第44話 やはり野生の王国でした

「クライヴ兄様…凄く素敵です!」


「ああ。有難う、エレノア」


貴族の正装に身を包んだ目の前のクライヴ兄様を見上げ、うっとりとそう呟く。クライヴ兄様は、そんな私の姿に目を細め、物凄く嬉しそうな笑顔で応えてくれた。


本日は王立学院の卒業式。そう、クライヴ兄様が王立学院を無事卒業する、記念すべき日なのだ。


え?学院に入ったら、何やらなくても自然と卒業できるだろって?


いえいえ、前世の日本における大学と違って、王立学院は入るのは簡単だけど、卒業するのはとてつもなく難しいのだ。


なんせこの世界、数少ない女性達に選ばれんが為、男性達は血で血を洗う努力をDNAレベルで繰り広げている。当然というか、全体的なスペックは否が応にも爆上がりする。


しかも肉食女子が闊歩するこの世の中。当然の事ながら、彼女らは少しでもスペックの良い男性を恋人、もしくは旦那様に選ぼうとするので、男性達は更に高みに昇ろうとする。


その無限ループな努力の結果、学業、体術、魔法操作…等々、王立学院を卒業する為に、会得しなければならない単位(と言っていいのかな?)は今現在、尋常ではなく高いものとなってしまっているのだ。


それゆえ、王立学院に入学したはいいものの、普通に卒業できる者は、平均して約1/3程度。その他は、あまりに厳し過ぎて退学、もしくは留年となる事で脱落していく。(尤も留年は恥という考えから、結局は退学していく)


まあつまり、「女欲しけりゃ、これぐらい出来ないとね」って基準が、普通レベルではないって事なんですよ。


お貴族様の箔付けに通うお坊ちゃま学校…なんて、普通のファンタジー世界にありがちな設定はここには存在しない。


あるのは、己のDNAを後世に残せるか否かの、熾烈な生存競争のみだ。華やかなのは上っ面だけの、リアル野生の王国なのだ。


したがって、王立学院を卒業したという事実は、卒業した本人にとって『めっちゃ好物件』…という、なによりものご令嬢方へのアピールポイントとなるのである。


しかもクライヴ兄様は首席こそ逃したものの、次席で卒業。おまけに生徒会副会長もやっていたので、『とんでもない好物件』扱いである。今でもご令嬢達から引く手あまただというのに、それに輪をかけた付加価値が付くって事なのだ。


ちなみに首席で卒業したのは、第一王子のアシュル殿下だ。流石は選ばれし血を受け継ぐロイヤルファミリー!


「本当でしたら、兄様の晴れ姿を間近で見たかったのですが…無理ですよね?」


卒業式では首席以下、上位10名がその功績を称えて表彰されるのだが、私は当然というか、身内として式に参列出来ない。仕方がない事とは言え、残念だ。


しかし、その表彰式…察するに『これが将来の大有望株です!』っていう、超優良物件のお披露目なんじゃないかな?


だって、聞けば卒業生やそれを祝福する来賓達の座る席、前方が全て女性陣だって言うんだもん。思わず、ステージ上でブーメランパンツで踊るイケメンダンサーを、血眼で鑑賞しているおひねりマダム達を想像してしまったよ。


「ああ。俺も残念だが仕方がない。ま、代わりにお前の入学式にはずっと傍に付いていてやるからな」


王立学院の入学式は、卒業式の翌日。

クライヴ兄様は私の専従執事なので、入学式は勿論の事、私が学院に通う間はずっと、執事として傍にいてくれる予定となっている。


「はいっ!頼りにしております!」


そう言ってクライヴ兄様に抱き着くと、クライヴ兄様は優しく私を抱き締めた後、両手で私の頬を包んで上向かせ、唇に軽くキスをした。


ボンッと顔が真っ赤に染まったが、最近は流石に鼻血を噴く事は無くなった。慣れっていうのは恐ろしいものである。


「クライヴ、ずるい!」


傍にいたオリヴァー兄様の、ちょっと拗ねた様な声。私は慌ててクライヴ兄様から離れ、オリヴァー兄様に抱き着いた。


途端、オリヴァー兄様が笑み崩れる。…兄様…。


これは最近分かった事なのだが、超完璧人間だと思っていたオリヴァー兄様、実は割と子供っぽい一面があるのだ。こういった嫉妬もその内の一つ。


そしてそれは、心から気を許した相手にのみ、顔を覗かせる。例えばクライヴ兄様。そして私。ウィルとかジョゼフとかにも、割とそういった顏を見せている。彼らを信頼しているんだね。


え?セドリックは入っていないのかって?


彼にはまだ、そういった顔を見せていないっぽいが、信頼していないとかそう言うんじゃなくて、単純に弟に良い恰好見せたいだけみたい。


私はオリヴァー兄様のそういった所を知って、増々兄様の事を好きになった


微笑ながら、思いっきり首を上にして見上げていると、オリヴァー兄様が私に口付ける。…軽くだったクライヴ兄様と違って、やけに長い。…くっ…!見上げ過ぎて首が痛い!


「オリヴァー、いい加減エレノア返せ!今日は俺が主役なんだからな!」


そう言って、クライヴ兄様がオリヴァー兄様から私を奪い返し、今度は抱っこの要領で、私を軽々と抱き上げた。

…助かった。あのままオリヴァー兄様のキスを受けていたら、鼻腔内血管が崩壊するところだった。首も痛かったしね。


「そうそう、言っておくがエレノア。学院では俺の事を呼び捨てしろよ?」


「え?!何でですか?」


「そりゃー、執事に「兄様」呼びは不味いだろ?」


…そりゃそうか。もし私が執事のクライヴ兄様に「兄様」呼びしたら、クライヴ兄様、単なる執事のコスプレイヤーになってしまうよね。…じゃなくて!そこはやはり腐っても貴族令嬢だから、TPOは弁えろって、そういう事ですよね。


ちなみに、私がお茶会でやった我儘令嬢の演技だが、あれは学院ではやらなくていい事になった。何故かと言うと、単純に王家に私の性格がバレているからだ。


私もあの演技を四六時中しなくてよくなって、本当にホッとしている。あれ、めっちゃ疲れるんだよ。HPも削られるし、すぐにボロ出しちゃいそうだしね。まあその代わり目立つ言動は避け、大人しくしているようにとは言われているんだけど…。


「何だ?呼び捨てすんの、嫌か?」


「だって、慣れないし…恥ずかしいです」


「結婚すりゃあ、嫌でも呼び捨てになるんだぞ。そうだな…。そん時の為の、予行演習だと思えばいいんじゃないか?」


途端、顔から火が噴いた。


そ、そうだよね…。結婚した相手の事、いつまでも兄様呼ばわりは不味いよね。こ、これも花嫁修業ってヤツ…だよね…!うわぁぁぁ…!むしろ照れて呼び辛い!


「わ…分かりました。頑張ります!…で、でもあの…。二人の時や、オリヴァー兄様やセドリックがいる時だけは、今まで通り兄様って呼んでも良いですか?」


真っ赤な顔で、モジモジしながらそう言うと、クライヴ兄様は空いてる手で顔を覆い、身体を小刻みに震わせる。


「…なんなんだ…このあざとい生き物は…!」


「え?何か言いましたか?」


「何も言ってねぇよ!クソッ!」


そう言うと、クライヴ兄様は、ちょっと離れた場所にいたセドリックに、私をポーンと放り投げた。


「ひゃあっ!」


セドリックは、放り投げられた私を難なくキャッチする。


「ご、ごめんねセドリック!重かったでしょう?」


「え?全然。寧ろエレノアは軽いけど?」


「…それって絶対嘘だよね?」


だってここ最近、学院に入学する準備で忙しくて、剣の修行が全然出来てない。その上、セドリックが作りまくってくれるお菓子、食べまくっているんだから。確実に太った筈だよ。


「嘘じゃないんだけどなぁ…。まあ、確かにエレノア、ここ最近身長は伸びたけどね」


「うん!それは素直に嬉しい!ずーっとあのままだったら、どうしようかって思っていたから!」


そうなのだ。ここ数年、ちっとも伸びなかった私の身長、ここにきていきなり伸び始めたのだ!

それに伴って、ツルンとしたキューピー体形も、多少変化が出てきた!…まあ、凄くささやかに…だけどね。


「このまま、しっかり成長していったらいいなぁ…。セドリックだって、出るトコ出てる方が嬉しいでしょ?」


「――ッ!」


「きゃぁッ!」


私をお姫様抱っこしていたセドリックの手が緩み、私は床に落ちてお尻を打ってしまった。セドリックが慌てて私を再び抱き上げる。


「もう!セドリック!」


「ご、ごめん!!い、いきなりあんな事言われて、動揺しちゃって…」


「え?出るトコ出てた方が…って、あれ?」


「だから!もう言わないでくれる!?」


おお、セドリック、顔が真っ赤だよ。ふふ…あんな言葉だけで動揺しちゃって。やっぱりセドリックって可愛いよね。


「…セドリック、許可する。お前もエレノアに婚約者として・・・・・・接しなさい」


――…はい?オリヴァー兄様、何ですか?婚約者としてって、何を許可すると?


「え?宜しいのですか?」


「うん。エレノアにはもう少し、危機感と言うか自覚を持ってもらわなきゃならないからね。僕らに遠慮せず、存分にするといい」


「有難う御座います!兄上!」


…えっと…。一体、何の話なんですかね?何を存分にすると?…え?何?どうしたのセドリック。なんかその微笑、妖しいよ?それでなんでそのまま、ソファーに向かう訳?え?お膝抱っこ?…あの、本当に何をするつもりなのかな?


「愛してるよ、エレノア…」


「んっ!」


何の前触れもなく、セドリックに口付けられた。


し、しかも…これって、いつものライトなヤツじゃなくて、オリヴァー兄様やクライヴ兄様にされるような、めっちゃ濃厚なヤツ!!


嘘でしょ!?あのセドリックが…私の癒しである、わんこ系少年が…!


「エレノア。こう見えてセドリックもしっかり『男子の嗜み』を習得しているんだ。これでよく分かっただろう?周囲の男性は全て獣だと心得て、今後は迂闊な言動を慎むように」


セドリックのキスにパニック状態になった私の耳に、オリヴァー兄様が諭す様に話される。…って!今、それどころじゃありません!


分かった!もう充分分かりました!私が悪うございました!というか、セドリック!君、しっかり男子の嗜み習得してたんだね!穢れちゃったんだね!?君だけはと信じていたのに!…え?貴族男子の義務?結婚した時、私に恥をかかさないように頑張った?頑張らんでいいわ!そんな事!!


――この世界、女子が肉食系なのは知っていたけど、男子もしっかり肉食でした。

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