第62話 夜会の後のお話【バッシュ公爵家編②】
――そして、ヒヤヒヤドキドキしながらの30分が経過した。
ゾロゾロと、私の部屋に戻って来た兄様方やセドリック、そして父様方はみな、一様に神妙な顔をしている。
「…エレノア…」
「はっ、はいっ!?オリヴァー兄様!」
思わず声を裏返し、ビクつきながら返事をした私を、オリヴァー兄様は優しく抱き締めた。
「え…?」
「ごめん…。僕達は君に、なんて残酷な事を強いてしまったんだ!僕達の我儘が、君をそこまで追い詰めてしまっていたなんて…!」
――はい?追い詰めた?あの…一体何の事でしょうか?
「エレノア。俺達はお前の優しさに、いつの間にか甘え切ってしまっていたんだな。本当に…済まなかった!」
――クライヴ兄様?どうしたんですか、そんな深刻そうな顔して。あれ?父様方も、兄様の言葉にめっちゃ頷いていますよ。
「本当にごめんね、エレノア。君にそんな辛い思いをさせて…。なのにその気持ちを押し殺して、笑って僕らを送り出してくれていたなんて…。僕は自分自身が許せないよ!」
――セ、セドリック?どうした君!今にも泣き出しそうな顔してるんですけど!?
「これからは君の声に、もっと耳を傾けるから!君の方も、我儘でもなんでもいい。言いたい事や叶えたい事があったら、遠慮せずに僕らに伝えておくれ。…叶えられない事も多いけど、出来るだけ頑張って譲歩するから」
「は…はぁ…」
一体全体、なんの事を仰っているのかサッパリ分からん。お爺ちゃん先生、一体全体、何を彼らに話したんだろ?
でも取り敢えず、私の幽体離脱の件はバレていないみたいだ。良かったー!
…それにしても、兄様方や父様方。出かける前は髪も服もバッチリ決めていたのが、見る影もない程乱れまくっていらっしゃいますよ。で、でもそれが、物凄くワイルドでカッコいい!
クライヴ兄様、貴方、バックに撫でつけていた長めの前髪がパラリですか!痺れます!グラント父様なんて、どこに上着脱ぎ捨ててきたんでしょうかね?!かろうじて取れていないボタンで留められている白い開襟シャツからバッチリ晒されている、鎖骨と腹筋、半端ないぐらい視覚の暴力となっています!娘が貧血でぶっ倒れていると言うのに、その姿…。けしからん!実にけしからんですよ!
し、しかも…!普段割と着崩しているクライヴ兄様やグラント父様と違い、いつも身なりを優雅に整えているクロス伯爵家ご一行様なんか、ギャップ萌えも発生していて、視覚の暴力が更にグレードアップしてますよ!
髪も服も乱れまくっているメル父様やセドリックは言うに及ばず、オリヴァー兄様なんて、憂いを帯びた伏目がちの顔に、乱れた髪が影を落として…。エロい!実にエロいです!兄様!!
ああっ!よく見てみれば、オルセン親子と同じく、服のボタンが幾つも飛んで、鎖骨や胸元のチラリズムが目に眩しい!というか、目が潰れる!!…クッ!耐えろ私!これ以上鼻血を噴いたら、真面目に出血多量で昇天してしまう!
「あ、そうだ!置いてきた馬車を回収させなきゃね!」
父様の言葉に、私は脳内で繰り広げていた妄言を止め、首を傾げる。
…馬車を置いてきた…?じゃあ皆、どうやって帰って来たって言うの?
「俺と親父は途中まで馬を駆って、その後、身体強化して走って帰って来た」
「そーそー!馬車や馬なんて、まどろっこしくてやってられねぇよな!」
「僕も彼らと同じく。…ちょっと出遅れちゃったけどね」
「私とアイザック、そしてセドリックは、流石に馬を駆って帰って来たよ」
「僕らは流石に、グラント達みたいには動けないしね」
「御者の方にはちょっと気の毒でしたけど、緊急事態でしたし仕方ありませんよね」
…という事はバッシュ公爵家の馬車、今現在、馬無しの状態で王宮に乗り捨てられている…って事ですか!?な、なんてシュールな絵面…。
まあ、それだけ皆、私の心配をしてくれていたのだろうけどね。本当、こんな娘で申し訳ありません。元凶のあのクソミノムシは、いずれ私が地獄に叩き落としてやりますからね!
その夜、私は臨時で父様の部屋に移動し、幼い子供の時ぶりに父様と一緒のベッドで眠った。なんせ私の部屋、絨毯は血塗れ、部屋の中はグチャグチャ、とどめに窓ガラスが破られていて、本気で強盗殺人事件の現場のようになっちゃていたからね。
ええ、当然他の父様方や兄様方に「それじゃあ、僕(俺)(私)と一緒に寝よう!」と言われました。当然の事ながら、全員丁寧にお断りしましたけどね。
だってこれ以上鼻血噴いたら、真面目に命が危ないから(お爺ちゃん先生も止めてくれたし)
「父様、折角の夜会だったのに、私の所為で途中で帰る事になってしまって、申し訳ありませんでした」
物凄く広いベッドの中、二人で寄り添う様に寝ながら、私が謝罪を口にすると、アイザック父様は優しく微笑みながら私の身体を自分の胸に引き寄せ、抱き締めてくれる。
ふんわりと甘く、どこかしら懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。
『そういえば私、父様に育てて頂いたんだったな…』
まるで母親の胸に抱き締められているような安心感に、私も父様の胸に甘えるように顔を擦り付けた。
「大丈夫。夜会なんて、大切な君に比べたらどうでもいい事だから。…でも今度辛い事があったら、食べ過ぎる前に僕にちゃんと伝えておくれね?」
「――?はい?」
――食べ過ぎって、何の事だろう?
父様の謎の台詞に首を傾げつつも、精神疲労&肉体の貧血により、へとへとだった身体は確実に睡魔に襲われていく。私はその睡魔に抗う事無く、父様の胸に抱かれながら眠りについたのだった。
翌日、ジョゼフは何とか復活を果たしていた。…が、心なし頬がこけて、白髪が増えた気がする。
「ジョゼフ、本当にごめんなさい。心配かけてしまって…」
「お気になさらずに。…私の方こそお嬢様に謝らなければなりません。まさかお嬢様が、あの果物全部を食べてしまわれる程、夜会に行かれたかったとは…」
「…は?果物を全部…?」
そこで初めて、私は事の真相を知った。
どうやら私、ドレスアップしたのに夜会に行けなかった辛さと悲しさから、自分の部屋に常備されていたフルーツを一気食いしたと勘違いされていたのだった。…そ、そう言えば、ワーズがフルーツ食べ尽くしていたな…。
で、それが原因で血糖値が上がり、大量に鼻血を噴いて倒れてしまった…と。どうやら私の鼻血の原因、そういう事になってしまっているらしいのだ。
――って、ちょっと待て!何なんだその、あまりにも淑女として失格過ぎる、アホな理由は!?
確かに素敵なドレス着たから、夜会行きたかったって思ったよ!だけど何でそれで、果物自棄食いして鼻血噴いた事になってんのさ!どう考えてもおかしいし、むしろなんでそこに行きつくんだ!?…え?日頃の行い?なんでなんだー!!
…だけど、果物が食べ散らかされていたのは事実だし、その見解を否定すれば「じゃあ誰があの果物食べたんだ?」と言われてしまうだろう。そうしたらなし崩し的に、真実を話さなくてはいけなくなるに違いない。賭けてもいい。誤魔化そうとしたって、本気を出したオリヴァー兄様に嘘をつき通せるかと言われれば、応えは「ノー」だ。
…言えない。言える訳がない。幽体離脱して夜会に忍び込んだ挙句、ロイヤル・カルテットと遭遇しちゃいましただなんて。だったら、「いやしんぼの鼻血噴き女」の汚名を着た方が、ずっとマシだ。
そう言う訳で結局、私は「果物一気食いして鼻血を出し、出血多量で死にかけた」という不名誉を、甘んじて受ける羽目になってしまったのだった。
ここまでくると、思わず呪いの存在を疑ってしまうな。神様、私前世でなんか悪い事しましたかね?
しかし、それにしてもあのクソミノムシ…!とことん私を不幸にしおって…!!今度会った時は、あんたが地獄を見る番だからね!覚悟しとけよ!!
後日談だが、勘違いで反省した兄様達やセドリックに、私はここぞとばかりに『好きな時に、温泉に一人で入る権利』と『もし皆が一緒に入りたい時は、全員男性用入浴着を着なくてはいけない』という確約をもぎ取ったのだった。
◇◇◇◇
「あ~あ、逃げられちゃったか…」
フィンレーは、先程まで自分の傍に居た白い小さな鳥のような少女を思い、溜息をついた。
いつもの通り興味の無い夜会に参加せず、自分の塔で研究をしていたのだが、少し休憩しようかと外に出て夜空を見ていた。
――そんな時、白い「何か」を目の端に捕らえた。
それは本当に、無意識の反射行動だったのだろう。
気が付けば、思わず自分の『闇』の魔力を使い、その『何か』を捕らえていたのだ。
最初は鳥か妖精かと思った。なのに見てみれば、鳥籠の中にいたのは、とても可愛らしい小柄な少女だった。
真っ白いドレスに身を包み、闇夜の中でも艶やかに煌めくヘーゼルブロンドの髪と、インペリアルトパーズのような黄褐色の大きな瞳。健康的なバラ色の頬を持つ、可憐な少女。
自分を怯えたような、それでいて恥じらうように見つめるその姿に、うっかり苛めたくなってしまい、結果泣かせそうになってしまったのは、ちょっといただけなかった。
…母にも「女の子には優しく!」と、何故か他の兄弟よりも事あるごとにしつこく言われ続けていたのだが…。どうやら、可愛いと弄りたくなってしまう僕の性質を心配しての注意喚起だったらしい。そして母のその懸念は、しっかり現実のものとなってしまったようだ。
「…それにしても…」
兄達とは違い、男子の嗜みを習得する以外、あまり女性と触れ合ってはこなかった僕だったが、少女の初心な反応は、今迄見たり聞いたりするご令嬢方のそれとは全く違っていて、気が付けば思わず彼女に触れていた。
涙を溜めた瞳を大きく見開いて、キョトンとした顔をした彼女に、気が付けばうっかり、色々と話してしまっていて…。
「…それにしても、あんな事まで言うつもりなんてなかったんだけどなぁ…」
ずっと、誰にも吐露した事のない自分の気持ち。自分を愛してくれている家族への、拭いきれない蟠り。罪悪感、劣等感…。それらを、何故か気が付けば、あの少女に話してしまっていた。…自分が『闇』の魔力保持者であるという事も。
だが彼女は驚く程、その事に対して怯まなかった。
『夜や暗闇って確かに恐いけど、昼間ばかりで明るいのがずっと続くのも嫌ですよ。だってずっと明るかったら、いつ寝るのかって話だし。それに夜でしか行動できない動物だって沢山いるんですよ?『闇』って一概に悪いモノじゃないって、私はそう思います』
『それに夜があるから、こんなに綺麗な星空や月を見る事が出来るんじゃないですか。『光』も『闇』も、互いが存在するから、お互いの良い所が分かるんですよ。だから『闇』も『光』と同じぐらい大切です。殿下のお母様も、きっとそう思ってらっしゃると思いますよ?』
…等と、「当たり前だ」と言わんばかりの口調で、そう言い放ったのだった。
「…『ごめんなさい』じゃなく、『ありがとう』って言ってあげて下さい…か」
母親だったら、子供が『闇』の魔力を持って生まれた事を嘆くのではなく、無事に産んであげられた事を喜び、誇る…と力説していた彼女。『闇』の魔力は彼女にとって、ただの一属性に過ぎないのだろう。
おまけにその『闇』の魔力を使って、不眠症の治療をしたらいいなどと…。なんて突拍子もない、愉快なことを言ってくれるのだろうか。
「一生、僕の傍にいて欲しいって言ったのは、本心なんだけどね」
だけど、彼女の方はそう思っていなかったようだ。妙に怯えられた挙句、逃げられてしまった。…尤も、あの怯えようには少し…いや、かなり興奮してしまったけど。
「もし今度会えたら…。どんな手段を使おうとも、絶対に逃がさない」
そして当然の事だが、また偶然会える日を気長に待ってなどいない。まずは自分の『影』や魔導士団を使い、彼女の探索をするとしようか。
そう結論付け、ふと塔の近くにある王宮本殿の方へと目を向ける。国中の貴族を集めた夜会だからか、今日はやけに騒々しく感じる。
「ま、どうでもいいけどね。…そうだ。まずは母上の元に行こうかな」
そう呟くと、少女の消えた夜空を見上げる。
そこには少女が綺麗だと言っていた月が、闇夜を照らすように美しく煌めいていた。
――あの月。まるで彼女のようだな…。
ふ…。と、フィンレーは小さく微笑む。
あんな風に、
そう胸中で呟きながら、フィンレーは王宮に戻るべく、静かに歩き出したのだった。
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『夜会の後のお話【バッシュ公爵家編】①』更新です!
エレノアのミノムシに対する復讐心は、更に燃え上がっておりますが、
ある意味命拾いもしたというか…(笑)
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