第48話 第三勢力
王立学院に通うようになって、ほぼ一ヵ月が経過した。
その間で変わった事と言えば、日に日にクラスから女子が姿を消し、今現在は私一人だけが、男子達に混じって授業を受けているって事ぐらいだろうか。
え?まさにハーレム状態?いやいや、普通に勉強しているだけだから。
そもそも彼らに、婚約者や恋人でもない女の機嫌なんて取っている暇などない。特に最初の試験があと一ヵ月後に控えているからね。皆、真剣そのものだ。
ちなみにクラスの人数だが、最初の内は70人程いた。
教室自体、大学の講堂並みに広いから(実際、教師が立つ壇上を中心に、放射線状に生徒達の席があるので、ほぼ大学のクラスそのものである)別に圧迫感は無かったけど、クラスの二割程の女生徒が居なくなった今は、50人ぐらいとなっている。
「ぐらい」って言うのは、家の都合や体調の関係で、たまに来る生徒がいるからである。
ご令嬢方は
入学当日、リアム殿下に「授業出るの?」と聞かれて、「出る」と答えたら「変わっている」と言われたのだが、あれは本気で私が変わっていたからで、殿下が失礼な訳でもなんでもなかった訳だ。
でもさ、私は来ざるを得なかっただけで、
だから、ご令嬢方の溜まり場であるカフェテリアに行ったって、話す相手もいなければ、
まして、クライヴ兄様を侍らしてお茶するだなんて言語道断。これ以上ご令嬢方の敵意と嫉妬の視線を浴びたくない。そんなの、ランチの時だけで十分ですよ。
まあさ、ご令嬢達の気持ちも分かるよ?なんせ、こんなドリル頭で瓶底眼鏡な上、ソバカス顔の冴えない女が、現生徒会長であるオリヴァー兄様、オリヴァー兄様の実弟であり、将来の大有望株なセドリック、そしてなにより、リアム殿下という、超サラブレットな面々に囲まれてランチしているんだから。
しかも、前副会長だったクライヴ兄様の給仕でね。周囲から見たら、「お前、どんだけハーレム築いてんだよ!?」って、ツッコみたくもなるわな。
最近では嫉妬の視線に焼かれて、肌の色が少し小麦色になってきた気がする。(勿論、気のせいだけど)そう言う訳で、男子生徒に混じって勉強している方が、よっぽど気が楽だしマシなのである。
それに彼らは、徹底された生粋のレディーファースター達だ。こんな残念なご令嬢の私に対しても、ちゃんと紳士的に接してくれる。どっちが居心地良いかって言われたら、断然こっちですよ。授業も何気に楽しいし。
そう、まるで門をくぐっただけで終わってしまった、前世での大学生時代をやり直しているみたいな気持ちになってしまうんだよね。とは言っても、華やかなキャンパスライフとは程遠い状況なんだけれども。
でも実は、私のこうした行動が、更にご令嬢方の顰蹙を買っていたりするらしい。
…そうだよね。ご令嬢方や周囲の人達からすれば、女だてらに授業に参加するのって、やっぱ男漁りかハーレム待遇を狙っていると思われてしまうのも仕方ない。ましてや私のクラスには、肉食女子にとっての
「殿下狙い」という憶測までプラスされているから、クラスの男子以外の人達には、やっぱりよく思われてないっぽい。…いや、ご令嬢方以外の人達は、逆になんか私を怖がっているっぽい雰囲気があるんだが…。ひょっとして、兄様達がなんか睨み効かせているのかもしれないな。
まあでも、こればっかりは学院生活を続けている内に、徐々にでも分かって貰うしかないなと諦めている。クラスの男子達や私の大切な人達は、ちゃんと私の事を分かってくれているんだしね。15歳になるまで三年もあるんだから、いつかは誤解も解ける。気長にいこう。
余談だが、クラスの女子達。暫くの間は私の真似して、ちゃんと授業に参加してたんだけど、基本授業に興味が無い上に女性至上主義脳のお陰で、授業中にお喋りするわ、男子に話しかけるわと、私からすれば有り得ない暴挙をしまくった結果、リアム殿下直々に「煩い。授業の邪魔。とっとと出てけ!」と追い出されてしまったのである。
この一件で、クラスにおけるリアム殿下の株は爆上がりし、ご令嬢方による私への株は大暴落した。なんでも彼女らの中では、私がリアム殿下にそう言わせ追い出した事になってるんだそうだ。お前ら…。どんだけ脳内お花畑なんだよ!?
「エレノア、悪い。インクを切らしてしまった。お前の一緒に使わせて貰って構わないか?」
横に座っていたリアムに声をかけられ、私は勿論と頷いた。
「うん、いいよ。あ、でも私のインク、三色あるから間違えないでね?」
「そういやいつも、何でこんなにインク瓶があるのか不思議だったんだよな。成程…色が違ってたのか。でも、何で色違いのインク使ってんだ?」
「だって黒だけじゃ後で見直した時、重要な所がすぐ分からないでしょ?だから重要だなって所は青、もっと重要だなって所は赤にしているの。そうすれば一目瞭然だし、後でノート纏める時にも便利でしょ?」
「リアム、僕もエレノアに言われて、そうしてるんだ。慣れるまでは面倒かもしれないけど、凄くいいよ」
「へぇ、セドリックも使ってんだ。成程。じゃあ、俺も試してみようかな?」
「何々?エレノア嬢。何かまた画期的な事してんの?」
「良かったら僕達にも教えてくれないか?」
私達の会話を聞いていたクラスメイトの男子達が、わらわらと集まってくる。
彼らには以前、メル父様におねだりして作ってもらった、前世で言う所の付箋を普及して、大変感謝されていたので、また何か良いものを持って来たのではないのかと、期待しているのだろう。
「うん、良いよ。あのねー、まずはインクの色を黒以外に好きな色二色使ってねー…」
ふんふんと、真剣な顔で私の説明を聞いている彼らを見ながら、今度は蛍光マーカーでも開発しようかな…と、頭の隅っこで考える。
でもあんまりこの世界にない物をポンポン作ると、私が転生者であるとバレてしまうかもしれないから、程々にね…って、父様からは釘を刺されている。
でもね、父様。付箋やこのインクの使い分け、何気に父様や王宮の文官達が大絶賛しているって事、私は知ってるんですよ?
こないだも、不備のある書類に赤いインクで思いっきりダメ出しして、相手を涙目にしてやったって、メル父様とグラント父様に笑って言っていたの、たまたま聞いちゃってたんだから。
「父様…溜まってるな」って、あの時はちょっと、目頭が熱くなったけどね。
そんな訳で、父様の為にも、もうちょっと前世のお役立ち文具を開発してもいいんじゃないかな?って、思っている私です。
そうだ!今度の父様の誕生日に、父様だけのお役立ち文具をプレゼントしよう。オーダーメイドの一点ものなら、普及させる訳じゃないし、いいんじゃないかな。帰ったら早速、オリヴァー兄様に開発の協力をお願いしようっと。
…ところでだ。
私はここにきて、ご令嬢達以外にも、私を敵視する人種がいる事を知ったのである。言わば男性でも女性でもない、第三勢力…とでも言うべきだろうか。
女性が少ないが為に、マイノリティーな立場ながら迫害される事なく、確固とした地位を確立している人達。それは…。
「エレノア・バッシュ!君、またリアム殿下や学友達と親し気にして!その不躾で空気の読めない距離感、何とかした方がいいのではないか?!」
――来たな。第三勢力の急先鋒。
ちょっとうんざりしながら声のした方向を振り向くと、少しシルバーがかったグレイの髪の少年が、腕組みしながら仁王立ちで私を睨んでいた。ちなみに顔は結構ぼやけていて、表情は分からない。セドリック曰く、目は切れ長のシルバーで、全体的に割と中性的な容姿だそうだ。制服も滅茶苦茶華美にアレンジされていて、とても華やかだ。
「失礼な事言わないで欲しいわね、マテオ・ワイアット。私は勉強法を皆に教えているだけよ。毎度毎度、私が何かするたびに別のクラスからすっ飛んで来るなんて、猟犬並みに鼻が利くのね」
「犬と一緒にするな!この野蛮娘!」
「可愛げがある分、犬の方が100倍マシよ!このストーカー男!」
「ス、ストーカー?何だそれは?」
「病的な追っかけって意味」
「誰がお前のような、粗暴で不細工な女の追っかけなんぞするか!」
「不細工で悪かったわね!だったら私なんぞに絡んでないで、その素晴らしい嗅覚生かして、自分好みの同類追っかけてなさいよ!」
「同類ではないが、好みなら一番はリアム殿下だ!それかお前の横にいる婚約者も中々…」
「黙れマテオ!この変態が!」
「悪いけど…僕はエレノア一筋だから」
…今の私達の会話でお察し頂けただろうか。
女性でも男性でもない第三勢力とはズバリ、『
この学院にも一定数、第三勢力が存在していて、彼らもご令嬢方同様、憧れの対象である者達がことごとく私の婚約者だという事に憤っているのだそうだ。
だがもし、彼らが私に何か仕出かしたとして、ご令嬢方と違い『男性』である彼らに対し、兄様方は絶対に容赦しないだろうから、このマテオ少年のように、正面切って私に挑んでくる者は稀である。
ちなみに、同じ同性愛好家でも色々あって、私の家庭教師はその殆どが同性愛好家の面々であったが、半数はオネェ様であった。彼…マテオは同性愛好家の中では『ストレート』と言われる、男として男が好きなタイプのゲイである。
そして恐ろしい事にこのマテオ、現宰相様の孫であり、リアム殿下とは小さい頃から仲の良い友人として共に育った、いわば幼馴染同士の間柄だというのだ。
…まあ、よくあるBLのお話的に、気が付けば友情が愛情に…というベタ過ぎるパターンを経て、マテオはリアム殿下を一途に慕っているのだそうだ。そして当然の事ながら、リアム殿下に気に入られている私に対し、ゆるぎない敵意と嫉妬を向けてくるのである。
「マテオ、俺は幼馴染兼友人としてはお前を好きだがな、恋愛対象ではないと、あれ程口を酸っぱくして言ってるだろうが!エレノアの言葉じゃないが、いい加減俺の事は諦めて、同類を好きになれ!」
「何を仰います殿下!このマテオ、例え貴方に断られ、罵られ、足蹴にされても、それはご褒美…いえいえ、諦める理由になどなりません。私の愛は未来永劫、貴方様のもの。たとえ我が身が滅しようとも、魂となり果てようが、貴方の元を離れるつもりはありません!」
「…いっそ本気で滅してくれ…」
あ、リアムの目が、死んだ魚の目に。
リアムとも仲良くなったら、だいたいどんな表情しているのか分かる様になってきたんだよね。
可哀想なので、私はいつもの奥の手を使った。
「クライヴ」
「はい。お嬢様」
今回、たまたま教室の隅に控えていたクライヴ兄様を呼ぶ。
他の子達の従者は、授業が終わる迄は使用人専用の部屋で待機なんだけど、女の子の従者は常に、その傍に居る事を許されているので、クライヴ兄様は半々の割合で教室にて待機しているのだ。
ちなみに、何故常駐していないのかと言えば、セドリックもいるし、他の子達が委縮してしまうからだそうだ。そりゃあ、クライヴ兄様は有名人だからな。
「また私の教室に不審人物が侵入して来たわ。元居た場所に捨ててきて!」
「かしこまりました」
クライヴ兄様はそう言うなり、マテオの襟首をガッシリ掴むと、喚く彼をズルズル引き摺りながら教室から出ていってしまった。
「済まない、エレノア。助かった…」
「良いのよ。でもリアムも大変ね」
「まあな。…あいつ、ああしてとち狂ってさえいなければ、あいつの兄同様、優秀で良い奴なんだが…。にしてもマテオの奴、あれだけエレノアを罵ってるってのに、よくあのクライヴ・オルセンにぶっ殺されないよな?俺なんて、ちょっとエレノアと仲良く話をしているだけで睨まれるってのに」
不思議そうに首を傾げるリアムに、私はドヤ顔をしながら胸を張った。
「クライヴはあんな子供の言う事に、いちいち目くじら立てないわよ!」
なんてったって、物凄く強い上に冷静沈着な、私の自慢の兄なのだから。
「う~ん。多分クライヴ兄上、マテオがリアム狙いだから、手を出さないってだけじゃないかな?エレノアに微塵も興味が無いっていう所もポイント高いのかもね。あ、でもオリヴァー兄上に同じ事言ったら、間違いなくその場で燃やされると思うけど」
…クライヴ兄様…。
つまりは、リアムに精神的ダメージを与えてくれるから、マテオを放置しているって訳ですか。そんでもってオリヴァー兄様、愛が重いです。もし万が一、マテオが兄様の前で私の悪口言っても、どうか燃やさないで下さいね?
「…髪の毛ぐらいは燃やしてくれても構わないんだが…」
割と本気っぽい口調で、リアムが呟いた。…貴方も何気に溜まってますね。
「お嬢様、不審人物を教室に放り込んでまいりました」
クライヴ兄様が戻って来た。…ん?何かを手に持っている。
「あ、有難う…って、何それ?布切れ?」
気のせいか、何だか制服っぽい色なんだけど…。
「ああ、これですか?少々抵抗された為、うっかり魔力を放出してしまい、結果、彼の制服を凍らせてしまいました。それで教室に放り込んだ際、衝撃で制服がバラバラになってしまい、ゴミを廊下に放置する訳にもいかず、私の手に残っている分は持ち帰りました」
「………」
クライヴ兄様…。駄目だ、しっかりマテオの言った事に目くじら立ててた。
「制服だけで許してあげるなんて、やっぱりクライヴ兄上の方が冷静だよね」
セドリック、違う。それ、絶対に違うから。
「あいつにはいい薬だ。別に髪の毛を凍らせてやっても良かったんだぞ?」
リアム、貴方も煽るの止めてあげて。
「殿下のお許しとあらば、次回からはそうさせて頂きます」
…マテオの毛根が死滅しませんように…と、私は心の中で密かに祈ったのだった。
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