第66話 国王陛下とのご対面

「…あの、父様?」


「なんだい?エレノア」


「ここって、その…。謁見の間…ですか?」


「違うねぇ。どちらかと言えば、サロン…みたいだね」


「ですよねー?!」


私達親子は今現在、めちゃくちゃ豪華なサロン…的な部屋に通され、これまた美形で洗練された物腰が光る召使いの方々(顔がイイ感じにぼやけてます)に傅かれつつ、お茶やらお菓子やらを振る舞われているのである。


お茶もお菓子も、見た目も匂いも滅茶苦茶美味しそう…なんだけど、当然と言うか食欲は湧かないので手は付けていない。


――あれー?おっかしいな?


てっきり謁見の間で玉座に座った国王陛下と、その周囲にずらりと居並ぶ家臣達の前に引っ立てられて、厳しい視線の中、公開処刑よろしく糾弾されるものだとばかり…。


なのに、なんなんですかね?この下にも置かぬもてなしっぷりは?父様なんて、王弟殿下に怪我させちゃった、言ってしまえば罪人なんですけど?いくら次期宰相だからって、この待遇はアリなんでしょうか?


「まあ、まず間違いなく、王弟殿下の怪我は嘘だろうからね」


「えっ!?嘘!?」


「そう。大体、腐ってもこの国を統べる頂点の一角が、僕ごときに突き飛ばされたぐらいで怪我する訳ないでしょ?僕を…と言うか、君をここに呼ぶのが目的だから、あちらにとって謝罪云々はどうでも良い事なんだよ」


あ、そうなんですか。…にしても父様、仮にも次期宰相が王族の事を『腐っても』なんて口にしていいんですか?え?それぐらい言いたくもなる?誰も居ないからいいんだ?…ってか、誰も居ないもなにも、そこら中に召使さん達、ワラワラいますけど?


…まあ、皆さん聞こえているんだろうけど、華麗にスルーしてくれてるっぽい。流石は王宮付きの召使さん達。出来た方々だ。


しかし…そっか。王弟殿下、怪我してなかったんだ。リアムのお父さんだし、密かに心配していたんだよね。無事で良かった、本当に良かった。


それにしても…。


父様が罰を受けなくて済みそうなのは嬉しいんですけど、父様…。舌打ちせんばかりの、そのあからさまなしかめっ面、ヤバいですって!不敬ですよ?!いくら召使の方々だけだと言ったって、いつ国王陛下がお越しになるのか分からな…


「エレノアッ!!」


バーンと、何の前触れもなく、勢いよく扉が開かれる。そして血相を変えた様子で入って来るなり私に駆け寄って来たのはリアムだった。


「大丈夫か!?まさかこんなに早くこちらに来るとは思っていなかった!具合が悪いのに、無理してるんじゃないのか!?というか、どこが悪いんだ!?」


矢継ぎ早に話しながら、ビックリしている私に駆け寄ろうとするリアムの首根っこを掴んで止めたのは、ド金髪で顔がめっちゃぼやけて見えないお方…そう、アシュル殿下だった。


「兄上!」


「リアム!国王陛下よりも先に部屋に入るな!無礼だろう!?」


「――ッ!」


言葉に詰まったリアムと共に扉の脇に移動するアシュル殿下。すると、豪奢で上品な服とマントを付けた、アシュル殿下と同じ、ゆるくウェーブのかかった、襟足長めな輝く金髪の男性が、部屋の中へと入ってきた。オーラまで金色に輝いているように見える。間違いない。この方が国王様だ!…勿論、アシュル殿下の御父上だけあって、めっちゃぼやけて顔は見えません。


「国王陛下」


父様が座っていたソファーから立ち上がり、臣下の礼を取る。私も最上級のカーテシーで陛下にご挨拶をした。


うおぉぉ…!国王陛下のお出ましですよ!ふ、震えるな私!マナーのレッスンを思い出せ!鎮まれ手足!女は度胸だ!


「許す。顔を上げよ」


バリトンボイスの、めっちゃいい声が聞こえ、おずおずと顔を上げると、国王陛下が上座と知れるソファーにゆったりと腰を掛けていた。しかも陛下の他に、三人の男性がいつの間にか増えていて、彼らも陛下の左右に置かれたソファーに座っている。多分…いやきっと、彼らが王弟殿下方なのだろう。


ってか、あんた方、いつの間に入って来たの!?というか、いつ座った!?確か私のしていたカーテシー、20秒にも満たなかった筈!…そ、そうか…。これこそが選ばれしDNAの御業!恐るべし、ロイヤルファミリー!


国王陛下の右側に座っている、物凄い鮮やかな紅い髪の方は、多分ディラン殿下の御父上であるデーヴィス王弟殿下。

ワイルドショートな髪形だったディラン殿下よりは多少長めなヘアスタイルをされている。だけど、後方の一部分だけ長く伸ばされていて、その一房にされた髪を金の髪留めで纏め、前方に垂らしている。そして流石はディラン殿下のお父上というか、ちょっと豪華な軍服的な服をお召しである。


そして左側に座っているお方が、フィンレー殿下の御父上であるフェリクス王弟殿下。え?何で分かるのかって?だって髪が黒髪だから。

フィンレー殿下は前髪も襟足も、オリヴァー兄様よりも長めのサラサラヘアだったけど、フェリクス殿下はそれよりもやや長めにスッキリと纏められた髪形だ。こちらは髪の色に合わせたのか、黒を基調とした服をお召しになっていて、艶やかなローブの様な上着を羽織っていらっしゃる。


そしてただ一人、父様に近い席に座っている、鮮やかな紺色の髪の方は、多分というか、絶対リアムの御父上であるレナルド王弟殿下だ。この方はリアムとそっくりな、前髪パラリの全体的に短めに整えられた髪形をされている。そして、デーヴィス王弟殿下と比べると、ほっそりスラリとした体形をしていて、フェリクス王弟殿下とは反対に、白を基調としたシャープなラインの服をお召しです。



――そして当然と言うか、全員顔がめっちゃぼやけていて、口元くらいしか分かりません。


まあ、当然だよね。あのロイヤル・カルテットのお父様方なんだから。彼らの顏を拝んだ後だから、容姿もなんとなく想像つく。きっと…いや間違いなく、凶器のような麗しい顔面をお持ちでいらっしゃるに違いない。なんせこの世界、息子はだいたい父親に容姿似るからね。


ロイヤル軍団の、いわば総大将的な方々を前にし、私の喉がゴクリと鳴った。


「国王陛下。この度は多大なるご迷惑をお掛け致しました。また、レナルド王弟殿下に置かれましては、私の軽率かつ不敬な行動により、尊き御身を…」


「ああ、謝罪はもうそれぐらいでいい。レナルドの怪我も大した事無かったしな」


「…お心遣い、まことに感謝致します。ですがこのような不祥事を起こし、大罪人にも等しき罪を犯したこの身をそう易々と許されては、王家の沽券にかかわりましょう。ですので私は次期宰相の地位と共に、爵位も返上いたしたく…」


「いやいや、バッシュ公爵。国王である兄の仰る通り、私の怪我も君に突き飛ばされて転んだ拍子に、手首を捻った程度だったしね。このまま君が罰を受けてしまえば、「王族でありながら、受け身も取れない軟弱者」と、私がそしられてしまいかねない」


「………」


「だから国王陛下にお願いして、謝罪も謁見の場ではなく、こうしてプライベートな場所にしてもらったんだ。…お互い、同い年の子供がいる親として、これからも君とは『良好な関係』を築いていきたいと思っているんだからね」


「…勿体ない過分なお心遣い、痛み入ります」


そんな二人の会話を聞きながら、私はゴクリと喉を鳴らした。


――す、凄い…!青いプラズマが散っている!!


レナルド王弟殿下と父様との会話。一見、非礼を犯した臣下を労わる優しい王族…といった風に聞こえるが、父様の表情、めっちゃ能面です!冷え切ってます!対してレナルド王弟殿下の方はと言えば、めっちゃ口角上がっていて、雰囲気も上機嫌そのものです。そしてさっきも言ったように、互いの間に青いプラズマがバチバチと静電気のように弾け散っておりますよ!


「立ち話もなんだ。アイザック、そしてエレノア嬢。椅子に腰かけるように」


国王陛下にそう言われ、父様と私は深々と一礼した後、言われた通り、陛下方と向かい合うようにソファーに腰かけた。


「さて、レナルドの言う通り、形式上の謝罪は終了した。これからはお互い、堅苦しいやり取りは無しにしようじゃないか。なあ、アイザック」


「御冗談を、陛下。陛下に対する不敬とも取れるやり取りを、いくら謁見の間でないとはいえ、晒す訳には…」


「何だ、遠慮するな。ここには私の身内と信を置く者達しかおらぬのだ。いつもの通り、『は?何を仰ってるんですか陛下。日頃の激務で頭沸きましたか?』ぐらいの口調で話せばよかろう」


――ノォォォォー!お、お父様ッ!!


あ、貴方、なんちゅう…!不敬で済ませられるレベル超えてます!陛下、いくらなんでもそれ、冗談ですよね!?…あっ!他の王弟殿下方が、一斉に頷いている!マジか!本当にそんなやり取りしてんのか!?父様!次期宰相としての立場はー!?こ、ここは私が、娘として父親の非礼をお詫びしなくては!


「あ、あの…っ」


私が決死の覚悟で謝罪を口にしようとした途端、父様に今までにない程据わった目で睨みつけられ、慌てて口をつぐんだ。


「そういえばエレノア嬢。そも、アイザックがレナルドを突き飛ばしたのも、そなたに大事があったからと聞くが、息災であったか?」


「あ…」


「お陰様で。何があったかは我が家のプライバシーに関わる事ですので、身内でもない陛下にはお伝えする事は出来ませんが、この通り、娘は元気です。要らぬご心配をおかけ致しました」


――おおう、父様!所々に隠そうともしないトゲが!!


「まあ、そう言うな。ひょっとしたら将来、お前とは身内になるかもしれないじゃないか?」


――身内…?…あっ…!(察し)陛下ー!!父様煽らないでー!!


「…陛下、白昼夢でもご覧になられましたか?億が一にも、そのような事態にはなり得ません」


――父様ー!!易々と挑発に乗らないでっ!!


「はっはっは!本当にお前と話していると飽きないな。特にこうして私と話している時の慇懃無礼なお前が、家に帰れば娘に溺れ、デロデロの甘々男になっているかと思うと、想像するだに笑いがこみ上げてくるよ」


――へ、陛下…っ!父様のトゲに負けていませんね!?っていうか、キレッキレですね!!


「…陛下のうっぷん晴らしのネタに使われるのは、大変不本意ですね。というか、娘を持つ男親なら、大なり小なり私のようになるものでしょう?ご子息だけの陛下には、お分かりになられないかと思いますが…」


――だーかーらー!父様!国家最高権力者を煽らないで!!


「ふむ。まあ、そうだろうが、ものには程度というものがあってだな?限度が過ぎると、相手に隙を与える事になりかねん…と、私はそう思うのだが?」


「…ご忠告、痛み入ります。ほんっとーに!今回の件で思い知りましたよ!!」


「それは重畳ちょうじょう。次期宰相が、簡単に足元を掬われるような愚か者では、この国の未来は暗いからな」


「精進致します!」


陛下と父様、ここで一旦口撃を止めると、互いにお茶を口にする。その阿吽の呼吸で、この戦いが常日頃繰り広げられているものだと、嫌でも分かってしまいましたよ。ってか、周囲の皆さん、めっちゃ気の毒。きっと日々、神経すり減らして仕事してるんだろうな…。


それにしても…。切れ者と噂の父様と互角以上の戦いを繰り広げ、挙句、爽やかな笑顔で勝利をもぎ取るこの手腕。流石はロイヤルファミリーの頂点に君臨する、選ばれしDNA。その実力の一端、しかと拝見させて頂きました!お見事です陛下!!


そんな私の尊敬の眼差しに気が付いた陛下は、私に優しく微笑みかけた後、父様に向かって余裕の笑みを浮かべた(ように見えた)


「おやおや、私にそんなキラキラしい視線を向けて来るとは…。アイザック、お前の娘は父親に似ず、素直で可愛いな」


「くっ…!エレノア!言っておくけど、まだ僕は陛下に負けた訳じゃないからね?!」


「父様ー!いつの間に、国王陛下と勝負してる事になっちゃってんですか!?」


「クッ!」


「ブハッ!」


父様のボケ発言に、思わずツッコんでしまった途端、陛下や王弟殿下ご一同が、揃って噴き出した。あっ!よく見たらリアムとアシュル殿下も俯いて肩震わせてる。うう…で、でも…。思わずツッコミ入れた私は、この場合悪くない…筈。


「リ…リアム…。お前の言う通り、エレノア嬢は楽しい子だね」


何とか笑うのを耐えているリアムに、父親であるレナルドが声をかける。その肩は小刻みに震え、手で口元を覆っていた。そんな父に、リアムは同じく肩を震わせながらコクコクと頷く。


「はい…。楽し過ぎて、毎回爆笑するのを耐えるのに苦労します…」


実は今の今迄、アイゼイアとアイザックのやり取りをずっと見ていたリアムとアシュル、そして王弟達は、思わず噴き出しそうになるのを必死に耐える為、かなりの腹筋を使っていたのである。


なにせ、アイゼイアとアイザックが互いに何か言い合う度、エレノア嬢はオロオロしながら、右、左、と忙しなく顔を動かせ、あわあわと百面相しながら、(多分父を諫めようと)口を挟もうとしては父親に睨まれて口をつぐみ、また口を開こうとすれば父親に睨まれ…を繰り返していたのだから。


その聞きしに勝る、ご令嬢らしからぬ態度に、その場の全員が噴き出したくなるのを必死に耐えていたという訳なのである。


というか耐えられたのは、ひとえに生まれた時から徹底して叩き込まれたレディーファースト精神からである。いくらエレノアが規格外のご令嬢だとしても、女性に対して恥をかかせる訳にはいかない。…結局、最終的には噴き出してしまったのだけれど。


「やっぱり…。兄上に勅命を出してもらって正解だったな」


そう呟くと、レナルドは羞恥に真っ赤になって俯く最愛の息子の想い人を、優しい眼差しで見つめたのだった。


===================


実は何気にやんちゃだった、国王陛下とアイザックお父様です(^^)

実はこの二人、王立学院の先輩後輩の間柄なので、生徒会でもこのやり取りを

しておりましたので、周囲にとってはもはやお約束行事なのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る