第40話 敵は身内にいたようです
――…あの後の展開は、凄まじいの一言だった。思えばあの母様の爆弾発言が、戦いが始まるゴングだったな。
「母上ー!貴女、なんって事をして下さったんですか!?よりにもよってエレノアを王子と同じ学校に放り込もうだなんて!正気ですか!?」
「何よ、正気に決まってんでしょうが!上手くいけば、エレノアにとっても我がバッシュ侯爵家にとっても、これ以上ないぐらいの良縁が結べるのよ!?何が悪いってのよ!?」
「悪い事だらけです!!だいたい、筆頭婚約者である僕を差し置いて、何でそんな勝手なことをしてるんですか!!」
「だって、私は母親なのよ!?娘にこれ以上ないぐらいの良縁があれば、結び付けてあげるのは当然でしょ?!確かに結婚相手に王子様が加わったら、立場的に筆頭婚約者はあっちになっちゃうけど。でも公妃じゃあるまいし、あんた達が婚約者から外される事はないんだから、いいじゃない!」
「その公妃になっちまったら、どう責任取るつもりだ!大体、あんたはいつもいつも、なんで余計な事しかしやがらねぇんだよ!?勝手な思い込みで母親ヅラしてしゃしゃり出て来ないで、いつも通り男遊びに勤しんでいやがれ、クソババア!」
「クライヴー!!あんた、母親に向かってクソババアって、何なのよ!?」
「クソババアはクソババアだ!!とにかく俺は絶対!そんな事認めねぇからな!」
「僕も断固、反対します!!」
「あんた達が認めなくても、私が認めてんだからいいのよ!!」
凄かった…。男女の痴話喧嘩って、ああいうのを言うんだろうか…。ってか何が凄いって、息子二人を相手取って、全く怯む事無く戦っていた母様ですよ。
もうね、よく『女は口から産まれた生き物』なんてアホな台詞があったけど、母様、真面目に口から産まれたんだねって思う。だって、兄様達の抗議やら罵倒を全て、感情論で迎え撃っていたんだから。
それにしても、クライヴ兄様はともかく、あのオリヴァー兄様が言い合いでほぼ互角…というか、劣勢になっている姿を見るのは初めてで、凄くビックリした。多分だけど兄様って、ああいう理屈が通じない相手に弱いんだろうな。
いや、普段だったらそういう相手にも有効な手段で応対するんだろうけど、完全に頭に血が上っている今の状態では、かなり厳しそうだ。
とにかく、私もジョゼフも、なるべく隅っこに移動して見ている事しか出来ませんでしたよ。…だって、下手な事言ったら、攻撃のとばっちりがきそうなんだもん。触らぬ神に祟りなしです。
最終的には、ブチ切れた母様が一言。
「いいこと!?これは、母親である、私が決めた事だから!あんたら息子共が何と言おうが、母親の権限は絶対なの!誰が何と言おうと、エレノアは王立学院に通わせます!いいわね!?」
問答無用にそう言い放つと、母様は兄様達の反論を背に、颯爽とバッシュ侯爵邸を後にしたのだった。
――台風一過。
その暴風に翻弄され、ぐったりソファーに崩れ落ちるように座っている兄様達を目にし、頭に浮かんだ言葉はまさにそれ。母様…なんて破壊力のある方なんだ。
なんて呑気にしている場合じゃない!
私は慌てて、脱力している兄様達の元へと駆け寄って行った。
「オリヴァー兄様!クライヴ兄様!しっかりなさって下さい!」
「…ああ、エレノア。御免ね、君の通学、撤回させられなかったよ…」
「悪いな。みっともない姿を見せた…」
「いいえ、兄様!兄様達は精一杯戦って下さいました!」
敗北宣言みたいな事言って燃え尽きている兄様達に、必死に「そんな事ない」という意味を込めて首を横に振る。あれは確実に、相手が悪すぎたのだ。
「…有難う。…ごめん、ちょっと補給させて…」
オリヴァー兄様は弱弱しく笑うと、私を胸の中に抱き締めた。
「オリヴァー…。後で俺にもソレ、寄こせよ」
…私は抱き枕かなにかかな?
でも、大切な兄様達が私なんぞで癒されるなら、どうぞ好きなだけ抱き潰して下さい。そういう気持ちを込めて、私もオリヴァー兄様に思いっ切り抱き着く。
「…はぁ…。まさか聖女様を使って、母から攻めて来るとは思ってもみなかった…」
文字通り、堪能するように私を抱き締めていたオリヴァー兄様の呟きに、私は首を傾げる。
「え?でも聖女様と母様、偶然お会いしたんですよね?」
「…あのねぇ、エレノア。聖女様と王弟殿下だよ?彼らが入浴している間は護衛の者達が、誰も入って来られないようにするのが普通だ。なのに何故か母上と
「そういう事。つまり、完璧に仕組まれてたって訳だ」
「ええっ!?じゃあ、私を王立学院に通わせるって、母様に言わせる為に?」
「その通り。『王家からの要請』だったら、アシュル殿下のした事を盾に突っぱねる事が出来るけど、『聖女様』から『息子と仲良くして下さいね』と『母親としてお願い』されてしまえば、突っぱねる事は難しい。いや、「王立学院に通わないから」とお断りする事は可能なんだけど、普通の貴族の母親だったら、滅多にない僥倖と、喜んで娘を王立学院に通わせるだろう。…ましてやあの母上だから…」
「ああ。あわよくば、王族の男達とお近づきになれるかも…って、大喜びで了承するよな。何にせよ、絶対的な決定権を持つ母親が、そう決めちまったんだ。俺達では、エレノアを王立学院に通わせるのを阻止する事も、リアム殿下と親しくするのを止めさせる事も不可能だ。もしお袋に撤回させたとしても、王家や聖女と一度結んだ約束事だ。口約束とは言え、反故にする事は出来ない。…くそっ!」
オリヴァー兄様からクライヴ兄様に渡された私は、クライヴ兄様に抱き着きながら、悔しそうに顔を歪める兄様の胸に顔を擦り付ける。
「大丈夫です兄様。私、王子様がどんなに素敵でも、兄様達が一番好きですから!」
「…ああ。有難うな、エレノア」
クライヴ兄様の表情から、険が少しだけ取れる。そんな兄様の頬にキスをすると、兄様は私の身体を思い切り抱き締めた。
そう、転生者として目覚めてからずっと傍にいて、私を愛し、支えてくれた兄様達。そんな兄様達を悲しませる事を、私は絶対しない。
それにしても…。
「私、あのお茶会でアシュル殿下にお仕置きされる程、残念なご令嬢をちゃんと演じていたと思うんですけど。何でここまで興味持たれてしまったのでしょうか?」
「さあ…。それは本当に、何でだろうね?」
「ああ。本当に、なんでなんだ?」
私達は揃って首を傾げるが、その時だった。私は不意に、あのお茶会であった、ある出来事を思い出した。
「あ…。そう言えば…」
「エレノア?」
「あの…オリヴァー兄様、クライヴ兄様。実は…」
私はアシュル殿下達と謁見した後、がむしゃらに王宮内を走り回った結果道に迷い、その時ご令嬢達に絡まれた召使の少年を助けた事を、兄様達に説明した。
「…と、こういう事があったのですが…。これってひょっとして、今回の事に関係ありますかね?」
私の話を聞き終わった後、兄様達は揃って頭を抱えてしまった。ジョゼフやウィルも、私を残念な子を見るような眼差しで見つめている。え?何?や、やっぱアウト?
「……エレノア…」
「は…はい?」
「この…大馬鹿者がー!!何で今迄、それ黙っていやがったー!!」
超久々に、クライヴ兄様の雷が私に落とされた。
「ひゃぁっ!!す、すみませんっ!でも黙っていた訳じゃなくて、ど忘れしていただけなんですっ!」
「余計に悪いわ!このボケが!!なに使用人を庇った挙句、自分のドレスのリボン引き千切って、手当てしてやってんだよ!?んなご令嬢にあるまじき事すりゃあ、興味持たれんのは当たり前だろうが!!」
「で、でもっ!追っ払った令嬢達には、ちゃんと高飛車に対応しましたし、その使用人の子以外、誰も居ませんでしたよ!?」
「…エレノア。王宮はね、誰も居ないように見えて、ちゃんと誰かがいるんだよ。ましてや、そんな騒ぎが起こっていれば、間違いなく王家の『影』が駆け付けていた筈だ。多分、その一部始終をしっかり彼らに見られていて、アシュル殿下方に報告が行ったんだろうね」
顔を手で覆い、ぐったりとソファーにもたれ掛かった状態で、オリヴァー兄様がそう説明してくれた。
ええっ!?あの時のやり取り、バッチリ見られていたの?!それで王子様方「面白い奴」って、私に興味を持ってしまったと。…うわぁ…。
「じ、じゃあ、あの私が演じた我儘令嬢も演技だって、バレているって事でしょうか…?」
「…多分…」
なんてこった!あの一世一代の演技が、実はバレていたとは!うわぁ…なんか滅茶苦茶恥ずかしいな。
――って!恥ずかしがっている場合ではない!
王子様方に興味を抱かれているという事は、万が一にでも王子様の目にとまる可能性があるって事だ。しかも、王妃になれそうなご令嬢が見付からなかった場合「こいつでもまあ良いか。一応女だし」ってな感じで、お持ち帰りされる可能性もあるって事なんだから。
「…ごめんなさい…」
私は小さくなって、脱力している兄二人に謝罪する。
そんな私を見た兄様達は、溜息をついた後、「仕方がないな」といった風に苦笑しながら、私の頭を撫でた。
「もういいよ。多分エレノアだったら、人がいようがいまいが、その少年を助けただろうし。それに僕もクライヴも、君のそういう優しい所が大好きなんだからね」
「ああ、そうだな。でもドレスを引き千切るのは、もうするなよ?!」
「うう…。はい。これからは気を付けます…」
「…さて。ジョゼフ、大至急父上達に連絡をつけてくれ。エレノアの緊急事態だと言えば、きっとどんな手を使っても帰って来て下さるだろうから。頼んだよ」
オリヴァー兄様は、しょんぼりとしてしまった私を抱き上げると、慰めるように頬にキスをした後、ジョゼフに命じた。
◇◇◇◇
「…なんて事だ。まさかマリアがそんな…」
夜半過ぎ。緊急招集をかけられた父親一同は、オリヴァーとクライヴに事の顛末を告げられると、厳しい表情を浮かべたり、頭を抱えたりしていた。
「う~ん…。マリアにエレノアの記憶喪失…もとい、転生者としての記憶があるという事を教えていなかったのが不味かったのかな?」
「メル、んな事教えちまったら、あいつの事だ。あっちこっちで話のネタにするに決まってんだろ。だからアイザックもわざと、マリアにはその事を伏せていたんじゃねぇのか?」
「うん、そうなんだよね…。…はぁ…。エレノア、転生者として覚醒する前は、王子様と結婚したいってよく言っていたからなぁ。マリアもきっと、良かれと思ってやったんだろうね」
なにせ転生者は非常に珍しい上、別世界の貴重な知識を持っている者も多く、国の保護対象になるケースが多い。ましてやエレノアは貴重な女性である。もしエレノアが転生者だと知られてしまえば、保護対象という名目で、王家に問答無用で召し上げられてしまうだろう。
「しかし…。今はまだ興味だけで済んでいるが、実際にあの子と接してしまえば、殿下方の興味が好意に変わってしまうのも時間の問題だろう」
メルヴィルの言葉に、その場の全員が頷いた。
エレノア自身は気が付いていないが、エレノアがごく自然に振舞う仕草、考え方、優しさは極上の蜜のように、この世界の男性全ての心を蕩けさせ、魅了してしまうのである。
実際、女性に対して、ある意味冷めているメルヴィルとグラントの心に容易く入り込み、以前はエレノアの事を嫌っていたクライヴの心を、一瞬で虜にした。更に、頑なだったセドリックの心の殻を容易く砕いてみせた事が、その事を如実に証明している。
その上、偶然出逢った第二王子ディランも、ダンジョンで出逢った少女…つまりはエレノアを妃にと切望しているのだ。
幸いディランは自分が出逢った少女がエレノアだと気が付いていないようだが、この上リアムまでもがエレノアに夢中になってしまえば、他の王子達もエレノアに近付いてくるだろう。…結果、エレノアを『公妃』にと望まれてしまいかねない。
「それを防ぐには、王立学院に行かせないのが一番…なんだけど。それは無理だろうしね…」
何と言っても、この国の崇拝の対象である『聖女』との約束事である。しかも母親の権限を振りかざされれば、夫や息子である自分達には、口出しする権利すら与えられない。
「侯爵様、父上。こうなった以上は覚悟を決めましょう。幸い、クライヴはエレノアの専従執事です。丁度エレノアと入れ替わりに学院を卒業しますので、エレノアが学院に通う間、可能な限りエレノアの傍にいてもらいましょう。僕も出来る限り、エレノアの傍にいるようにします」
「うん。そうだね。二人とも、大変だろうけど宜しく頼んだよ」
「はい、勿論です!」
「お任せください侯爵様!」
「アイザック。丁度いいから、セドリックも王立学院に通わせよう。幸運にもあの子はエレノアと同い年だし、愛しい婚約者を守る為に、きっと一生懸命頑張ってくれる筈だ」
「ああ、そりゃいい!セドリックの男振りも上がるし、一石二鳥かもな!」
「そうですね。同級生という立場でもあの子を守れるのなら、それに越した事はありません。…残る問題は、エレノアの容姿です。リアム殿下にも当然『影』が付くでしょうし、そこからディラン殿下に、探している少女がエレノアだと気付かれてしまう可能性があります」
「…という事は…やはり…」
「ええ。制服なので、あまり派手には出来ませんが、可能な限り、色々と弄りましょう。眼鏡も更に改良し、万が一にでもうっかり外せないようにして…」
「髪型はやっぱり、ドリルだよな!そんで、真っ赤なリボンのツインテールで決まりだろ!」
「髪の色合いも暗く見えるようにして、艶も無くした方が良いな。それと、不細工に見えるような化粧もした方が良いんじゃないか?」
「ええ。あまりやり過ぎるとエレノアが可哀想ですから、うっすらソバカスが散る程度にしておいてあげましょう。とにかく、エレノアの性格がバレている以上、容姿だけでも『公妃』として世間に出せないレベルと思わせなくてはいけません!」
――お茶会の悪夢、再びである。
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