第63話 夜会の後のお話【王宮編】
「バッシュ公爵令嬢の安否確認はまだ出来ないのか!?」
王家直系が使役する『影』の精鋭達。そして王宮魔導師団の中にあって、王家直系の命令だけを遂行する者達が、アシュルの前で揃って頭を垂れる。
「も、申し訳ありません。ですが、どれ程使者を送っても、「今現在取り込み中」と言われて追い返されるばかりで…」
「お前達の方は!?魔導師団の力を駆使しても、バッシュ公爵邸の内部を探れないのか?!」
「それこそ不可能です!あのクロス魔導師団長が全力で施された結界を突破出来る者など、この場には一人もおりません!それに万が一突破出来たとして、侵入に気が付かれるのは目に見えております!あちらには今現在、クロス団長のみならず、オルセン将軍までいらっしゃるのですよ!?下手すれば術者が精神破壊されてしまいます!」
「八方ふさがりか…くそっ!」
普段の冷静沈着さをかなぐり捨て、苛立ちを隠そうともしない兄に、リアムは不安そうに問いただした。
「アシュル兄上。エレノアは…大丈夫なのでしょうか?」
そんな弟の姿に、アシュルは少しだけ冷静になる。そして安心させるように、優しく微笑んだ。
「大丈夫、僕が何としてでも、エレノア嬢の安否確認するから。心配だろうけど、もう少し辛抱しておくれ」
「…はい」
リアムはアシュルの言葉に頷くと、チラリともう一人の兄の方へと目をやった。
「ヒュー…。俺はこれからの人生、何を支えに生きて行けば…!」
「しっかりなさって下さい!だいたいまだ、エル君が死んだと決まった訳ではないのでしょう?!それにそもそも、その妖精?天使?とにかく、その少女は本当にエル君だったんですか?!」
「あれは間違いなく、エルだった!真っ白な服着て空中浮いて、しかも触れることも出来なかったんだぞ?!死んで天使に生まれ変わったのか!?死んでも死にきれず、魂になってまで俺に会いに来たってのか?!…ああ…エル。あの時俺が、お前の手を離さなければ…!」
「ディラン殿下…!ってか貴方、なに都合よくエル君が自分に会いに来たって思ってるんですか?そういう自意識過剰、止めた方が良いですよ?」
「ヒューバード!貴様、俺を慰めに来たのか貶めに来たのか、どっちなんだよ!?」
「あの…アシュル兄上。ディラン兄上、一体どうしちゃったんですか?」
兄と従者の様子を汗を流しながら見ていたリアムに、アシュルはディランへと同情の眼差しを向けながら説明をする。
「ああ、ディランね。…うん、ほら。以前ディランが出逢ったって言っていた、例の運命の少女。その子、どうやら亡くなっていたらしくてね。幽霊になって、ディランに会いに来たんだそうだよ」
「幽霊になって!?本当ですか!?」
「うん、本当だよ。僕もその少女の幽霊(?)目撃したから、間違いない。真っ白いドレスを着た、長いヘーゼルブロンドの髪の可愛らしい子だったよ」
「真っ白いドレス…。ヘーゼルブロンド…」
――それじゃあ、バルコニーで見たあの不思議で美しい少女はエレノアではなく、全く別の少女だったのか。しかもディラン兄上の想い人…。
少女の正体を知ったリアムはホッとすると同時に、何故か少しだけガッカリする。
「とにかく、ディランの事は置いておくとして、まずはエレノア嬢の安否確認が先決だ!いざとなれば、僕が直々にバッシュ公爵家に出向く!」
「兄上!俺も是非、お供させて下さい!」
「お、お待ちください!!」
「殿下方を行かせる訳には!!」
今現在、王族が集うサロンの中は、エレノアの現状を掴もうとするアシュルとリアム、そして地獄に落ちたがごとくに落ち込んでいるディランと、それを必死に宥め(貶め?)、自分自身も悲壮な表情を浮かべたヒュー…といった面々のせいで、ちょっとしたカオス状態となっていた。
事の発端は夜会の最中。まずいきなり、オルセン子爵とその息子のクライヴが、会場から姿を消したのである。そう…本当に、大勢の目の前から一瞬で。
呆気に取られていた周囲を余所に、今度はクロス伯爵とその息子のオリヴァーとセドリックが、一陣の風のごとくその場から立ち去り、とどめとばかりにバッシュ公爵が「エレノアー!!」と絶叫した後、あろう事か側にいた王弟のレナルドを突き飛ばし、爆走しながらその場を後にしたのである。
当然、会場中が何事かと大騒ぎになった。
そしてどうやら、バッシュ公爵のご令嬢に何かあったらしいと、参加者の誰かが話せば、あっという間に会場中の人間が、興味と憶測とが入り交じった噂話を囁き合い、夜会の会場はある意味、近年まれにみる大盛り上がりを見せたのだった。
そんな中、幽体離脱していたエレノアを目撃し、パニック状態になったディランを宥めていたアシュルも、エレノアの身に何かが起こったことを知り、軽い恐慌状態に陥った。
そうして騒ぎを聞きつけ、戻ってきたリアムと共に、エレノアの安否を知るべく、今の今まで奔走していた…という訳なのである。
その間、幽体離脱したエレノアを幽霊だと勘違いしたディランはと言えば、最愛の少女を失ったショックで茫然自失となり、その話を聞き、駆け付けてきたヒューバードに必死に慰められ(貶められ?)ているといった現状だ。
「何?一体どうしたって言うの?」
そんな中、フィンレーが騒然とした部屋に入って来るなり、室内のカオス状態に眉根を寄せる。
「ああ、フィンレー。実は…」
アシュルが今までの出来事を話して聞かせると、フィンレーは納得したように頷いた。
「成る程ね。今夜はやけに騒がしいなと思っていたんだけど、そういう事だったんだ。…ふ~ん…」
何やら思案しているフィンレーに、アシュルが暫しの逡巡の後、声を掛ける。
「フィンレー。お前の『闇』の魔力で、バッシュ公爵家に張り巡らされている結界を、どうにか出来ないか?」
ピクリ…と、フィンレーの眉が僅かに上がった。
「お前が自分の力を使いたがっていないのは十分分かっている。だがそれを承知の上で敢えて言う。頼む!力を貸してくれ!」
自分に対し、頭を下げるアシュルに、フィンレーは溜息をついた。
「やめてよ兄上。兄上に頼まれなくても、最初から動こうと思っていたんだから」
「え?フィンレー?」
驚いた様子のアシュルに肩をすくめ、フィンレーは顎に手を当て、再び思案顔になる。
「ただ…。あのクロス魔法師団長の結界。あれは厄介なんてもんじゃないね。なんせ元々が超強力な防御結界なのに、それに加え、自己修復機能が備わっている。しかも、かけた張本人が戻ってるなら、僕の『闇』の魔力を持ってしても、侵入する事すら難しいだろうね」
「自己修復機能?!…って、ちょっと待て!何でお前、その事を知ってるんだ?」
「以前、面白半分に侵入しようとした事があるから」
サラッと言い放ったフィンレーに対し、アシュルが何かを言う前に、王家直轄の魔導師達が悲鳴を上げた。
「フィンレー殿下ー!!あ…貴方様というお方は…!なんって事を!!」
「だ…だからバッシュ公爵家の結界、あんなえげつない仕様になってるのか!!」
「うん。それにあれ、クロス魔法師団長の結界だけじゃなくて、他者の結界も織り交ぜられているよね。多分、オリヴァー・クロスあたりだろうけど。本当にあの連中、愛が重いね。執念すら感じるよ」
「感心されている場合ですかー!!」
フィンレーと魔導師達とのやり取りに脱力しきりのアシュルだったが、ふと、フィンレーの姿を不思議な感覚で見つめる。
『あのフィンレーが、自分から率先して動こうとしてくれていたなんて…』
基本、フィンレーは自分が興味を持ったもの以外には淡白な性質だ。おまけに自分の魔力属性を心底嫌ってもいる。だから、いくら兄弟の頼みとはいえ、あんなにあっさりと『闇』の魔力を使う事に同意するとは、思ってもみなかったのだ。
それに何か…。いつもどこかピンと張り詰めていたフィンレーの気配が、どことなく柔らかいものになっている…ような?
『フィンレーを変えた何かが…あったのだろうか?』
だったらそれは…?と思案するアシュルに向かって、フィンレーが再び声をかけた。
「ねえ、アシュル兄上。ディラン兄上、一体どうしたの?」
「あ、ああ。…実はな…」
フィンレーの言葉に我に返ると、アシュルはリアムにしたのと同じ説明をフィンレーにする。
「…白いドレスに、ヘーゼルブロンドの髪…?ねえ、ディラン兄上。その子の瞳って、黄褐色?インペリアルトパーズみたいにキラキラしてた?」
途端、ディランが物凄い勢いで顔を上げた。
「何でお前がそれ、知ってるんだよ!?」
「そっか…。リアムじゃなく、ディラン兄上の方だったのか…」
「は?」
「いやね、リアムの夜這い狙いだと思っていたんだけど、ディラン兄上だったんだなーって。…僕には違うって言っていたのに…。今度会ったら、やっぱりちょっと苛めちゃおうかな?」
「…おい、フィンレー?」
フィンレーの謎発言に、ディランや周囲が首を傾げる中、当の本人が、今度は爆弾発言をぶちかました。
「兄上が見た子って、生きてるよ」
途端、その場が騒然とする。
「え?!だ、だが俺は確かにこの目で、エルの幽霊を…」
「って言うかあれ、幽霊じゃなくて精神体だから。…まあ、ぶっちゃけて言えば、生霊?」
「はぁっ!?お、おい、ちょっと待て!精神体…だと!?じゃあ本当に、エルは生きて…?!」
「フィンレー殿下、それは本当ですか?!」
鬼気迫る形相で詰め寄るディランと、そして何故かヒューバードに、フィンレーが訝し気に眉を顰める。
「何でヒューバードまで喰い付いてくる訳?うん。捕まえて確認したから、間違いないよ」
更なる爆弾発言に、ディランの目がクワッと見開かれる。
「つ…捕まえたー!?おい!どこだ!?あの子は今、どこにいる!!?」
「もういないよ。逃げられちゃった」
「何やってんだよ、おまえぇー!!」
まさに『上げて落とす』的な爆弾発言の数々にHPを削られ、絶叫するディランに対し、フィンレーがムッとした顔をする。
「僕だって、好きで逃がした訳じゃないから。…ああ…でも惜しかったな。あと数秒あれば…」
うっとりとした表情を浮かべたフィンレーを見るなり、ディランのこめかみにビキリと青筋が浮かんだ。
「フィンレー!お前、何が惜しかったと!?俺のエルになにしやがったんだ!?言ってみろ!!」
「ディラン兄上、うるさい!」
良くも悪くもマイペースなフィンレーと、それに対してブチ切れるディラン。
ぎゃあぎゃあと喚き合う兄弟達を、汗を流しながら見つめていたアシュルだったが、周囲の急などよめきに振り返る。
「アシュル。どうやら難儀しているようだな」
「父上!」
「国王陛下!それにレナルド王弟殿下!」
王と王弟の登場に、その場の全員が一斉に傅く。アシュル達も姿勢を正し、軽く一礼した。
「父上、夜会を途中で退席し、申し訳ありませんでした」
「いや、構わないよ。アイザック達のやらかしで、会場中が大盛り上がりになったからな。お前達が抜けても、気にする者はいなかっただろう。皆、様々に思惑はあろうが、楽しんでいたようでなによりだ。なあ?レナルド」
「ええ、そうですね」
互いに顔を見合わせ、笑い合う国王と王弟を、周囲は緊張の面持ちで。アシュルは怪訝そうな顔で見つめた。
「父上、叔父上、何か御用でしょうか?」
「うん。ちょっとな。…それにしてもアシュル。少し前から様子を見ていたが、お前がそれほどまでに感情を剥き出しにしている姿を見るのは初めてだな」
「…申し訳ありません」
「責めているのではない。確かに公の場では問題ありだろうが、父親として、今のお前は大変好ましいぞ。年相応の男の顔をしている。良い傾向だ」
父の含みのある言葉に、アシュルの顏に朱が走った。
そんな息子を目を細めて見ているアイゼイアの横で、レナルドが口を開く。
「リアム。バッシュ公爵令嬢の事が心配か?」
「――ッ!父上…。はい、凄く!」
レナルドは、愛息子の言葉に頷く。
「リアム。そしてアシュル。バッシュ公爵令嬢の安否を知る、いい方法があるよ?」
息子達にそう告げると、レナルドはアイゼイアと再び顔を見合わせ、含み笑いを浮かべたのだった。
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アシュル、長男ゆえの苦労性でした。
そしてバッシュ侯爵邸同様、こちらもこちらでカオスとなっております。
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