第68話 内緒の真実

「さて、さっきの君の質問だけど、『公妃』である母上が、何故王宮を出る事を許可されているのか…それが知りたいんだったよね?」


私はゴクリ…と喉を鳴らしながら、緊張の面持ちで頷いた。


実は兄様に王家の妃について説明をされた後、私は自分なりにその事について調べてみたのだ。


勿論、王家に関わる事だから、当たり障りのない事しか分からなかったけど、とにかく『王族の妃』に求められるものは、第一に『純潔』である事。そして第二に『王家直系に連なる者達に認められる事』…だった。ちなみにそれを教えてくれたのは、ジョゼフやウィルである。他はだいたい、兄様達や父様方が話してくれた通りの事ぐらいしか分からなかった。


「エレノア嬢は、もう知っていると思うけど。我々王家の者は、様々な特権を持っている。その中でも最たるものが『女性を選ぶ権利』だ。この国において、男性の方が女性を選べるのは、我々王家の…特に直系にのみ許される権利だ」


「はい」


「…と、されている」


「…は?」


――『と、されている』…?


「皆、誤解しているんだけど、確かに僕達王族は女性に選ばれるのではなく、自らに選ぶ権利がある。だけど正しくは『女性を選ぶ権利はあるが、最終的に女性に認められなければ、求愛は無効』なんだよ」


私はその衝撃発言に目を丸くしてしまった。

だって、じゃあつまりは、女性には自由意志が認められている…って事じゃないか!?



「嫌がる女性を無理矢理召し上げるなんて、この間粛清したリンチャウ国じゃあるまいし、この国で…ましてや王族が、出来る訳ないだろう?」


「た…確かに…そうですね」


そうだよね。考えてみたら、あんな野蛮な国ばりの事していて、並外れたDNAを維持する事なんて不可能だよ。国民からの反発だって想像出来るし、逆臣なんかも生み出しかねない。


「まあ…正しく世間に伝わってこなかったのは、僕ら王族の求愛を断る女性がほぼいなかったからと、王家が敢えて訂正しなかったから…かな?ああ、後は婚約者を王家に奪われた形になった者達の恨みつらみで、今現在の内容で伝えられているってのもあるかな?」


そ、そうか…。確かに王家に連なる者…ましてや直系の方々に望まれたとして、それを拒む女性が、この国に果たしているのかどうか。…いや、いない。彼らこそ間違いなく、肉食女子ハンター達が望む、最も得難い結婚相手獲物なのだから。


という事は、嫁いだら籠の鳥って言うあれも嘘なのかな?


「いや、あれは割と本当。基本この国の男性は、愛する女性に対する独占欲が凄まじく強いからね」


あ、それは本当でしたか。


でもむしろ、望まれた方も「私、それ程愛されてる…♡」なんて、喜んで受け入れちゃって、自ら籠の鳥になっていたっぽいな。


――…ああ、そうか。


ひょっとして、それで王家は敢えて訂正や否定をしなかったのかな?


だってそうすれば、『女性を選ぶ権利』のある王族である夫の目が他の女性に向かないようにする為、愛しい女性が自ら進んで籠の鳥になってくれるのだから。


私の考えを読んだように、アシュル殿下の口元に微笑が広がる。


「エレノア嬢は相手からの言葉を、ちゃんと自分の頭で考えようとするんだね。それはとても素晴らしい事だよ」


おわっ!褒められた!ロイヤルなお方、直々に褒められた!うわぁぁ…!なんか、凄く嬉しいな。


思いもよらずアシュル殿下に褒められ、にやつきそうな顔を心の中で叱咤する私に向かい、アシュル殿下が再び口を開いた。


「でね、このアルバ王国の歴史の中で、我々王族の求愛を蹴った女性が、実は何人かいるんだよ」


「えっ!?」


この国の女子が、超絶優良物件の求愛を…!?マジですか!?


「まあ、百年に一人、出るか出ないかの確率だそうだし、ここ数百年は出ていなかったらしんだけどね。…ちなみに、その内の希少な一人が『聖女』である僕達の母親」


「ええっ!!?」


アシュル殿下の爆弾発言に、思わず大声を上げてしまった。え?殿下方のお母様が…聖女様が、『あの』国王陛下や王弟陛下方の求愛を蹴った…と?!


嘘でしょー!!殿下方全員の顔を見ちゃったけど、全員オリヴァー兄様やクライヴ兄様ばりの超絶美形集団だったよ!?って事は、お父様である国王陛下や王弟殿下方も、当然超絶美形な訳で…。しかも選ばれしDNAをお持ちの、肉食女子達いわく、超絶優良物件じゃないか!!聖女様、何でそんな方々の求愛をお断りしたんだ!?


「せ、聖女様…。ひょっとして婚約者とか、他に好きな方がいらっしゃったのですか?もしくは、ご家族と離れ離れになるのが嫌だったとか…?」


「いや、母上には婚約者も恋人も…ましてや離れるのが辛い家族さえ、誰一人いなかったよ」


――誰もいなかった…?


「あの…それってどういう…」


「ごめんね。たとえ君であっても、流石にそこまでは話せない。…けど、とにかく母は父上達の求愛を拒み続けた。しかも、『光』属性で癒しの力があるのをこれ幸いと、『聖女』になって教会に逃げ込んじゃったりしてね」


なんと!そんな逃げ回るぐらいに嫌だったとは!


ってか聖女様!聖女になったのって、求婚から逃げる為って、あの清楚でたおやかなお姿からは想像出来ない。私の母とはまた違ったアグレッシブさだ。


「あ…あの…。一体全体聖女様は、国王陛下方の何がそこまで嫌だったんですか?」


「うん。「美形過ぎる所」だったそうだよ」


「…はぁ?!」


「母はね、美形に全く興味が無かったんだよ。だから父上や叔父上達は、母にとって『範疇外』だった訳で、とにかくフラれまくったって言ってた。『この顔に生まれた事を、あの時程呪った事はない』ってのが、父上達の口癖。何とか母を口説き落とした時なんて『以前は呪いまくっていた女神様に、あの時は心の底から感謝した』って言っていたかな?」


こ、国王陛下方…。いくら意中の女性が女神に仕える聖女様になって、自分達の元から逃げたって言ったって、女神様呪うって、不敬の極みでは?というか女神様、とんだとばっちり!…はっ!そうか!だから父様の不敬に対して、あんなに寛容なのか!?(違うと思うけど)


「で、でも聖女様、最終的には陛下方の求愛を受け入れたんですよね?」


「うん。母上いわく『あのしつこさに根負けした』だって。だからまぁ、厳密に言えば、未だに父上達は母上に絶賛片思い中…って事になるのかな?」


成程。だから聖女様の自由行動を制限出来ないのかもしれないな。…でも…。


「アシュル殿下」


「うん?」


「ちなみに聖女様って、どんな風に国王陛下方に接せられているのですか?」


「え?そうだな…。普段はとても仲良くしているけど、父上達が他人や僕達の前で母上と触れ合おうとすると、嫌がって怒ったり…。後は、何かが母上の逆鱗に触れたりると、ずっとツンとして返事をしなくなったりする…かな?」


――ツンとする…だと!?


「そういう時、陛下方はどうされているのですか?」


「それ以上怒らせない様に、なるべくそっとするようにしている」


「それで聖女様のご機嫌は直るのですか?」


「う~ん…。なんか母上、父上達の事気にしているッぽいんだけど、むしろ増々ツンとしてしまう事が多いかな?まあ、何日か経つと、元に戻るけど」


――間違いない!聖女様はツンデレだ!!しかもツン要素多めの、不器用系ツンデレ!


「アシュル殿下。片思い中って事は無いと思いますよ?国王陛下方と聖女様、多分両想いだと思います」


私の言葉に、アシュル殿下とリアムが揃って目を丸くした(ような気がした)


「え?でも未だに母上、俺や父上達には事あるごとに、さっき言ったみたいな事を…」


「リアム。それ多分、照れ隠しだと思うよ?散々国王様達をフリまくっていたのに、今では大好きになっちゃったから、それ悟られたくなくて、わざとそう言ってるんじゃないかな?それか、遠回しな惚気?」


うん、多分そうだと思うよ。だって聖女様の態度って、前世の漫画でよく見た『ツンデレ』キャラにそっくりなんだもん。


そもそもツンデレの人って、ツン状態になっている時ほど、甘く優しく攻めると途端にデレる。って、ある漫画で描いてあった。


という事は、陛下方の対応は寧ろ、ツン状態の聖女様にとっては逆効果だ。だからいつまでも、デレを出す事が出来ずに何十年もやってきたのではなかろうか。だとしたら聖女様って、筋金入りのツンデレなんだな。


ううむ…。しかし、まさかこの世界にツンデレの女性が生存していたとは…!


「ねえリアム。貴方やお兄様方、聖女様に物凄い愛情いっぱいに育てられたよね?それに、いっぱい「愛してる」って言われて育ったんでしょう?」


「え?…う、うん」


「ほらね、やっぱり聖女様は陛下方の事愛しているんだよ」


「意味が分からない。何でそれで愛してるって分かるんだ?」


「だって、大好きな人達が自分にくれた、かけがえのない子供達だもん。思いっきり大切にするに決まってるじゃない!」


「――ッ!」


リアムと…そしてアシュル殿下が息を飲んだ。


ひょっとしたら聖女様、陛下達の事、最初から好きだったのかもしれないな。でも例えば、「自分達が求愛すれば、必ずOKしてもらえる」なんて態度が鼻についちゃって、それでお断りしたらその結果意地になっちゃって、ツンデレなのも相まって、誤解されてそのまま…とか。


うわぁ!前世における、王道青春ラブロマンスの匂いがする!そういう展開、大好物です!想像するだけで滾るわ~!!


それに、いくら根負けしたからって、好きでもない相手を四人も夫になんか出来ないし、ましてや全員の子供をちゃんと産むなんて事も有り得ない。これが愛でなくてなんだと言うのか。


そんな事を、ツンデレだの王道ラブロマンスだのはオブラートに包み、アシュル殿下とリアムに説明していく。勿論「あくまで私の想像ですが」って付け加えるのも忘れずに。


「…ん?」


――はっ!な、なんか凄い視線を感じる。あっ!アシュル殿下とリアムが、めっちゃ私を見ている。ひょっとして「お前、何言ってんだ?」的な視線?…そうかもしれない。いや、きっとそうだ。


考えてみれば、万年喪女が何を偉そうに…って事だよね。いや、殿下達は私の前世が喪女だって知らないけどさ。でもたかが12歳の、鼻血噴いちゃう痛い女が、男女間の恋愛語るなって、普通は思うよね。…あっ…!ヤバい。これって不敬?私、詰んだ?!


「エレノア嬢…」


「も、申し訳ありませんっ!変な事をベラベラと!わ、悪気はなかったんです!!どうか許して下さい!私が無事に帰らないと、討ち入りが…!アルバ王国に不幸が…!!」


「エ、エレノア!落ち着け!ってか、討ち入りだの不幸だの、一体何言ってんだお前?」


「だ、だって…!」


慌てているリアムに涙目を向ける。ううう…やっちまったよ!兄様方や父様方に、一切喋るなって釘刺されていたというのに…私は何を調子に乗って、ベラベラ喋りまくっているんだ!


「…クッ…は、ははははっ!!」


突然笑い出したアシュル殿下に、私とリアムは同時に殿下の方へと顔を向けた。そんな私達にお構いなしに、アシュル殿下は楽しそうに笑い続けている。


「そ…そうか…。じゃあ、父上達はもうとっくに、本懐を果たしていたって訳だ…!ははっ!そうか、母上のあれ、照れ隠しだったんだ!…参ったな。それが分からなかったなんて、僕も父上達もまだまだだな!」


クックッ…と、なおも楽し気に笑いながら、そう話すアシュル殿下は、何だか凄く嬉しそうだ。…えーと。取り敢えず、私の不敬発言でお怒りモードだった訳ではなかったんだ。良かった。


「ああ。本当、スッキリしたよ。エレノア嬢のお陰で、父上達が初の『例外』にならなくて済んだ」


「例外?」


「…さっき言った『女性を選ぶ権利』を、王家が何故間違ったまま放置してきたのか。それはね、求愛を断られても、最終的には相手の心を手に入れてきたからなんだよ。つまり結果的には、愛した女性を手に入れられなかった王族は一人もいない…って事になるからね」


――な、成程…。確かに。


「父上達は、母上を『公妃』には出来ても、心から愛されているって思っていなかったから、自分達は『例外』だと思っていたって訳。勿論、僕達もそう思っていた。…でも、それは間違っていて、父上達はちゃんと、母上の心を手に入れられていたんだ。…じゃあ僕も父上達を見習って頑張らないとね。初の『例外』になりたくないし」


えっと…。何を頑張るのかな…って、あっ!そうか、自分の伴侶の事か。って事はアシュル殿下、好きな人いるのかな?


「えっと…頑張って下さい。応援しています!」


「うん、有難う。エレノア嬢のお陰で、心が決まったよ」


確かに。なんかアシュル殿下の雰囲気、何かを吹っ切ったように、凄く明るくなっている。きっと今、彼は輝く様な笑顔を浮かべているに違いない。…おっといかん。あの顔面凶器を想像してはいけない。


「ねぇ、エレノア嬢」


「はい?」


「これね、僕が一番好きなお菓子なんだ。卵をたっぷり使用したフワフワのスポンジ生地に、蜜をたっぷり染み込ませたケーキ」


そう言ってアシュル殿下が手にしたのは、説明通りに、トロリとした蜜と、砕いた乾燥ラズベリーであろうものがかかっている、小さなカップケーキだ。美味しそうなその見た目に、思わず喉が鳴る。


「エレノア嬢にも、きっと気に入ってもらえる筈だよ。食べてみない?」


「い、いえ。あの、今はお腹が空いていないので…」


本当はちょっと、お菓子食べたいモードになっていたのだが、万が一の事を考え、私は即座に、その魅力的な提案を辞退する。


「そう。美味しいんだけどな」


でもアシュル殿下は、そんな私に気を悪くした様子も無く、手にしたケーキをパクリと口に含んだ。それを見ていた私の口が、思わず開いたその隙を逃さず、アシュル殿下は一口齧ったケーキを、私の口の中へと押し込んだ。


「むぐっ!」


思わずケーキを含んでしまった私の唇に、アシュル殿下の指が触れ、思わず反射的に閉じてしまう。


「味見。これぐらいならいいだろう?」


そう言って、ニッコリ笑うアシュル殿下に何も言えず、私は口をもぐもぐしながら、目を白黒とさせた。


「美味しかった?」


味なんか分からなかったけど、反射的にコクコクと頷く。


「ねえ、エレノア嬢。君が今聞いたように、王家の男は、こうだと決めた女性は必ず手に入れようとするんだ。…僕も、愛する女性を手に入れる為なら誰とだって戦うし、決して諦めない。…それを覚えておいてね?」


きっと極上の笑顔を浮かべているのであろうアシュル殿下。でも何故か、その笑顔が…その言葉が、まるで捕食者のソレのように、私の全身を絡め取る。


背筋に走った不可思議な痺れに、思わずギュッと身体を強張らせながら、何故そんな事を私に言うのかと首を傾げると、アシュル殿下は呆れたように苦笑した。


「全く…。君って他人の事には聡いのに、自分事には驚く程鈍感だよね」


「兄上!なに抜け駆けしてんだよ!エレノア!俺はこれが好物だから、これも食べろよ!」


「リアム、お前は自分の作ったクッキーを食べさせたいんだろう?初心は忘れちゃいけないよ。ああ、エレノア嬢。こっちのクッキーも美味しいよ?はい、あーん」


私はブンブンと首を横に振ったが、そんな私にアシュル殿下は、ニッコリ笑顔でこう言い放った。


「僕にお菓子を食べさせてもらったって、クライヴ達には内緒にしてあげるから…ね?」


ア、アシュル殿下ー!!食べなきゃ、私がうっかりお菓子頂いちゃった事、兄様達に言うって言いたいんですね!?それって脅迫ー!!


「はい、あーん♡」


「………」


アルバ王国と私自身の平和の為に、私は顔を引き攣らせながら、アシュル殿下が差し出すお菓子を、次々と口に入れていった。


――エレノアは知らなかった。


遮光眼鏡に阻まれ、見えなかったアシュルの瞳に、蕩けるような甘い熱が灯っていた事を。そしてその熱が真っすぐに自分に向けて注がれていた事を。


そうして甘い拷問は、父様がげっそりやつれた様子で帰って来るまで、延々続けられたのだった。


===================


アシュル殿下、ようやっと自分の気持ちに踏ん切りがつきました。

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