長』してくれた方が嬉しいって言いたいんだな…。


なんかちょっとイイ感じな言葉でオブラートに包んでまとめているが、つまりはそういう事なのだろう。


『坊ちゃま方…もっと素直になればいいのに…』


その場に控えていた召使達は皆、そんな事を心の中で思いつつ、生温かい視線を主たちへと向けたのであった。


===================


ええ、そりゃあもう、男としては嬉しいですよね。

そして、欲望には素直になりましょうという…(笑)

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