第74話 脱・KとPなアレ
翌朝。私は自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。…のだが、あれ?私、どうやって自分の部屋に帰って来たのかな?と首を傾げる。
『えっと…。大浴場に行って…お風呂に入って…兄様方とセドリックが入って来て…』
そこで突然、三人の濡れた浴衣姿を思い出し、ボンッと顔が真っ赤になった。
『あああ~っ!!おち、落ち着いて自分!あ、朝っぱらから、あんなけしからん映像を想像するなんて、淑女として最低!せめて夜に…いや、夜の方がヤバイけどっ!!』
思わずベッドの中でゴロゴロと羞恥に悶えながら、ハタッと気が付いた。
――えっと…あっ!ひょっとして私の事だから、興奮のあまり鼻血を出してぶっ倒れたとか!?ちょっと待ってよ、何でよりにもよって、兄様方の誕生日にそんな醜態を…!
「お嬢様?お目覚めですか?」
温泉を血の池地獄に変えたかと青褪めたタイミングで突然声をかけられ、エレノアはベッドから飛び起きる。
「ジ、ジョゼフ!お、おはよう…!」
「おはよう御座います。ご気分の方はいかがでしょうか?」
「う、うん。大丈夫!…えっと…。という事は、昨日私…えっと…お風呂で…また…?」
「は?…ああ。はい、お嬢様はお風呂で逆上せられてしまいまして。そのままこちらにお運び致しました」
――ああ…。やっぱり…。
私はガックリと肩を落とした。なんてこった…。兄様方の誕生日をブラッディにしてしまったよ…。
「幸い、何時もと違って鼻血を出されませんでしたので、先生はお呼びしませんでしたが」
――え?私、鼻血噴かなかったの?あの状況で?
「その代わり、お兄様方が献身的にお嬢様の看病をなさっておいででしたよ」
ジョゼフの、何かを含んだような口調に、我知らず顔が赤らんだ。あれ?何で私、顔を赤くしてるんだろ?
その時、コンコンとドアがノックされた。
「エレノア、おはよう」
そう言って入って来たのは、オリヴァー兄様だ。…うむ。朝日に照らされた兄様、安定の美しさです。視界の暴力は今日も健在ですね。
「おはよう御座います、オリヴァー兄様。あ、クライヴ兄様とセドリックも。おはよう御座います」
オリヴァー兄様に続き、入室して来たクライヴ兄様とセドリックにも挨拶をする。…うん、キラキラしい笑顔がトリプルで視覚を殺しにかかってくる…眩しい。
「エレノア、おはよう!」
「おう、エレノア。どうだ?気分は悪くないか?」
そう言って、私の顏を覗き込んでくるクライヴ兄様に、自然と顔が緩む。
「大丈夫です。あの…ご心配おかけして、申し訳ありませんでした。折角の兄様方の誕生日だったのに、また倒れちゃって…」
「あー、いいから!気にすんな!な?オリヴァー」
「うん、そうだよ。それに僕達にとって、昨日は人生最高の誕生日になったから!」
「そ…そうですか?」
私は兄様方の言葉に首を傾げた。確かにお風呂に入る迄は、とても楽しんでくれていたけど、〆に私が逆上せてぶっ倒れちゃったから、プラマイゼロになってしまったんでは…。
「ところでエレノア。君、お風呂で倒れる前までの事、覚えている?」
「え?え…え~と…。セ、セドリックと兄様方がお風呂に入って来て…」
兄様方の、ナイスな濡れ場(濡れた身体!)を見て鼻血噴きそうになって、セドリックに深呼吸しろって言われて…そ、その後…キスされて…。
段々、顔が赤らんできてしまう。だって、薄い濡れた布越しに引っ付き合っていたのを思い出しちゃったんですよ!そんなん、赤面するでしょ普通!
――あれ?えっと…そこで私、兄様方になんか言ったような気がするんだけど…。はて?何を言ったのかな?…う~ん…。何を言ったんだがは覚えていないんだけど、なんか妙に気持ちがスッキリしているような…?
「ああ、覚えてないならそれでいいんだ」
そう言ったオリヴァー兄様の顏は、ホッとしたような残念なような、複雑な表情を浮かべていた。…不味い。これきっと私、なんかろくでもない事言ったんだ!
「あ、あのっ!私なにを兄様方に言…んっ!」
「そう言えば、朝の挨拶がまだだったから…ね」
軽く重ねた唇を離し、そう言って笑った後、再びオリヴァー兄様の唇が私の唇と重なった。
もうその後は、ディープな朝のご挨拶をバッチリ堪能させられ、真っ赤になって呼吸も整わない内に、クライヴ兄様やセドリックにも、同じように朝のご挨拶をたっぷりと堪能させられてしまう。…い、いつもながら…朝からちょっと、破廉恥過ぎじゃないですかね!?
そうして、婚約者様方による濃厚な愛情表現に翻弄され、気が付けばお風呂場の事については、なあなあな状態になってしまったのだった。
「魔力操作の修行…ですか?」
朝食の席でオリヴァー兄様にそう提案され、私は口一杯頬張っていたふわふわオムレツを咀嚼して飲み下しながら、そう尋ねた。
「うん、そう。折角の長期連休だ。エレノアにはこの機会に、しっかり自分の魔力の流れを掴めるようになってもらおうかと思ってね」
ニッコリと良い笑顔で微笑むオリヴァー兄様を見ながら、私は首を傾げた。
「でも兄様、私、定期的に兄様に魔力操作習っていますよね?」
そう。エレノアは王立学院に入学後も、クライヴとの剣や武術の修行と並行し、オリヴァーに魔力操作を習っているのであった。
「うん。僕との訓練も勿論行うけど、それと並行して、自分の体内の魔力循環を上手くコントロールする術を強化しようと思ったんだ。だって、折角同じ『土』属性のセドリックがいるんだから。ね、セドリック」
「はい、オリヴァー兄上」
魔力循環?それをセドリックと一緒に修行するって事かな?
「ああ、セドリックは完全に自分の中の魔力をコントロール出来ているから。だからエレノアの魔力循環をサポートする役目を担ってもらおうと思っているんだ。残念だけど、僕よりもやはり、同じ属性のセドリックの方が効率が良いのが昨日分かったから。…出来るね?セドリック」
「はい!お任せ下さい兄上。エレノア、一緒に頑張ろうね?」
ニッコリ笑いかけられ、思わず頷く私に、クライヴ兄様からも声がかかる。
「勿論、最近サボりがちの剣の修行も、この休み中は、みっちり集中してやるぞ!」
「うえぇっ!?」
「それに、魔力操作が上達したら、剣に魔力を込める修行を解禁してやろう」
「本当ですか!?クライヴ兄様!私、頑張ります!!」
コロッと態度を変え、思わず万歳してしまう。(ジョゼフが咳払いしたので、慌てて手を降ろしたけど)
あのダンジョン以来、一回も許されなかった剣に魔力を込める修行、またする事が出来るんだ!やったー!!
「それじゃあ、これが休み中の一日のスケジュールだよ。この内容に沿って、頑張ろうねエレノア」
オリヴァー兄様の言葉と共に、ウィルから手渡された用紙には、この休み中のスケジュールがビッシリと書き込まれていた。…あれ?あれれ?な、なんかこれ、ほぼ魔力操作と体術剣術、その他の修行しか書き込まれていないのですが…。
「あの…兄様?前に確か、長期連休になったらどこか出かけようかって、お話ししていましたよね?」
王都の街中に行くのは無理としても、郊外でピクニックとか、日帰りでバッシュ公爵領に行こうかとか、色々計画していて、凄く楽しみにしていたのに。
困惑している私に、オリヴァー兄様の極上の笑顔が突き刺さる。…ううっ、眩しい!
「それはあくまで、予定表だからね。エレノアがある程度、魔力操作が出来るようになったら、ご褒美にお出かけしようね?」
「はぁ…」
え…でも、いくら長期連休中だからって、そんな急に魔力操作が出来るようになるとは思えないんだけど…。よしんば出来るようになった所で、休暇終わっちゃってるような気がする…。
「そうそう、エレノアに言い忘れていたけど、魔力操作と魔力の体内循環が上達するとね、それに比例して身体の発育も良くなるんだよ」
「えっ!?本当ですか?!」
鬼のスケジュールにテンションが駄々下がっていた私は、兄様の言葉にクワッと目を見開き、一瞬で喰い付いた。
「うん、本当。体内の魔力コントロールが良くなると、体内が活性化するから、その関係で…ね」
マジか…。という事は、この幼児体形も、魔力操作や魔力の体内循環が上達していくにつれ、徐々に変化していくと…?!凹凸バリバリのナイスなバディになる日も夢ではないって、そういう事ですか兄様!?
「という訳でエレノア。頑張ろうね?」
「はいっ!オリヴァー兄様!私、脱・キューピー目指して頑張ります!!」
キラキラ笑顔で元気に頷いたエレノアを見ながら、満足そうに頷いたオリヴァーは、クライヴとセドリックにチラリと目をやり、ニッコリ笑った。
「…流石はオリヴァーだな。エサで釣るのが上手い」
「エレノアのコンプレックスを見事に抉って奮い立たせましたね…。流石は兄上」
エレノアはともかくとして、この婚約者達三人組の目的はエレノアの発育ではない。あくまでエレノアの体内魔力循環を正常にし、『土』属性の持つ自己治癒能力を高める事だ。…いや勿論、エレノアの身体が成熟していくのは、婚約者として…いや、ぶっちゃけ男として大変喜ばしい事ではあるが…。
等と、クライヴとセドリックがコソコソ囁き合っているのは全く気が付かず、オリヴァーの魅力的な言葉に、エレノアの心はやる気の炎がメラメラと燃え上がったのだった。
「…所でエレノア。前々から聞きたかったんだけど、君が時たま口にする『キューピー』って何?」
おっと!興奮のあまり、うっかり口に出してしまっていたか。あ、クライヴ兄様もセドリックも、私を見ている。…ってかクライヴ兄様、「絶対ロクなもんじゃない」って顏してますよ。失礼だな!
「えっと、キューピーって言うのは、私の前世における、調味料会社の名前で…」
「調味料の会社?」
「何で調味料の会社が、お前と関係しているんだ?脱・調味料…?」
不思議そうな顔の兄様方に、「ですよねー」と心の中で同意しつつ、私は慌てて訂正した。
「あ、調味料の会社とは直接関係はないんです!私が言いたかったのは、その会社のマスコットキャラクターの事でして…。え~っと…」
う~ん。あのキャラクターを口にして説明するのは難しいな。
という訳で、私はウィルに頼んで紙と従業員達の共用品として作った万年筆を持って来てもらうと、サラサラとキューピー人形のイラストを描いた。実は私、前世でオタ友とイラスト描いていたお陰で、絵は割と得意なんだよね。…うん、完璧!
「兄様方、セドリック、これがキューピーです!」
「へえ。どれどれ…」
兄様方やセドリックは、私から渡されたイラストに目を通した瞬間、腹筋崩壊の渦に叩き落とされ、机の上に突っ伏した。
しかも私の後方からさり気なく覗き込んでいたウィルなど、床に崩れ落ちて痙攣している。あっ!ジョゼフまでもが、反省猿のように壁に手をついて震えている!
ああっ!何事かと駆け寄り、イラストを目にした召使達が次々と床に崩れ落ちていくー!
食堂を静かなるカオスに叩き落とした私は、暫くして復活したオリヴァー兄様とクライヴ兄様に「なんって、はしたないものを描くんだ!!」と、散々叱られた挙句、「もう絶対、キューピーの事を話すのも描いて見せるのも禁止!!特にリアム殿下には絶対言うな!見せるな!!」と、しつこく念押しされてしまったのだった。ちなみにセドリックは未だに震えて撃沈している。
いやでも兄様方、いくら私でも、好き好んで男友達に体形云々の話しなんてしませんよ。この世界における一般常識には疎くても、私だって恥の概念ぐらい持ってるんです。え?そこら辺も微妙?あ、そうですか。凹むなぁ…。
「でもキューピー人形って、そんなはしたないですか?可愛いと思うんだけどなぁ…」
「だからお前はー!!あの絵、全裸だろうがっ!!」
「…あっ!」
真っ赤になったクライヴ兄様に怒鳴られ、私はやっと察した。
そ、そうか…そうだよね。つまりは「これが私の裸です!」って、堂々と晒しているようなもんなんだよね…!?うわああぁ!!キューピー見慣れ過ぎてて気が付かなかった!!
兄様方やセドリック、そして召使達が顔を赤くし、盛大に溜息をつく中、同じく真っ赤になりながら、私は慌ててキューピーのイラストを回収したのだった。
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普段、何気なく見ているものって、見慣れ過ぎててヤバさが分からない…という事がありますよねって事でv
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