第53話 女の子の記念日

「エレノアお嬢様。またお祝いのお品が届きましたよ!」


「………」


私は寝間着でベッドに横になったまま、ウィルがいそいそと運び込んで来るプレゼント達を遠い目をしながら見つめていた。


二日前、私はアシュル殿下と話をしていた最中、酷い腹痛と頭痛で倒れてしまったのである。そして目を覚ますと、いつの間にやら私はバッシュ公爵家に舞い戻り、こうしてベッドに寝かせられていた訳なのだ。…何故か、満面の笑みを浮かべたオリヴァー兄様、クライヴ兄様、そしてセドリックに見守られながら。


「おめでとう、エレノア!」


「え?」


貧血起こしてぶっ倒れたのが、なぜにめでたいのか?


そう思って首を傾げた私に、これまたいつもの厳格な表情を好々爺に変えたジョゼフが声をかけてくる。


「お嬢様は初潮を迎えられたのですよ」


――………え…?初潮…って、…あの…女の子の…?


「この事は、旦那様方にもすぐにお伝えしました。皆様とても喜んでおられましたよ!」


――はいー!?な、何で父様に!?


…いや、父様に言うのは普通か。母親いるけど、いないようなもんだし。じゃなくて、何で他の父様方にも知らせるの!?そ、そういえば、兄様達やセドリックも…知ってる…んだよね?ってか、そういう女の子にとって、最もデリケートな情報を、なんで本人そっちのけで当たり前のように共有してんだよ!?しかも何で、そんなに嬉しそうなんだよ!?


そんな事を胸中で叫びながら、真っ赤になってしまった私の唇に、オリヴァー兄様が口付けた。…初っ端から、ディープなやつを。


「これで君は、名実ともに大人の女性の仲間入りだね」


唇を離し、そう言って色気たっぷりに微笑まれた私は、再び頭に血が上り…軽い貧血を起こした。


「オリヴァー!エレノアは初潮を迎えて体調が万全じゃねぇんだ!あんまり興奮させんなよ!」


「ごめんクライヴ。嬉しくてつい…」


「ったく…。ま、気持ちは分かるがな」


そう言って、クライヴ兄様も蕩けそうな甘い表情で、貧血起こしてぐったりしている私の唇に口付けてくる。あんたら…。もうちょっとデリカシーって言葉を勉強しようか?なに妹の初潮で盛り上がってんだよ!変態なんですか!?


「兄上方、どうか落ち着かれて下さい。ほら、エレノアが泣きそうになってますよ?」


すかさず、気遣いの塊であるセドリックが助け舟を出してくれる。うう…。流石は私の癒し要員。大好き!


「あ、ああ。そういえば、エレノアは転生者だったものね」


セドリックの言う通り、涙目で真っ赤になっている私を見たオリヴァー兄様が、慌てて説明をしてくれた。


いわく、この世界では女性が初潮を迎えるって、物凄くおめでたい事で、貴族、平民問わず、一族総出でお祝いするのが常識なんだって。


更に貴族に至っては、「うちの娘が大人の仲間入りをしました」って、方々に宣言するのが習わしなんだそうな。


――この国に、個人情報保護法は無いのだろうか…。


女子のデリケートなプライバシーを、堂々と曝け出すなんて、有り得ないだろ…。


まあようするに、「うちの娘、お年頃になりました。バッチリ子供も作れますよーv」って、アピールするのが狙いなんだろう。そして本格的に子孫繁栄を謳い、雌を巡った雄同士の仁義なき戦いが勃発すると…。やっぱり野生の王国だ。


ってか、何が悲しくて自分の初潮を全国津々浦々、余す事無く公言しなくちゃいけないんだ!?つまりは学院の皆も、私が初潮来たって全員知っちゃうって事だよね!?…うう…もう、学院行きたくない…。ってか、死にたい…。


知りたくなかった、この世界におけるあるある情報に、生理痛ではない眩暈を覚え、更にぐったりとベッドに沈み込んだ私に、オリヴァー兄様が追い打ちをかけてくる。


「エレノア。一人前の女性になったからには、花嫁修業も本格的に力を入れていかなければならないね」


「は?花嫁修業…?」


「そうだよ。口付け一つで羞恥に震える君も、とてつもなく愛らしいけど、結婚するからには、そのままって訳には…ね。色々慣れていってもらわなければ、結婚した後、お互い困ってしまうだろう?」


な、慣れるって…何を!?いや、ナニを困ると!?


「大丈夫、まだ時間はあるから、ゆっくりと慣れていこう。僕達が全力で協力するから」


ニッコリと、まさに顔面凶器と言うに相応しい極上の笑みを浮かべるオリヴァー兄様に、真っ赤になった顔が引きつる。そろりと他の二人を見てみれば、これまた物凄く嬉しそうな笑顔を浮かべていた。というかセドリック、貴方まで!?


っていうか、ナニをどうして、どう慣れていくのか、具体的に教えて下さい!恐ろしい妄想が脳内炸裂しています!なんか兄様達が、野獣に思えてなりません!恐いです!めっちゃ恐いです!


「ああ…そんなに怯えた顔をしないで?大丈夫、君を怖がらせないよう、ちゃんと優しくしてあげるから…」


今迄向けられた事のない、「男の欲」を含んだ妖しい眼差しを向けられ、背中にゾクリと震えが走る。


こ、これが…大人とみなされるって事なのか。ってか、今迄の触れ合いだって、絶対子供に対してのものじゃないからね?!あれで大人扱いじゃなかったって…。本当にこれから先、私は何をされるんだ!?


半ばパニック状態になっているエレノアは知らなかった。


自分の婚約者達が自分に対し、「この先、どんなに花嫁教育を施そうとも、エレノアの恥じらいや羞恥心は消える事はないだろう」と確信している事を。そして、その事に対してむしろ、際限ない興奮と悦びを覚えている事を。


「三年後が楽しみだね?」


愛してやまない婚約者との甘やかな日々を夢見ながら、オリヴァーはエレノアに向かってニッコリと微笑んだのだった。





◇◇◇◇





――まあ、そんな訳で、私が初潮を迎えた事実は電光石火のごとく広まり、今現在私の元には、連日ひっきりなしにお祝いのメッセージやプレゼントが贈られて来ている状態だ。


父様と付き合いのある貴族達はもとより、なんと王家からも祝福のメッセージが届き、嬉しいやら恥ずかしいやら…。


そういえば、かなりの数のクラスメイト達からも、お祝いが届いていたりするのだが(ご令嬢方は除いて)、その中にはなんと、マテオからのものもあったのだった。


彼が何を贈って来たのかと言えば、『折角大人の女の仲間入りをしたんだから、これを使って自分磨きしろ』といったメッセージが添えられた、基礎化粧品のセット。…はい、頑張ります。


そしてあの時、いきなり具合が悪くなった私を介抱してくれたアシュル殿下からも、祝福のメッセージと共に、抱えきれない程大きな白薔薇を使った花束が贈られてきたのだった。

兄様達は面白くなさそうな顔をしていたが、その白薔薇、どうやら当代の王家直系…すなわち王や王弟達が、聖女様の為に独自に改良した、門外不出の薔薇だったらしい。


そんな貴重な薔薇を贈ってもらったなんて…と、小市民な私は恐縮しきりである。


「有難がってやる必要はないぞ。そもそもその花、あいつからの詫びみたいなもんだからな」


そうクライヴ兄様が言っていたのだが、何でもアシュル殿下、私とどうしても話しがしたくて(多分お詫びを言いたかったのだろう)マテオや手の者を使って、偶然を装ってあの場に現れたのだそうだ。


そして、あのいきなり現れたフードの男性達は、王家とバッシュ公爵家にそれぞれ仕える『影』達なんだそうだ。


まあ、ようは忍者みたいに、文字通り陰から主君を守る人達。まさか私にも、そんな人達が付いてたとは思わなかったと兄様達に言ったら、「大切な娘に『影』を付けない貴族の親はいない」と言われた。成程、そりゃそうだよね。


尤も私の場合、クライヴ兄様が居る時は、兄様が私を守るから『影』の人達は別の場に控えているらしい。んで、兄様が居ない時に私に付くと…。まあ、いわゆる主君達のプライバシーに立ち寄らない…ってアレです。


なんでもあの時、アシュル殿下が私と話をしている間、クライヴ兄様やオリヴァー兄様達に、その事を知らせようとした私の『影』達と、それを阻止しようとしたアシュル殿下の『影』達とが、裏で激しくやり合っていたんだそうだ。


で、あの後『影』達から事の次第を聞かされ、急いで駆け付けた兄様達。気を失った私を抱きかかえていたアシュル殿下と、あわやバトル…になりかけたんだって。


でも、アシュル殿下に私が倒れた理由を聞き、一触即発だったのが有耶無耶状態になったんだそうだ。理由は、経緯と手段はともあれ、お陰で私が大勢の野郎共の中で、初潮になった現場を見られずに済んだから…だそうだ。


父様なんて、後で王家に感謝の意を伝えたそうだし、オリヴァー兄様もクライヴ兄様も、渋々アシュル殿下に感謝をしたんだそうだ。


でもさ、娘が初潮を迎えた事は大っぴらにするのに、その現場見られるのは不味いって、その線引きは一体なんなんだろう。血の匂いが、野生の本能を引き摺り出すって事なんだろうか。


「お嬢様!何というはしたない事を仰るんです!!」


ウィルが真っ赤になって、私を叱ってきたけど、私からすれば生理になった事をベラベラ喋る事の方が、よっぽどはしたないと思うわ!


ちなみにあの時突然、アシュル殿下の顏が見えるようになったのって、どうやら私が生理になった事により、体内の魔力バランスが崩れた結果だったらしい。なんでもあの眼鏡、私の魔力が媒介となって効力を発揮するようになっているんだって。成程、だからかぁ…。


私はベッド脇の花瓶から白薔薇を一本手に取ると、その優しい香りを胸いっぱい吸い込んだ。


「それにしても、アシュル殿下って綺麗な人だったなぁ…」


あのダンジョンで出逢ったディーさん…後に、第二王子のディラン殿下だったって聞かされて驚いたけど、あの人も絶世の美形だった。兄弟なのに全く似ていないのは、アシュル殿下が現国王の嫡子で、ディラン殿下は王弟の子供だから。ともかく二人とも、まさに視覚の暴力とも言うべき、顔面破壊力だった。


しかし…よりにもよって、王族の前で鼻血噴きまくっている私って、一体なんなんだろう…。アシュル殿下に至っては、初潮で下半身血塗れなのも見られてしまっているし、恥ずかしくてもう、お会いする事なんて出来ないよ。


「とにかく、もうこれ以上王族の前で醜態晒さないようにしなければ…!」


私は同じ花瓶に飾られた、青薔薇に目をやった。


これはアシュル殿下の白薔薇と一緒に贈られた、リアムからの薔薇だ。


まるでリアムの髪の色のような、とても鮮やかな青い色。確か花言葉は『神の祝福』だとオリヴァー兄様から教えてもらった。


「…花言葉はともかく、本数がいやらしいんだよね」


苦々し気にそう言っていたけど、本数ってなんだろう?そういえば、アシュル殿下のバカでかい花束と違って、凄く少なかった気がするな。青い薔薇って珍しいから、希少なのかもしれない。


ちなみに、白薔薇の花言葉は『新たな始まり』。子供の殻を脱ぎ捨て、大人の女性になっていく第一歩を飾るのに、なんて相応しい言葉なんだろう。流石は王族。やることなす事スマートだ。


あれ?でも国王様や王弟方が、愛する女性である聖女様に捧げた花だよね?だったらもっと、それに相応しい花言葉があるんじゃないかな?だってこの世界、とにかく女性に対してロマンティックというか、甘々しいから。


「白薔薇の他の花言葉?そんなもの、エレノアは知る必要は無い。それに殿下に他意は無いと思うよ?」


そんな訳の分からない事を言って、オリヴァー兄様は花言葉を教えてくれなかった。なので私はこっそりベッドから抜け出すと、庭師のベンさんに花言葉を聞きに行った。


「ああ、白薔薇の花言葉ですか?『純潔』『無邪気』『若さ』…」


成程、聖女様だから、『純潔』ってのはピッタリだ。それに王家の嫁って、純潔を求められるって言っていたしね。


「それと、『私は貴女に相応しい』『永遠の愛』こちらは愛する女性に贈る時に意味を持つ言葉ですね」


……オリヴァー兄様が教えてくれなかった理由が分かりました。


でも兄様、あのアシュル殿下が、まさか私にそういった意味合いで花を贈るわけなんかないでしょうに。本当、心配し過ぎなんですよ。


そこで私は、ふと疑問に思った事を尋ねてみた。


「お花の本数も意味があるの?」


「ははは、そりゃあ大ありですよ!女性に薔薇を贈る時はむしろ、本数の方がより重要なんです」


そうだったのか。でも、リアムの薔薇はともかく、アシュル殿下の贈ってくれた本数なんて、今更分からないからな。


「お嬢様はご結婚の際、きっと、オリヴァー様方からそれぞれ、999本の薔薇を贈られると思われますからね。その時の為に、私も丹精込めて最高の薔薇を育てますよ!」


999本って…。しかも一人一人から?薔薇の花に埋もれて窒息しそうだな。


ちなみに意味は?と聞くと、ベンさんは含み笑いをして「ご婚約者様方にお聞きください」と言って教えてくれず、私は兄様達には決して聞くまいと誓ったのだった。だって聞いたが最後、絶対変なスイッチ入っちゃいそうだからね。


ちなみに、リアムの贈って来た薔薇の本数を数えたら12本で、その意味を後に知った私は、羞恥と驚きで顔が真っ赤になってしまった。


「多分リアム、本数間違えたんだと思うよ」


セドリックにそう言われ、13本の意味を聞いた私は、大いに納得したのだった。



===================



薔薇を12本贈る意味…『私と付き合って下さい』

13本は『永遠の友情』です。

そして、999本の意味は『何度生まれ変わってもあなたを愛する』


ちなみにアシュル殿下が贈った本数は108本です。

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