第58話 夜会に行こう!③

「お…おのれ…!あのクソミノムシ~!!」


エレノアは怒っていた。無茶苦茶怒っていた。


なんせこの夜会、国中の有力貴族達が集っている所為か、至る所に高魔力保持者が点在しているのである。そのお陰でこの舞踏会会場にやって来るまで、どれ程の人間に目撃され、恐怖された事か。


幸い、そこまでしっかり視えている者はいなかったようだが、それが至って恐怖を煽っているようで、あちこちから聞こえる悲鳴混じりの「幽霊ー!」だの「出たー!」だのの言葉に、どれ程HPを削られた事だろう。


兄様方や父様方に「まるで花嫁さんのようだね」なんてベタ褒めされた、この全身白でコーディネートされたドレス姿が、ここではすっかり幽霊扱い…。クッ、泣けてくる!


煌びやかな舞踏会に参加する事は叶わずとも、せめてその華やかな様子を見てみたい…と思って、あのミノムシの口車に乗ったというのに、現実はと言えば人の目を避け、まるで魔物か幽霊のように暗闇の中をウロウロさ迷っている有様。


あのミノムシがいればなんかの術をかけてもらって、少しはあのキラキラした会場の中を見学することぐらいは可能だったかもしれないのに、その本人はと言えばどこに行ったのか、見当もつかない状態だ。見つけ出そうにも、そもそも会場に近付く事も出来ないのだからお手上げである。お陰様で気分はすっかり、太陽の光を恐れ、闇に潜むヴァンパイアだ。


「ワーズの奴…連れて来たからには、最後まで責任取れよな!くっそう!今度会ったら只ではおかない…。絶対、激辛スープの中に沈めてくれる!」


そう呪詛を吐きつつ、会場の入り口に近い場所に、コソコソと移動する。

ああ…華やかな音楽の音と楽し気な話し声が聞こえてくる。遠めでも分かる程、キラキラしい会場が目に眩しい。もう少し…もうちょっとぐらい、中に入れないかな…。


「ん?…あれ?あの人達…」


会場の中心部から離れた端っこの場所に、以前ダンジョンで出会ったディーこと、ディラン第二王子殿下と、アシュル第一王子殿下が、身を隠すようにして何やら話し合っている。


好奇心に負けて、ついふよふよと近付いてみた途端、アシュル殿下が鋭い視線で周囲を一瞥する。慌ててまた天井の柱の陰に潜んだが、周囲を気にしている様子なので、しっかり自分の姿を目撃してしまったのだろう。何たる不覚!


しかし、夜会の真っ最中だというのに、何でこんな人気の無い場所に、あの二人はいるのだろうか。


「う~ん…。それにしてもあの方々、相変わらずの美形っぷりだな…!」


ディーさん…いや、ディラン殿下。あの冒険者の恰好も、ワイルドな美貌にマッチして、物凄く恰好良かったけど、しっかり礼服に身を包んだそのお姿たるや、圧巻の一言である。


既に大人の男の色気が駄々洩れていて、その燃えるような色彩と精悍な容貌とが、軍服的なアレンジが施された礼服と相まって、着崩している訳でもないのに、物凄く背徳的な色気を醸し出している。うっかり直視してしまったが最後、絶対に鼻血を噴く。断言できる…!


対するアシュル殿下だが、学院では割とラフな服装だったのが、今はしっかり、『ザ・王族』と言うべき、豪華な礼服を身に着けていらっしゃる。


豪奢な金髪と宝石のようなアクアマリン・ブルーの瞳が、そのキラキラしい服装とマッチして、極上の宝石のように全身輝きを放っています(と言うか、そう見える)

お陰様で精神体だというのに、今現在、真面目に目が潰れそうです。視覚の暴力も大概にして下さい!


…そして両殿下は比喩では無しに、自分の目には物理的に光って見える。つまりは魔力が物凄く高いのだ。先程まで遭遇していた高魔力保持者達と比較できないぐらい光っているもん。つまり、見られでもしたらアウトという事だ。


『と、とにかく…。もう、会場を見るのは諦めて、とっとと帰ろう。うん、そうしよう』


「………」


「………」


その頃、アシュルとディランは、心の中で同じセリフを呟いていた。――「何か、めっちゃ見られてる」…と。


「…ディラン、気付いているか?」


「ああ。ほぼ真上から、視線をビシバシ感じるぜ」


真上から。――そう、天井から視線を感じるのだ。


暗殺者か影かと思ったが、王宮付きの影なら、わざわざ天井なんぞに貼り付かないし、こんなあからさまに気配をだだ洩れさせる暗殺者なんぞいる筈がない。…つまり、ひょっとしたら人間ではない存在が真上にいる…という事なのだろう。


そもそも、この視線の主は、獲物を狙う捕食者の気配ではない。敢えて言うなれば…そう、怯えた草食動物である。

つまりこの場合、視線の主にとって、自分達こそが捕食者なのであろう。怯えながら息を詰めるように、こちらに視線を寄越しているのが手に取る様に分かる(その中に若干、好奇心が含まれているような気がしないでもないが)


「…幽霊に怯えられるって、どうなんだ?」


「いや、まだ幽霊と決まった訳では…。でも、そうだな。一応正体は確かめておいた方が無難だろう。可愛い妖精とかだったら、鳥籠に捕らえてペットにしてもいいし」


アシュルの冗談に苦笑しつつ、ディランは天井へと視線を向けた。


「ペットは止めといてやれよ。ま、そんじゃあ…」


「――えっ?!」


眼下にいた筈のディランがいきなり消えた。…と思った瞬間、柄に手を掛けた状態のディランが、突然目の前に現れたのだった。


「――ッ!?」


「…え?」


視線が重なった瞬間、ディランの目が限界まで見開かれる。そしてエレノアの方はと言えば、どアップで拝んでしまったディランの顔面破壊力に、顔を真っ赤にさせながら、咄嗟に鼻を抑えた。その行動の理由はと言えば勿論、鼻血を噴いた時の為の用心である。


見つめ合った時間は、コンマ数秒程度だったろう。


「エル…?」


咄嗟に伸ばされたディランの手は、エレノアの身体をすり抜け、宙を切る。

そしてディランの行動によって我に返ったエレノアは、その場から遠ざかろうと身を翻した。


――が、慌ててしまっていた為、迂闊にも暗がりから出て、姿を晒してしまう。


「――ッ!!」


眼下から、息を飲む様な音が聞こえて来た気がするが、それを確認する余裕もないエレノアは会場から飛び出ると、一心不乱に外へと向かって飛び続けたのだった。





◇◇◇◇





「はぁ…」


中庭に面した人気の無いテラスで、リアムは一人、溜息をついていた。


ご令嬢方に取り囲まれ、矢継ぎ早に好き勝手な事を囀られ、頭と気持ちがついていかなかったとはいえ、ただ無言を貫き通すしかなかった自分の不甲斐なさに、先程から溜息しか出てこない。


その上、見かねたのであろうセドリックに助けられてしまう体たらく。情けない事この上ない。


「…あいつには、負けっぱなしだな…」


身分、魔力量、容姿…。他人が羨むものを幾つも持っているとされている自分だが、気の置けない友人であり、ライバルでもあるセドリックには、いつもどこかで劣等感を持ってしまっている。…口には出せないけど。


同い年だというのに、自分よりも年上であるかのような落ち着きを持っている彼は、なにより、自分が密かに思いを寄せている少女の婚約者でもあるのだ。


――学園で首席をお取りになられたのですよね?!流石はリアム殿下ですわ!


――王族ですもの。首席を取るなど、当然ですわ!


先程まで、ご令嬢方が口にしていた台詞が蘇ってくる。


『王族だから』『やれて当たり前』そんな言葉を、何度耳にしただろうか。


確かに他人より魔力が多い分、やれる事は多いし、物覚えもそれなりに悪くはない。でも、元が多少他人より恵まれているだけで、勉強にしろ魔法にしろ、それなりに努力しなければ向上なんてする筈がない。だから今回の首席も、自分なりに頑張って努力した結果なのだ。


でも周囲にとっては結果だけが全てで、それを得る為にどれ程自分が努力したかなんて関係ないのだ。だって、『出来て当たり前』なのだから。


「リアム。周囲が望む姿である事や期待に応える事も、王族としての務めであり、義務なんだよ」


鬱屈とした自分の気持ちを察したアシュル兄上が、そう諭すように教えてくれた。


幼い頃から『王家の鑑』『神童』と称えられてきたアシュル兄上。

兄上も自分のような鬱屈とした気持ちを押し殺し、王族としての責務を完璧に果たしてきたのだろう。


そんな中、エレノアだけは違った。


「リアム、首席おめでとう!凄く頑張ったんだね!」


学院で順位が発表された時、満面の笑顔で言われた言葉だった。


『王族だから、首席を取れて当たり前』なのではなく、『努力したから、首席を取れた』と、ただ一人、そう言って祝福してくれた。


それを聞いた他のご令嬢達は皆、眉を顰めて「リアム殿下を侮辱なさってるの!?」「努力なんてしなくても、リアム殿下は全てを完璧になさられるのよ!」と、口々にエレノアを非難したが、当のエレノアはキョトンとした顔で、こう言い放ったのだ。


「え?何もしないで何でも完璧に出来る人間なんていないでしょ。そんなのいたら人外だって!リアムは王族だけど、人間だよ?」


当たり前のような顔と口調でそう言われ、絶句して二の句がつげないでいるご令嬢達を他所に、自分やセドリック、そして周囲のクラスメイト達は、思わず噴き出してしまった。(その横で、エレノアが氷点下の形相のクライヴ・オルセンに睨まれ、震えていたが)


「…会いたいな…」


あの屈託の無い笑顔が見たい。今、何をしているのだろう。これから暫くの間、会う事が出来ないと思うと、余計に気分が滅入ってくる。


そんな事をぼんやりと考えながら、銀色に輝く月を眺めていた視界が突如、白一色となる。


「――え?何だ!?」


いや、白一色…ではない。どうやらそれは、ドレスの裾であるようで…。ドレスの裾!?ここがどれぐらいの高さだと…いや、そもそもテラスの先には足場など何も…!


混乱しながら、もう少しだけ見上げた視線の先に映りこんで来たのは、真っ白いドレスを着た、とても美しい少女の姿だった。


月明かりを背後に受け、艶やかに光輝くヘーゼルブロンドの髪。大きな瞳がキラキラと輝いていて、まるで極上の宝石のようだ。そして小さく華奢な身体を包む純白のドレスが、非現実的な程によく似合っていて…。


「…妖精…?」


思わず目を奪われ、食い入る様に夜空に浮かぶ純白の少女を凝視していると、その少女は同じ様にこちらを見つめながら、頬を赤く染めていく。その初々しい姿を目にした瞬間、心が甘く騒めいた。


やがて、純白の少女が小さな声で呟く。


『リアム…?』


「え!?」


突然呼ばれた自分の名前に、目を見開く。そして少女はそんな自分を見るや、慌てた様子でその場から身を翻した。


「ま、待って!」


慌てて少女を引き留めようとするも、空中を飛ぶ少女を止める術など自分には何も無くて。彼女の姿が視界から完全に無くなるまで、ただその姿を見つめ続けているしかなかった。


「…何故…」


――…何故君は、俺の名前を知っているんだ…?


呆然としながら、心の中でそう呟く。


それに…自分の名を呼んだ時のあの声、あの口調。自分は…あの声の主を知っている…気がする。


「…エレノア…?」


夜空の下、リアムの小さな呟きは誰の耳にも入る事は無かったのだった。






『あああ…焦った!!ま、まさかあそこにリアムがいるとは…!!』


リアムの顏を見た事は無かったが、あの青銀の髪は見間違い様も無い。間違いなくリアムだ。


いきなり現れた私を、驚いた顔で見ていたけど…。なんなん?あれ!顔面破壊力も本当に大概にして欲しいぐらいに、超ヤバイよ!


青銀の髪と同じ、サファイアブルーのアーモンドアイ。陶器のような、滑らかで透明感のある白い肌。白を基調とした豪奢な礼服に身を包んだ、少年期独特のスラリとした肢体。セドリックや周囲の面々が言っていた通り、まるで透き通るような中性的な美貌!


あれはヤバイ。真面目にもの凄い美少年だ!もしドレスを着せたら、私なんて足元にも及ばない程の美少女になるに違いない!(…いや、そもそも何故リアムがドレスを着るんだ)


でもとにかく、それぐらい凄く綺麗な訳なんですよ!

王家…。選ばれし血を持つ一族。貴方方はどこまで、自分の遺伝子を高めれば気が済むんですか!?


ああ…。真面目に私、あの遮光眼鏡で命拾いしていたんだなぁ…。じゃなかったら絶対、アシュル殿下やディラン殿下の時と同じように、リアムと初顔合わせの段階で派手に鼻血噴いてたよ。


「うう…。王宮恐い…。は、早く帰らなきゃ…!」


先程の顔面破壊力のトリプルパンチにやられ、目と心臓が瀕死寸前になってしまったのを無理矢理奮い立たせ、フラフラと広い王宮の庭を当ても無く飛び続ける。


幸いな事に、精神体では鼻血は出ないようで助かった。もし鼻血を噴いていたとしたら、なんせ三人分である。間違いなく、この純白のドレスは鮮血に塗れ、まさにホラーな絵面になってしまっていただろう。


そして私を目撃した人達から『顔面から鮮血を流し、王宮を漂う赤いドレスの少女』…なんて言われて、王宮七不思議の一つに加えられてしまうんだ(そんなものがあるかどうかは謎だが)


――それにしても、王宮って広い。


そういえば10歳の時にお茶会に来た際、ちょっと走り回っただけで簡単に迷子になってしまった事を思い出す。


「このまま低空飛行していたら、また迷っちゃう。もっと上空飛行しないと…」


そう呟きながら、数ある塔の一つを通過しようとしたその時だった。急にバラバラと、紐のような細い影が私の周囲に現れる。


「えっ?!なに…これ?」


そうして『影』は、まるで網の様に私の周囲を覆ったと思うと、物凄い引力で、私を下へと引きずり降ろす。


『地面に叩き付けられる!!』


咄嗟にそう思い、思わず目を固く瞑ったが、突然引力が無くなり、覚悟していた衝撃は訪れなかった。


恐る恐る目を開いて見て見ると、先程網の様だった『影』は形を変え、大きな鳥籠のような形となり、私はその中に閉じ込められていたのだった。


「…へぇ…。随分変わったものが釣れたものだ。キラキラしていて真っ白で…。まるで白い鳥のようだな」


静かな声が頭上から聞こえてくる。


驚いて顔を上げると、暗がりの中、一人の青年が立っているのが見えた。顔は月が逆光になっててよく見えない。


『あの服は…!』


メル父様がたまに着ているのを見た事がある。宮廷魔導士団の正装だ。


黒を基調としたその服は、魔導士が自分の魔力を増幅させる、独自の文様を魔除けの銀糸で編み込むのだという。


青年の纏った服も、古代文字の様な複雑な文様が漆黒の黒衣に煌めいていて、まるでこの夜空に煌めく星々を纏っているようだ。


自分を見下ろしていた青年が、更に鳥籠の方へと近付いてくると、鳥籠の中を覗き込むように顔を近付けてきた。


――ヴっ!!こ…これは…っ!!


耳にかけられた少し長めの黒髪が、覗き込んだ拍子にサラリと頬を流れ落ちる。縁の無い眼鏡の奥にある、希少なエメラルドの様に煌めく切れ長の瞳は、伏目がちに私を見つめていて、まるで流し目を喰らっているかのような錯覚を受ける。

白い肌は、先程見たリアムと張る程白く透き通っていて、まるで月の光を纏い輝いているかのようだ。


「今晩は、可愛い妖精さん」


冴え渡る月の光のごとく、一切の温度を感じさせない怜悧な美貌。そんな彼に見惚れている…というより魂を持っていかれ、呆然自失な私を見下ろしながら、青年はうっすらと笑ったのだった。



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時すでに遅く、出席した招待客達により、王宮七不思議に加えられそうになっているエレノアです。

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