第65話 レッツ!ドナドナ

「………」


「………」


完全に舗装された道を軽快に進む豪華な馬車の中では、その軽快さとは無縁の重苦しい空気で満ち満ちていた。


「…うう…。御免ねエレノア。僕が不甲斐ないばかりに…!」


「父様、それはもう言わないって約束ではありませんか!」


「でも…でも…!僕の所為でエレノアが…!」


「良いのです。そもそも原因を作ったのは私自身なのですから。それに父様の為でしたら、私はどんな苦難でも受け入れる覚悟が出来ております!」


「ああっ!エレノア!!」


「父様!!」


仮想BGM『ドナドナ』をバックに、ヒシッと抱き合う親子。その様子をオリヴァーとクライヴは、半目で汗を流しながら見つめていた。

一体全体このやり取り、あと何回繰り返されるのであろうか。ちなみにこの馬車に乗ってからこの流れを見るのは、もう既に5回目に突入している。


公爵様はともかくとして、エレノアもよく付き合っているな…と、思わず感心してしまう二人だった。多分、これが親子の絆というものなのだろう。


もし自分達が何かやらかしても、自分達の父親達であれば、爆笑した挙句、散々揶揄ってくれる筈だ。自分達の親子関係とはだいぶ…いや、全然違う。…なんかこの二人の関係が滅茶苦茶羨ましい。


勿論、父親の事は尊敬しているが、もし子供が出来ても、自分はああいう父親にだけはなりたくない。なったが最後、子供がグレる。


「…公爵様、そしてエレノア。そろそろ到着しますよ」


オリヴァーの言葉に、アイザックとエレノアが共に緊張した様子で、外から内部が見えない結界を張った窓から外に目をやる。


すると視線の先には、今では見慣れた白亜の宮殿が聳え立っていたのだった。






さて、何故バッシュ公爵家ご一行様が馬車に揺られて王宮に来る羽目になったのかというと、事の起こりはエレノアが貧血でぶっ倒れた翌日の事。王宮からの使者がバッシュ公爵邸を訪れた所まで遡る。




「えええーっ!!?」


あの騒動の翌朝。「エレノアが心配だから」と、それぞれ仕事を休んだ(職場放棄した)アイザック、メルヴィル、グラントと、お互いに学院が長期休暇なオリヴァー、セドリック、エレノア、そしてクライヴとで仲良く朝食を取っていた席での事。ジョゼフが「ただ今、王宮からの使者が来まして、これを…」と手渡された手紙を読んだアイザックが、唐突に叫び声を上げたのだった。


「と、父様!?」


「公爵様!?」


「アイザック!?一体どうしたんだ!?」


そのただならぬ様子に全員が注目する中、アイザックは顔面蒼白になった顔を上げる。


「…こ、国王陛下からの…『勅命』が…」


瞬間、皆の顏に緊張が走った。(エレノアは除外する)


「勅命!?」


「なんと!で?勅命の内容は!?」


――はて?勅命?


何だろうと思いながら、私は咀嚼していたパンケーキを飲み込み、傍に控えていたウィルに小声で聞いてみた。


「国王様や皇帝陛下と言った、その国の君主様が、臣下や国家機関に対して下す命令の事です」


そして、『勅命』の最大の特徴。…それは、この国に忠誠を誓った者が、決して逆らう事の許されない絶対命令であるという事…だそうだ。


ウィルの顏も緊張で強張っている。そう言えば以前読んだ小説か漫画かで、主人公クラスの偉いお方が『勅命である』ってやっていた。そんでもって、その勅命を受けた部下はというと、涙ながらにそれに従い、主人の領地に物凄い威力の砲弾をぶちかまして城を崩壊させていたっけ。


成程。君主の絶対命令か…。って、待て!何でそんなもんが我がバッシュ公爵家に!?


「…さ、『昨夜の夜会で貴君の行った非礼について、直接の謝罪を命ずる。近日中に王宮に来るように』って…」


「ああ、何だ。夜会を途中退席した件かい?それならもう連名で『娘の体調不良の為』って報告書を提出済じゃないか。はて?入れ違いになったのかな?」


途端、ホッとした様子のメル父様がそう口にすれば、グラント父様も相槌を打つ。


「しかもお前、今日から各方面に謝罪行脚に行くって言ってて、それも理由にして仕事サボったんだろ?あれ?ひょっとしてサボりがバレた?だったら勅命通りに、今日中にでも国王に謝罪しに行けよ」


「…違うんだ、みんな。その『非礼』って…僕がレナルド王弟殿下を突き飛ばして怪我をさせた事について…みたいで…。しかも、『謝罪の席には、娘のエレノアと一緒に来るように』…って書いてあるんだ…!」


「「「「「はぁぁぁーっ!!?」」」」」


途端、朝食の和やかな空気は完膚なきまでに霧散した。


「ち、ちょ…っ!公爵様!何なんですか、その勅命はっ!?というか、公爵様のやらかしに、何でエレノアを同席させねばならないのですか!?」


「本当にそうだよね!?ってか、何でって僕も聞きたい!!…あ、『バッシュ公爵が不敬に走る、そもそもの切っ掛けとなったエレノア嬢の、安否確認とお見舞いの為』って書いてある!!」


「なんだそりゃー!!公爵様!!とっとと『無事です。全快しました。お気遣いどうも』って手紙を勅使に叩き付けて下さいよ!!」


「ごめん!!勅命って、出ちゃったら後出し不可なんだ!!ほんっとうにゴメン!!」


「アイザックー!!何をやっているんだお前はっ!!何でよりにもよって、王族突き飛ばすなんて、そんな相手を喜ばすような絶好のネタ与えてやっているんだー!!」


「そっ、それは…!傍にあの方がいたからです!…と言うしか…!」


「アイザック!!おまえぇー!!このバカ!!もし万が一でも、これが切っ掛けでエレノア奪われる事になったらどうすんだ!?え?その時は詰め腹切る!?お前が腹切ったってエレノアは戻らねぇっての!!まぁ、その時は介錯してやるけどな!いや、寧ろさせろ!!」


――昨夜に引き続き、今度は食堂がカオスです。


というか、この世界にも『サムライ腹切り』の概念があったのか!…なんて、現実逃避している場合じゃない!


唯一セドリックだけ、何も言っていないけど…。あ、真っ青になって口パクパクしている。ショックのあまり、咄嗟に言葉が出て来ないだけですか…。って!周り!ジョゼフとウィルが物凄い形相になってるー!!あああ!他の召使達まで!!ヤバい!このままではバッシュ公爵家が、精神的にも物理的にも崩壊する!


私は慌てて、兄様方や父様方、果ては召使達にまで(こちらは口に出さずに表情でだが)責められまくっている涙目の父様の元へと駆け寄ると、庇うように父様の前に立ち塞がった。


「兄様方、父様方、やめて下さい!父様を責めないで!責めるなら、私の方を責めて下さい!!」


「エレノア!?」


「いや、何でエレノアを責めるんだ?むしろ一番憤らなければいけないのはお前の方じゃ…」


「いいえ!元はと言えば私が全部悪いんです!だから、責めを負うべきは私なんです!!」


――そう、本当に100%私が悪いんだよ。


ワーズの口車に乗せられて幽体離脱した挙句、ロイヤル・カルテットの顔面破壊力にやられて大量出血鼻血で、血塗れサスペンス劇場やらかして、周囲を大パニックに陥れてしまったんだから。


この誰よりも私を愛し、大切に思ってくれている父が『エレノアお嬢様が血塗れで意識不明です』なんて『影』に告げられた時の心境を思うと、本当に申し訳なくて仕方が無い。そりゃあ、娘の元に一刻も早く駆け付けようと、たとえ王族であっても、進行方向にいたら突き飛ばすよね。


ってか、『影』も『影』だよ!普通に考えたら、娘命の主人にありのまま伝えたりしたら、そうなるのなんて想像つくでしょ?!…まあ多分、『影』自身も冷静じゃなかったって事なんだろうけど。


「エ…エレノア…!!」


「父様!ごめんなさい!父様がこうなったのは、全部私のせいなんです!親不孝な娘で、本当に申し訳ありません!」


「――ッ!何を言うんだ!君に非なんてある筈がないだろ!?君が親不孝なら、僕は最低最悪な父親の風上にも置けない大馬鹿者だよ!!ああ…僕のエレノア!僕をどうか許しておくれ!」


「許すも許さないもありません!父様は私にとってかけがえのない、世界一大切で大好きな父様ですから!」


「エレノア!」


「父様!」


ヒシッと抱き合う私達の、感動極まる親子ショー(?)に毒気を抜かれ、兄様方や父様方は一斉に口をつぐんだ。…というか、この流れでこれ以上アイザック父様を責めたら、私に嫌われると理解したのだろう(嫌いませんけど)


そもそも勅命とは、この国で生活し、王家に忠誠を誓う者にとって、拒む事の出来ない絶対命令…だそうだ。


そのうえ、『非礼の埋め合わせに、エレノア嬢を王子の嫁に』と言われたのならともかく『王族への不敬に対するお詫び』だの『娘さんのお見舞い』なんて言われてしまったら、もし万が一お断りしたりした場合、「非はあちらにあるのに、王家の労わりを無下にした」って、バッシュ公爵家が国中の貴族達から非難される結果になってしまいかねないんですよ。


「自分達の不名誉なんてどうでもいい…と、言いたい所だけど。寧ろそれを逆手に、エレノアをリアム殿下に嫁がせる形で手打ち…なんて事になりかねないからね…」


オリヴァー兄様がそう言って、悔しそうな顔をする。クライヴ兄様やセドリックも同様に眉を顰めていますよ。うう…。本当に皆さん、ご迷惑おかけして済みません!


「父様、もうこうなったら腹を括りましょう!王弟殿下のお怪我がどれ程のものなのかは分かりませんが、不詳エレノア、謁見の場で誠心誠意説明をし、お詫びいたします!そうすればきっと、国王様も王弟殿下も許して下さいます!」


兄様方や父様方を安心させるように、精一杯の笑顔で言い放った私に対し、その場の全員が(何故かアイザック父様までもが)据わった目で「君(お前)は絶対に、一言も喋るな!」と仰ったのだった。…解せぬ。


その後も、勅命の内容に『謁見の場には、バッシュ公爵とその息女エレノア以外の者の付き添いを禁止する』という一文があり、オリヴァー兄様とクライヴ兄様が再びぶち切れそうになったりしたが、こういう事は先送りしても良い事ないからという結論の元、私と父様は早々、勅使の馬車について行く恰好で、王宮に向かう事となったのだった。





「ああ、エレノア。その前にこっち」


馬車が王宮の正門に到着し、私が遮光眼鏡を装着しようとした時、オリヴァー兄様がそれを止め、私を抱き寄せた。


「不安だろうけど、公爵様に全て任せて、堂々としていなさい。…君が無事に帰って来るまで、ここで待っている。…愛してるよエレノア」


そう、優しく耳元で囁いた後、オリヴァー兄様は私の唇に、深く優しいキスを落とした。私は目を閉じ、兄様の抱擁に応えるように兄様に抱き着く。


「エレノア。専従執事なんてやってんのに、肝心な時に傍にいてやれなくて御免な。…早く、俺達の元に帰ってこいよ?」


バトンタッチの要領で、オリヴァー兄様から離れた私を抱き締めるクライヴ兄様。悔しそうな、不安そうな顔の兄様に、私は自分からキスをした。…勿論、軽くですよ。ええ、まだ自分からディープなやつなんて出来る訳ないっての!…なんて思っている間に、クライヴ兄様から深く口付けられちゃいました。


「エレノア!またクライヴには自分から!」


「お前!この期に及んで、子供みたいに拗ねんな!」


兄様方のいつもの言い合いに、思わず笑いがこみ上げてしまう。ちなみにセドリックは万が一の事を考えて、今回はお留守番なんだって。


万が一ってなんぞ?とオリヴァー兄様に聞いてみたら、もし私が王宮から返してもらえなかった時に、討ち入りするかもしれないから、巻き添えにしない為だそうだ。――ってか、討ち入りって何!?赤穂浪士じゃないんですから、止めて下さい!お願いしますよ!!


私は改めて遮光眼鏡を装着すると、王立学院仕様のエレノアに変身する。


ちなみに今現在私の着ている服は、王立学院の制服だ。私の前世と同じく、この世界でも制服は立派な正装と認められているから…という事も勿論あるが、単純にこの逆メイクアップに合わせる、奇抜なドレスが無かったからである。


しかし…。国王様や家臣がズラッと居並ぶ中、この姿を晒す羽目になってしまうとは…。ちょっと…いや、かなり憂鬱だなぁ…。


「では兄様方。行って来ます!」


心配顔のオリヴァー兄様とクライヴ兄様に笑顔でそう言うと、私は父様と一緒に馬車から降り立った。


ちなみにこの馬車。メル父様とグラント父様が御者役として運転してました。…メル父様、グラント父様…。貴方がた、ひょっとしなくても息子達の討ち入り、止めるどころか参加する気満々でついて来ましたね?その殺気、バレバレですよ!


――アルバ王国の平和の為にも、無事に帰って来なくては…!


再度気合を入れ直すと、私は勅使の方に案内され、父様の後ろを歩きながら、王宮へと入って行ったのだった。


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王家の伝家の宝刀、発動です!

そして、アルバ王国とバッシュ公爵家の平和と未来の為、頑張ろうのエレノアです(^^)

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