第59話 夜会に行こう!④

私達は暫しの間、無言で見つめ合っていたのだが、(というか、彼の美しさに私の思考がフェードアウトさせられていただけである)先に言葉を発したのは彼の方からだった。


「女性への礼儀として、まずは僕の方から名を名乗ろうか。僕の名はフィンレー。アルバ王国の第三王子だ」


屈み込んでいた姿勢を正し、悠然と私を見下ろしながら自分の名を名乗った青年…改め、少年を見つめていた私は驚愕のあまり、ヒュッと息を飲んだ。


『こ…この方が…フィンレー殿下!?』


あの、外より内の、引きこもり体質で魔術オタクだという!そ…そう言えば、以前メル父様から教えて頂いたフィンレー殿下の特徴と一致している。


――それにしても…。


髪の色や理知的な容姿はオリヴァー兄様と似ているけど、纏う雰囲気は圧倒的に違う。


オリヴァー兄様の纏う雰囲気はとても穏やかで、まるで陽光の様な温かさを持っている。対してこの目の前のフィンレー殿下はと言うと、美しいけど冷ややかで、温度が無い…。そう、夜空に輝いている月のような雰囲気を纏っているのだ。まさに『陰と陽』と言った所か。


「さて、僕の自己紹介が終わったところで、君の名前を教えてくれるかな?」


『………』


「それじゃあ、君がここに来た目的は?」


『………』


「…ふぅん…。言う気が無いんだ」


――言う気が無いんじゃありません。言えないんです!


…なんて言えば、「へえ?何で言えないの?」と言われて堂々巡りになる事請け合いなので、やはり何も言えずに黙り込んでいるしかない。ついでに顔面破壊力から目と心臓を守る為に、今現在は顔も伏せている。


「それじゃあ、僕なりの見解を言ってみようか。まず君は妖精なんかじゃない。人間だね?」


――…はい。その通りです。


「しかもその姿は精神体だね?生身の身体で空を飛ぶ為には、強い『風』の魔力が必要だけど、今の君から『風』の魔力は一切関知出来ないからね」


――へぇー、そうなんだ!風の魔力があると飛べるんだね!今度リアムに飛んで見せてもらえるよう、頼んでみようかな。


「君、ひょっとしたら、王族の誰かに夜這いかけにきたんじゃないの?」


――…は?夜這い?夜這いって…え…?!


「君の年齢から言えば…リアムがお目当てってとこかな?」


一気に顔と言わず、身体中が熱くなった。


『ち、違います!ってか、何でそういった話しになっちゃうんですか!?』


思わず怒鳴りながら、フィンレー殿下とバッチリ目を合わせてしまう。…うっ!月明かりに冴えわたる美貌が目に突き刺さって痛い!


「だって、君達女子の関心事と言ったら、より良い相手と番う事でしょ?それにしても、魔力を持たない精神体なら、この王宮に張り巡らせた結界を通り抜けられるって、誰から教わったの?今後の対策と参考の為に、是非とも教えて欲しい所だな…」


微笑ながらそう言うフィンレー殿下の目は全く笑っておらず、冷たい色を湛えている。私、完全に不審人物扱いされている!(実際、不審人物なんだけど)


それにしても、彼が語った女性観って何気に酷くない?女が皆、そんなことだけしか考えていないって思わないで欲しいな!…まあ尤も、あの肉食女子軍団しか見ていなかったら、そう思っちゃうのも仕方ないのかもしれないけど。


『な…名前を名乗れないのは、申し訳ありません。この姿になったのには、少々事情がありまして…。でも決してやましい理由があって、こちらにお邪魔した訳ではないんです!ただ、ちょっと舞踏会を見てみたいって思って…』


「へぇ…それを信じろと?そんなに気合の入った格好してて?だったら精神体なんかじゃなく、直接王宮ここに来ればよかったんじゃないの?」


――好きでこんな気合の入った格好したんじゃありません!!


ああ、夜会行きたかったよ!行きたかったさ、私だって!

世の中にはねぇ…行きたくても行けない女だっているんだよ!貴方なんかに…貴方なんかに、カボチャの馬車に乗り損ねたシンデレラの気持ちが分かってたまるもんか!あれってほんっと、虚しいんだからね!?


思わず涙目になってしまった私を見たフィンレー殿下は、ちょっとだけ目付きの鋭さを和らげると、今度は私と目線を合わせるように、鳥籠の前で膝を着いた。


「…泣かせたかった訳じゃないんだ。悪かった」


――え?別に泣いてませんがな?


そんな私を宥めるように、フィンレー殿下の手が私の頬をスルリと撫でた。…え?撫でた…?!何でこの人、精神体の私に触れる事が出来るの!?


そんな私の疑問を悟ったのか、フィンレー殿下が説明してくれた。


「この鳥籠は、僕の『闇』の魔力を使って作ってあるんだ。だから君の事も、この中でなら触れる事が出来る」


『や…『闇』の魔力…!?』


――『闇』の魔力!?うぉぉぉ…!激レア属性キターッ!


前世で読んだラノベ小説や乙女ゲームで定番の、闇属性ですよ!魔王や隠しキャラがよく使うアレですよ!た、確かに…この何となく影のある、月夜が似合うフィンレー殿下にはピッタリの属性かもしれない。


動揺したような私の態度を見て何か勘違いしたのか、フィンレー殿下の表情が曇り、その後無表情になった。


「『闇』の魔力なんて、やっぱり恐いよね…。確かに、『闇』の魔力の主な特徴は『精神干渉』や『魔力無効』だ。怯えるのは無理もない」


――え?私、別に怯えてなんていませんけど?


「母が『光』の魔力保持者の聖女なのに、なんでその子供がよりにもよって『闇』の魔力属性なんだろう。…僕を産んだ時、母は凄く体調を崩してしまってね。数年間の療養生活を余儀なくされたんだ。リアムが僕達と年が離れているのも、その所為さ」


な、なんか…どんどんフィンレー殿下の表情と雰囲気がヤバイ感じになってる…!こ、これがいわゆる『闇堕ち』ってやつなのだろうか?ちょっと恐い。


――でも、そうか。


なんか他の殿下方と比べて、この方の雰囲気だけ違うなって感じたのは、そういう過去を背負っていたからなのかもしれない。


きっとこの属性の所為で、嫌な思いを沢山してきたのだろう。他人に関心が無くて、自分の塔に引き籠っているって話だけど、それも自分の心を守る為に、そうせざるを得なかった結果だとしたら…。


『あの…。お母様の体調不良は、たまたまだったと思いますよ?』


私の言葉に、フィンレー殿下が冷めた視線を向ける。


「…それはそれは。君は優しいね。慰めてくれて、どうも有難う」


どうやら、同情からくる慰めと捉えられてしまったようだ。そうじゃないのになぁ…。


「そもそも、母は『癒しの力』を持つ聖女だ。その聖女が数年間もの間体調を崩したんだよ。…『光』と対極な『闇』の魔力に身体を蝕まれたからに決まっているじゃないか。下手すれば、母は命を落としていたかもしれないんだよ」


『あのですね、男の人には分からないかもしれませんけど、女性にとって子供を産むって事は、物凄く大変で命懸けなんです。たまたま相性が悪い魔力が遺伝しちゃったのが難産に繋がったのかもしれないけど、そういうの込みで、母親は子供を命懸けで産むんです!』


前世では実際、私も逆子で産まれたから、母も凄い難産で帝王切開寸前だったって聞いた事がある。それでも、私が無事に産まれてくれたから、それまでの苦労なんてどっかに吹っ飛んだって、明るく笑ってくれてたっけ。


『そもそも、光と闇って対極していると言うより、表裏一体って感じですよね?だって、光があったら必ず影が出来るし』


「――ッ!?」


『夜や暗闇って確かに恐いけど、昼間ばかりで明るいのがずっと続くのも嫌ですよ。だってずっと明るかったら、いつ寝るのかって話だし。それに夜でしか行動できない動物だって沢山いるんですよ?『闇』って一概に悪いモノじゃないって、私はそう思います』


フィンレー殿下の目が見開かれる。なんか表情も先程までの冷静沈着さが完全に剥がれ落ちている感じだ。


『それに夜があるから、こんなに綺麗な星空や月を見る事が出来るんじゃないですか。『光』も『闇』も、互いが存在するから、お互いの良い所が分かるんですよ。だから『闇』も『光』と同じぐらい大切です。殿下のお母様も、きっとそう思ってらっしゃると思いますよ?』


「…でも僕が産まれたから、母は傷付いて…」


『子供を五体満足に産んであげられて、自分自身も体調不良ぐらいで済んで、最終的には無事復活したんですから、結果オーライです!もし私がその立場だったら、全然気にしませんね。むしろ自分で自分を思いっきり褒めてやりますよ!』


拳を握りしめ、力説する私を、フィンレー殿下がまじまじと見つめている。その視線に私はハッと我に返った。


『…あの…だから、お母様には「ごめんなさい」じゃなくて、「ありがとう」って言ってあげて下さい』


…あれ?何か思いっきり、話の方向性ズレてない?確か私、フィンレー殿下に事情聴取を受けていた筈では…?


「…君は『闇』の魔力が恐くないのか?」


『恐く…は無いです。それに確か、『闇』の魔力の効力に『鎮静』があったと思いますから、その力を研究して世の不眠症の方々を救う治療法を編み出せば、良い属性だって世間にアピール出来ると思います。ついでに特許を取って儲けて…いや、王家が無償で治療法を広めた方が、ポイント高いですよね』


真面目にアホな事を言ってる私に対し、フィンレー殿下が派手に吹き出した。


「ククッ、あはは!成る程ね、この忌まわしい力を商売にして儲けるのか。しかも人の役に立つ事で。それは痛快だな!」


――…うわぁ、めっちゃ笑ってる。


さっきまでの冷たさが嘘のように笑い続ける殿下は、ちゃんと年相応の少年らしく見えて、不覚にもそのギャップにときめいてしまう。

それにしても、知的クール系美少年の笑顔…。クライヴ兄様やディラン殿下とはまた違ったギャップが発生している!う~ん…尊い。


しかし…いかんな。この世界の野郎どもって、的確に喪女なオタクの萌えポイント、グイグイ刺激してくれるんだから。私の鼻腔内毛細血管にとっては油断も隙もあったもんじゃないですよ!


「じゃあ君、僕の共同経営者になる?」


『は?』


ようやく笑いが一段落したらしい殿下が、笑顔のままで私にそう提案してくる。


「僕はお金要らないし、儲けは全部君にあげる。それに君が望むものなら、僕の叶えられる範囲でなんでも叶えてあげるよ。どう?」


『は、はぁ…?』


「だから一生、僕の傍にいて欲しい」


顔を間近で覗き込まれて、まるで歌うように囁かれ、ボン!と顔から火が噴いた。


――こここ…これっていわゆるあれか?!プププ、プロポーズ?!


い、いやいや。んなことあるかい!尋問からの人生お悩み相談から、何でまたプロポーズに行き着く訳さ?!落ち着け私!正気に戻れ!


ほら、さっき殿下は「共同経営者に」って言ってただろうが!そう、これはただのヘッドハンティングだ!アホな妄想滾らせんな!わざわざ自分で自分の首を絞めてどうする!もし生身だったら、確実に鼻血を噴くところ…。


ふと、唇にくすぐったい感触を感じて我に返ると、何とフィンレー殿下が親指で私の唇をなぞっていた。


『で…殿下?!』


お巡りさん、セクハラです!


「ああ、でも、君に断られたりしたらどうしようか。…このまま一生、この鳥籠の中に閉じ込めてしまおうかな?」


何故かウットリと、恍惚とした表情を浮かべながら、サラッと吐かれた恐ろしい台詞に、再び背筋に震えが走った。


『あ、あのっ!こ、このままここにいると、わ、私の本体がヤバいことになってしまうんです…けど?』


恐る恐る、そう進言すると、フィンレー殿下が穏やかな表情で微笑んだ。


「それは大変だね。じゃあ君の名前を教えてくれる?そうしたら、君の家族を呼んであげるよ。そして色々取り決めて、それからちゃんと解放してあげるから」


――何言ってんですかー!んな事出来る訳ないでしょうがー!!


そんな事してみろ、色々と…本当に色々とお終いだよ!終わりの始まりだよ!ってか、色々取り決めるって、一体何を!?


「どちらにしろ、君には断る選択肢は用意されていないよ。…初めてだ。こんなにも執着心を煽られたのは。…ああ、そんなに怯えた顔をしないで?可愛がりたいのに、もっと苛めたくなってしまう…」


――フ、フィンレー殿下!ヤンデレだったー!!


ひぃぃっ!目…目が!めっちゃマジです!本気ですよこの人!あああ…忘れてた!闇属性って、み属性でもあったんだ!でも何をどうして、この方のみスイッチがオンになってしまったんだ!?


し、しかし…。恐いのに…。めっちゃ恐怖なのに…。なんでこう、そのみすら魔性の魅力に昇華させちゃってんだよこの人!反則でしょ!?M属性なんて持ってない筈なのに、うっかり「お許し下さいご主人様!」って言いたくなっちゃうじゃないか!いや、許して欲しいのは本当だけど!


「ああ…でもやっぱり、苛めるよりも可愛がりたいな。ドロドロに甘やかして可愛がって、僕無しでは生きていけなくなるようにしたい…」


いゃぁぁぁ!魔性の流し目付きで殺しにかかってくるなんて!な、なんという、王族にあるまじき凶悪さ…!し、しかも!どんどん顔が近付いて来てます!いつの間にやら顔がガッチリ両手でホールドされていて、逃げるに逃げられません!こっ…このままでは…!


やがて、フィンレー殿下の吐息が唇に触れる距離にまで顔が近付いて来た。も、もう…ダメ。身体から力がどんどん抜けていく。ライフがゼロに…。誰か…!誰か助けてー!


「――ッ!?」


突然、フィンレー殿下が私から手を離し、鳥籠から飛びずさって距離を取る。するとそれと同時に、鳥籠全体に亀裂が入った。


『今だ小娘!抜け出せ!』


『――!』


ミノムシ…ではなくワーズの声に、私はほぼ反射的にその場から飛び上がった。


すると、鳥籠はまるで脆いガラスの様に粉々に砕け散り、空中へと脱出する事が出来た。


「――くっ!」


フィンレー殿下が、再び闇魔法を放つ。が、ソレは私に届く前に、見えない壁に弾かれる。その隙に、私は最後の力を振り絞る勢いで、空高く舞い上がった。




無我夢中で飛んでいてふと気が付くと、王宮が遥か彼方に豆粒程に見える程になっていた。


『やれやれ、危機一髪だったな』


「…ワーズ…」


呑気な口調でふよふよ浮いているミノムシに、思わず殺意が湧いた。

おのれ、このクソミノムシ!一体全体、誰の所為でこんな散々な目に遭ったと思ってんだ!


怒りに任せ、一発殴ろうと思ったその時だった。いきなり身体が物凄い引力で引きずられてしまう。


「うえっ!?な、何!?」


『ああ、どうやら身体の方になにやらトラブルがあったようだな』


――トラブル!?ちょっとー!一体何があったって言うんだ!?


そうこうしている間にも、物凄い力で身体が引っ張られる。待って!せめて…せめて、このクソミノムシに一発入れてから…!


そんな私の願いも虚しく、まるで高速のジェットコースターに乗ったように、私の身体(精神体)は流れ星の様に、その場からフェードアウトして行ったのだった。



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フィンレー殿下、まさかのヤンデレ属性でした(^^)

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