第42話 ギャップ萌え

「いらっしゃい、セドリック!」


応接室に飛び込むようにして入って来た私に、嬉しそうな顔をして振り向いたセドリックは、その笑顔のまま固まった。


…うん、セドリック。君の言いたい事は分かってるよ。だって顔…というか、全身から「こいつ誰?」って雰囲気、ビシバシに出てるからね。っていうか私の方も眼鏡の所為か、いまいちセドリックの顏が分かり辛い。


「……え~と…?」


「私よ、セドリック」


増々、困ったような様子になっているセドリックを見て、私は笑いながら眼鏡を取った。


すると先程と同じ様に、ふわりとした風が私を包み込み、縦ロールに巻かれた髪がパラリと解けて広がった。


「…え…?エレ…ノア…?!」


セドリックが目を大きく見開いて、穴が空きそうな勢いで私を見つめる。いきなり瓶底眼鏡の縦ロール娘が私になってビックリしたのだろう。顔もどんどん赤くなっていって…ん?君、何故に赤くなるんだい?


だが、私も人の事は言えない。


「え?!セドリック…?」


目の前に立っているのは、数ヵ月前に別れた少年…の筈なのだが、一体この短期間にどうしたの!?ってぐらい、その姿は様変わりしていた。


まずは身長。視線の高さが全然違う。


確かセドリック、私より少し高いぐらいだったのに、まるで雨後の筍のように、ものっそ身長伸びていますよ!それこそ一気に、第二次性徴期が来たのかってぐらい。膝、痛くなったりしないのかなと、心配になってしまうレベルだ。


しかも、更に驚くべきことに、容姿も変わっている。


いや、ベースはセドリックのままなんだけど、纏う雰囲気とか表情とかが別人のようなんだよ。なんかまさに、一皮剥けたって感じに大人びてしまっている。以前は全然そう思わなかったんだけど、凄くメル父様と似てきた気がする。

外見がってんじゃなくて、メル父様の纏う、おっとりとした中に色気が駄々洩れしているあの雰囲気がね、そっくりなんだよ。


ヤバいな、セドリック。君ってば、オリヴァー兄様とはまた違ったタイプの美形になりつつあるよ。


「エレノア?顔、真っ赤だけど、どこか具合悪いの?」


ビックリして言葉が出なかっただけなのだが、どうやらセドリックは私の調子が悪いんだと思ったらしい。顔を曇らせたセドリックに、私は慌てて首を横に振りながら、頬に手を当てる。…うん、熱い。


どうやら眼鏡が見えにくかったのではなく、美形の度合いによって顔が見え辛くなっていく、この眼鏡独特の機能、名付けて『美形キャンセラー』が、しっかり作動していただけだったようだ。


「ち、違うの!具合は悪く無くて…その、セドリック、凄くカッコ良くなったなぁって思って…」


「え!?」


途端、セドリックの顏が再び真っ赤になった。

ああ。こういう所は、やっぱりいつものセドリックだなって、何だか凄くホッとしてしまう。


「…えっと…。あ、有難う。…エレノアも…会わなかった間に、凄く綺麗になったね…!」


「え?そ、そう?たいして変わってないと思うんだけど…」


「ううん、そんな事ない!元々綺麗だったけど、なんか…凄く眩しく感じる」


――うっ!ま、まったく…。何だってこの世界の男共は、女性に対する美辞麗句がスルスル出て来るんだ!?セドリックだって、私の前世ではまだまだ青臭いガキな年齢だってのに、男子の嗜み完璧だよ!もう完敗だよ!


「あ、有難う。で、でもさ、多分そう見えるのって、制服効果じゃないかな?ほらこれ、王立学院に通う為の制服なの。兄様達やセドリックの色が入っているのよ!」


そう言って、セドリックに向けて軽くカーテシーをすると、セドリックが真っ赤になって口元を手で覆った。よく見てみると、目元に薄っすら涙が浮かんでいる。


「セ、セドリック!?どうしたの?あ、ひょっとして制服、似合ってない?なんか変だった?」


慌ててセドリックに駆け寄ると、セドリックは顔をフルフルと横に振り、目元の涙を拭った。


「ううん、違うんだ。ちょっと…感動して。エレノアが兄上達の色だけじゃなく、僕の色もちゃんと身に着けてくれたなんて…。なんか凄く幸せで…夢じゃないのかなって思って…」


「セ、セドリック…」


こんな中身万年喪女を、そんなに有難がってくれるなんて…。なんて良い子なんだ!私の方こそ、こんな女をもらってくれて有難うって、滂沱の涙に咽びそうだよ!


ほのぼのと感動した私だったが、よく見てみれば、なんか周囲の使用人達が皆、感じ入ったように温かい眼差しを私達に向けている。ウィルに至ってはセドリック同様、目元の涙を拭っています。おお、後方にいた兄様達も、何やら目元を緩めて感じ入っていらっしゃるご様子。


うんうん、分かりますよ。まだまだ子供だって思っていた弟の、思わぬ成長と甘酸っぱい恋模様に、兄として寂しいような微笑ましいような、そんな気持ちになってしまったのですよね。その大切な弟の恋のお相手が、私なんぞで本当に申し訳ありません。


しかし…。いいのかな。


私なんて、たまたまエレノアとして生まれて来たからこそ、この世界の女性達ですら羨む、超絶美形な兄様方や将来の大有望株のセドリックと婚約出来たけど、もし女性が男性と同等数いる世の中だったら、多分彼らの目にもとまらないんじゃないかな。


そんな事を何となく口にしてみたら、セドリック含め、その場にいた全員に、可哀想な子を見るような眼差しで見つめられた。ってか私、何でいつもこんなに残念な子扱いされてるんだろう。


「はぁ…。エレノア。全く君って子は…」


「ったく…。これだから、危なっかしくて仕方がねぇってんだよ!」


「兄上方の苦労が、ここにきてようやく分かりました」


――ちょっと待って!いったい私の何が悪いって言うの!?


「「「そういった、鈍感な所」」」


見事に三者ハモりました。

本当、似ていないようで、よく似ている兄弟だよね、貴方達って!





◇◇◇◇





「…成程、エレノアのお母上のせいで、エレノアがリアム殿下と同級生に…」


「ああ。母上はエレノアが転生者である事も、王家との因縁も知らなかったからね。…まあ、知っていたとしても気にする事無く、寧ろチャンスとばかりに公妃を目指させたかもしれないけど」


エレノアがマナーレッスンで席を外した後、オリヴァーとクライヴはセドリックとお茶をしながら、今迄の経緯を詳しく説明する。


「そういった訳で、お前には一番大変な役目を負わせる事になってしまうが、どうか婚約者として、エレノアを守ってやって欲しい」


「はい!僕の命に代えてでも、エレノアを守ってみせます!…でも、それで納得しました。あのエレノアの変装は、エレノアを守る為の一環だったのですね」


「ああ。丁度王家のお茶会で、ああいった変装していたんでな。お前も最初、エレノアだって分からなかっただろ?」


「ええ。本当に、最初は誰かと。…でもオリヴァー兄上、クライヴ兄上。ひょっとしたらエレノアのあの変装は、諸刃の剣かもしれません」


「…どういう意味だい?セドリック」


「兄上方は『ギャップ萌え』という言葉をご存じですか?」


「ギャップ萌え?」


「そう言えば以前、エレノアが何回か言っていたような気がする…。ひょっとして、エレノアの前世の言葉なのかな?」


怪訝そうな顔のクライヴとオリヴァーに、セドリックは真剣そのものと言った顔で頷いた。


「はい。以前エレノアに教えてもらったのですが、『冷たそうに見えて、実は優しい』とか『素行が悪いようで、実は優等生』とか言うように、見た目や素行で「こうだ」と判断していた人物の、意外な一面、または真実に心ときめき、たまらない魅力を感じてしまう心理的現象の事を、そう言うのだそうです」


「う~ん…。それはまた、物凄く深い意味が込められた言葉なんだね」


感心した様子のオリヴァーに、セドリックが再度頷いた。


「はい。エレノア曰く、冷たい美貌のクライヴ兄上が見せる、優しい笑顔とか、いつも冷静なオリヴァー兄上が恥ずかしそうに顔を赤らめる様とかも、その『ギャップ萌え』に該当するそうですよ?」


セドリックの言葉に、クライヴとオリヴァーは揃って顔を手で覆い、撃沈する。

まさかエレノアが、自分達のそんな仕草にときめいているとは想像もしていなかったので、何だかとても恥ずかしいし、いたたまれない気分だ。


「えっと、兄上方、大丈夫ですか?」


「…気にしないでいい。で?その『ギャップ萌え』が、どうしたっていうんだい?」


「はい。あの眼鏡で変身したエレノアが眼鏡を取った時、僕はエレノアの可愛らしさに息が止まるかと思いました。本当のエレノアの姿を知っている僕ですらそうなったのに、もしこれが全くエレノアの素顔を知らない相手だったら…。その破壊力は如何なるものかと」


そこでオリヴァーとクライヴはハッとした。


「…成程、確かにエレノアは元々とても愛らしい。そこにもってきて『野暮ったくて不細工だと思っていた女の子が、実は美少女だった』という『ギャップ萌え』が相乗効果となる訳か」


「もし殿下方がエレノアの真の姿を知る事となってしまえば、あの姿を見た後だから、普段の何倍も可愛らしく見えてしまうって寸法か…。そりゃあ、理性も吹っ飛ぶな」


「だからと言って、素のエレノアのまま学院に通わせる訳にはいかないんだよ。セドリック、お前も知っているだろう?ダンジョンでエレノアが出逢った相手が、第二王子のディラン殿下だという事を。彼とエレノアは、直に素顔で接してしまっている。もしディラン殿下とエレノアが再び相まみえてしまったとしたら…」


多分…いや、間違いなく、ディランはエレノアを自分の妃にと望む筈だ。


それに、クリスタルドラゴンを御する程の力を有したエレノアの事を、王家が放っておく訳が無い。公妃とはならずとも、エレノアの事を何気に気に入っているらしいリアム殿下にまで、エレノアを妃にと望まれてしまえば、間違いなく自分達はエレノアを奪われてしまうだろう。


「ええ。それにそもそも、エレノアの魅力はその外面ではなく、内面にあります。エレノアと親しく接していけば『なんの変哲もない、不格好なパンだと思ったのに、食べてみたらとてつもなく美味しかった』というギャップ萌えも発生するものと思われます」


「全く、頭の痛い話だ。…それにしても、『ギャップ萌え』とは恐ろしいな」


「ええ。エレノアの前世では、その『ギャップ萌え』により、何人もの若い女子が精神を病み、挙句、底なし沼に沈んで、元の世界に戻れなくなったとの事です」


「…何だかよく分からんが、とにかく人の精神を破壊する程の威力が備わっているという事は理解した。オリヴァー、メル父さんに、何があっても装着したら本人以外は絶対に外せない機能も付けてもらおう!」


「ああ、勿論だよクライヴ!絶対に『ギャップ萌え』を発動させないようにしなくてはいけないからね!」


「オリヴァー兄上!クライヴ兄上!僕も全力で『ギャップ萌え』を阻止する為、頑張ります!」


兄弟達の心が、今まさに一つになった瞬間だった。




「…それにしても、エレノアのあの制服姿、とても愛らしかったですね!」


「お前もそう思うか?!あれはマジでヤバいよな!」


「その上、僕らの色を纏って幸せだと微笑んでくれた時の、あのエレノアの尊さときたら…。うっかり壊してしまいそうになったよ!」


その後はお約束と言うか、エレノアがいかに愛らしく、素晴らしいかで婚約者同士、盛り上がる事となった。


そしてエレノアの知らない間に『ギャップ萌え』という言葉が独り歩きした挙句、このアルバ王国で市民権を得てしまうという事を、当のエレノア本人は知る由もなかったのだった。


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ギャップ萌えは尊いです。私も何度これで沼に沈んだ事か…。

ちなみに、エレノアの前世で沼に沈んだのは、腐女子であった親友です。


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