第46話 早々、バトル勃発です
てんやわんやだった入学式の後、私達新入生は割り振られたクラスへと向かった。
新入生のクラスは2クラスに分かれていて、私とセドリックは幸運な事に、同じクラスになった。
しかし喜びも束の間、なんとリアム殿下も私達と同じクラスになってしまったのだった。しかも、聖女様直々に「お願い」された私は、半ば強制的にリアム殿下の隣の席に座らされる羽目になり、座席は三人掛けだった為、私はセドリックとリアム殿下の真ん中に座る事となった。
「これから宜しくな、エレノア。そして君は、エレノアの婚約者の…セドリックだったな。君も宜しく!」
「宜しくお願いします、殿下」
リアム殿下に、ふんわり笑顔で挨拶するセドリック。心の中ではどう思っているのか分からないけど、流石は癒し要員。要注意人物のリアム殿下への対応にもそつがない。リアム殿下もセドリックに普通に接せられて、ちょっと驚いている様子だ。
…それにしてもクラスの雰囲気、最悪だな。
女子はリアム殿下に熱い視線を向けたり、私に対して敵意剥き出しの視線を向けたりと忙しく、男子はと言えば、リアム殿下を凝視するのは不敬に当たると思っているのか、主に私に対して好奇の視線を向けている。その中には侮蔑交じりの鋭い視線も混じっていて、正直うんざりである。
まあここにいる殆どの子達が、あのお茶会に参加していただろうから、そういう態度を取られるのも仕方ない。寧ろ、王族にあんな態度取られた駄目令嬢が、何でリアム殿下の傍にいるんだよって、普通は思うもんね。
そして婚約者か恋人であろうご令嬢の傍に座っている男の子達などは、彼女らに必死に話しかけたり、ご機嫌取ろうとして邪険にされたり、引っぱたかれたりしていて、まさにカオスだ。
「あー、静粛に!」
鶴の一声が教室内に凛と響き渡る。
壇上にはいつの間にか、一人の男性が立っている。え?いつ来たのあの人?ドアを開ける音も気配も、まるでしなかったよ?
他のクラスメイト達も驚いたのか、騒がしかった教室内は水を打ったように静まり返った。
年の頃は、20代半ばと言ったところだろうか。背中まで伸ばした薄紫色の髪を一つにまとめていて、魔術師の正装を、もっと簡素化したような恰好をしている。…そして、顔は見え辛いレベル。そこそこイケメンといった所だろうか。
「僕は君達の担任になるベイシア・マロウです。初めまして。受け持つ教科は『攻撃魔法』魔術を用いた戦闘術を教えている。王子様だろうが、高位貴族のお坊ちゃんだろうが、この学院内では等しく、我ら教師陣が鍛えるべき『生徒』だ。特に僕は一切容赦しないから、僕の授業には死を覚悟する心持ちで臨むように!」
朗らかに死刑宣告という名の自己紹介をした後、マロウ先生は学院での注意事項や今後の授業の割り振りなどを簡単に説明していく。
「――と、説明は以上。この後は学院内を自由に見学した後、各自解散!」
そう締めくくったマロウ先生は、そのまま颯爽と教室を後にした。なんか皆、呆然としているし、不安そうな顔をしている子達もチラホラいる。まあ、当然か。
でも私、あの先生なんか好きだな。竹を割ったような気風の良さを感じる。攻撃魔法ってのも、物凄い興味がある。是非とも受講して…
「エレノア、マロウ先生の授業に興味があるの?」
私のやる気を瞬時に察したセドリックが、すかさず声をかけてくる。おっと、そうだった。私、そういったものを嗜んでいない体を取らなくてはいけなかったんだった。特に剣などはご法度中のご法度だ。
「う、ううん。なんかあの先生の授業って、厳しそうだなって。セドリックが心配で…」
「エレノアは優しいね。うん、大丈夫。だから安心して見学しててね」
――はい。「大人しく見学してろ」ですね。分かりました。
「エレノアは、授業受けないのか?」
「え?ああ、魔法とかには興味がありますが、男性が嗜むような格闘系の授業はちょっと…」
本当は、そういった授業は凄く受けてみたいんだけどね。
「じゃあ、その他の授業は?」
「え?受けますけど?」
変な事聞くなぁと思っていると、リアム殿下が無言で私を見つめる。
「…ふぅん。やっぱ、変わってんな」
「え?どこが?!」
「そういうトコが」
――訳分からん。何で授業受けるって言ったら変人扱いなんだ?
「あの…それはどういう…」
リアム殿下に理由を聞こうとした私だったが、突如割り入って来た甘ったるい声が、私達の会話を遮った。
「リアム殿下ぁ、わたくし、クリステア・レナード。レナード侯爵の娘です。リアム殿下と同じクラスになれるなんて、光栄の極みですわ!」
「わたくしも!アン・ゼロスと申します!ゼロス伯爵の娘ですわ。同級生同士、是非ともこれから仲良くして下さいませ!」
「ねえ、殿下。お疲れでは御座いませんこと?こちらのカフェテリアは、とても開放的で美しいのですって!お茶も絶品との事ですから、宜しければわたくし達と喉を潤しに参りませんこと?」
おお!これが肉食女子の
「ふぅん。そういえば兄上も、ここのカフェテリアを絶賛されていたな。丁度喉も乾いたし…」
「でしょう!?ですから是非!」
「そうだな。情報提供感謝する。じゃあ、行こうかエレノア」
「はい?」
え?何故そこで私!?
「君も喉乾いたろ?一緒にカフェテリアでお茶しよう。奢るよ」
お、奢りは嬉しいけど…。今ここでそんな事言ったら…!
私の予想通り、ご令嬢達が物凄い形相で私を一斉に睨みつけてきた。おおう!あんたら、さっきまでリアム殿下に向けていた、あの甘ったるい表情、どこに捨てて来たんだ!?
「リアム殿下!カフェテリアにお誘いしたのは、わたくし達ですのに!」
「そうですわ!バッシュ公爵令嬢は、関係ありませんでしょ!?」
「うん、そうだな。でも誰と行くかは自分で決める。俺は君達よりも、友人であるエレノアと行きたい。…そういう訳でそこ、どいてくれる?」
めっちゃ平坦な声でそう言い放つリアム殿下。ご令嬢達は怯んだ様子で、慌てて左右に分かれた。
「エレノア、行こう」
こ、これって…断れないパターン…ですよね?
ってか殿下!貴方絶対、ご令嬢方の虫除けに私を使ってるでしょ!?彼女らに見えないように含み笑いしているの、バッチリ見えてますよ?!
「お待ち下さい、リアム殿下。僕もご一緒して宜しいでしょうか?」
すかさず、セドリックが立ち上がって進言してくれる。リアム殿下、気を悪くするかな…と思ったが、そういった素振りも無く、頷いてくれた。
「セドリック・クロス。君も俺の事、リアムって呼び捨てにしていいよ」
そして何と、まさかの呼び捨てOK発言が出たのだった。リアム殿下…確かに女子に対してはぶっきらぼうだけど、案外気さくな方だったりするんだな…。
「…有難う御座います。光栄です」
あれ?でもセドリックの顏が強張っているよ。何で?
「じゃあ、三人で行くか。何のメニューがあるのか楽しみだな!」
なんか逆らえない圧を感じ、私は諦めの心境で席から立ち上がり、セドリック共々リアム殿下とカフェテリアへと向かった。
クラス中のご令嬢方の鋭い視線を背中に受け、火傷しそうになりながら…。
◇◇◇◇
「アシュル兄上に聞いた通り、ここのカフェテリアのお茶は美味しいな」
「…そうですね」
「お菓子は…やや甘すぎだな。ご令嬢方の利用が多いから仕方が無いとは言え…。明日からは持参してこようかな」
「…その方が良いと思います。…あの…リアム殿下?」
「『リアム』」
「…えっと、リ…リ…リア…ム…?」
どもりながら、殿下の名を呼んだ途端、リアム殿下の口元が思いっきり弧を描いた。眼鏡のお陰で表情は見えないけど、雰囲気で分かる。きっと凄く良い笑顔を浮かべているに違いない。
それに反比例するかのように、私の周囲の温度は更に下がった。
多分これ、私の気のせいなんかじゃなく、私のすぐ後ろに控えているクライヴ兄様の魔力が漏れ出しているに違いない。
教室を出てすぐ、クライヴ兄様に殿下と一緒にカフェテリアに行く事を伝えると、クライヴ兄様はセドリックをチラ見した後、「それでは、席を確保して参ります」と言って姿を消した。
そして私達がカフェテリアに着いた時、クライヴ兄様に案内された席には何故か、オリヴァー兄様が優雅に寛いでおられたのだった。…兄様?貴方確か授業は無いけど、入学式やなにやら、生徒会の仕事が忙しいって仰ってませんでしたか?
「いや、丁度休憩しようかと思っていたら、偶然クライヴと廊下で出会ってね。君達がお茶をすると言うから、折角だし僕も参加しようと思って」
そう言って微笑んでおられたけど、そんな偶然有り得ない。絶対クライヴ兄様がオリヴァー兄様に知らせたんだ。
それにしても、さっきからブリザードが吹きすさんでいるようなこの場で、よくぞここまで気にせず朗らかにお茶が出来るな、この王子様。流石は王族と言ったところなのか…それとも単に、彼の神経が図太いだけなのか。
「リアム殿下は、甘いものがそれ程お好きではないのですか?婚約者と同席しているご令嬢に対し、無邪気に不躾な要求を突き付けられる程、幼くていらっしゃるから、てっきり子供舌とばかり思っておりましたよ」
うぉっ!オリヴァー兄様、割と分かりやすい口撃を殿下に放った!
「はは、悪いけど俺は昔から甘過ぎるのは苦手でね。それに不躾でもなんでもないだろう?なんせ俺と彼女は
「長い事お城に引き籠っておられたから御存じないと思いますが、友達とは、親の要請でなるものではありませんよ?」
まあ、確かにそうだけどさ。兄様、そろそろ止めた方が…。
「へぇ…。でもさ、オリヴァー・クロス。君達の婚約だって、親の強制だろ?」
「…貴族の娘の『筆頭婚約者』は、母親が決めるのが昔からの習わしです」
「あ、つまり強制だって事は認めるんだね。アシュル兄上から聞いたけど、エレノアも最初の内は、君の事を婚約者だって認めていなかったんだろ?」
リアム殿下の挑発的な言葉に、オリヴァー兄様はそれでも笑顔のまま、優雅な仕草で紅茶を一口飲んだ。
「ええ、最初の内はね。ですが今現在、僕達は心の底から愛し合ってますよ?」
そう言うと、オリヴァー兄様は私の手を取り、甲に優しく口付ける。当然というか、私の顏は瞬時に真っ赤になってしまった。
「それに僕の時はともかく、クライヴとセドリックは、エレノアが自分の意志で婚約者に選んだんですよ。ねえ?エレノア」
「えっ?!あ、は、はいっ!そうです!」
「…なんか、脅迫っぽい…」
リアム殿下の呟きに、ここで初めてオリヴァー兄様の眉間にビキリと青筋が浮かんだ。
「オ、オリヴァー兄様…!」
お願いです、正気に戻って下さい!いつもの冷静な貴方はどこに行かれたのですか!?…という、口に出せない言葉を思いに込めて、私はオリヴァー兄様の手を握った。
「――ッ!ああ、エレノア」
ちょっと我に返った様子で私に微笑みかける兄様に、私も微笑み返した。すると何故かいきなりフワリと風が私とオリヴァー兄様の間を吹き抜けていく。え?何で?どっかで窓が開いてるのかな?
思わず周囲を見回そうとして、ふと、一人の少年がこちらに向かって歩いて来るのが目に留まった。んん?誰…?
少年は私達のテーブルの近くまで来ると、リアム殿下に向かって恭しく一礼する。
「リアム殿下。御無礼を承知で進言致します」
「誰だ?君は」
「私の名は、オーウェン・グレイソン。第一騎士団団長、ゼア・グレイソンの息子です。この度恐れ多くも殿下のクラスメイトとなりました」
殿下の怪訝そうな声にも怯まず、少年は自分の名を名乗った。ああ彼って私のクラスメイトだったのか。
「ああ、グレイソンの息子か…。済まないが、まだクラスメイトの名は把握してなくてね。それで?俺に何か用かな?」
オーウェンは再びリアム殿下に礼を取った後、何故か私に対して鋭い視線を向けてきた。殺気すらこもったその視線を受け、クライヴ兄様がすかさず私の前方に立つ。
「リアム殿下。このバッシュ公爵令嬢は、他人を貶める悪女で御座います。貴方様がお傍に侍らす価値は御座いません!」
「は?」
憎々し気にそう言い切られ、私は思わず、本日何度目かの間の抜けた声を発したのだった。
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