第56話 夜会に行こう!①
「それではエレノア、行って来るよ」
「はい、いってらっしゃいませ。どうかお気をつけて」
今夜は王家主催の夜会が催される日。
それゆえ、兄様方やセドリック、そして父様は、全員きっちりと貴族の正装に身を包んでいる。
その眩しい事と言ったら…。顔面偏差値の臨界点を突破し、地球再生へと向かう勢いである。当然というか、私はその眩しさを直視する事が出来ない。人間は眩しいものを見続けていると、視力が落ちてくるというが、私の視力もかなりやられてしまっているに違いない。(気分的にだけど)
「なるべく早く帰ってくるようにするからね。…ああ、それにしても何て綺麗なんだエレノア。このまま君を夜会に連れて行って、エスコートしたいぐらいだよ!」
私の頬に手を当て、うっとりと呟くオリヴァー兄様。私は「はい、是非連れてってください!」と言いたいのを、グッと堪える。
実は私の今現在の恰好、このまま夜会に行けるぐらいに、気合を入れたドレス姿になっているのだ。
小さな花をかたどった宝石(多分、ダイヤとか真珠とか!)が散りばめられた細いレースのリボンを、下ろしている髪に緩く編み込み、光のアクセントをつける。そしてこれまた、スパンコール並みに、細かいダイヤモンドを散りばめられた純白なシルクのドレス。少し背が伸びたので、ドレスのタイプは、以前着たいなと思っていたエンパイアラインだ。結婚式でよく花嫁さんが来ているあのスタイルですよ。
ひょっとしてお前、夜会に行くのかって?いえいえ、違います。これは兄様達の
なんでも、気分だけでも私をエスコートしたいから、ドレスアップした私の姿を目に焼き付けてから夜会に行きたいんだそうだ。
私としては、夜会に行く訳でもないのにこんな格好するのって、拷問か何かかな?って思っちゃうけど、今夜社交界デビューをするセドリックにまで頼み込まれたんじゃあ、断るに断れませんよ。
「ああ…本当に綺麗だ。…ったく!夜会なんてバックレて、このまま教会行っちまうか!?」
そう言いながら、クライヴ兄様が私を抱き上げ、唇に軽くキスをする。
ボンッと相変わらず真っ赤になった顔だが、咄嗟に目を瞑ったので、兄様のドアップを見ずに済み、鼻血は免れた。…ふう…やれやれ。
「お前、本当にいつまでたっても慣れないな。可愛い…」
クライヴ兄様ー、やめてー!楽しそうな口調で、耳元に囁きかけないで下さい!視覚を封じているせいで、聴覚が敏感になってるんです!折角耐えた鼻腔内毛細血管、崩壊しちゃいますよー!真白なドレスが深紅に染まるって、どこのサスペンス劇場なんですか!?
「…クライヴ…」
オリヴァー兄様のドスの効いた声に、クライヴ兄様が慌てて私を地面へと降ろした。
そうして、クライヴ兄様のカウンターパンチ攻撃でクラクラしていた私を、今度はセドリックが優しく抱き締めた。
「エレノア、凄く凄く綺麗だよ。本当だったら今夜、君を婚約者としてエスコートしたかった…」
全身黒を基調としたコーディネートな兄様方と違い、セドリックは髪や目の色に合わせた、落ち着いた色合いの生地をベースにした正装を身に着けている。
初々しくも凛々しいその装いは、これから花咲くお年頃のセドリックに凄く良く似合ってる。あ…深い森の中にいるような、清々しく清涼な匂い…。セドリックに凄くよく似合っていて、ホッとする。
「セドリック…。うん、私も同じ気持ちだよ。夜会、頑張ってね?肉食女子達に負けないでね?」
「他の女の子なんかには目もくれないよ!僕には君だけだ…。愛してるよエレノア」
ボンッと、折角収まりかけていた熱が、瞬時に復活してしまった。
うあぁぁぁ…!甘い。何もかもがデロッデロに甘い!!油断している所に、年下(精神年齢的に)男子の一途なひたむきさが、止めのボディーブローとばかりに繰り出されたよ!…駄目だ…もう、完敗だよ。リングに沈んで、そのまま気を失いたい…。
「あの…。そろそろお時間ですが…」
ウィルが、遠慮がちに声をかけてくる。
確かに!さっき「行って来るね」と言ってから、どんぐらい時間経ってるんだ!貴方がた、私を萌え殺す前に、とっとと夜会に行って下さいよ!
「やれやれ、やっと私達の番か。それじゃあね、可愛いエレノア。私達を待っていないで、ちゃんとベッドに入って休んでいるんだよ?」
はい、メル父様。分かっています。
「なんか美味そうなモンがあったら土産に持って来てやるから、楽しみにしてろよ?」
グラント父様、お気持ちは嬉しいですけど、それは止めた方が良いと思います。
「エレノア、本当に素敵だよ。こんなに綺麗な君を皆に自慢出来ないのが、本当に悔しいよ。僕の大切なお姫様。…くっ…。王家に目を付けられてさえなければ…!」
アイザック父様。そのお気持ちだけで十分です。え?王子様方にこっそり媚薬盛って、適当なご令嬢に宛がおうかな?やめて下さい!バレたら極刑喰らいますよ!?
「父様方、頑張って下さいね!土産話、楽しみにしております」
そう言ってニッコリと笑った私は、その一瞬後、父様達によって、キスや抱擁の嵐を受ける羽目となった。当然というか、青筋浮かべた兄様方が、父様方から私を引っぺがしてくれたけど。
「オ、オリヴァー兄様、クライヴ兄様、セドリック。大変でしょうけど、頑張って下さい。…あの…。なるべくでいいので、早く帰って来て下さいね?」
自分だけ置いてきぼりにされる寂しさから、柄にもなくそんな事を言った私に対し、兄様方は軽く目を見張った。そしてお約束と言うか、感極まった兄様方の抱擁をサバ折り状態で受ける羽目となり、その状態で濃厚な口付けをされ、あわや酸欠寸前にまで陥ってしまったのだった。
その後、兄様達は、使用人や父様達総出で私から引き離され、「やっぱり行きたくない!」「エレノアを寂しがらせる訳には!」と喚きながら馬車に押し込まれ、夜会へと旅立って行ったのだった。
「はぁ~…。なんか、ドッと疲れた…」
そう呟きながら、私は自室のベッドに、グッタリと横になった。
ちなみに、服はまだドレスのままだ。これはジョゼフ達が「折角美しく装われたのですから」と気を利かせ、着替えを後回しにしてくれたからである。
確かに、私も折角こうしておめかししたのだ。誰に見せる訳でも、舞踏会に行ける訳でもないけど、暫くはお姫様気分を…。…う~ん…。折角ドレスアップしたのに、カボチャの馬車に乗り損ね、結局お城に行けなかったシンデレラの気分になってしまうな。もしそうなってたならば、さぞかし無念だったろう。運よくカボチャがあって良かったね、シンデレラ。
「…今頃兄様達、まだ馬車の中かな…」
きっと会場に着いたら、エスコートする婚約者がいないのをこれ幸いと、肉食女子軍団が一斉に群がるんだろうな。あの兄様方の事だから、全く相手にしないだろうけど、女性には一定の礼儀を払わないといけない社会だからなぁ…。お話ぐらいはするかもしれない。
場慣れしていないセドリックなんか、格好の
「…私も、一緒に行けたらいいのに…」
そうすれば「あの人達は私の婚約者なんだから、近寄らないで!」って、肉食女子達に牽制出来るのに。
…いや、それやったら、帰った瞬間、感極まった兄様達に押し倒されるかも…。いや、彼らならば帰るまで待たない。きっと夜会の最中でも、堂々とキスぐらいするに違いない。それも濃厚なヤツを。…うん、やっぱり大人しくここにいた方がよさそうだ。
「そういえばリアムも、夜会に出るのは初めてだって憂鬱そうに言っていたな」
彼の懸念は、大体察しが付く。
アシュル殿下もそうだったが、リアムは王立学園に通っている。つまり、同じく王立学園に通っているご令嬢方は、それを話の切っ掛けにして、堂々と王族に話しかける事が出来るのだ。流石のリアムも、王家主催の夜会で彼女達に塩対応は取れない筈だから、そのストレスたるや、察して余りある。
「でも今日から試験休みだからなぁ。大変だったねって、手紙出すか」
そういえば、最近はアシュル殿下も折に触れて、私に手紙を寄越してくるようになったんだよね。
返事は兄様方に「絶対出すな!」って言われてるんだけど、初潮がきた時にお祝いで貰ったお花のお礼状ぐらいは送りたいところだ。
「リアムの手紙にでも、こっそり紛れ込ませようかな…。ん?」
何かコツコツと音がする。
耳を澄ませると、どうやら音はテラスに続いてる大窓から聞こえてきているようだ。
――こんな夜に、まさか鳥?いや、ひょっとしたら不審人物?!…う~ん、だったらわざわざ音を立てたりはしないよな。
「ウィルを呼んだ方が良いかな?」
取り敢えず、何時でも叫ぶ準備をしつつ、恐る恐る窓に近付いてみる。すると何やら、カワセミぐらいの大きさの黒い物体が、窓をコツコツ叩いているのが見えた。
「…ん?…あれっ?!ひょっとして、ダンジョン妖精!?」
そのミノムシっぽい姿を確認した私は、慌てて窓を開ける。
すると、やはりどう見てもミノムシにしか見えない物体が、開いた窓から部屋の中へフワリと入って来た。
『久しいな、小娘』
相変わらずの尊大な口調。だけど何でまたミノムシなの!?あの麗しい姿はどこいったんだ!?
『ミノムシではない!ちゃんと私の名を呼べ!』
「え?え~と…。“ワーズ”?」
すると至高のミノムシ…ではなく、ワーズは、何か嬉しそうに私の周囲をクルクル飛び回った後、テーブルに常時置かれている、フルーツが盛られた銀の皿を目にするや、フルーツ目掛けて突撃した。相変わらずブレないヤツである。
私は今まさに林檎にダイブしようとしていたミノムシを、寸ででキャッチした。
『あっ!何をする!離せ小娘!』
「小娘じゃない!あんたの方こそ名前で呼べ!…で、ワーズ。何でまたその姿になってんのよ?」
あの犯罪者達に、どうやって捕まえられたか。今の流れで十二分に分かってしまった。というか、まるで反省していないなこいつ。いつか絶対また捕まるよ。…待てよ?ひょっとして、また捕まって力奪われたから、この姿になったのか?!
『いや、違う。この姿にならなければ、お前の所に行けなかったからだ』
「え?そうなの?」
『お前、知らんのか?この屋敷を中心に、かなり広範囲に仕掛けられている、まるで呪いのごとき厄介な結界の事を!』
「へ?結界?」
『ああ、そうだ。侵入しようとする相手の魔力を感知し、排除する結界だ。私も何回かあの姿で通り抜けようとしたのだが、ことごとく弾かれてしまった。この姿になってようやく、結界と結界の僅かな隙間を通り抜ける事が出来たのだ』
なんと!そんな結界が張られていたのか。前世で言う所のセ●ムかアルゾ●クみたいだ。兄様が前に言っていた、王宮のセキュリティシステムを思い出すな。
『しかも、いやらしい感じに、色々な魔力が複雑に絡み合っていてな、なんというか…ある種の執念を感じたぞ。さぞや守らねばならぬ、大切なものがあるのだろう。全く…お前も罪な女…』
「そりゃあ、一応うち公爵家だからね!政敵も多いだろうし、お宝もきっと沢山ある筈だし!」
『違う!多分間違いなく、そっちじゃない!』
「え?じゃあ何で?」
私が首を傾げると、ワーズのヤツ、首を振りながら溜息をついた。しかもなんか、残念な子を見るような視線を向けているっぽい。何なんだあんた!急に来たかと思えば、失礼なミノムシだな!
『だから!ミノムシでは無いと言っておろうが!』
「だってどう見たってミノムシじゃん!って言うか、さっきから人の頭の中を勝手に覗くな!…で?話を元に戻すけど、何だってわざわざ、その姿になってまで私の所に来たの?」
『…全く呼ばれなかったから…』
「はい?」
『だから!あの時以来、全くお前は私を呼ばなかったから、気になっただけだ!…果物も食べたかったし…』
――…どうやら今、私は妖精のツンデレを目の当たりにしているらしい。
寂しくて、わざわざミノムシになってまで私の所に来るとは…。高飛車なフリして寂しがりか!?なんかちょっと、ほっこりしちゃうじゃないか。
私は握りしめていたワーズを、そっと林檎の上に置いてやった。途端、貪る様に林檎にガッツき始める。物凄い勢いで一個食べ終わったら、今度は葡萄。次はバナナ…。ひょっとしてこの妖精、私に会いたかった訳じゃなくて、果物食べるのだけが目当てだったんじゃ…?
やがて、大盛りのフルーツ全てを食べ尽くした妖精は、満足そうに私の方へと飛んできた。
『ところでお前』
「エレノア!」
『わ、分かった。エレノア、随分と華美な格好をしているが、どこか行くのか?』
――今更それか。
「違う違う。王様が主催するパーティーに、兄様達や父様達が参加するから、お見送りする為に着ただけ」
『見送りするだけで、それだけ豪華に着飾るのか?人間の貴族とやらは、随分と無駄な事をするのだな』
「…いや、貴族と言うより、普通の家でもこんな事、やらないと思う…」
こんな虚しいドレスアップ、私だって兄様達が強請らなかったらやらなかったよ。
『で?何でお前は行かなかったんだ?具合でも悪いのか?呪いの類とかなら、私が何とかしてやらんでもないぞ?』
「いや、呪いでもなんでもないから。単純に、ヤバイ人達に見付からないようにする為だから」
『…お前は行きたかったのか?』
「そりゃあ、行きたかったよ。折角こんなに素敵なドレス着たんだから」
『ふ~ん。じゃあ、行ってみるか?』
「へ?だから、行けないって…」
人の話を聞いていたのかな?このミノムシ。
『そのまま行くのではないぞ?精神体でだ』
「『精神体』?」
「自らの意識を身体から離脱させた状態の事を言う。幸い、お前の魔力と私とは相性が良い。この屋敷の結界も、お前にだけは甘いようだし、抜け出す事は容易だろう」
え?ちょっと待って、それっていわゆる、『幽体離脱』ってヤツじゃないかな?何か危なそう。
「あの…折角の申し出だけど、やっぱちょっと…」
『もう出来たぞ』
「…へ?…って、うわっ!」
気が付けば、私は上から自分の部屋を見下ろしていた。あ、真下に私がいる!
「ね、ねぇ…。身体の方は大丈夫なの?」
『ふむ。いわば抜け殻状態だからな。確かに何日もそのままでは支障が出ようが、パーティーに行って帰るぐらいであれば問題なかろう。それに、この屋敷全体に張られた結界が、悪さをしようとする輩からお前の身体を守ってくれるだろうしな』
悪さをしようとする悪い輩って…。この場合、目の前にいる、この妖精の事だよね…。
『さあ、とっとと行くぞ!』
ジト目になった私から視線を逸らすように、ワーズが少しだけ開いた大窓から外に出てしまう。私も慌てて後を追う。勿論、空中に浮かびながらだ。
窓の隙間が狭くて通り抜け出来るかと不安になったのは杞憂だった。無意識に伸ばされた手は、スルリと窓を通り抜けてしまう。
「うわぁ…!!」
凄い!私、今飛んでる!綺麗な夜空に浮かぶ月が、何だかやけに近くに感じる。もはや気分は、ピーターパンにおけるウェンディだ。って事は、ワーズはティンカーベルか。…う~ん。随分枯れ果てたティンカーベルだな。
『…白くてキラキラしてて、まるで真白い鳥のようだ。…あやつの兄達が、閉じ込めたくなる気持ちも分かるな…』
空中散歩に夢中になっていた私の耳に、ワーズの呟きが届く事は無かった。
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