第75話 一緒に魔力修行
今日の午前中は、セドリックと一緒に体内の魔力循環の修行をしてから、剣の修行だ。
食事を終え、少し休憩した後、私は自室へと戻り、服を着替え始める。
ふと思い立ち、私は自分の身体を姿見で確認してみた。
するとそこには、くびれも膨らみもほとんどないツルンペタンな身体が映り込んでいた。
肌着の上からそっと胸をなでる。
少し…ほんっとーにささやか過ぎて、触っても分からない程の膨らみに、私は溜息をついた。
もうじき13歳にもなろうというのに、全くもって、違った意味でけしからん身体だ。
こんなん、Aカップと言うのもおこがましい。
でも、オリヴァー兄様のお言葉で希望が見いだせた。だってこれから行う体内の魔力循環の修行をすれば、徐々にだが体型が変わっていくかもしれないのだから。
――でも待てよ?だったら何で、今迄兄様に魔力操作教えてもらっていたのに成長しなかったんだ?って、疑問に思ってしまったのだが、兄様いわく、どうやら私の魂が『転生者』として覚醒した事により、体内の魔力バランスが不安定になってしまったのが原因らしい。
成程、それで私の身体的成長が遅かったのか…と、思わず納得してしまったよ。
そうだよね。前世の健康番組でも、体内循環を良くすると身体が活性化するってよく言っていたもん。こっちの世界では、体内の魔力循環が発育に影響していたんだね。全くもって、目から鱗だよ。
「よ~し!こうなったら魔力操作頑張って、脱
――「確実に成長するかも分からないのに、この単純脳め」と笑いたければ笑うがいい。
だってここ最近、周囲の女の子達はみんな、目に見えて大人っぽくなっていっているのに、私だけ成長頭打ちなんだもん。身長もそうだけど、私だって年頃の女の子なりに、出るトコ出したい!キュッとしめるとこしめたい!!マテオに会う度「発育不良児」って鼻で笑われる生活とはもう、おさらばするんだー!!
「エレノア?!どうしたんだ!?」
突然ドアが開き、セドリックが飛び込んで来た。
「わっ!セドリック?!」
セドリックは私の姿を見るなり、ボンッと真っ赤になって、慌ててクルリと背を向けた。
「ご、ごめんね。何度ノックしても返事がないから。おまけになんか叫び声がしたんで…」
どもりながらの謝罪に、どうしたのかと自分の姿を見てみれば…ああ、成程。私、まだ下着姿だった。というか、ノックの音もまるで聞こえてこなかったよ。よっぽど意識集中していたんだね。
それにしたって、私の着ているこれ…。下着と言っても運動用の下着なんだよね。いわゆる、キャミソール&ペチコートスタイル。ペチコートもスパッツタイプで膝上まであるから、前世だったらそのまま運動着ですって言っても通用するぐらい露出は少ない。だから何もそこまで恥ずかしがらなくても…。
「ああ、大丈夫よセドリック。これ、いわば『見せる下着』みたいなもんだし、そんな気にしなくていいから!」
「み、見せる下着…って!何だよそれ!?気にするに決まってんだろ!?ってか、絶対誰にも見せちゃダメだからね!?…全くもう…。エレノアは恥じらいなさ過ぎ!」
いやいや、見せる下着ってのはあくまで例えで、見せたりしませんて。
それにいくら私だって、これが普通の下着だったりとか、裸だったりだったら悲鳴上げてますよ。…え?それも怪しい?う~ん、信用無いなぁ。
まあでも仕方が無い。こっちでは恰好そのものより、『下着姿でいる』という事が、そもそもタブーな訳なのだろうから。
「ごめんごめん!じゃあすぐ服着るから!」
明るくそう言い放ち、上機嫌に鼻歌を歌いながら着替え始めたエレノアに、セドリックは心の底から深ーーく溜息をついた。
『…全く男として意識されてない…!』
兄上達は兄妹ではないがゆえ、エレノアにちゃんと婚約者として認識されていると、僕の事を羨ましがっていたが、それは僕も同じだ。
だってもし、この場にいたのが自分ではなくて兄上達であれば、絶対エレノア、赤くなってうろたえてる筈だから。
『兄妹として見られてはいませんけど、子供扱いされてるんですよ…。オリヴァー兄上、クライヴ兄上』
そう心の中で呟きながら、セドリックは更に深い溜息をついたのだった。
◇◇◇◇
そんな風に、ちょっとバタバタした後。私とセドリックは、バッシュ侯爵邸の誇る庭園(別名、秘密の花園)へと移動した。
今の時期は一番花盛りな為、一面に色とりどりのお花が咲き誇っていて、何度見ても溜息が出てしまう。ベンさん、いつも本当に有難う!
「じゃあ、ここら辺に座ろうか」
そう言って、セドリックはネモフィラのような花が一面に咲いている場所へと私を促した。世界の『死ぬまでに一度は行きたい花畑』トップ10に常にランクインしていた、あの風景によく似ていて、今一番の見どころを迎えている場所である。
実はこのお花畑ゾーン、以前私が「こういうお花畑が見たいな」ってポロッと口にしたら、ある日いきなり発生していたんだよね。勿論、大喜びしたけど、迂闊な事は言えないなって、ちょっと…いや、かなり内心ビビりました。
「じゃあ今日は、魔素を集めるところから始めようか」
「魔素を?」
「うん。エレノアも知っていると思うけど、僕達の持っている『土』の魔力は、こういった花や木々が沢山ある所の方が、魔素を取り込みやすく、術も発動させ易いんだよ」
「へぇ…そうなんだ」
だからわざわざ庭園の中で修行するんだ。そう言えばオリヴァー兄様との魔力操作の修行、大抵外でやっていたっけ。
「じゃあ、まずは僕がやるから見てて」
そう言うと、セドリックが両手を前に出して目を閉じる。
すると、セドリックの座っている場所から、淡い金色の光の粒が湧き上がると、手と手の間に集まってくる。そしてそれはセドリックの手の中で金色の丸い球のようになっていった。
やがて、ゆっくりとセドリックが目を開くと、その色は深い茶色から、手の中の球体と同じ、金色へと変わっていたのである。
『綺麗…!』
思わず、魅入られるようにセドリックを見つめる。
以前オリヴァー兄様が、今のセドリックと同じように、魔素を集めて見せてくれた事があった。あの時の兄様の目は炎を宿した深紅で、恐いぐらいにただただ、美しかった。
だけどセドリックは綺麗なんだけど、切ないぐらいに優しくて…温かい。兄弟なのに、受ける印象も見た目も、こんなにも違う。これが属性の違いという事なのだろうか。
手の中の球体…おそらくは『土』の魔素が、セドリックの手の平に吸い込まれるように吸収されていく。
「…って、こんな感じかな。エレノアもやってみて」
完全に魔素を吸収したセドリックが私に笑いかける。その瞳はいつもと同じ、深い茶色に戻っていた。
「私に出来るかなぁ?」
実は私、魔素集めは非常に苦手なのだ。
集められても蛍程の大きさしか成功出来ていない。後にも先にも成功したのは、あのダンジョンでクリスタルドラゴンの幼生に魔素を与えた時一回だけ。それだって、無意識にやったっぽいので、いまいち成功させた実感がない。
「大丈夫。出来るようになる為の修行だよ。はい、それじゃあ目を閉じて。まずは周囲にある花の魔素を感じてみて」
私はセドリックに言われた通り、目を閉じて意識を集中させた。
――30分経過。
「ダ…駄目だ~!!」
ゼイゼイと息を切らす私に、セドリックはニッコリ笑って「それじゃあ、もう一回やろうか」などとのたまう。これ、さっきから何十回も繰り返されたやり取りです。真面目に容赦がない…。
これがオリヴァー兄様だったら、ここらで「仕方が無いな。じゃあ休憩しようか?」って言ってくれるのに。セドリックは「せめて一回ぐらいは成功しようね?」と言うばかり。しかも「オリヴァー兄上はエレノアにどういう風に指導してたんだろ。…う~ん…。兄上、僕とは違って、エレノアに甘すぎるからなぁ…」なんて呟いていたの、しっかり聞こえていましたからね?!
って事はなにかい?オリヴァー兄様はセドリックをこれ以上に厳しく指導していたって訳?だからこんな子になっちゃったっての!?
今迄セドリックとは、別々にオリヴァー兄様から教えてもらっていたから、こんなにスパルタだったなんて知らなかったよ。オリヴァー兄様!もっとセドリックに優しく指導してあげようよ!鬼教官ですか!?あああ…!私の癒し要員が、どんどん癒しから遠ざかっていく…!!
私はそこはかとないやるせなさに、ふて寝の要領で花畑にゴロリと横になった。
「エレノア?」
「…ちょっと休憩!」
「でもエレノア、まだ修行中だよ?」
「5分だけ!」
セドリックが、困ったような顔をしている。ちょっと罪悪感が湧くけど、それ以上に困らせてやりたい気持ちが勝ってしまう。…こんなの八つ当たりだって分かってるんだどね。
プンスカむくれているエレノアに、セドリックは傍に控えているウィルと目を合わせ、互いに微笑み合った。
ここで「もうやらない!」とならないのが、エレノアである。この拗ね方、まるで朝寝ぼけて「あと5分」って言っている時と変わらないではないか。本当に、なんなんだろうか、この可愛い生き物は。
「…分かったよ。じゃあ今度は、魔力循環の修行をしようか?」
セドリックの声が近くて、思わず横向きだった顔を上げると、いつの間にかセドリックが四つ這いになって、寝ている私に覆い被さっていた。
「え?セ、セド…リック?」
ドキリとし、思わず開いた唇に、セドリックの唇が重ねられる。
「ん…っ…ふ…」
セドリックの唇から温かい何かがゆっくりと流れ込んでくる。多分、セドリックの『土』の魔力だ。
『温かい…』
セドリックの魔力がジワジワと浸透していくと、まるで体内の血液の巡りが良くなったように、全身が温かくなっていく。栄養が細胞の一つ一つに染みわたっていくような…。まるでセドリックと私が一体になったかのような…。そして…ああ、蕩けそうな程、凄く…気持ちが良い…。これが正常な魔力循環という事なのだろうか。
そうしてもう一つ。魔力とは別のものが私の心に流れ込んでくる。
――好きだよ…エレノア。…僕の全てを捧げても足りないぐらい…君を愛している…。
それは溢れ出る程に優しく切ない、まごう事なき、セドリックの私に対する想い。それらが狂おしい程の甘さを伴って、私の身体と心に沁み込んで来る。
私は完全に覆い被さって私に口付けているセドリックの服を、キュッと掴む。それに気が付いたセドリックが、重ねていた唇を離した。
「エレノア?」
「…セドリック…。あのね…。あの…私も…」
――貴方の事、好きだよ…。
羞恥で真っ赤になりながら、気恥ずかしくて声に出せない想いを、私は伝われとばかりに、勇気を持って自分からセドリックに口付けた。
「エレノア…!」
私の拙い触れるだけの口付けに、それでも嬉しそうに、そして切なそうにセドリックは私の名を呼んだ後、再び唇を重ねた。
『エレノア…』
――魔力循環の為ではなく、ただただ、愛しさに突き動かされるように深く唇を重ねる僕に、おずおずと応えてくれる愛しい少女。
今迄と違い、徐々にだが自分や兄達へ心を向けてくれ始めた
――リアム。悪いけど、君にエレノアは渡さないよ。
宣戦布告は兄上達から聞いた。きっとこれから、君とは男として競い合う事になるのだろう。でも、エレノアは…。この少女は僕達だけのものだ。絶対に譲らない…!
さわさわと、涼やかな風に揺れる花の香りが二人をふわりと包み込んだ。
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この年頃の少女にとっての一大関心事ですね!
そしてセドリックも、心の中でライバルに宣戦布告です。
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