第41話 王立学園通学に向けてのあれこれ
――朝。
朝食の席で、珍しく父様達が勢揃いしているので何事なのかと思ったら、昨日の母様が置き土産して行った王立学園通学について、色々と議論していたのだそうだ。
連日、激務で忙しいだろうに…。父様方、有難う御座います!
なんか目の下のクマが非常に気になるのですが…。昨夜はひょっとしたら徹夜だったのだろうか。なんか兄様方も眠そうだ。
「父様方、私の為に…。お疲れではありませんか?」
「ああ、エレノア。何てことないよ。他ならぬ大切な君の為だからね!」
「父様…!」
「そうそう!お前はただ、巻き込まれただけなんだから気にするな。娘の大事に動かない父親なんざ、この世にいねぇよ!」
「グラント父様…!」
「そうだよエレノア。可愛い君を奪われない為なら、例え二徹、三徹しようが、過労死寸前になろうが、私を行かせまいと、足に取りすがる部下共を昏倒させようが、君を守る為の策を講じる努力は惜しまないよ!」
「メ…メル父様…」
――いや、そこまで身体張らないで下さいよ。あ、他の父様方も深く頷いている。まさかと思いますが貴方がた、メル父様と同じく「行かないで!」と取りすがる部下、足蹴にして来てるんじゃないでしょうね?あ、目を逸らした。やっぱ、やったんですね!?
「いいんだ。君が気にする事じゃない。そもそも僕達が今携わっている仕事は王家絡みなんだから、少しは困ればいいのさ!」
…ああ。聖女様使って私を王立学園に通わせる事にされたの、物凄く怒っているんだな。でも、一応宮仕えしている身なのに、それで良いんですかね?もうすぐ爵位も上がるってのにさ。それ取り消しになっちゃったら大変ですよ?
「そんときゃ、今の仕事を辞めて、元に戻るだけだからな」
「そうそう。別に痛くもかゆくもないよね。そしたらエレノアと過ごす時間も今より増えるし、いっそみんなで領地に引っ込んで、悠々自適の隠居生活を送るってのはどうだろうか?当然、エレノアも一緒に!」
「ああ…いいね、それ。エレノアと一緒にのんびり余生を過ごすって、夢のような生活だなぁ…」
…なんか冗談みたいに言っているけど、父様方、目がマジですよ。なんか疲れがピークに達して、ナチュラルハイになってるっぽいな、この人達。
「父上、侯爵様。そろそろ本題に入りませんか?」
見かねたオリヴァー兄様が、さり気なく会話に参加してくる。
なんか兄様達も凄く目が腫れぼったいんだけど、父様達とずっと作戦会議していたのかな?
「ああ、そうだね!…と言う訳でエレノア。我々一同で協議を重ねた結果、君がそのままの姿で王立学院に通うのは危険過ぎるという結論に達したんだ。だから王立学院に通っている間、君には変装をしてもらう事になった」
「変装…ですか?」
何だろう?果てしなく嫌な予感しかしない。
「うん。で、口で言うより、実際に目で見た方が早いかなと思って、絵心のある者にサンプル画を描かせてみたんだよ。ほら。これだけど、どうかな?」
父様が嬉々として一枚の絵を私に見せてくれた。…が、その絵を一目見た瞬間、私は盛大にフリーズしてしまった。
「――こ…これは…!?」
かっちりと、ドリルのような赤茶けた巻き毛は、真っ赤なリボンでツインテールに結わえられ、ぶ厚い瓶底眼鏡のフレームは、リボンと同じく真っ赤。ソバカスが薄っすらと散りばめられた頬、王立学院の制服であろう、青いワンピースには、いつぞやの茶会で着たような、色とりどりのリボンが散りばめられていて、ストッキングにも柄が入っている。
――そこには、どこからどう見ても痛い、不細工極まるご令嬢の姿が描き出されていたのだった。
「どうかな、それ?皆で一晩中話し合って、ようやっと出来上がったサンプル画なんだけど。結構インパクトあるだろう?」
ドヤ顔の父様に何も言う事が出来ず、絵を持った手をプルプル震わせる。こんな…こんなアホみたいな格好をして、国中の貴族の子弟達が通う伝統ある学院に通えと…?
「これなら悪い虫はつかない事請け合いだし、例えリアム殿下が根性出してお前を望んでも、王家の方から二の足踏むだろ」
クライヴ兄様の笑顔、やり切った感半端ない…。オリヴァー兄様。貴方も何、満足気に頷いてるんですか。
ええ、そうですね。これなら悪い虫はつかないでしょう。ってか、私自身が悪い虫だよ!毒虫だよ!こんなご令嬢、私が男だったら、いくら女日照りでも、嫁が欲しくても、全力でご遠慮しちゃうよ!
っていうか、そもそもこんなとち狂った格好をした女と一緒にいて、あんた方恥ずかしくないんですか!?…え?恥ずかしくない?君(お前)の魅力は自分達が分かっているから、何も問題ない?あっ、そうですか。
――でも私は大いに恥ずかしい!
いくら王家に目を付けられないようにしたいって言っても、こちとら花も恥じらうティーンエイジャーなんだよ!?どうせ学院に通わなくちゃいけないんなら、こんな極彩色ピエロのような格好で、見世物になんかになりたくない!せめて学校生活をエンジョイしたい!
私は絵を置くと、ニコニコ笑顔で私を見つめている父様達や兄様達に向かって宣言した。
「…もし、私にこの格好で王立学院に通えと仰るのなら、私は大人しく王家に嫁に行きます」
その瞬間、その場の全員と空気が、一瞬で固まった。
◇◇◇◇
その後、すったもんだの末、何とか制服だけは弄らないという妥協案が出され、私は仕方なくそれで手を打った。ついでに、頭のリボンと眼鏡のフレームも真っ赤ではなく、制服に合わせた青色にしてもらった。
容姿を不細工にするというのは、私がどんなに頑張って抗議しても覆らなかったので、せめて細かいお洒落だけは拘りたいという、私のなけなしの女心だ。
「冷静になって考えてみれば、センスの良い恰好は逆に、それを着る者とのギャップが発生するから、その方が効果的かもしれない。うん、やはり寝不足の頭で色々考えるのは、視野が狭くなって良くなかったね」
――いや、そういう問題じゃないと思うぞ兄様。それに、今言っている事を要約すると、とどのつまり、私の不細工具合が、制服のお陰で良い感じに際立つって言ってるんだよね?…ちょっと私、泣いてもいいですか?
まあでも、一つだけ喜ばしい事もあった。それはセドリックがこちらに来て、私と一緒に学院に通ってくれるって事だ。
オリヴァー兄様もまだ在校生だし、クライヴ兄様も私の執事として学院に一緒に行ってくれるけど、やっぱり同い年の友達が傍にいてくれた方が心強い。それに、絶対学院で友達出来ないだろうから、セドリックだけでも友達として傍にいてくれれば、きっと学院生活も悪くないだろう。
ああ…。氷点下まで下がっていたテンションが、ここでちょっと浮上してきた気がする。
「兄様、セドリックはいつ頃こちらに来るのですか?」
「あちらで色々と手続きをしなきゃだから、一ヵ月後ぐらいかな?その間に、こちらでも色々準備しておこう」
「はいっ!セドリックと会えるのが楽しみです!」
クロス子爵邸で別れてからこっち、彼とは一度も会っていない。
勿論、手紙のやり取りは頻繁にしているし、定期的に自作のお菓子を送ってくれているんだけど、やっぱり直に会って色々とお喋りしたいんだよね。
そういえば、私がリクエストしていたどら焼き。何とか完成したから、こちらに来た時に作ってくれるって、手紙に書いてあったっけ。
『一日千秋の思いで、愛しい君に直接会える日を心待ちにしております』
なんて締めくくられていて、思わずベッドの上でゴロゴロ悶えまくってしまいました。
これですよ!甘酸っぱくも初々しい遠距離恋愛。切ない想いを込めたラブレター。こういう正統派な手順を踏んだ恋ってやつを、私はやってみたかったんだ!神様、本当に有難う!
なんせ今迄が、キスだの抱擁だの、裸の触れあいだの、挙句は男子の嗜みという名の性教育だのと、レディース文庫バリバリの世界だったからなー。
いや、そういう世界だからと今では割り切っているけど、未だに兄様達や父様達の脅威の顔面破壊力に翻弄されている身としては、セドリックっていう存在は、物凄い癒しなんだよね。それ言うと、兄様達が拗ねるから言わないけどさ。
彼となら多分、イチャついても鼻血は出ないんじゃないかな。え?甘いって?…まあね、分かってますよそんな事。どんな相手であろうとも、緊張したり羞恥したりすれば、私の鼻腔内毛細血管は容易く崩壊してしまうんだから。
…で、でもさ…。このまま私が15歳になって、兄様達やセドリックと結婚したとして…。えっと、キ…キス…だけじゃなく、その…色々する訳だよね。何をって、その…。い、いわゆる…ふ、夫婦の営み…というか…し、しょっ…初夜…。
「うわぁっ!お、お嬢様ー!お気を確かにっ!!」
いきなり派手に鼻血を噴いてしまった私に、ウィルはパニック状態になった。…フッ…。考えただけでこれかよ…。
喪女であった前世では、BとLの薄い本とか、青年誌とかの生々しい男女のアレコレ漫画とか読んでも平気だったってのに。…いや、あれは実体験でなく、空想の産物だったからこそ、鼻血も噴かずに見られたのかもしれない。
にしたってなぁ…。兄様達や、なんならセドリックともマウストゥーマウスのキスしてるってのに、想像しただけで鼻血噴くってどうなのよ?
ひょっとしたら私も、花嫁修業と言う名の性教育を受けなくてはならないのかもしれない。初夜のベッドの上で、憤死してしまうのを防ぐ為にも…。
そんなこんなしている内に、私が王立学院に通う準備は着々と進んでいた。
「お嬢様、制服が届きましたよ」
そう言ってジョゼフが持って来た箱の中には、私がこれから通う王立学院の制服が入っている。
王立学院の制服は、スタンダードなものに、それぞれが独自のアレンジを施して着用するのが普通なのだそうで、かくいう私の制服にも、しっかりアレンジが施されているそうだ。
女子の制服は、男子の制服と一緒の青を基調とした膝下まであるワンピースで、裾がフレアタイプとなっている。全体的に、アレンジを前提としたシンプルなデザインだ。勿論、アレンジをしないでそのまま着ても、十分に可愛らしいデザインだけどね。
襟元のリボンとか控えめな装飾とか、とても私好みで、逆に私はこのままでもいいんじゃないかと思うんだけど、それだと「センスが無いからアレンジしない」だの「財力が無い貧乏貴族だからアレンジできないんだ」とか、色々言われてしまうんだそうだ。
私からしてみれば、余計なお世話だって思うんだけどね。全く、貴族の見栄って碌なもんじゃないよ。
ところで、私の制服に施されたアレンジはと言えば、襟元を飾るリボンが黒いシルクのリボンになっていて、制服本体には、鈍色の銀糸で鮮やかな模様が、青地に映えるように施されていて、とても綺麗だ。更に、襟元を彩る黒いリボンの中央には、鮮やかに煌めくインペリアルトパーズが光っている。
実はこれらは全て、婚約者である兄様達やセドリックの持つ『色』が施されているのだ。
つまりは制服そのものが、私が彼らのものだという所有印という訳で、これは婚約者を持つご令嬢なら、誰でもする事なのだそうだ。つまりは、婚約者達の独占欲によるマーキングって事。
そして婚約者や恋人が増える度に、纏う色は増えていくのだそうだ。
逆に、婚約者だった者が外されたり、恋人と別れたりしたりすると、纏う色は減っていく。
まあようするに、女子が『色』を纏わず、アレンジもしていない制服を着るという事は、「私、今誰もお相手いません」って宣言しているようなものなんだそうだ。そりゃー、肉食女子としては、そんな屈辱的なもん着る訳にはいかないから、意地でもアレンジするわな。
「いや?逆に大物狙いのご令嬢なんかは、アレンジ無しの制服を着ていたりするよ?」
…え~っと、つまりそれって?
オリヴァー兄様曰く、そういう制服を着るのは「私、誰の手も付いてない、清らかな身体です。是非とも貴方の色に染まらせて下さい」って、アピールする狙いがあるんだそうだ。で、そういう制服を着ているのは、大概が王家狙いのご令嬢だとの事。成程ね。そういうアピールの仕方もあるんだ…。
そうして私は兄様方に促されるまま、出来たばかりの制服を着てみた。
「オリヴァー兄様、クライヴ兄様、どうですか?」
生まれて初めて着る、この世で一点しかない私だけの制服にテンションが上がり、その場でクルリと回ってみれば、フレアーの裾がふんわりと広がる。その様を、兄様達は目を細めて見つめている。
「…ああ、とても素敵だよエレノア。流石は僕のお姫様だね」
「本当に綺麗だ…。お前の婚約者として、心から誇らしい気分だぞ」
兄様達の惜しみない賛辞に、私は頬を赤く染める。
「ふふ…有難う御座います。私もこうして兄様方の色を纏うと、いつでも兄様方を近くに感じられて幸せです」
そう言うと、私は自分の制服の胸元にそっと手を当てた。
ある意味、束縛の象徴って感じだけど、大切な人達の色を纏うって、純粋に嬉しい気持ちになるもんなんだな。
…って、あれ?何か兄様方の様子がおかしい。手で顔を覆って、何かに耐えるように身体を震わせている。
「に、兄様方、大丈夫ですか?」
「…ッ…だ、大丈夫…。うん。今ここで理性をぶち切れさせる訳には…。ッく…でも…辛い…!」
「同感だ…。エレノア、頼むからお前、これ以上無邪気に俺達を煽ってくれるな…」
ええっ!?今の会話のどこに、兄様達を煽る要素が!?
オリヴァー兄様は、気を取り直すように深く深呼吸した後、私に眼鏡ケースを渡してきた。
「はい、こちらは父上から。君の要望通りのものが出来上がったって」
私は渡された眼鏡ケースを受け取ると、早速開けてみる。するとケースの中には、いつぞやの遮光眼鏡が入っていた。
サイズ的には、流石に以前の顔半分レベルではなく、普通の眼鏡よりもやや大きいかな?というサイズになっている。フレームは、私が今着ている制服と同じ青色だ。
「丁度制服を着ているし、試しに装着してみるといいよ」
――装着、したくないなー…。
なんて思いつつも、私はウィルが用意してくれていた鏡の前に立つと、渋々眼鏡をかけてみる。
途端、風も無いのにふわりと髪が浮かび上がると、クルクルと勝手にカールされていき、どこからか現れた青いリボンでツインテール状態になる。それと同時に、ヘーゼルブロンドの髪色が、くすんだ赤茶色へと変わり、肌にも薄っすらとソバカスが現れた。
しかも、牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡に覆われ、私の目はまるで相手から見えないようになっていて、自分で言うのも何だけど、「あれ?これって誰?」というレベルに変身している。
「うん、完璧だね!どう見てもエレノアに見えない。流石は父上!」
「全くだな。どっからどう見ても、野暮ったい田舎貴族の令嬢にしか見えねぇな!」
――兄様、褒めてんですか?貶してんですか?
でも確かに、鏡に映る私はどう見ても、野暮ったい田舎出身の子供って感じだ。制服が素敵過ぎて、逆に野暮ったさが強調されているというか…。まさに制服を着ているのではなく、制服に着られているって感じ。
実は前にポロリと「いちいち髪の毛巻いたり化粧したり、時間がかかりそうで嫌だ」「形状記憶型シャツみたいに、つけるとパッと変身できるアイテムがあればいいのに」なんて愚痴ってみた事があったのだが、それを聞いたメル父様が「ふむ…。それは面白そうだな」って言って、何と眼鏡にその機能を付けてくれたのだ。
お陰で、毎日変装する手間が省けそうで、それは良かったんだけど、前世のアニメや漫画では、変身ってカッコよくなったり、お姫様のように綺麗になったりするのがお約束なんだよね。
だけど今、私は何故か綺麗になる為ではなく、不細工になる為に変身している。何だかなぁ…。
その時、ドアがノックされ、セドリックが屋敷に到着した事を告げられたのだった。
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