第73話 お兄様方の誕生日③

「エレノアお待たせ。ちょっと服の着替えに手間取ってね」


そう言って現れたオリヴァー兄様、クライヴ兄様、セドリックは、私がプレゼントした白い浴衣(男性用入浴着)を身に着けている。これは水垢離の際に着る行依を参考にしたものだ。


日本的な服だからどうかなと思ったんだけど…。流石は美形兄弟。物凄くよく似合っている。

そして肌の露出が滅茶苦茶抑えられている。うん、これなら多分大丈夫!私、グッジョブ!


「ああ、エレノア。やっぱりその服、似合ってるね」


「え?あっ!」


セドリックに嬉しそうな顔でそう言われ、自分の姿を思い出した私は顔を赤らめ、慌てて温泉に身を沈めた。いや、別に透けていないんだからいいじゃないかと思うけど、やっぱりなんか恥ずかしいんだよ!


そんな私に兄様方やセドリックは苦笑した後、自分達の身体にかけ湯をしていく。(シャワー替わりのミニ滝は、数か所設置されている)


「――ッ!!」


服を湯で濡らした彼らの姿を目にした瞬間、私はそのままカチーンと固まった。


「ん?どうしたエレノア?…あ、ひょっとして服が透けたりしてんのか?」


髪をかき上げ、そう言いながら自分の身体をチェックするクライヴ兄様を、思わず真っ赤になって凝視してしまう。


いや、透けているわけではない。透けてはいないんだけど…!濡れた服がピッタリと張り付いて、身体のラインがバッチリ出てしまってるんです!


う、うわぁぁぁ!引き締まった身体が…!割れた腹筋の形がもろ見えに!!しかも濡れて貼り付く服が、兄様のわがままボディを浮かび上がらせて、めっちゃエロいです!!し、しまった!もうちょっと服に余裕を持たせるべきだった!今すぐチェンジ!…は、当然出来る訳ないか!


で、でも…。確か私、濡れた時の事を見越して、全体的に余裕をもたせて作成依頼した筈…。なんでこんなピッタリと身体の線が…って、あーーっ!!あのデザイナーのオネェ!わざとピッタリになるように絞って作りやがったな!?

「濡れた素肌にピッタリ張り付かなければ、ロマンじゃないわ!」なんて言っている姿が目に浮かぶ!おのれーオネェ!なんって事をしてくれやがった!!


「クライヴ、どうしたの?」


「おう、オリヴァー。…ん、別に透けてねぇよな?」


「え?…うん。透けてない…よね?」


ひーーっ!!オリヴァー兄様っ!!あ、貴方、なんで髪まで濡らしてるんですかっ!?濡れて張り付いた服のせいで、けしからん身体のラインがバッチリと…!お、おまけに髪から滴り落ちる雫がっ、相乗効果を生み出して、最っ高にエロいです!!さ、幸いというか、あそこは大丈夫…って!何考えてんだよ私はっ!!


ただでさえ逆上せ気味だったのに、顔と頭に熱が一気に集中してしまう。…不味い!このままじゃまた…!


「エレノア!大丈夫、ゆっくり深呼吸して…」


すると、いつの間にか湯に入ってきていたセドリックが、私に優しく声をかけてくる。私は逆上せてボウッとなった頭で、必死にセドリックの言う通り、深呼吸を繰り返した。


「ちょっと御免ね、エレノア」


「…え?…んっ!」


唐突に、セドリックに口付けられる。


すると唇を介して、身体の中に優しい何かが流し込まれていき、グルグルと目が回りそうになっていた気分が徐々に落ち着いてくるのを感じた。


これは…セドリックの『土』の魔力…?


「…もう大丈夫かな?エレノア、どう?」


「…ん…。だ、だいじょうぶ…かな?…あの…。ありがと、セドリック」


未だクラクラしている身体を、セドリックにクッタリ凭れ掛けながらお礼を言う。すると何故かセドリックがソワソワしだした。


「…成程ね。確かに有効なんだ…」


「そうだな」


やっぱりいつの間にかお風呂の中に入ってきていたオリヴァー兄様とクライヴ兄様が、私の顏を覗き込んでくる。…あ…あの…近いです。ちか…。


「セドリック、僕のでも試してみていいかな?」


――え?『僕のでも』…とは?


「あ、はい。オリヴァー兄上」


セドリックとバタンタッチするように、私はオリヴァー兄様の胸に抱かれる。そして兄様は、濡れた服越しの抱擁に戸惑う私に、優しくそっと口付けた。


「ん…っ」


またさっきのように激しい口付けがくるか…と一瞬身構えたが、そんな事もなく、口付けは穏やかなままだった。ただ…深く口付けられた部分から、セドリックの時と同じように、温かいものが身体の中へと流れ込んでくる。


ひょっとして、これ…。オリヴァー兄様の『火』の魔力…?


「ふ…は…っ」


唇を離しても、注ぎ込まれた兄様の魔力が、内側から身体を火照らせる。濡れた服越しに密着している身体からも、焼ける様な熱を感じて、別の意味で熱くて仕方が無い。


「…可愛いね、エレノア…」


「――ッ!」


ウットリとそう囁くオリヴァー兄様。目潰しなんてもんじゃないくらい麗しいその姿に、私のキャパが限界を迎えたのか、はたまた脳の一部がやられたのか…。

とにかく、何故だか段々腹が立ってきてしまう。ひょっとしたら、あまりの羞恥と逆上せの所為で、どっかの回線がショートしてしまったのかもしれない。


「…可愛くなんてありません!」


「エレノア?」


「オリヴァー兄様みたいな、綺麗過ぎる方に可愛いなんて言われたって、信じられません!!だいたい、兄様方やセドリックは、いつも私の事を可愛いって言うけど、私なんて全然可愛くなんてないですよね?!むしろ平凡ですよね?!下の下ですよね?!」


「えっ!?ちょっ…!そんな事ないよ?!本当にエレノアは可愛くて…」


「だいたい、オリヴァー兄様もクライヴ兄様もズルいんです!!」


「は?」


「え?俺達が?」


「そうですよ!!文武両道で何でも出来て、おまけに超絶カッコ良くて!兄様方があんまりにもカッコ良過ぎて、何度目が潰れそうになったり、羞恥と萌えで死にそうになった事か…!なのに兄様方はそんな私の気も知らないで、キスしたり抱き締めたり甘い言葉を囁いたり…!!絶対私を殺そうとしてるんでしょ?!いや、そうに決まってます!!私はこんなに、兄様達の事が好きなのに…酷い!!」


「ち、ちょっ…!エレノア!?」


「エ…エレノア、落ち着いて!」


一気に捲し立てるエレノアに気圧され、固まってしまっているオリヴァーとクライヴの代わりに、セドリックが声をかけるが、そんな彼をエレノアがキッと睨みつける。


「セドリックだって、そうだよ!」


「え!僕!?」


「そうよ!出会った時は私の癒しだったのに!最近は兄様達に負けないぐらい、どんどんどんどんカッコ良くなってきちゃってズルい!!…私なんて、顔も頭も平凡だし、魔力操作は上手く出来ないし、身体もいつまでたっても幼児体形でキューピーだし、鼻血はしょっちゅう噴くし…。…だから…」


そこでエレノアは一旦言葉を切ると、顔を俯かせる。


「…エレノア…?」


「…だから…不安なの…」


か細い声で呟いた後、エレノアの顏がゆっくりと上がる。まるで宝石の様な瞳一杯に、今にも零れ落ちそうに涙が溜まっている。吸い込まれそうなその美しさに、三人が三人とも息を飲んだ。


「こんな私なんかが、兄様達やセドリックに相応しいのかな?って…」


「――ッ!」


「――クッ!」


「――ウッ!」


不安そうな、泣きそうな顔で自分達を見上げるエレノアの殺人的な可愛らしさに、婚約者三人組はまとめて心を撃ち抜かれ、うっかりそのまま、湯船の中に沈みそうになってしまった。


「エ…エレノア…!」


「俺達の事…そんな風に…!」


同時に、三人が三人とも、エレノアの独白に胸が激しく高鳴ってしまっていた。


よもやエレノアが、そんな風に自分達を見ていたなんて…。しかも自分を卑下する程、自分達の事を好きでいてくれていたとは…。


だが、頬を染め、俯き感じ入っていた三人の耳に、パシャンと水音が聞こえてくる。


その音に、ハッと顔を上げた彼らの目に映っていたのは、目を回し、全身真っ赤になって湯船に浮かんでいるエレノアの姿だった。


「わーっ!!エレノアッ!」


「エレノア!しっかり!!」


三人は慌ててエレノアを湯の中から引き上げると、クライヴが急いで口付け、『水』の魔力を流し入れる。


「兄上!僕、ウィルにレモン水を持ってくるよう頼みます!」


「ああ、頼んだよ!」


慌てて浴室から出て行くセドリックを見送りながら、オリヴァーとクライヴが二人同時に溜息をついた。


「はぁ…。少し逆上せさせた方が羞恥心湧かねぇかと思ったが、入るタイミングがちょっと遅かったな」


「うん。…でも、思いがけず、エレノアの本音を知れたから、結果的には大成功だったね」


そう言いながら、ウットリとほくそ笑むオリヴァーを、クライヴが濡れて張り付いた髪を再度かき上げながら、呆れたように見つめる。


「オリヴァーお前、顔がにやけてるぞ」


「クライヴの方こそ」


「…まあな…」


互いを指摘し合いつつ、もう一つ得た収穫にも、しみじみと思いを馳せる。


エレノアが逆上せて鼻血を出しそうになったタイミングで、セドリックが魔力を流した結果、何とか持ちこたえる事が出来たのだ。

つまり、魔力の体内循環を良くすることが効果的である事が、これで立証出来たという事だ。


「…丁度長期連休期間だし…。こうなったら、エレノアの気にしている所を上手く利用して…」


ブツブツと、今後の事を考えていたオリヴァーに、クライヴから声がかかる。


「…ところでオリヴァー。エレノアの着替え、どうする?」


「え?…あ…」


グッタリと、濡れそぼったエレノアの姿を目にしたオリヴァーは、思い出したように顔を赤らめた。


エレノアは自分の事を幼児体形だと卑下していたが、確実に以前よりもまろやかな、女性らしい身体に成長していっている。


その証拠に、こうして見ているだけで、なんか……こう……。


二人はエレノアを見つめながら、暫し沈黙する。


「…ジョゼフを呼ぼうか…」


「…そうだな…」


少し…いや、かなり残念だが、今は仕方が無い。それに最初の入浴は、思いもかけず最高の出だしを切る事になったのだ。今後も定期的に一緒にお風呂に入り、エレノアの心と身体の成熟具合を確認していく事にしよう。


そう考えながら、オリヴァーはクライヴと顔を見合わせて頷き合った後、未だ目を回したままのエレノアを抱き上げ、脱衣所の方に向かって歩き出したのだった。



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濡れて貼り付くお洋服は、男女問わずにロマンですv

そしていつもの逆上せが、今回は鼻ではなく、思考回路に及んだ模様です。



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