第六章 王家の夜会編

第55話 王家主催の夜会

本日、バッシュ公爵家では、普段忙しくて中々顔を合わせられない父様方が全員揃い、普段よりも更に豪華な食事を囲んでの晩餐会を楽しんでいる。


だって今日はお祝いなのだ。


何をお祝いしているのかと言うと、セドリックが最終試験で次席を取ったからである!

ちなみに首席はリアム。そして三位は、まさかのマテオだった!


結果を知った時は、ついうっかり「凄い!マテオって、顔だけの男じゃなかったんだね!」…なんて言ってしまい、めちゃくちゃ冷ややかな視線を浴びせられてしまった。ちなみに例のオーウェンも、しっかり10位内にランクインした。重々目出度いね!


「おめでとう、セドリック」


「セドリック。期末試験、よく頑張ったな。私もとても誇らしいよ」


「有り難うございます、オリヴァー兄上、そして父上。ですがまだまだです。次は首席を取れるように、全身全霊をかけ、邁進していく覚悟です!」


「ははは!そう肩肘張らずとも、お前だったらきっと成し遂げられるさ。なんと言ったって、お前は私の自慢の息子の一人なんだから」


メル父様に誉められたセドリック、凄く嬉しそうだ。でも本当に凄いよ。私もとても誇らしい気分です。


「それとエレノアもね。女子なのに50位内に入るなんて驚くべき成果だ。それについても、セドリックと同じくらい誇らしいよ」


メル父様が、手にしたワイングラスを私に向かって軽く掲げ、妖艶な笑みを浮かべる。


――くっ!なんとも様になる上に、久々の大人の魅力パワー全開ですか!義娘の視覚を潰さんとするその攻撃、目に突き刺さって痛いです!おっと、いかん。顔が真っ赤になってしまった。早く冷まさなければ、またオリヴァー兄様が拗ねてしまう!


「ん?エレノア?」


「何をやってるのかな、エレノア?」


冷たい水の入ったグラスを頬に充てる娘に、メル父様は首をかしげ、アイザック父様は汗を流しながら尋ねてくる。


「い、いえ。家庭内円満の為に、少々クールダウンをと思いまして…」


「…エレノア、大丈夫。いくらなんでも、それぐらいで目くじら立てないから」


私の謎行動に慣れているオリヴァー兄様が、意図を的確に察し、そう声をかけると、これまたメル父様が、察した様子で肩を震わせる。


「ふふ…成る程。エレノア、狭量な息子で済まないね。まったく、誰に似たのやら」


その瞬間、オリヴァー兄様から黒いオーラが湧き上がった。ひぇぇ!!おめでたい席で血の雨が降るのか!?


だが、そうはならず、瞬時に暗黒オーラを引っ込めたオリヴァー兄様。メル父様にニッコリと笑顔を向けた。


「…申し訳ありません。愛しい婚約者の事になると、ついついタガが外れてしまいまして…。でも父上も、もし僕のようにエレノアのような子と巡り合えていれば、きっと僕の気持ちを理解して頂けたと思いますよ?」


メル父様が珍しく、鼻白んだような表情を浮かべた。どうやらオリヴァー兄様が、メル父様の何かを抉ったようだ。


「…言うようになったな、オリヴァー」


「有難う御座います。これも父上の日頃のご指導の賜物です」


…何だろう。言葉や表情は穏やかなのに、何故か二人の間に青白い火花が散っているような気がする。


「まあまあ、親子の交流はその辺にしておこうか。ね?二人とも。折角のお祝いの席なんだから」


「…うん、そうだな」


「…はい、公爵様。セドリックもエレノアも、御免ね?」


――親子喧嘩終了。


アイザック父様、普段は割とヘタレた所しか見ていないが、こういう所は流石に次期宰相。場を締めるタイミングが絶妙だ。


私は隣にいるセドリックと顔を見合わせると、互いに苦笑した。


「それにしても、エレノアが上位50名に入れたのって、俺を売って稼いだポイントのお陰なんじゃないのか?」


あ、クライヴ兄様ってば酷い!


うむむ…。初潮のゴタゴタでうやむやになったと思っていたが、やはり根に持っていたか。まあ、でも確かに、ポイント欲しさに兄様を売っちゃったのは事実だし、ここは素直に謝っておこう。


「はい、その節は大変お世話になりました。また機会がありましたら、ぜひ宜しくお願い致します!」


「もう二度とあるか!バカ者が!」


あ、酷いな兄様。可愛い妹のポイント稼ぎなんだよ?むしろ進んで協力してくれたっていいじゃないか。


「エレノア、クライヴは君の護衛なんだよ?守るべき対象者である君が、わざわざ護衛売ってどうするの。そんなんだから、アシュル殿下の姦計にまんまと引っかかってしまうんだよ。大体、君は危機感が無さすぎる。セドリックに聞いたけど、この間だって…」


しまった!オリヴァー兄様のお説教スイッチが入ってしまった!クライヴ兄様は「全くもってその通り」って感じで頷いてるし、メル父様とグラント父様は面白がってるから、止めてくれそうにない。セドリックもこの事に関しては、完全に兄様側だから、助け船を出して貰うのは無理。…という事で、残るは…。


私は密かにアイザック父様にヘルプの合図を送った。あ、アイザック父様、頷いた。お願いします、父様。


「そういえば、岩風呂温泉…だったっけ?源泉を引く転移魔方陣が敷き終わったから、近日中に屋敷の増設工場が始められるよ。良かったね、エレノア」


父様ー!!何でよりにもよって、その話題ー!?


「本当ですか!公爵様」


「流石はバッシュ公爵家、迅速な手腕、お見事です!」


ああっ!オリヴァー兄様とクライヴ兄様が食い付いた!あ、アイザック父様、「やったよエレノア!」的な凄く良い笑顔でこちらを見ている。うん、確かにお説教は止まったよ。止まったんだけどさぁ!


「ああ…楽しみだねエレノア。完成したら一番乗りで一緒に入ろうね?」


「入浴着は俺とセドリックで、絶対お前に似合うヤツを特注しといたから、そっちも楽しみにしてろよ?」


「オリヴァー兄上も絶賛されていたから、きっとエレノアも気に入ると思うよ?」


ほらー!兄様達やセドリックのヤバいスイッチ、入っちゃったよ!


…実は私、まさか初潮が来るなんて思いもせず、12歳の誕生日プレゼントに、クロス家のと同じ温泉浴場を父様に強請っていたのだ。そんでもって、生理になるちょっと前、ジョゼフに言われたんだよね。


「お嬢様。どうやら私のお役目は、ここまでのようです」


寂しそうにそう言われ、私は愕然とした。


「え?!ジョゼフ、辞めちゃうの!?」


「は?いえ、まさか。このジョゼフ、お嬢様のお子様が成人されるまで、現役を貫き通す所存。ご心配めされますな」


なんだ、良かった。

でもその時ジョゼフ、一体何歳?仙人にでもなる気かな?


「じゃあ、何がここまでなの?」


そう聞いてみれば、私の入浴介助の役目が終了なんだって。思わずガックリと脱力してしまったよ。


「これからはご婚約者様方が、私の代わりをされます」


は?何故に兄様達がジョゼフの代わりを?


「…察するに、お嬢様が大浴場を旦那様に強請られたのは、自ら花嫁修業を決意されたから…。そうですね?」


――…はい?


「そのご覚悟、このジョゼフ、しかと受け止めました。…ふふ…。お嬢様が大人の階段を登られる日を待ち望んでおりましたのに。いざその日を迎えると、寂しいものですな」


え~と…。もしもし?何一人で勝手に話しを進めた挙句、感じ入っちゃってるのかな?


「恥じらいを捨て、自ら進んでご婚約者様の愛情に応えようなどと…。お嬢様の尊い御決意は、既にオリヴァー様方にお話ししておきました。皆様、お嬢様の御決意を、それは喜んでおられましたよ」


そ、それってつまり、私が兄様方と一緒にお風呂入りたいって思ってるって、そう伝えたって訳!?おおおい、ジョゼフー!!あんた、なんって事やらかしてくれたんだー!!


慌てて訂正しに、兄様方の元にすっ飛んで行った私だったが、時すでに遅く。すっかりジョゼフの話しを間に受けた兄様方は、私の必死の否定を「ただの照れ隠し」で済ませてくれやがったのだ。


ってか、兄様方、絶対確信犯だよ!分かっててジョゼフの言葉に乗っかったんだよ。汚い…!大人の男って、汚いよ!!


「まだ子供の内は、絶対一緒に入りません!!」と言って、今すぐにでも混浴しようとした兄様達やセドリックを何とか押しとどめたのも束の間、初潮が来て大人の女の仲間入り認定されちゃいましたよ。


つまり、今の私は「子供ですから」を盾に、ごねる事が出来なくなっちゃった訳なんだよね…。ああ、兄様方やセドリックの期待に満ち満ちた視線が痛い…。


仕方が無い。こうなったらせめて、折角の温泉が私の鼻血で血の池地獄へと変わるのを防ぐ為にも、兄様達やセドリックには、男性用の入浴着を着けてもらうしかないだろう。


…尤もこの世界に、そんなもんがあるかどうかは知らないけどね。





◇◇◇◇






「そういえば一週間後、王家主催の夜会が催されるそうだよ」


――なんと!王家主催の夜会とな!?


「ああ、新たに爵位を賜った貴族達のお披露目も兼ねたアレか。ようやっと決まったんだな」


「うん。貴族達の調整と、王立学院の試験が一段落したこの時期が良いんじゃないかって事でね」


「あ~あ、面倒くせぇな!アイザック、俺だけでもフケていいか?」


「良い訳ないだろう。寧ろ君は一番のメインなんだからね、グラント!」


そうですよグラント父様、この国の軍事を預かる最高責任者な上、一代限りの爵位が底上げして、正式に永続貴族となったんだから。アイザック父様の言う通り、グラント父様こそ、一番の注目株なんだから。


「ああいった席では、女共が大量にまとわりついてうぜぇんだよ。なー?メル」


「そうだねぇ。今は別に、女性と遊びたい気分じゃないし。アイザック、私はただ単に爵位が上がっただけだから、今回は欠席しても良いよね?」


「…メル、グラント。駄目だからね。もし直前で欠席なんてしたら、この屋敷への接近禁止令を言い渡すよ?」


アイザック父様の脅しに、メル父様とグラント父様が一斉に口をつぐんだ。何だかんだ言って、二人とももう完全にバッシュ公爵家ここに住み着いちゃっているしね。グラント父様なんて結局、爵位上がっても自分の屋敷を構えるそぶりすらないし。


「いいじゃねぇか、親父。無理せずそのまま欠席しても!」


「そうですよ父上。嫌な席に無理矢理参加される事なんてありません。是非、欠席なさって下さい!」


兄様達が、ここぞとばかりに父様達を気遣う…フリして、あわよくば屋敷への接近禁止を狙ってますよ。あ、今度は火花どころか、青いイナズマが二組の親子の間を駆け抜けている。本当にこの親子達って、仲が良いのか悪いのか、よく分からないな。


「…まあ良い。だったらオリヴァー、クライヴ。お前達も夜会に参加しなさい」


「えっ?!」


「げっ!」


おお、兄様達、物凄く嫌そうな顔だ。

そんな二人に対して、メル父様が涼し気な表情でのたまう。


「当たり前だろう?お前達は共に、私やグラントの後継とみなされているのだからな。特にオリヴァー、お前はバッシュ公爵家を継ぐ身だ。寧ろ社交の場には、積極的に出て行かなくてはならない筈だろう?」


「…分かりました。僕も参加致します」


オリヴァー兄様、嫌そうだな。そんだけ肉食女子の群れが苦手なんだろう。クライヴ兄様も、オリヴァー兄様に輪をかけて嫌そうだ。お二人とも、ご愁傷様です。


「よろしい。セドリック、お前も今回の夜会が、王都でのデビュー戦となるのだ。学院で次席を取った事もあり、お前には、様々な貴族やご令嬢達の思惑と欲望が集中するだろう。我がクロス伯爵家を継ぐ者として、心して挑むがいい」


「はい!分かりました、父上!」


セドリックが緊張した面持ちで頷く。…う~ん、それにしてもデビュー戦かぁ…。プロレスとかボクシングの試合みたいだ。夜会ってもっとこう、華やかなもんだと思っていたんだけど、実際の所は欲望渦巻く戦場なんだなぁ…。本当、この世界の男性達って大変だ。


…でも王家主催の夜会か…。きっと、シンデレラが出席した舞踏会みたいに、キラキラしているんだろうな。肉食女子の群れはともかくとして、私も行ってみたいなぁ…。


「あの…父様方、兄様方。私も夜会に参加するというのは…」


「うん。あの眼鏡をするなら良いよ?」


オリヴァー兄様の一言で、敢え無く撃沈。


兄様…。紳士淑女が一堂に集う、王家主催の夜会でまであの恰好を晒すって、何の拷問なんですか?!いくら何でも、これ以上笑い者になんてなりたくないですよ!え?しかも一言も喋るな?食べるのも飲むのも禁止?ダンスも不可?…それって、何の為に行くんですか!?


「じ、じゃあ、あの眼鏡とはいかずとも、かなり地味に装って、こっそり参加するって事は…」


「夜会には普通、パートナー同伴でなければ出られないよ?」


えええっ!?じゃあ、シンデレラって、どうやって舞踏会に潜り込んだんだろう!?魔法使いのおばあさんが、隠遁の術でもかけたのかな?


「そ、それでは姿隠しの魔法をかけてもらうって事は…」


「王宮には、その手の魔法を弾く結界が張り巡らされているからダメ。引っかかった時点で、警備の騎士達に取り押さえられちゃうよ?」


万引き防止のセキュリティシステムかよ!?


姿隠しもダメ、お一人様参加もダメときたら…。あ!そうだ!


「それじゃあ、普通の眼鏡をかけて、思いっきり地味な格好をして、バッシュ公爵令嬢だって事を隠して参加するってのはどうでしょうか?エスコートは、ここで働いている使用人のどなたかにお願いするとか!」


だって、社交界で私の素顔を知っている人っていないから、適当な偽名を使えばバレないだろう。それに公爵家の使用人ともなると、下級貴族の次男坊や三男坊がご奉仕に上がっている事も少なくないから、夜会に参加しても不自然じゃないよね。以前私付きだった例の使用人も、確か男爵家の次男だった筈だし…。


しかし次の瞬間、その場の空気が一瞬で凍り付いた。


「…エレノア。それ、本気で言っているのかな…?」


まるで地の底を這う様な、オリヴァー兄様のお言葉に、背中にドッと冷や汗が噴き出る。


周囲をチラ見してみると…ひぇぇ!クライヴ兄様やメル父様、グラント父様までもが、笑っているけど目が笑ってない!セ、セドリックは…うわぁ!真顔になっちゃってるよ!笑顔無しだよ!やめて、その目!HP削られるからやめて!…くっ…。こ、こうなったら…助けて父様!ああっ!首を横に振ってるー!八方塞がりか!


「ににに…兄様。も、もちろん、冗談です!!」


「うん、そうだと思った。でもこれから、冗談は選ぼうね?」


急速解凍された空気の中、私は極上の威圧スマイルを浮かべるオリヴァー兄様に対し、壊れた人形のように、何度もコクコクと頷いたのだった。

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