第五章 王立学院編
第39話 母、来襲
「えっ!母様がこちらにいらっしゃるのですか?」
「うん。やっと調子が良くなったから、久しぶりに僕らの顔を見に来るって」
オリヴァー兄様の膝の上で、お菓子をモグモグ食べさせられていた私は、ジョゼフから渡された手紙を読み終わったオリヴァー兄様によって、母様の来訪を告げられた。
実は母様、一年前に子供を産んだ後、産後の肥立ちが悪かったらしく、ずっと温泉施設で療養していたんだそうだ。いわゆる湯治ってヤツですね。
尤も、療養生活とは言っても、私の元居た世界の湯治とは全く違い、閑静で豪華な建物でイケメンな使用人達に傅かれながら、エステや温泉、そしてパーティー三昧を満喫出来る、超豪華リゾート施設でゆったりライフを満喫していただけらしい。
父様達がちょくちょくお見舞に行っては「相変わらず、無駄に元気だった」と(主にグラント父様が)言っていたから、あんまり心配はしていなかったんだけど…。そうか。私が転生者として覚醒してから二年と半年。ようやっと母様にお会い出来るのか。
兄様達や父様達の話によれば、かなり強烈な個性の持ち主らしいから、私も気を引き締めてかからないと。
心の中で気合いをいれつつ、ふとオリヴァー兄様を見上げると、何か眉根を寄せて難しい顔をしている。
向かい側に座っているクライヴ兄様の顏も、同様に複雑そうな表情を浮かべていて、思わず首を傾げてしまった。
「兄様方、どうかされましたか?」
「ん?…う~ん。何かね、嫌な予感がするんだよね」
「嫌な予感?」
「うん。あの母が、子供の顔を見る為だけに、わざわざ来るかなって思ってね」
え?母親なんだから、子供の顔を見に来るなんて当たり前じゃないの?
そんな心の声が顔に現れていたのか、クライヴ兄様が私の疑問に答えてくれた。
「エレノア。お前はまだ、この世界の事がよく分かってないから教えてやろう。貴族の女は複数の夫なり恋人なりを持っていたら、産んだ子供は相手である父親に任せて、基本放置する。そうして別の男の元に行くんだ」
そ、そうだった!この世界は男性がイクメンだったんだっけ。
「より多くの男性と子を成すのは、貴族の女性としての義務と嗜みだからね。特に母上は、そう言った意味では最も女性らしい女性だ。だから父上達が同席しているのならともかく、僕達だけに会いに来るのが解せないんだよ」
そう、父様達は今現在多忙に付き、殆ど家に帰って来ない。
理由はというと、例の人身売買に加担した貴族達の家名お取り潰しにつき、爵位の底上げが大量に行われるからだ。
特に私の父様などは、次期宰相としての引継ぎもあるので、この一ヵ月間、まともにお会い出来た日は一日も無い。
でもジョゼフ曰く、深夜にヨロヨロ帰宅しては、私の寝顔を見ながら寝落ちし、早朝に叩き起こされ、またフラフラしながら登城するを繰り返しているらしい。
…父様…不憫すぎる…!今夜にでも、激励の手紙を枕元に置いておこう。
「あ!ひょっとして、クライヴ兄様がもうすぐ王立学院を卒業だから、お祝いにくるのではないでしょうか?」
そうなのだ。
クライヴ兄様は今年で18歳。王立学院を晴れて卒業するのである。
本当だったら、そのまま王都の騎士団に入隊の流れなんだろうけど、私が15歳になるまでは、私の専従執事として傍にいてくれるのだそうだ。
んで、無事に私と結婚したら、その後騎士団に入隊するんだって。それって普通、逆じゃない?
…それにしても…成る程。父様達といちゃつく為に来るなら納得だけど、子供達についてはあくまでオマケ的にどうでもいいから、わざわざ会いに来ないだろうと。う~ん、母性とは一体?
「あ、誤解しないように言っておくけど、母上は一応、子供達は大切に思ってるみたいだよ?どの父親にも、定期的に子供の様子を連絡させてるみたいだし」
兄様が慌ててフォローしてくれるけど、大丈夫ですよ。女子の権利と義務は、しっかり理解していますから。一人でも多くの子供を設ける事は種の繁栄の為、必要不可欠だし、その為の女尊男卑だからね。
うちの母様は多分、『母性より女性』な人で、子作りを義務とは思わず、ひたすら男性との愛の駆け引きを謳歌する上での副産物と思っているのだろう。それでも子供の事はちゃんと気にしているのだから、寧ろ母性はしっかりある方だと思って間違いない。
…でももし。私が子供を産んだ時は、父親だけに任せたりしないで、ちゃんと自分の手で育てたい。
だって、自分が産んだ大切な子供なんだよ?そんなん可愛いに決まっているし、人任せになんてしないで、目一杯愛してあげたいじゃないか。
「もし私が子供を産んだら、子供の傍にずっといて、沢山愛情注いで育ててあげたいです」
何気なく言った私の言葉に、兄様達は驚いたように目を見開いた後、頬をほんのり染め、凄く嬉しそうに微笑んだ。
「そう。エレノアは僕達の子供を産んでくれるつもりなんだね」
「そうかそうか。お前にもようやっと、そういった情緒が育ってきたか。嬉しいが、そういった事はもうちょっと先の話だな」
「へっ?…あ!」
そ、そうだった!私、いずれ兄様達と結婚する予定なんだから、当然子供は兄様達との子だよね!?つ、つまり今私、その結婚相手である兄様達に、子作り宣言しちゃったって訳で…。うわぁ…。ひ、ひょっとして私、無意識に兄様達を煽っちゃった…?
「あああ、あのっ!こっ、これは例えばの話しで…。決して、ふ、深い意味などはなく…!」
真っ赤になって、わたわたと言い訳をしている私を見る兄様方の視線はとても温かい。…うん、温かいんだけど、なんかこう…私の本能が「逃げろ」と危険信号を発している。
でも現状、私はオリヴァー兄様の膝の上にいて、身体もしっかり抱き締められていて…。つまり、逃げ場なんて無くて…。
「ひゃっ!」
そんな私の頬に、すかさずオリヴァー兄様が口付ける。そして更に、その唇はしっかりと私の唇に重ねられた。
「んっ!?」
――ち、ちょっと兄様!何やってんですか!こ、ここには私達だけでなく、使用人が何人も…って、あれ?い、いない!?嘘、何で!?確かさっきまで、ジョゼフとウィルと、他数名が…って、あいつらー!空気読んで逃げたなー!?おのれ!使用人の鑑どもめが!
「に…にい…さま…っ!」
口付けの息継ぎ(?)の合い間に、ささやか過ぎる抗議の声を上げれば、オリヴァー兄様は唇を離し、目も潰れんばかりに妖艶な微笑を浮かべ、蕩けるような甘い声で、私の耳元に囁く。
「そういう声は、男に「誘っている」と誤解させてしまうよ?」
「――!ッ~~!!」
真面目に心臓止まるかと思った…。いや、心臓止まる代わりに腰が砕けた。
「愛してるよ、可愛いエレノア」
オリヴァー兄様は、魔性過ぎる魅力にやられてヘロヘロ状態になった私の唇を散々堪能した後、解放…なんて、当然される訳もなく、私の身柄はクライヴ兄様にバトンタッチ。今度はクライヴ兄様と、存分にスキンシップする羽目になった。
いつぞやの宣言通り、兄様達の愛情表現という名の
そんな私の、いつまで経っても慣れない初心な仕草が、兄様達の萌えポイントを容赦なく刺激するのだそうで(なんだ、そのポイントは!)寧ろこれだけで済んでいるのは、兄様達の尋常ならぬ忍耐力の賜物なのだとか。
――ってか、これだけで済んでるって、それ以上の何があるというのだ!?
ジョゼフ曰く「これも花嫁修業です」だそうだけど、んな花嫁修業、あってたまるか!私の年齢考えれば、未成年淫行罪で、あんたらとっくに逮捕だよ!?
…それでも、恥ずかしさの中に、確実に嬉しいようなフワフワしたような気持が混じるようになってしまったのだ。…ヤバイ。確実に流されてしまっている。
いや、私だって、一通り恋のイロハのなんたるかは理解しているよ?でも…でもっ!教科書の知識と実践じゃ、地上とエベレストぐらいの差があるんだよ!
だからお願いです。もう少しスキンシップのレベル落として下さい。このままでは私、結婚式を無事に迎える事無く、羞恥で心臓止まってしまいます。もしくは大量出血で失血死とか…?
そんな死に方、どっちもヤですから!
◇◇◇◇
「エレノア、久し振りね!元気そうでなによりだわ!それに、大きくなって綺麗になったわね。流石は私の娘だわ!オリヴァー、クライヴ、あんた達も相変わらずいい男ね!お父様達にそっくり!」
数日後、バッシュ侯爵家を訪ねて来た母様は、私と外見がよく似た華やかな雰囲気の、底抜けに明るい女性だった。ちょっと蓮っ葉な物言いが貴族の女性らしくなくて、何だか妙に親近感が湧いてしまう。
「はい、お久し振りですお母様。お身体の方は、もう宜しいのでしょうか?」
「あー、平気平気!北の方の保養所で、ずっと温泉療養していたんだけど、あの温泉、とても効果があってね。この通り全快よ!あー、それにしても結構退屈だったけど、最終的には素敵な方々と巡り合えたから、療養生活もそれ程悪くも無かったわね!」
…うん。きっとその巡り合った素敵な方々って、次の恋のお相手達なんだろうな…。
久し振りに会う子供達に向かって、早々次のお相手の話って…。母様。話に聞いていた通り、物凄いアグレッシブな方なんですね。
オリヴァー兄様は、なんか貼り付けた様な笑顔だし、クライヴ兄様はめっちゃ渋面。…まさかと思うけど、兄様達が肉食女子を苦手としているのって、母様の影響なのかな?
「奥様、いつまでも立ち話では…。どうぞ、お座りになって下さい。奥様のお好きな茶葉を用意して御座いますから」
「あら、ありがとジョゼフ。相変わらず気が利くわね!」
「お嬢様も、相変わらずで御座いますね」
「あはは!お嬢様は止めて。もう、そんな年ではないわ!」
気の置けない者同士が醸し出す雰囲気にビックリするが、そういえば母様と父様は従妹同士で、父様は母様の筆頭婚約者だったんだっけ。ジョゼフは父様が小さい頃からバッシュ侯爵家に仕えていたのだから、きっと母様とも懇意だったのだろう。
ジョゼフに勧められ、私達はそれぞれ向かい合う形でソファーに腰かけると、早速用意されたお茶とお菓子を頂く。
今日のお茶請けは、ラング・ド・シャの中に、チーズと合わせたホワイトチョコレートがサンドされたクッキーだ。シャクシャクとした軽い歯触りと、中のチョコレートとの相性が抜群なこのクッキー。前世の北海道で有名だったあの銘菓とよく似ていて、私の大好物の一つだ。
これ、セドリックが一番得意なお菓子で、クロス子爵邸に滞在中は、毎日のように作ってくれてたから、うちに帰ってからも食べたくなって、よく作ってもらっているのだ。でもやっぱり、セドリックの作るものとはどこか違うんだよね。美味しいんだけど。
「そうそう。さっき話した、私がお知り合いになっちゃった素敵な方々、誰だと思う?」
「え、誰と言われても…」
母の事だから、物凄いイケメンだろうか? それとも、物凄いお金持ちとか?
「実はね、聖女様なの!」
「「「聖女様!?」」」
私と兄様方の声がハモる。
それにしても聖女って、乙女ゲームの王道キャラじゃないか!凄い!この世界にもいるんだ!
「確か聖女様は、この国の『公妃』であらせられるのですよね?」
――『公妃』って…。確か、王族の直系である、王と王弟全員が妃と認めた人の事だよね。って事は、王子様達の母親って事か。
「そうよぉ!で、その公妃様が、私の療養していた温泉施設に第四王弟殿下とお忍びでいらっしゃってね!」
「え!?た、確か公妃様って、王宮で監禁生活をされていらっしゃる筈では…むぐっ!
「監禁…?なにそれ」
「いえ、聖女様は公妃様になられてから、数える程しか公の場にお姿を現わさないので、そういう噂があるみたいなのです」
咄嗟に私の口を手で塞いだオリヴァー兄様が、すかさずフォローを入れた。
「ああ、それは誤解よ。聖女様は昔から、かしこまった場所とかが大の苦手だそうなの。でも災害現場に慰問に行ったり、地方の活性化をされたりと、精力的にあちこち飛び回っておられるそうよ。勿論、お忍びでだけど」
ええっ!?飛び回ってるって…。な、何か、兄様達の話しと違うような…。
「ま、それは置いといて。話を元に戻すとね。今回はお仕事ではなく、プライベートな旅行なのだそうだけど、お二人で温泉に入っておられた所に、たまたま私が入ってきて…。あ、勿論、すぐ出て行こうとしたわよ?でも、「これも何かの縁ですから」って、ご一緒させて頂けたの!ああ…お二人とも素敵だったわぁ~!特に第四王弟殿下の麗しさときたら…!」
「お袋、まさかと思うが、王弟殿下に色目使ってねぇだろうな?」
「するわけないでしょ!聖女様の伴侶でいらっしゃるのよ!?いくらなんでも、相手が悪すぎるわよ!」
…それって、聖女様の伴侶でなかったら、色目使っていたって事なのかな?
「…でね、色々お話していたら、お二人のお子様の話になってね。ほら、第四王子のリアム殿下。あの方、今年から王立学園に通われるんですって。それで私にも、殿下と同い年の娘がいるんですよって話したの。そしたら聖女様、「まあ!凄い偶然ですね!ひょっとして、娘さんも王立学院に通われるのですか?」って聞かれたから、咄嗟に「はい、そうです」って言っちゃった!」
…はい?母様、今何と言いましたか?
「って訳でエレノア。あんた、今年から王立学院に通いなさいね。聖女様と王弟殿下にも「是非、うちの子と仲良くしてやって下さい」って言われてるから、親のお墨付きで、堂々とリアム殿下と仲良く出来るわよ。頑張って王子様をモノにしなさいね!良かったわね~!あんた、昔から王子様と結婚したいって言っていたもんね。どう?嬉しいでしょ?」
私は思わず目が点になった。兄様達はと言えば、真っ青な顔で絶句している。
そんな私達の様子を気にするでもなく、母様はニコニコ上機嫌な様子で、優雅にお茶を飲んだのだった。
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