第72話 お兄様方の誕生日②

気を取り直し、改めて皆席に着き、身内だけによる誕生日パーティーを開始する。…が、その前にと、セドリックが綺麗にラッピングされた小箱を兄様方に差し出した。


「オリヴァー兄上、クライヴ兄上、僕からはこれをプレゼント致します」


「有難う、セドリック!」


「有難うな!…あれ?これって…ひょっとして、『万年筆』か!?」


ラッピングされていたのは、ビロードを張られた小箱で、その中には豪華な意匠を施された万年筆が収められていたのだった。


「はい!僕がデザインを考えて、エレノアと一緒に色々弄ってみました。その結果、公爵様のは黒いインクだけでしたが、他の色を出す事も出来るようになったのですよ」


ニコニコと誇らしげなセドリックを見て、私も顔が綻ぶ。


そう、以前アイザック父様の誕生パーティーで、私はオリヴァー兄様の協力のもと『万年筆』を編み出し、それをプレゼントとして父様に渡したのである。


外見と構造の図案は私が紙に起こし、それをオリヴァー兄様が懇意にしているドワーフ族(いたんだ!)の細工職人に依頼し、何回も試行錯誤を重ね…。ようやっと、満足出来る一品が完成した時にはもう、兄様と一緒に小躍りしてしまいましたよ。


父様も滅茶苦茶感激してくれて、実際に使用してみて更に感動してくれた。更にはこれをバッシュ公爵家の特産品に…という話も出たが、今の段階では滅茶苦茶手間暇かかるうえ、コストもかかり過ぎるという事で却下。身内だけで使用するという事で落ち着いた。それに万年筆の存在によって、私が『転生者』だってバレるリスクもあるしね。


って訳で、万年筆を密かに欲しがっていた兄様方やセドリック、そして私の分は、まとめて色違いのお揃いをドワーフの職人に依頼し、今現在も密かに使用している(学校では今まで通りに羽ペン使用)

ちなみにメル父様とグラント父様は、それぞれ自分の誕生日に一点ものをと所望されたので、誕生日プレゼント用に、今現在意匠を考案中である。


前置きは長くなったけど…。そんな訳で、私達の中では一番重宝して使っているオリヴァー兄様とクライヴ兄様に、予備の万年筆を贈りたいとセドリックに相談された私は、どうせならばと、改良版をセドリックと共同開発した訳なのである。


現状で満足せず、更なる高みを目指して勝手に突き進む匠魂は、間違いなく私の日本人としての性であろう。…とは言っても、私はあんまり口も手も出さなくて、頑張ったのは主にセドリックだったんだけどね。


ともかく、そんな訳で、改良された今回の万年筆は、自分の魔力を流すと色が赤に変化して出るという、驚きの改良がされている。勿論、書き心地も更に滑らかになっている逸品だ。…父様が帰って来たら、間違いなく欲しがるだろうな。


兄様方はそれぞれ試し書きした後、口々にセドリックを褒めちぎり、感謝する。良かった。セドリックのプレゼント作戦、大成功だったね!


「そういえばセドリック、貴方の誕生日にもお花を贈りたいんだけど…好きなお花とかってある?」


「本当に!?僕にもエレノアが育てた花をくれるの?!」


「うん、勿論!」


「じゃあ…。ひまわりが良いかな」


おお、セドリックのご所望はひまわりですか。ひまわりって、お日様と青空のイメージだな。青空の下で、ひまわり畑の中で微笑むセドリック…。うん、合うわー!


「分かった!頑張って素敵な花束作るね!」


「嬉しいよエレノア!有難う!」


物凄く嬉しそうなセドリックに、私も微笑を返す。

あれ?そういえばひまわりの花言葉ってなんだろう?…まあいっか。後でベンさんに聞いてみよう!


その後、私達は美味しい食事と楽しい会話で和気あいあいと盛り上がる。そしてデザートに差し掛かった頃、ふと話題が父様方が表敬訪問に向かったという国の話しになった。


「えっ!?父様方が向かわれたのって、獣人王国なのですか!?」


――獣人って、この世界に存在したんだ!って事は、ケモミミ…尻尾…!うわぁぁ!見てみたい!!


興奮した様子の私に、オリヴァー兄様が頷く。


「うん。彼の国の名は『シャニヴァ王国』と言って、この世界の東方に位置する大国だ。…元々、我々人類と獣人やエルフ、ドワーフと言った亜人種は、大海を隔てて、西と東、それぞれの大陸に別れて国を築き、生活している。…まあ、ドワーフ族は希少鉱物を求めて、こちらの国にもよく来てるけどね。それとエルフ族も知的探求心が強いから、人間の国にもちょくちょく出没しているみたいだよ。まあ、警戒心の強い種族だから、滅多に目撃されないけどね」


成程。じゃあ万年筆を作ってくれたあのドワーフの親方も、その口ですか。そういえば以前、メル父様がアルバ王国はダンジョンが多いから、希少鉱物が多く産出されるって言っていたっけ。


「でも獣人族だけは、人間の国には全くと言っていい程来ないけどね。彼らと我々とでは、考え方も習慣も、身体的な特徴や能力もまるで違うから、今迄は互いに不干渉を貫いてきたんだけど…」


そこで一旦、兄様が言葉を切り、少しだけ思案するような顔になった。


「どうもここ最近、西の大陸のあちらこちらの国に、シャニヴァ王国が接触しているとの情報が上がって来てね。そうこうしている内に、我が国にも親書が届いたって訳。あの国とは今迄国交が全くと言っていい程無かったし、真意をコソコソ探るよりは、堂々と見に行くか…という事になったんだよ」


おお!この国の上層部、割と脳筋なお考え!


「でも兄様、今迄国交が無かった国をいきなり訪問して、大丈夫なのでしょうか?」


だってひょっとして、我が国の重鎮をおびき寄せる為の罠かもしれないじゃないか。


「うん。だから僕の父上とグラント様が同行したんだよ。あの二人が一緒なら、最悪ちょっと怪我をする程度で、全員無事に帰って来られるだろうからね」


オリヴァー兄様のお言葉に、私は「成程…」と深く納得した。


かたや我が国きっての大魔導師。かたやドラゴン殺しの英雄である。きっとあらゆる敵を高笑いしながら、ばっさばっさと薙ぎ倒し、悠々と凱旋してくるに違いない。


それに多分だが、フェリクス王弟殿下も滅茶苦茶強いだろうしね。なんてったって王族だから。父様は…。うん、よく分からないけど、人外レベルの友人達が付いているんだから、大丈夫だろう。


「さて、もうこの話は終わりでいいね?詳しい事は、父上方が帰って来てから聞くとしよう」


オリヴァー兄様の言葉を皮切りに運ばれてきた美味しそうなお菓子の数々に、私の関心は完全にお菓子の方へと向いてしまったのだった。





◇◇◇◇





「さて、それじゃあそろそろ行こうか」


食事が終わり、サロンに移ってまったりとしていた私達だったが、オリヴァー兄様が突然、そう口にする。はて?どこに行くと言うのだろうか?


「どこに行くのかって?当然、大浴場に決まっているだろう?公爵様とエレノアが、折角僕とクライヴの誕生日に合わせて使えるようにしてくれたんだから、ちゃんとご好意に応えないとね。…エレノアには、入浴着もプレゼントされた事だし」


そう言ってニッコリ笑顔を向けられ、私は瞬時に頬を赤く染めた。


そう、入浴着を着れば一緒に入浴していいって、約束したのだから、お誘いをお断りする訳にはいかない。それに兄様方の誕生日なんだから、お断りするなんて言語道断!NGだ。


う~ん…。でも最初だけは、誰にも気兼ねせず、一人でゆっくりのんびり入りたかったんだけど…。


心の中で、うだうだしている私の心を見透かしたか、オリヴァー兄様が含み笑いをしながら口を開く。


「ああ、でも脱衣所は一緒なんだよね…。まあでも、僕らは婚約者同士なんだから、気にする事も…」


「兄様!私、先に行って入ってます!」


「そう?じゃあ30分程したら、僕らも行くからね」


「はいっ!」


私はサロンを出ると、急いで自分の部屋へと戻った。

そしてウィルに着替えを用意してもらうと、そのまま大浴場へと向かう。


大浴場は敷地内の離れの中に造られ、新たに増設された回廊で本館と繋がっている。その離れというのは、天気の悪い時に、私達が簡易訓練場として使用していた建物で、中は多目的用に造られた巨大吹き抜けの空き室だ。だから大浴場に改築するのに、うってつけだったのだそうだ。


「では、私はここに控えております。何かありましたらいつでもお呼び下さい」


「うん、ウィル。それじゃあ行って来ます!」


私は離れの入り口でウィルと別れ、完成した大浴場へと足を踏み入れたのだった。




「うわぁ…!!」


目の前には、広い休憩室兼脱衣場という、クロス伯爵邸と寸分違わぬ光景が広がっていた。そしてガラス張りの扉の先に見えるのは…私が待ちに待った楽園…!元日本人としての私の夢そのものが…!!


私は急いで、着ている服を脱ぎ捨て、一歩前に踏み出した。


「――っと!まずはコレ着なきゃな…」


寸での所で正気に戻り、そう独り言ちながら手にしたのは、可愛いワンピースのように見える、女性用の入浴着だった。


半袖でマタニティードレスのような、ふんわりとしたAラインのソレは、淡い光沢のあるクリーム色の生地に、金糸で花の刺繍が施されていて、そのまま着ていても入浴着に見えないぐらいに可愛らしい。セドリックとクライヴ兄様が選び、オリヴァー兄様が絶賛したのも頷ける程の出来栄えだ。


「はぁ…。でも出来れば、裸で入りたかったなぁ…」


前世で服を着て入浴する習慣が無かった私にとって、コレを着て入浴って抵抗感が半端ない。でも着ないと、マッパで兄様方やセドリックとご対面しなきゃいけないし…。


「…うん、それは流石に駄目でしょ!…はぁ…仕方がないか」


私は渋々入浴着を身に着けると、気持ちを切り替え、大浴場へと足を踏み入れた。


「うわぁ…!!」


目の前にはまさに、夢の空間が広がっていた。


天井まで吹き抜けの巨大空間には、全面にガラスが張られ、巨大な岩風呂の周囲には、自然に生えている様に植えられた樹木が点在している。そして岩風呂には、滝壺から源泉がこんこんとかけ流されているのだ(内部に転移魔方陣が設置されているらしい)


実は温泉の供給口を「滝にして欲しいです!」ってリクエストしたら「何で?」って皆に不思議がられたんだよね。でもそこは「前世の温泉好き達、全てのロマンだからです!」で押し切った。凄く微妙な顔をされたが、後悔はない。


私は逸る気持ちを抑え、これまたシャワーの要領で造られたミニ滝で、少しぬるめの湯を浴び、岩風呂へと入って行く。


え?何でシャワーまでもが滝なんだよって?そりゃあ勿論、温泉マニアのロマンだからですよ!…まあでもリクエストしたら、これまた「何で?」って皆にツッコまれたけどね。ええ、当然「ロマンだからです!」で押し通しましたよ。


「……は~~~っ!…最っ高…!!」


ミニ滝と同じ、少しだけぬるめなお湯が、優しく身体を包み込む。入浴着も思った程不快ではなく、水に濡れてもサラッとした着心地だ。


「透けるかな…?」と思っていたが、見た感じ、身体のどこも透けている所は見当たらない。これならまあ、裸では無くても気持ちよく入浴出来そうだし、兄様方やセドリックに見られても平気だろう。


「はっ!そうだ!!悠長にしていらんない!兄様方が来る前に泳がなきゃ!」


そう、折角あの口うるさいジョゼフもいないのだ。兄様方が来るまで、まだ15分程あるし、それまでに急いで泳いでおこう。取り敢えず、この浴槽の端から端まで。


「ふ~~っ…。いや、極楽極楽!」


スーイと平泳ぎで泳いで、滝壺まで到着。


今の私は淑女として…というより、女としてダメダメだろう。でもいい。ここには今の所私一人だけなのだ。長年の夢が叶った。それだけでいいじゃないか。


そのまま、ぱちゃぱちゃ泳いだり潜ったりしていた私だったが、何故か一向に来る気配のない兄様方やセドリックに首を傾げる。


「おかしいなぁ…。もうとっくに30分経っていると思うんだけど…」


私は岩場に乗り上げ、ホッと一息ついた。

ぬるめの湯でも、そこは温泉。長く浸かっているとやはり熱くなってくる。しかも散々泳ぎまくってしまったし、身体は既に水分を欲している。


「もう上がろうかな…」とも思ったが、今日の主役である兄様方が、私と一緒に入浴するのを楽しみにしているのに、当の私が出てしまっては元も子もない。


仕方がないので、少し水を浴びようと立ち上がったその時だった。大浴場のドアが開く気配がし、私は反射的にそちらを振り向いた。


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エレノア、何気にセドリックに対して内助の功しておりますv

そしてエレノアの悲願の大浴場は、兄様方やセドリックにとっても悲願である事を

失念しているエレノアです。

ちなみに、ひまわりの花言葉は『私はあなただけを見つめる』『あなたを幸せにする』です。

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