第67話 一緒にティータイム

「さて。では陛下、王弟殿下方、そしてアシュル殿下、リアム殿下。私とエレノアはこれにて失礼致します。これから各方面に、私の仕出かした事態のお詫びをせねばなりませんので…」


そう言って立ち上がった父様に、国王陛下は再び笑みを浮かべる。


「うむ。お前ならそう言うと思ってな。私がその面々を王宮ここに呼び出しておいたぞ。良かったな、これで一気に片が付く。特に宰相のワイアットなど、今か今かと謁見の間でお前が現れるのを、手ぐすね引いて待っている事だろう」


「げっ!」と小さく呟いた父様。そしてその言葉を皮切りに、先程まで国王陛下の後方で控えていた、近衛であろう方々が二人、父様の左右に立ち、その腕を掴んだ。


「なっ!き、君達!何をするんだ!?」


動揺し、叫ぶ父様を見た私も慌てて立ち上がる。…が、絶妙のタイミングで国王陛下と王弟殿下方が次々と立ち上がった為、私は慌ててカーテシーをした。


「では、エレノア嬢。そなたの父親は連れて行くので、暫くここで待っているように。ああ、ただ待つのも退屈であろうから、アシュルとリアムを残していこうか。二人とも、エレノア嬢をしっかりもてなすように」


「はい。かしこまりました父上」


「お任せ下さい、国王陛下」


「それが目的かー!!あんたら、どこまで汚いんだっ!!」


ギャアギャア喚く、不敬の塊たる父様を華麗にスルーし、自分に対して一礼する息子達と、カーテシーをしたまま汗を流している私に優しく微笑みかけると、国王陛下は王弟方と共に「エレノア―ッ!」と叫びながら近衛によって引きずられていく父様を引き連れ、部屋から出て行ってしまったのだった。


後には、私とアシュル殿下、そしてリアムが残された。


二人は早速、私と向かい合わせになる席に座る。すると絶妙なタイミングで、控えていた召使さん達が、私達の茶器を新しいものへと変えていく。


…主人も召使達も、ここまでのスマートな流れ、本当に見事としか言いようがありません。


新たにセットされたカップに、とても良い香りのするお茶が注がれる。勿論、お菓子もチェンジし、今度は豪華な三段仕立てのアフタヌーンティースタンドになった。キラキラ美味しそうなお菓子が、これでもかとばかりに乗せられている。…美味しそう…。


「エレノア嬢。気が張って疲れただろう?まずはお茶を飲んで、喉の渇きを癒すといい」


「あ、は、はい!い、頂きます!」


先程の父様と陛下の鬼気迫るやり取りの所為で喉がカラカラだった私は、アシュル殿下のお言葉に従い、良い香りのするカップに口を付ける。…うん、口に含んだ瞬間、濃厚な茶葉の香りがフワリと広がる。でも喉ごしが凄くスッキリしていて、後味がとても爽やかだ。こんなにも美味しいお茶を飲んだのは生まれて初めてで、私は密かに感動した。流石は王宮。茶葉も超一級品ですね!


「このお茶は、母のお気に入りの茶葉でね。わざわざ南方の国から取り寄せているんだ。君の口に合えば良いのだが」


「は、はい!凄く美味しいです!」


「それは良かった」


ニッコリ笑顔になるアシュル殿下。そして何故か無言のリアム。その後は互いに黙ったまま、お茶を飲む。…う~ん…。沈黙が辛い。でも父様方や兄様方に、極力話すなって言われているしな…。


あ、でもそうだ!私、初潮を迎えた時に助けてもらったお礼、まだしていなかった!お祝いのお花を頂いたお礼もしていないし…。うん、いい機会だ。今この場でまとめてお礼をしてしまおう。


「あ、あのっ!アシュル殿下」


「ん?」


「あ…あの時は…その…。助けて頂き、有難う御座いました。お花も凄く嬉しかったです。…その…。それと、あの時はお見苦しい所をお見せして、大変申し訳ありませんでした」


なんせ私、上から下から血塗れだったしね。


でもさ、初潮は仕方が無いとは言っても、あの時の鼻血はアシュル殿下の所為でもあるんだよね。だってアシュル殿下の御尊顔が、あまりにも破壊力あり過ぎたから…。


途端、私の顏がボンッと真っ赤に染まった。


――い、いかん!折角、遮光眼鏡でアシュル殿下の顏が見えないってのに、あの時のアシュル殿下の顏が瞼の裏に浮かんできてしまった!うわぁぁあ!ダメダメ!また鼻血噴いちゃう!私の脳内から消え去れ!キラキラしい記憶!


「――?…ああ。いや、気にしないで欲しい。寧ろ君に恥をかかせてしまう形になって、本当に申し訳なく思っているんだよ。お花もそのお詫びも兼ねているから、感謝されると逆に恐縮してしまうな」


私の挙動不審っぷりに引くことなく、『あの時』という言葉で、すぐに何を言いたかったのか察してくれたうえ、私の感謝に対し「気遣い不要」と、優しい笑顔と口調で言い放つアシュル殿下。本当に、なんてスマートで優しくて、寛大なお方なんだろう。流石は第一王子…というか、王太子殿下!


というか、この国の王族って、本当に美しいだけじゃなくて、偉ぶらない優しい方々ばかりだよね。国王様だって、父のあんな無礼極まる態度を笑って許してくれるぐらい、おおらかなお方だったし。


「…エレノア。お前、本当に元気なのか?やっぱ、いつもより顔色が…」


「リアム?…じゃなくて!リアム殿下?」


途端、リアムの顏がムッとした(気がする)ああ、友達なのにその敬称!って思っているのが丸わかりだよ。全くもう、本当にリアムって、感情豊かだよね。あんなに綺麗で整った顔しているってのに、今はその顏、すっごいしかめっ面になってんだろうな…って…顏…?


『あっ!そ、そういえば私、リアムの顏も見ちゃったんだったー!!』


今の今迄、怒涛の展開だったし、国王様との謁見で緊張していたから、ど忘れしていたけど。そうだ…私、あの夜会の時に、リアムの顏を見ちゃっていたんだよね!?


自覚してしまった途端、透き通るようなあの美貌が脳裏にまざまざと蘇ってきてしまい、少しは引いたはずの顏の熱が再燃する。しかもあの儚げな美貌に反し、いつもの少年期特有のやんちゃな生意気さや口調が映像にプラスされ、半端ないギャップ萌えを展開させてしまうという、不測の事態にまで陥ってしまった。


うぉぉぉ…!さ、幸い眼鏡のお陰で視覚の暴力による目潰し攻撃は免れているが、脳内映像による精神攻撃はしっかり喰らってしまっている。耐えろ!私の鼻腔内毛細血管!!


「…エレノア…?」


なんか、リアムが恐る恐ると言った様子で私に声をかけてくる。はっ!しまった!どうやら知らずの内に挙動不審になってしまっていたようだ。アシュル殿下も、流石にドン引きしちゃってるっぽいよ!


「ご、ごめんねリアム!でも本当、大した事ないんだって!顔色悪いのも、鼻血出して貧血になった所為で…」


「…鼻血?」


「…あっ…!」


慌てた私はよりにもよって、とってもいらん事を口にしてしまった。


シン…と静まり返る室内。


リアムもアシュル殿下も、どうリアクションをしていいのか分からない様子だ。特にリアムなんか、物凄く申し訳なさそうなオーラ、出しまくってますよ。きっと今頃「余計な言を聞いて、女性に恥をかかせてしまった。どうしよう!」って、脳内で己を責めてるんだよ。基本レディーファーストだしね、この国の男性達は。


でもね?その優しさって、時に残酷なんだよ。寧ろこういう時こそ「なんだよもう、仕方のねーヤツだなー!」って、笑い飛ばしてくれた方が、遥かにダメージ少ないもんなんだよ。そこら辺の機微をね、もうちょっと察してくれると有難いんだけどなぁ…。


――って、察する訳ないか。大体、私みたいな女、この世界にそうそういないだろうから、そんな能力いらんだろうし。


しかし…この空気はいかん!いつ帰って来るか分からない父様を待つ間、ずっとこれでは、私の精神状態が保たない!静かなる拷問でしょこれ。…あーもう!こうなったら!!


「あの…実は…ですね」


私はこのいたたまれない空気を払拭すべく、事の次第を説明し始めた(自棄になったとも言う)


そう、『夜会に行けない辛さと悲しさから、部屋にあった果物を一気食いして鼻血を出してぶっ倒れた』っていう、あのアホな冤罪話しをですよ。それをさも「私、こんなアホやっちゃいました!でも全然気にしていませんよ?あはははっ!」って感じに、努めて明るく説明していく。


「…とまあ、そう言った訳なんです。幸い、主治医の迅速な処置のお陰で、今ではこの通り、大変元気です!」


力強く、己の無事をアピールしつつ、説明終了。


そして私の目の前には、何とか笑顔を浮かべつつも、肩が震えているアシュル殿下と、同じく肩を震わせ俯いているリアムの姿が。…ふっ…。いいんですよあんた方。我慢しないでお笑いなさいな。腹筋辛いでしょ。


「そ…そうか…。それは大変な目にあったね…」


何とか落ち着こうとしているのか、アシュル殿下がソーサーと共にカップを手にするが、手が震えてカチカチ音を立てている。私はアシュル殿下に同意する様に深く頷いた。


「はい。不幸だったのは、糖分多めな果物が多かったって事ですかね。特にバナナが」


「ブハッ!!」


その言葉が最後のとどめとなったか、遂にリアムが噴き出し、爆笑しだしてしまう。アシュル殿下も飲んでいた紅茶を噴いてしまい、そのままリアムと一緒に笑いだしてしまった。


ロイヤルな方々の爆笑シーンという、世にも貴重な衝撃映像を遠い目で見つめている私のカップに、召使の一人がお茶を継ぎ足してくれる。


うん、流石は王族に仕えるエキスパート達だ。動じないな…なーんて思ってたら、お茶を注いでいるティーポットの注ぎ口が、カップにカチカチ当たっていますよ。しっかり動揺してましたか。あ、アシュル殿下方の後方に控えている近衛の方々も、姿勢は崩してないけど、俯いて震えている。…多分彼らの腹筋、明日は筋肉痛で大変な事になるんだろうな。本当、こんな女で御免なさい。


そうして殿下方の笑い声に包まれていた空間は、彼らが落ち着きを取り戻すと共に、再び静かになっていった。


「…え~と…エレノア嬢…」


「あのっ!こ、この場で私が殿下方にベラベラ話しをしてしまった事は、どうかご内密に!特に兄様方には!」


なんかちょっと、バツが悪そうなアシュル殿下に、私はすかさずお願いごとをした。だって流石に、これ以上笑いものになるのも嫌だしね。…まあ、近衛や召使達に聞かれているのに、何を今更って感じもしなくもないけど。


でも兄様方にバレルのは不味い。「お前はー!!黙って大人しくしてろって、あれ程言っただろうがー!!」って、間違いなく雷落とされる。特にクライヴ兄様に。


私のお願いに、アシュル殿下はニッコリ笑顔で頷いた。


「勿論だよ。この場で聞いた事は、絶対に外部には漏らさないから安心して欲しい。ね?リアム」


アシュル殿下に話を振られたリアムはというと、過呼吸でも起こしたのか、必死に息を整えながら頷いている。…リアム…。あんた、本当に見た目とのギャップ凄いね。儚げな見かけのやんちゃ系美少年なんて、まさにギャップ萌えの鑑だよ。見た目想像したら鼻血出そうだから、絶対想像しないけどね。


という訳で、私は更に話題を変えた。


「あの…アシュル殿下。他の殿下方は、今日はいらっしゃらないのですか?」


実はこれ、今回の王室訪問で一番気になっていた所なのである。


「ああ…うん。ディランもフィンレーも、忙しいみたいでね。二人もエレノア嬢にお会い出来ないのを残念がっていたよ」


「そうですか…」


つまり今日、彼らは私の所に来ないという事だ。


私はこっそりと、安堵の溜息を漏らした。だってもしあの二人がいたりしたら、絶対なんらかのボロを出すに違いないと覚悟していたから。


そもそも、ディラン殿下とは直接お会いして、色々素の自分を曝け出していたから、いくら外見が別人になっていても、話をしていたらうっかりバレそうだし、フィンレー殿下に至っては、あの捕らえられた時の恐怖が蘇ってきてしまって、まともに話どころではなくなってしまうに違いない。それにあの方、妙に鋭い所がありそうだから、うっかり身バレしちゃう恐れだってあるし。


信じられない事だが、ディラン殿下は私の事を…その…嫁にしたいと望んでおられるとの事。男の子の恰好していたのに、よく私が女だって分かったなと思います。まあ、私を嫁にしたいってのも、多分ダンジョンで危険を共有したつり橋効果だと思うんだけどね。しかもフィンレー殿下も、私の事をヘッドハンティングしたがっていたし。


もしどちらかが私をあの時の少女だと感づいてしまい、王家特権を発動させ、私を家に帰そうとしなかったら…。


――そ、そんな事になったら、外で控えている討ち入り部隊が、一斉に突撃して来てしまうっ!


確実に起こるであろう未来予想図に、私はブルりと身体を震わせた。


「そうそう、母からも「くれぐれもお大事に」って伝言頂いていたんだった。生憎母も、視察が入っていてね。君に会えないのをとても残念がっていたよ」


「聖女様が…」


聖女様、こんな鼻血女を心配して下さって、本当に有難う御座います!私もお会い出来なくて、本当に残念です。この世界であんなにも優しそうで清楚な女性、聖女様が初めてでしたから。きっと沢山、楽しいお話を聞けたんだろうなと思うと、全くもって残念です!


そこで私はふと、常日頃疑問に思っていた事をアシュル殿下に聞いてみる事にした。


「あの、アシュル殿下。聖女様はよく視察で国中を巡られているってお聞きしたのですが…その、公妃様…なのですよね?なのにその…そんなに出歩かれて、大丈夫なのでしょうか?」


以前、『公妃』に限らず、王家に嫁いだ女性は、他の男の手が付かないよう、王宮に囲われて籠の鳥になってしまう…と、オリヴァー兄様に教わった事があるのだが、なんか聖女様見ていると、とてもそうは見えないんだよね。


私の疑問に、アシュル殿下は何か考えるような仕草をした後、召使の一人に何事かを指示をした。


すると、召使達が揃って私達に一礼すると、部屋から出て行ってしまう。ついでに近衛の方々も、揃って礼を取るや、召使達にならうように、全員が部屋から退出してしまったのである。


え?ちょっと、どうしたってんですか?召使はともかく、近衛が護衛対象を置いてどっか行くってアリなんですかね?


更にアシュル殿下が手を一振りすると、一瞬浮かんだ魔方陣が部屋全体を包み込み、霧散した。


「さあ、これでこの場の会話は一切、外に漏れないようになった。…ではエレノア嬢。さっき君の話を笑ってしまったお詫びに、面白い事を教えてあげようか。本当は絶対に他人に喋ってはいけないんだけど、君になら構わないだろう。…でも、内緒だよ?」


そう言って、アシュル殿下は人差し指を唇に押し付け「内緒」のポーズをとる。

そんな仕草に、思わず赤くなった私に笑顔を向けながら、アシュル殿下の「内緒話」が始まったのだった。


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ディランとフィンレー、互いに意中の女性捜索に躍起で、当の本人が近くにいたのにスルーです。

エレノア、ニアミスでセーフでした。

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