第69話 宣戦布告

私がアシュル殿下にティースタンドに乗ったお菓子の半分近くを食べさせられた頃、ようやくといった様子で、父様がサロンに現れた。


「エレノア…無事?」


「と…父様!」


どうなさったんですか!?覇気も生気も枯れ果てたって顔をなさってますよ!?あっ!さっきまで無かった白髪発見!…って、あれ?父様の後ろに立っている男性は…?


「ほう。貴方がエレノア嬢ですか。お初にお目にかかります。私はこの国の宰相を務めさせて頂いております、ギデオン・ワイアットと申します」


私は慌てて席を立ってお辞儀をしようとしたが、ワイアット宰相様は、そんな私をやんわりと制止する。


「よろしいのですよ。聞けば不調で倒れられたばかりとの事。そのままで結構です」


そう言って、優しく微笑まれた長身で初老のナイスミドル(顔が良い感じにぼやけてます)に、私は恐縮しながら頭を下げる。


「初めまして。ワイアット宰相様。アイザックの娘のエレノアです。座ったままでの非礼、どうぞお許しくださいませ」


「これは丁寧に。ようこそ王城に。体調が万全ではない中、バカ弟子の仕出かしによるくだらぬ用事で、こんな所までご足労おかけしてしまい、大変申し訳なく思っておりますよ。この城の者を代表しまして、心よりお詫び申し上げます」


そう言って頭を下げたワイアット宰相様に、私は慌てて立ち上がり、負けじとばかりに深々と頭を下げた。


「も、勿体ないお言葉です。こちらこそ、父の振る舞いにより、多大なるご迷惑をお掛けしてしまいました。深くお詫び申し上げます」


私の言葉を受け、ワイアット宰相様が、「ふ…」と優しく微笑まれた(気がした)


「成程…。お噂には聞いておりましたが、アイザックの娘にしておくには、勿体ない程の良いお嬢さんだ。是非とも私の娘か孫になって頂きたいぐらいですよ」


「そんな事しやがったら、末代まで呪って祟るぞ!クソジジイ!!」


とうさまー!不敬ー!!と、叫ぶ間も無く、ワイアット宰相様の額に幾つもの青筋が浮かび上がった。しかも、今すぐぶち切れそうなぐらいにクッキリと。


「アイザック、貴様ー!!まだ叱られ足りないようだな!?今すぐ陛下方の元に戻って、今度は鉄拳制裁付きで説教してやろうか!?陛下方もさぞお喜びになる事だろう!!」


「くっ!何という鬼畜な…!!」


「そう思うんだったら、余計な口をきかずに黙っておれ!このバカ弟子が!!…ああ、失礼エレノア嬢。淑女に大変お見苦しい様をお見せ致しました」


「い…いえ…そんな…」


私に顔を向けた途端、先程の鬼の形相を瞬時に好々爺へと変貌させたワイアット宰相様に、引きつり笑いを返しつつ、思わず、足がガクブルしてしまう。


そして私が知らなかった、父様の知られざる顏にもビックリだ。なんか父様、家ではにこにこホヤホヤしたおとぼけキャラだったのに、王宮では逆にやんちゃキャラになっちゃうなんて…。


それだけ王宮が戦場だって事なのか、はたまたこれが父様の地なのかは分からないけど、私としてはどっちの父様も父様だし、やんちゃキャラ…凄く魅力的に見える。ひょっとして母様に対しても、やんちゃキャラなのかな?おおっ!まさかの父様のギャップ萌え!なんかちょっとドキドキするな!


「聞けば私の孫のマテオとも仲良くして頂いているとの事。重ねて感謝致しますよエレノア嬢。あの子はちょっと…いや、大分性格がアレなもので。友人と呼べる者が少なくてですな。至らぬ孫ですが、これからも仲良くしてやって下さい」


「え?はっ!あ、いいえ!こ、こちらこそ…マテオとは色々と…はい」


ワイアット宰相様の言葉に我に返った私は、慌てて曖昧に笑いながら誤魔化す。だってまさか、会えば軽口叩いたり小喧嘩かましております…なんて言えませんよ。それにマテオにとって、私は憎い恋敵だろうから、仲良くしたいなんて思ってもいないだろうしね。


しかしこの方、父様の事を「バカ弟子」って言ったり、王族への謝罪を「くだらぬ用事」なんて言い切っちゃうあたり、かなりの猛者とお見受け致しました。


あ、リアムとアシュル殿下が「兄上。俺、ワイアットのあんな笑顔、初めて見ます」「ああ。僕も見るのは久し振りだ…」なんてコソコソ言い合っていますよ。父様もジト目で睨んでいるし。ワイアット宰相、貴方実は王宮を牛耳る裏ボスという設定なのでしょうか?


「さて、では王宮の外までお見送り致しましょう。国王陛下と王弟殿下方は、生憎これから仕事がありましてね。エレノア嬢にはくれぐれも宜しくと仰られておりました」


「か、過分なお言葉を頂戴しまして…。あの、こちらこそ、有難う御座いましたとお伝え下さい」


「はい、お伝えしますよ。ああそうそう、「用事がなくともいつでも遊びに来るように」とも言付かっております」


「なっ!?そ…いたっ!!」


何か言おうとした父様の頭を、すかさずワイアット宰相様が鷲掴んで黙らせる。私は汗を流しながら「お心遣い、有難う御座います」と頭を下げたのだった。





そうして私、父様、ワイアット宰相様、そしてアシュル殿下とリアムが近衛達を引き連れながら、ゾロゾロと正門に向かって回廊を歩いて行く。


私はチラリと斜め横を歩くリアムの様子を伺う。


すると口元が固く一文字に閉じられている。…うん、明らかに拗ねている。


なんせ私、途中からはアシュル殿下とばかり喋っていたし、最終的にはアシュル殿下にお菓子食べさせられまくって終了だったしね。そりゃ拗ねもするだろう。


私はススス…と、さり気なくリアムの傍に行くと、こっそり声をかけた。


「リアム」


「…なんだよ?」


うわぁ…目を合わせようともしない。しかも凄い不機嫌声。こりゃ相当怒ってるわ。


まあね、友達が家に遊びに来たのに、(実際は遊びにきた訳ではないけど)ずっと自分の兄弟とばかり話していたら、自分だったらいい気分じゃないだろうし。…う~ん…何か話題をふるか。でも何を話せば…あ!そうだ!


「ねえ、リアム。リアムって空飛べる?」


「――は?何だよ唐突に」


いきなりの私の質問に、リアムが(多分)困惑顔でこちらを振り向く。


「うん、あのね。『風』の魔力が強いと空を飛べるって、ある人から聞いたの。だから、リアムは飛べるのかなー?って思って」


「え…。いや。そもそもそんな事、考えた事もないが…」


「そっか。出来ないのかー」


残念。リアムが飛んでるとこ見たかったのに。きっと風の妖精みたいで素敵だったろう。


「いや、まぁ…。父上とかに聞けばひょっとして…。父上も強い『風』の魔力をお持ちだから」


「本当!?じゃあ、もし飛べるかもだったら教えてね!?」


「…エレノア。もしさ、俺が空飛べるようになったら…お前も飛んでみたいか?」


「えっ?!私も飛べるの?」


「ああ」


「本当!?うん!飛ぶ飛ぶ!」


「そうか。じゃあ俺が飛べるようになったら、一緒に飛ぼう。…約束だからな?」


「うん!」


「お前の兄達やセドリックがダメだと言っても、絶対一緒に飛ぶんだぞ?」


「…うん?」


「よし!約束だからな!」


リアムは口角を上げ、満足そうに頷く。どうやら機嫌は直ったようだけど、なんか最後の台詞、引っかかるな。


…お察しの方も多いと思うが、リアムとエレノアの『一緒に飛ぶ』の認識はまるで違っていて、リアムが必死に努力した結果、本当に飛べるようになった時、その認識の違いにエレノアが青褪める事になるのだが、それは後々の話である。





やがて王宮の正門へとやってくると、バッシュ公爵家の馬車の前で、オリヴァー兄様とクライヴ兄様が待っているのが見えた。


二人は私と父様の姿を確認し、ホッとしたように表情を緩めた。


そして同じく、馬車の御者席に座って私達を待っていたメル父様とグラント父様は、ワイアット宰相様を見て「げっ!」と顔を引き攣らせる。


「ふん。馬鹿三人組の、残り二人がこんな所に居たか。貴様ら、こんな所で堂々と仕事をサボっているとは、見上げた根性だな?!」


再び青筋を浮かべたワイアット宰相様の言葉に、メル父様とグラント父様の目が泳ぐ気配がする。うわぁ…。父様方、揃ってワイアット宰相様が苦手なんだ。あの恐いもの無しって感じのグラント父様までもがバツの悪そうな顔しているっぽい。なんか凄い新鮮!


「やあ、クライヴ。それにオリヴァー」


「アシュル…」


「アシュル殿下。ご機嫌麗しゅう…」


バチィ!と、ものっそ火花が散った…気がする。アシュル殿下も兄様方も、表情はむしろ穏やかそのものなんだけど、兄様方は雰囲気がマジで笑ってない。なんか空気も滅茶苦茶重い。うう…恐いよぉ…!


「二人とも、そんな恐い顔して待機していなくても良かったのに。心配しなくても、エレノア嬢はちゃんと返すつもりだったんだから。…今はね」


ん?殿下…『今はね』って一体…?ひぃっ!オリヴァー兄様の顏が能面に!ああっ!クライヴ兄様は背後に夜叉がっ!!


「それじゃあね、エレノア嬢。また近いうちにお会いしましょう」


「あ、はい。…あの、今日は本当に有難う御座いました」


「いいえ。僕もリアムも、とても楽しい時間を過ごせました。感謝します」


そう言って、アシュル殿下は私の手を取ると、なんと手の甲に口付けた。


「――ッ!!?」


ボンッ!と一気に顔から火が噴く。それと同時に、凄まじい殺気が兄様方から放たれ、それを受けた近衛達がアシュル殿下を守る為、一斉に兄様方の前に立ち塞がった。


「お前達、止めろ!今のは兄上が悪い!!」


リアムの鋭い一声に、近衛達は剣の柄にかけていた手を降ろし、後方へと下がった。リアムは真っ赤になって、頭から湯気を出している私をアシュル殿下から引き離すと、なんかもの言いたげに私を見つめた後、手をギュッと握った。


「それじゃあ、また学院で」


「う…うん…」


「エレノア、さ、帰ろう」


すかさず、父様が私の肩を抱いて馬車の方へと急いで向かった。


「エレノア!」


待ち構えていたオリヴァー兄様が、父様を突き飛ばす勢いで私に近寄ると、ギュッと抱き締め、間髪入れずに横抱きにする。


「ひゃあっ!」


いきなりの事に悲鳴を上げ、あわあわと動揺する私に構う事無く、オリヴァー兄様は私を横抱きにしたまま、馬車へと乗り込んだ。


「エレノア…!」


「にいさま…んっ!」


馬車に入った途端、オリヴァー兄様に口付けられた。――って、兄様!ま、まだ馬車の扉、閉めてません!お、おち…落ち着いて下さいーっっ!!


馬車の中で、エレノアが必死に足をジタバタさせているのを見ていたアシュルが、クライヴに呆れ顔を向けた。


「クライヴ。あれ、止めてあげたら?エレノア嬢、物凄く嫌がってるけど?」


「誰のせいだ!誰の!?そもそもお前が俺達を挑発しなけりゃ良かったんだよ!あのカッコつけしいは、一旦火が点くと地が出るんだ!お前もそれ、薄々分かってたろーが!?」


「だから在学中、いつも言っていたのにねぇ。君や僕のように、正直に生きる方が楽だよって」


「お前がいつ!正直に!生きてたんだ!?」


「君達の前では、割と正直だったけど?」


互いに睨み合った後、クライヴが表情を無くし、アシュルを見つめる。


「…本気なのか?お前」


「…だったらどうする?」


「決まってるだろう。俺達からエレノアを奪おうとする奴は、誰であろうと迎え撃つ!…それが例え、王族お前であってもな」


「ふふ…。クライヴらしいね。安心するといい。僕もリアムも『王家特権』を使う気は全く無いから。それに、決めるのはあくまでエレノア嬢だ。正々堂々、戦おうじゃないか。この国に生まれた男としてね」


暫し互いに睨み合っていた二人だったが、クライヴが「はーっ…」と盛大に溜息をついた。


「…ったく…。だからお前にエレノア会わせんのヤだったんだよ!」


「じゃあやっぱり、お茶会でのエレノア嬢のあの・・演技は、僕達に対する虫除けだったって訳か」


無言で肯定するクライヴに、アシュルは苦笑した。


「それはお気の毒様としか言えないね。でもエレノア嬢がエレノア嬢である限り、こうなる事は不可抗力だったんじゃない?寧ろお互い、今後の事を考えた方がいいかもね。…これ以上増えないように」


「…それが出来りゃあ、苦労しねぇよ!」


「確かに…」


ここで初めて、アシュルが同情の眼差しをクライヴに向けた。今後クライヴ達の苦悩は、まんま自分自身にも適用されるのだ。あの無自覚タラシなご令嬢は、放っておけば誰かれ構わず虜にしてしまいかねない。見ている分には面白いのだろうが、当事者になってしまった今となっては、全くもって笑えない。


「…兄上、クライヴ・オルセン。お話し中悪いけど、そろそろあれ止めないと…エレノア、窒息するんじゃないか?」


リアムの言葉を受け、二人揃って馬車に目をやると、ジタバタ暴れていたエレノアの足がピクピクと痙攣しだしている。


「わーっ!!オリヴァー!ストーップ!!ストップだ!!エレノアー!しっかりしろ!!」


慌ててクライヴが馬車に飛び込んでいくと、そのまま扉を閉めた。


微かに聞こえる怒鳴り声。そして馬車がめっちゃ揺れまくっているのを、アシュルとリアムが近衛達共々、汗を流しながら見ている横で、ワイアットが「丁度いい!お前らさっさと自分の仕事場に戻れ!御者なら別のを付けてやるから安心しろ!」と言いながら、バッシュ公爵、クロス魔法師団長、オルセン将軍を引き摺って王城に戻ろうとしているのが見えた。


――そういえば確か、あの三人が王立学院在学中、唯一頭が上がらなかったのが、特別講師として王立学院に在籍していたワイアット宰相だった…と聞いた事があったな。成程、今でもその力関係は変わらないと言う訳か。


「…まあ、父上達も頭が上がらないんだから、そりゃそうだよね」


ちなみに自分達も、何かやらかすたびに盛大に雷を落とされたものだ。…鉄拳制裁付きで。


しかし、あのワイアット宰相にあそこまで気にいられるとは…。本当に、エレノア嬢は凄い。あのオリヴァーとクライヴが溺愛して、誰の目にも触れさせないように画策してきた理由がよく分かる。


「…兄上。抜け駆け無しですからね」


拗ねたような声に振り向くと、そこにはしっかり男の顔をしたリアムが自分を見つめていた。


「それは分からないよ?いくら可愛い弟でも、男として譲れないものはあるからね」


途端、顔がむくれたようになるリアムを見て、こういう所はまだまだ子供だな…と、不覚にもほっこりしてしまう。


「…まあでも、ここは共闘しようか。なんせ戦うべき相手が強敵過ぎる。今の状態は、圧倒的にこちらが不利だからね」


そう、僕達が戦うべき恋敵達は本当に強力極まる。クライヴには『王家特権』を使わないと言ったが、正しくは『使えない』だ。使ったが最後、王国が内乱状態になる程の大惨事になる事は確実なのだから。それゆえに父上方のスタンスも、あくまで「自分達の力で何とかしろ」である。


だから僕もリアムも、王家の者としてでなく、一個人の男として愛しい女性を得る為、正々堂々彼らに戦いを挑んだ。オリヴァーもクライヴも、そしてセドリックも、この戦いを受けるだろう。だって彼らも僕も、この国の男なのだから。


この国の男は、真に愛する女性を得る為なら、どんな戦いも苦労も厭わないのが売りだからね。…僕達の父親達のように。


「ひとまず、父上達に報告と…エレノア嬢の愉快な考察を教えてあげようかな」


何とか出発した馬車を見送りながら、アシュルはポツリとそう呟くと、小さく笑った。


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父様方の天敵、登場です。

そしてオリヴァーお兄様、キレました。何気にクライヴ兄様は長兄らしく、

オカン的ポジですね(笑)

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