第45話 王立学院入学

そうして卒業式という名の品評会が無事終わった翌朝。


エレノアは、オリヴァー、クライヴ、セドリックと共に馬車に乗り込み、王立学院へと向かっていた。勿論、しっかりと逆メイクアップ機能付き眼鏡は装着済みである。


「エレノア、緊張している?」


「そりゃあね。普通に入学するのならともかく、私の場合はコレだから…」


なんせ、ドリル頭に瓶底眼鏡。とどめにソバカス顔だからね。しかもセドリックや兄様達と一緒だと、その残念っぷりが滅茶苦茶際立つというか…。なんせ全員、イケメン世界の頂点に君臨する程の美形でいらっしゃるのだから。


「エレノア、大丈夫だよ。君には僕達がついているからね」


「有難う御座います。オリヴァー兄様」


「そうそう、外野の声なんぞ気にすんな」


「はい、クライヴ兄様」


「エレノアの本当の姿は凄く可愛いんだから、自信持って!」


「うーん…まぁ…そうだね。頑張るよセドリック」


三者三様で励まされてますけど、元はと言えば貴方がたのせいで、こんな残念な格好で学院に行かなきゃいけないんですよ?そこら辺分かってるんですかね?


…まあさ、私のやらかしさえなければ、そもそも王立学院に通わずに済んだんだから、自業自得と言えばそれまでなんだけどね。


まあ、この美形キャンセラー機能付き眼鏡で、学院の連中の2/3(つまりは男連中)は、大なり小なり顔がぼやけるだろうから、少しは気楽だけどね。なんせ私、根は小心者だから。


「ほら、エレノア。王立学院が見えてきたよ」


兄様の言葉に、馬車から外の景色を覗いてみると、大きな森を背景に、古城の様な佇まいの建物が聳え立っているのが見えた。おお!リアルホグ●ーツ!


「うわぁ…お城だ!しかも、物凄く大きいですね!」


「なんでも、数百年前に建てられた、とある王族の別邸だったそうだよ。一説によると、その王族が王立学院の初代学院長だって話だ」


「記録とかは残っていないんですか?」


「王族だからか、そこら辺が曖昧にされていてね。詳しい事は分からないんだよ。尤も、王族だったら、詳しく知っているかもしれないけどね」


そうなんだ。…まてよ?丁度王族、入学してくるじゃないか。だったら彼に聞いてみれば色々分かるかもしれないよね。


そんな事を考えていたら、オリヴァー兄様がニッコリ笑顔を私に向けた。…おおぅ…目が笑っていない。


「エレノア?駄目だからね?」


「…はい…」


笑顔の脅しに素直に頷く。


オリヴァー兄様の今言いたかった事とはつまり「必要以上にリアム殿下と接触するのは駄目だからね」である。


聖女様に「仲良くしてね」と言われたのに、仲良くしなくていいのかなって思うけど、母様が勝手に承諾しただけだから、仲良くしなくていいんだって。それって本当でしょうね、兄様?不敬罪でしょっ引かれないですよね?


それにしてもオリヴァー兄様、私の考えている事、何で分かるんだろう。エスパーか何かかな?え?私が考えてる事って、だいたい顔に書いてあるから、すぐ分かるって?あ、クライヴ兄様も同意して頷いている。セドリックは…って、顔背けんな!どーせね、単純思考な女ですよ私は!


ちなみに私、兄様方やセドリック、父様方の顏はぼやけて見えないけど、どんな表情しているかとかは、なんとなく分かるようになった。どうやら相手との親密度次第で、そういう事が分かるようになるみたいだ。これって単純に、この遮光眼鏡のオプションなのだろうか?


おっと!そうこうしている間に、正門に到着したようだ。見ればあちらこちらに馬車が沢山停まっているよ。そして、制服を身に着けた少年少女がわらわらいる。…やっぱりと言うか、ちょっと見た感じは男子の方が圧倒的に多いね。


「貴族だからと言って、全員が王立学院に通う訳では無いからね。ましてやご令嬢達ともなれば、猶更だし」


…そうだよね。全部が全部そうじゃなくても、種の保存の為の箔付け目的ってのが、貴族のご令息がこの王立学院に通う最大の理由だ。そんな場所に令嬢達が通う理由なんて、より良いスペックのご令息番う相手をゲットする為以外無いもんね。


聞けば、もう既に婚約者なり恋人候補なりがほぼ決まっているご令嬢なんかは、通う必要が無いから、そもそも王立学院に入学しないらしい。(というか、婚約者達やその周囲が他の男達ライバルに目が向かないよう、ガッチリガードしているのだそうだ)


…本来であれば、私もその内の一人なんだよね。だって、こんな超ハイスペックな婚約者が三人もいるんだから。別にもう他の恋人や婚約者なんて探す必要もないし。


でも他の人達は、こっちの事情なんて知る訳ないから、私が王立学院に通う理由、単純に男漁りだと思ってるよね絶対。…はぁ…。憂鬱だなぁ。


「さて、それじゃあ行こうか」


そう言うと、オリヴァー兄様が馬車から降りる。…と同時に、周囲からどよめきと黄色い歓声が上がった。


そりゃそうだよね。オリヴァー兄様、超絶カッコいいし、現生徒会長な訳だから。男も女も、ほぼ全てが憧れる存在なんですよ。


次に降り立ったのは、セドリック。これまた女子の黄色い声があちこちから上がっている。うん、早速肉食女子達にロックオンされたっぽいね。


最後に、クライヴ兄様と私が降り立つ。


一見して仕立てが良いと分かる、黒い執事服に身を包んだクライヴ兄様が馬車から降り立った瞬間、オリヴァー兄様と張る程の黄色い歓声が上がった。


そりゃそうだ。クライヴ兄様だって、オリヴァー兄様と遜色ない程の美形な上、生徒会前副会長をしていた、超有名人だから。先日の品評会…じゃなくて卒業式は、アシュル殿下がいらっしゃった事もあって、国の内外から見物人がごった返して大変だったそうだし。


しかも以前は、グラント父様が一代限りの名誉男爵だった関係で、クライヴ兄様の身分はほぼ平民扱いだった。だけどつい先日、グラント父様は国から正式に子爵位を賜った。つまりその事によって、クライヴ兄様は今現在、れっきとした貴族令息となっているのだ。


筆頭婚約者と違って、普通の婚約者であるクライヴ兄様は、あわよくば恋人に…!と狙っているご令嬢達の恰好の獲物ターゲットだ。しかもオリヴァー兄様と違って、私が無理矢理婚約者にしたって事になっているから、猶更狙い目と思われているのだろう。在校生であろうお姉様方も、うっとりとした様子で黄色い歓声を上げている。


「どうぞ、お嬢様」


そう言って、恭しく差し出されたクライヴ兄様の手を取り、深呼吸をしてから馬車から降りる。すると途端、空気が氷点下まで凍り付いた。ついでに射殺されんばかりの視線が容赦なく突き刺さってくる。…痛い。


「いやだ…なにあれ」


「ねぇ…みっともないったら…」


ヒソヒソ、クスクスと言った、嘲笑もあちらこちらから聞こえてくる。うう…これから3年間、ずっとこれなのかぁ…。憂鬱。


「じゃあね、エレノア。僕は生徒会へ行かなきゃいけないから。ここからはクライヴに案内してもらいなさい。分からない事があったら、彼になんでも聞くといい」


「はい、オリヴァー兄様」


オリヴァー兄様は、ニッコリ優しい笑顔を私に向けると、私の頬にキスを落とす。途端、周囲から押し殺そうともしない金切り声が上がった。私の方はと言えば、極度の緊張からか、ほんのり顔を赤らめる程度で済んだ。ふぅ…やれやれ。


「クライヴ、そしてセドリック。エレノアを頼んだよ」


「はい、承知しました」


「お任せ下さい、兄上」


「それじゃあエレノア。また後でね」


そう言って軽く手を振り、颯爽と建物の中に入って行くオリヴァー兄様に、私も軽く手を振り返しながら見送った。


そうして兄様の姿が見えなくなると、下ろした手が誰かに手に包まれる。驚いて横を向くと、セドリックが私の手を握って、ニッコリと優しい笑顔を向けてくれていた。思わずほっこりしてしまい、私も笑顔を返す。(なんか、あちこちから歯ぎしりの音が聞こえてきたような気がするが…)


「さて。では参りましょうか、お嬢様。お坊ちゃま」


「うん、クライヴ」


「はい。分かりました」


クライヴ兄様に優しく促され、私はセドリックと手を繋いだまま、王立学園の建物の中へと入って行った。





◇◇◇◇





入学式の会場となったのは、王立学園の敷地内にある、大きな教会だった。


この国は女尊男卑らしく、信仰しているのは豊穣の女神であり、その女神が自分を信仰している子らを守る為、遣わされたとされる『聖女』も、等しく信仰の対象とされている。


だからか、教会の聖壇にある地上から天井にまで届きそうな巨大な窓ガラスには豊穣の女神と、その足元で祈りを捧げる聖女…といった図式の、美しいステンドグラスが嵌め込まれていた。


つまり今の王家は、神の御使いである『聖女』を公妃としている訳で、その尊い血を受け継いでいる王子方は、まさにご令嬢達の垂涎の的な訳だ。

それゆえ、アシュル殿下に続いて学院に入学してくるリアム殿下と、なんとしてでも縁を結びたいというご令嬢や、取り巻き希望のご令息、その親族達方の気合は半端ないものとなっているらしい。


実際、ご令嬢達の制服、しっかりアレンジされているみたいだけど、婚約者や恋人の『色』を纏っているご令嬢方は驚く程少ない。つまり、リアム殿下にアピールする気満々って訳だ。


『でも見た感じ、殿下らしき人は見当たらないな』


確かリアム殿下は、目が覚めるような青い髪と瞳を持っているって話しだが、広い会場中を見渡しても、そういった髪色の少年はいないようだ。


「早い段階から来ると、いらん騒ぎになるからな。多分だが式の始まる直前に会場入りする筈だ」


傍のクライヴ兄様が、こっそり小声で私に教えてくれた。成程。アイドルの入り待ちしている追っかけを避けるって要領だね。


リアム殿下の登場を、今か今かと浮足立って待っているご令嬢やご令息達を他所に、私達は自分達に与えられた席へと向かった。


実は爵位の底上げに伴い、我がバッシュ侯爵家も今回爵位が上がり、公爵家になった。その為、私や私の婚約者であるセドリックが座る席は、王族と同列である最前列だ。私の専従執事であり、護衛であるクライヴ兄様は、すぐ駆け付けられる位置に立って、私達を見守る事になっている。


それにしても最前列とは…。偉い人の難しい話をベラベラされたら、寝てしまいそうで恐いな。


そんな事を考えていたら、突然背後からワッと大歓声が上がった。


「…来たな…」


「ええ…そうですね」


クライヴ兄様とセドリックが、厳しい視線を後方に向ける。私も慌てて振り向いて見てみると、入り口付近で何やら人の山が築かれていた。


「キャー!リアム殿下!」


「凄い!聖女様もいらっしゃるぞ!」


もう、男子も女子も大興奮って感じだ。ついでに彼らの保護者達や、学校関係者達も興奮を隠し切れていない。まあそうだよね。普通だったら直にお会いする事など叶わない、王族と聖女様だもん。


「あの…兄様。私、ご挨拶しなくても宜しいのですか?」


「あっちから来るならいざ知らず、こっちからわざわざ行く必要はない」


――そうですか。ブレませんね兄様。


でも私、王子様はともかく、聖女様って見てみたかったな。だって、まんまリアルファンタジーの世界だよ!乙女ゲームの定番中の定番な存在だよ!?どんな方なのか、めっちゃ気になるじゃないか!


『多分、こちらに座られるだろうし、後でこっそりチラ見しよう』


そう思いながら自分の席に着席したのだが…ん?何か、ざわめきがこちらに近付いて来ているような…?


「バッシュ公爵令嬢」


「はい?」


いきなり声をかけられ、思わずといった具合に間の抜けた声を上げ、振り向いた先には…。ものっそ護衛を背後に引き連れた、長い黒髪の美しい女性が立っていた。


癖の無い、真っすぐでサラサラの髪。瞳も黒曜石の様な黒色で、不思議な温かみを湛えている。そして聖女の名に相応しく、真っ白い服に金色の刺繍が施された豪華な聖職者の服を着ていて、まるでステンドグラスに描かれている聖女そのものと言った神々しさだ。


私は言葉を発するのも忘れ、椅子に座ったまま、ポカンと聖女様を見つめていた。


「お嬢様!」


クライヴ兄様の言葉に我に返ると、クライヴ兄様やセドリック、そしてその場にいた人達が全員、聖女様に最大限の礼を取っているのが見えた。

私も慌てて椅子から立ち上がると、最上位の方に対して行うカーテシーを聖女様に向けてする。


「ああ、そんなに畏まらないで。他の皆様方も、顔を上げて下さいな」


優しい声に、恐る恐る顔を上げてみると、聖女様が苦笑しているのが見えた。


「バッシュ公爵令嬢。この度は私達親の我儘で、貴女を学院に来させる事になってしまって、ごめんなさいね」


「えっ?へっ?い、いえっ!そ、そのような事はっ!はいっ!」


もはや緊張のせいで、自分が何を口走っているのかよく分からない。


「リアム」


「はい、母上」


聖女様に呼ばれて、前に進み出て来たのは青い髪を持った少年だった。


12歳とは思えない、スラリとした長身。制服を着ていても分かる、均等の取れた体付き。顔は…案の定、めっちゃぼやけて、口元しか分かりません。つまりは兄様方と同レベルの超絶美少年って事ですね。つまりこの眼鏡をしていなかったら、間違いなくロイヤルファミリーと聖女様の前で、盛大に鼻血を噴いてしまっていたって事だ。危ない…。真面目にヤバかった!


「私の四番目の息子のリアムよ。ずっとお城の中に引きこもっていたから、あまり外の世界に慣れていないの。どうか仲良くしてあげてね?親の欲目かもしれないけど、とても良い子なのよ。…ちょっとぶっきらぼうだけどね」


うわぁ…。『仲良くしてね』の要請が、聖女様直々に来た!これ、お断り出来ないヤツ…だよね?


「リアムだ。初めまして…は不要だな。エレノア嬢。また会えて嬉しいよ」


「はい?!」


また会えて…?え?私、貴方様とどこでお会いしましたっけ?確か貴方、お茶会欠席でしたよね?


リアム殿下はニッコリ笑うと、おもむろに右手を上げてヒラヒラさせる。その手には、真っ白いリボンが包帯のように巻き付けられていた。…ん?包帯…?…え…?


「あの後すぐ、君の助言通りちゃんと医者に診せたんだ。お陰で傷は残らずに済んだよ」


ザーッと、私の顏から血の気が引いた。あ、あの時の美少年給仕係って…まさか、リアム殿下だったんですかー!?


どうりで私の性格、筒抜けになっている訳だよ!だって王子様本人に本性出しちゃってたんだから!横にいたクライヴ兄様も、瞬時に事情を察したらしく、鋭い視線をリアム殿下に向けている。ちょっ、兄様!不敬です!抑えて!


「リ…リアム殿下…」


「ああ、そんな堅苦しい敬称なんていらない。君には俺の事『リアム』って呼び捨てにして欲しいんだ。だって俺達、これから友達・・になるんだしね?」


『友達』の部分、やけに強調した気がするのは気のせいでしょうか?


ニコニコ上機嫌なリアム殿下と、あうあうと二の句が告げずにいる私を見て、聖女様はとっても楽しそうなご様子で微笑んでいる。


それを複雑そうな顔で見つめるセドリックと、射殺さんばかりの般若顔なクライヴ兄様。そして背後から強烈に突き刺さってくる、好奇と嫉妬の視線。


――入学式すらまだ始まってないってのに、初日からこれですか…。


私の波乱の学院生活を予感させる騒動に、私は一人、瓶底眼鏡の奥で遠い目をしたのだった。

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