第38話 それぞれの報告

とっぷりと夜が更けた頃。私達がバッシュ侯爵家に帰ってくると、父様、メル父様、グラント父様が勢揃いして私達を出迎えてくれた。


どうやらオリヴァー兄様だけでなく、父様達も私への違和感を感じていたらしい。

オリヴァー兄様から、私と話し合いをする事を事前に知らされていた父様達は、お茶の用意をさせた後、早速私達に話し合いの結果を聞いてきた。


「…そうか。エレノアは転生者だったんだね」


オリヴァー兄様から説明を受けた父様が、静かに頷いた後、口を開く。


「はい、そのようです。父様、今まで黙っていて申し訳ありませんでした」


ちょっと緊張した面持ちで、私は父様と対峙する。そんな私に対し、父様はいつもしているように優しい笑顔を私に向けてくれた。


「いや、僕の方こそ気が付いてあげられなくてごめんね。父親失格なんてもんじゃないな、情けない。…可愛そうに。ずっと不安だったんだろう?」


そう言われた途端、再びうるりと涙腺が緩んでしまった。


「父様…。私を娘と…『エレノア』として、認めて下さるのですか?」


「当たり前だろう!?むしろ、「もう父様とは呼べません」なんて君に言われでもしたら、僕はこの世の全てに絶望してしまうよ!君は僕のたった一人の、この世の何よりも大切な宝物なんだから!」


「父様…!」


大好きな父様を今迄通りに「父様」と呼べる。その事が、こんなにも幸せで嬉しい。


「父様…有り難う。私も大好きです!」


ギュッと抱き付けば、父様が嬉しそうに私を抱き締め返しながら、頬にキスしてくれた。


「成る程、そっか。転生者だから、普通の女の子とはまるで違ってたんだな!」


「うん、実に興味深い。でも結局の所、エレノアはエレノアだよね」


「だな。俺達にとってもお前は、可愛くてたまらない大切な娘だよ」


「メル父様…。グラント父様…!私も父様達の事、大好きです!」


そう言って二人の胸に抱き着くと、二人とも私の父様に負けず劣らずといった甘い顔で、嬉しそうに私の頬にキスをしてくれた。

…当然の事ながらその後、オリヴァー兄様とクライヴ兄様が、父様達から私を引っぺがしたんだけどね。





その後、皆が興味津々と言った様子で私自身の事や、私の前世の世界についてあれこれ尋ねてきたので、私は一生懸命それに対して回答していった。


前世の私『真山里奈』が、実は兄様達より年上である事。私の暮らしていた国には階級などは無い事。魔法とか精霊とかの類はなく、その代わり科学と言う力を使い、鉄の乗り物が地上を高速で走ったり、空を飛んだりしていた事…等々。皆それに対し、いちいち驚いたり感心していたりしていたけど、一番驚いていたのはやはり、男女の比率だった。


「それじゃあエレノアがいた世界では、女性は男性と同じ数だけいたのか!?」


「はい。勿論、女性の少ない国もありましたけど、それは男尊女卑的な考えから、男子が尊ばれた結果そうなったのであって、普通の国で女性は男性とほぼ同数いました」


更に、寧ろ一部の国では一夫多妻が当たり前だったり、一般的に女性達も、より好条件な男性に選ばれる為、化粧やファッションを駆使して自分を美しく磨いていた…と説明したら、その場の全員が、絶句して固まっていた。


ま、そりゃそうだよね。この世界では、まんま逆だもん。なんせ男性が女性に選ばれる為に、遺伝子レベルで自分磨きしてるんだから。


「だからこの国の…というか、この世界の女性の立ち位置というか、待遇が凄すぎて、正直今でも戸惑ってます。前世の世界では、こんなに素敵な男性がゴロゴロいるなんて有り得ませんでしたから」


「素敵な男性がゴロゴロって…」


オリヴァー兄様がドン引きした顔しているけど、本当だよ?


「特に兄様達やメル父様、グラント父様なんて、もし私の前世の世界に生まれていたら、一国を滅ぼす程の傾国男子になっていたと思います。というか、世界を牛耳れます!」


「け、傾国…」


「世界を牛耳るって…」


兄様達や父様達が更にドン引き顔で汗を流しているけど…いや、本当ですって。

だって、兄様達レベルだったらマジで、男も女も骨抜きになっちゃいそうだもん。


ちなみにうちの父様だったら、傾国とはいかずとも、国を代表するスーパーモデルには余裕でなれます。そう言ったらなんか父様、複雑そうな顔をしていた。


ついでに私は、ずっと疑問に思っていた事を逆に皆に聞く事にした。


それはすなわち、兄妹間での結婚について。

やはり女性が激減したから、兄妹や姉弟で結婚するようになったのだろうか。


「いや?遥か昔、男女の差がそれ程無かった頃から、当たり前のように結婚していたよ。むしろ、エレノアの住んでいた世界では無かったの?」


「ある…所はあるかもしれません。大昔では、当たり前のように行われていた国や地域もあったと聞きます。ですがそれも、血が濃くなり過ぎるという事で世界中で忌避されるようになって、今では殆どの国で兄妹同士の結婚は行われていません」


こっちの世界と違って、女性の数も足りてるしね。


「ふぅん…成程。こちらでは血の繋がりよりも、魔力の系統が同一なのが忌避されるね。例えばエレノア、君のお父上であるバッシュ侯爵様の魔力は『火』だろう?もしエレノアが侯爵様の魔力を継いで『火』の魔力持ちだったとしたら、『火』の魔力を持っている僕とは結婚出来なかったんだよ」


――え?!そうだったんだ。


この世界では兄妹婚そのものはタブーじゃなくて、タブーなのは兄妹同士が同じ系統の魔力を持っているか否かって事だったのか。


なんでも血の繋がりがあると、同じ系統の魔力持ち同士で結婚した場合、生まれた子供の魔力濃度が異常に高くなってしまい、魔力暴走を起こしやすくなってしまうんだそうだ。

下手すると母体も危険な状態になってしまう為、兄妹では同じ系統の魔力持ち同士は結婚出来ないんだって。


対して、私とセドリックとは血の繋がりが無いから『土』の魔力保持者同士でも結婚出来るんだそうだ。寧ろ安定した強い魔力を子供に継承出来るから、結婚相手には同系統の魔力保持者を狙えって、子供達に推奨している親は多いんだって。


成程ね。やはり住む世界が違うだけで、常識も何もかもまるで違ってくるんだな。…って、そうすると、兄様達が私と婚約したのって…。


「防波堤が必要だったからじゃなかったんだ…」


ポツリと、何気なく呟いた台詞に、オリヴァー兄様が素早く反応する。


「エレノア。前から疑問だったんだけど、防波堤って何?」


「え?いえ。オリヴァー兄様もクライヴ兄様も、妹の私をわざわざ婚約者にしたのって、私を自分達に突撃してくる女性達への防波堤代わりにする為だろうって思ってまして…」


その瞬間、オリヴァー兄様とクライヴ兄様の顔色が変わった。


「エ、エレノア?!じゃあ君、僕達との婚約、何だと思ってたの?!」


「お前!俺達があんだけ、好きだの愛してるだの言ってたのに、全く分かってなかったのか!?」


「え、えーと…。兄様達の好きだの愛しているだのは、妹への溢れんばかりの愛情からだと思ってました。婚約に関しても、兄様達に相応しいご令嬢が現れるまでの間、肉食女子達から兄様達を守る立派な防波堤になろうと思って、お受けしたというか…」


私の言葉に兄様達は呆然自失となり、父様達は爆笑した。


「おいおいおい、こりゃ傑作だな!クライヴ、オリヴァー、お前ら本当、エレノアに愛されてるなー!『兄』として!」


「グラント、あまり本当の事を言ってやるな。エレノアの元居た世界では、兄妹婚は一般的じゃなかったんだから仕方がないだろう。…くく…でもまぁ、確かに笑える…。愛は愛でも、兄妹愛にしか思われていなかったなんて…!」


うわぁー!父様方!息子達の殺気が半端なく貴方がたに向かってますよー!?相変わらず、息子達に対して容赦ないな、この人達!


え?私の方が兄様達のHP削ってるって?だ、だって…仕方がないじゃないか!兄様達が私の事、『妹』としてではなく、本当の本気で女性として、す…好きだったなんて…思ってもみなかったんだから!


そんな事を考えながら、羞恥に顔を赤くしている私に兄様達は据わった目を向ける。あ、これ不味いパターンだ…。


慌てて父様の元へと避難しようとした私の身体は、ガッチリとオリヴァー兄様に捕獲された。


「エレノア…。どうやら僕らは甘かったようだ。まさか君が僕らの愛情を全く感じられていなかっただなんて…」


「い…いえっ!に、兄様方の愛情は、バッチリ感じておりましたとも!!」


「という訳で、この反省を踏まえ、これからは君が泣こうが喚こうが婚約者として容赦なく攻めていくから、そのつもりで。それこそ僕達の愛情を疑うなんて愚かな事を、砂粒一つ程も考えられないようにしてあげるから」


「全くなぁ。まさか大切な婚約者に、他の女に安易に惚れる節操無しと思われていたとは…。まだ幼いからって、手心加えていた俺らが甘かった。お前が直球で攻めないと、明後日の方向に思考が暴走するって、よーく分かった!オリヴァー同様、俺も今後は容赦しねぇから、覚悟しておけよ?」、


容赦しないって…い、一体、何をですか!?


に、兄様方…。物凄い笑顔が恐いです!顔の半分、陰入ってます!そ、それに…。今迄以上にガンガンに攻められたら私…羞恥で死にますって!!


「あ、あのね…オリヴァー、クライヴ。エレノアも悪気は無かったと思うから、程々にしてあげて…」


「「侯爵様は黙ってて下さい!」」


「…はい…」


父様!ヘタレんの早いな!可愛い娘の為に、もっと頑張って下さいよ!!


「大丈夫。さっきの話だと、エレノアは外見はともかく、中身は僕達よりも年上なんだろう?だったらそれぐらい、何てことないよね?」


うぐっ!た、確かに。前世で言えば、私の精神年齢は兄様達よりも上だけど、経験値は歳相当というか、それ以下なんですよ!?兄様だって、それ知っているくせに!鬼だ!鬼畜だ!あっ!ちょっ、待って!早速スキンシップって…おでこにキス止めて!ク、クライヴ兄様までー!その手は何ですか!?私の顎だの頬だの擽らないで!猫じゃないんですよ!?


わーん!この人達絶対、私弄って楽しんでる!え?可愛がってるだけだって?だったら、とっととやめて下さいよ!これって私の世界じゃ、セクハラって言うんですからね!?


兄様達のバカー!!





◇◇◇◇





「父上、失礼致します」


アルバ王国の首都である王都。その中央に聳え立つ白亜の城の中。王族達の中でも、ごく近しい身内のみが足を踏み入れる事が出来る、居住スペースの中の一角に、更に王家直系達のみしか入る事の出来ない場所がある。


あらゆる魔力干渉を無効化出来るよう、代々の直系達が、あらゆる魔力を注ぎ込み、代々の魔導師団長達に「なんだここ、無茶苦茶恐い」と言わしめた、王家プライベートの要塞空間。

ここが実は、代々の王族達が自分の伴侶を囲う…もとい、守る為に施された結果、こうなってしまったという事実を知っている者は少ない。


その中にある一室。重厚だが、そこを使う者達がのんびりと寛げるようにと配慮された、豪華な室内には、第一王子アシュルの父であり、三人の王弟を忠臣として従えるこの国の『王』アイゼイアが、王弟達とのんびり寛いでいた。


アシュルの父だけあって、アイゼイアは豪奢な金髪と澄んだ水色の瞳を持つ、大変に見目麗しい容姿を持った壮年の男性だ。

だがその見た目は若々しく、アシュルの父親というより、少し年の離れた兄に見えなくもない。


「ああ、アシュル。久し振りだな」


「はい、父上。お寛ぎの最中、申し訳ありません」


「いや、いいよ。お茶を用意させるから、お前もこちらにお座り」


普段、謁見の間で見せる厳格な態度と違い、その声や表情は大切な身内に向けた、柔らかで温かなものだった。


「やあ、アシュル。元気そうで何よりだ」


「今日は、アシュル」


「デーヴィス叔父上。フェリクス叔父上もいらっしゃったのですか。あ、でもレナルド叔父上は?」


「レナルドなら、我らが愛しの『公妃』が温泉に行きたいと言うから、護衛がてらついて行ったよ。最もアレは最後まで「一人で行きたい!」って駄々をこねていたがね」


「母上らしいですね」


苦笑しながらも、愛しそうに最愛の妻の様子を語る父と、父同様に甘く微苦笑を浮かべた叔父達を見て、アシュルも目を細める。


王と王弟達が『公妃』に選んだ女性こそが、自分達兄弟を産んでくれた母であり、この国の王妃だ。彼女は『癒しの力』を有する聖女としてもその名が知られていて、『公妃』でありながら自分自身の意志で行動する権利を、王家から直々に与えられてもいる。


「ところで、何か用かい?ひょっとして例の件の報告かな?」


「はい。ディランと影達が捕縛した貴族やその配下達の尋問は全て終了しました。それぞれに吐かせた情報を総合し、犯罪者達の洗い出しはほぼ完了したかと…。後程、詳しい報告書を提出致します」


アシュルの言葉に、王と王弟達はスッと目を細める。


――この国において、決して犯してはいけない犯罪に手を染めた恥知らずな罪人達。


直接悪事に加担した者はもとより、その直系である子供や伴侶達も、次代に禍根を残さぬ為と他の貴族達への見せしめの為、全員死罪と決まっている。


「そうか、ご苦労だった。今回はお前とディランに全て任せてみたが、概ね及第点だな。罪人達の裁きは我々が後を継ごう。…しかし、奴等も愚かな事をしたものだ」


「全くですね。しかし、高位から下位まで、取り潰す家が多い。兄上、早急に爵位の格上げと地方で辣腕を振るう有能な人材の発掘を行わなくてはなりません。まずは元々決まっていたバッシュ、クロス、オルセン。これらの家の爵位の格上げから行うとしますか」


「そう言えばアシュル。バッシュ侯爵と言えば、例のご令嬢には、だいぶ苦戦しているようじゃないか?」


からかうように、そう話を振ってきた叔父は、第二王子ディランの父親であるデーヴィスだ。彼もディラン同様、燃えるような紅い髪と瞳を持つ、ディランとよく似た精悍な面持ちの美丈夫だ。


この叔父は、主に王であるアイゼイアの右腕として常に傍で王を支えているので、他の叔父達よりもアシュルと会う機会が多く、その分気さくに接してくれる…とは聞こえがいいが、常に自分をからかって遊ぶのを趣味にしている、困った人だった。


「ええ、まあ…。己のやらかしが、今更ながら悔やまれますね」


そんな叔父に苦笑しつつも、正直に胸の内を吐露する。


一年前の、末の弟であるリアムの誕生祭を兼ねたお茶会。


その席で、自分が将来側近にと目を付けていたオリヴァーとクライヴの妹であり、彼らの婚約者でもあるエレノアを揶揄った事があったのだが、その結果、エレノアとの接触をありとあらゆる手段を使って跳ね除けられてしまう事態となってしまったのだ。


友人達を困らせる我儘娘に、少々お仕置きをしてやろうと思ってやった事だったのだが…。後に彼女は、ただの我儘娘ではないという事実がリアムと影の報告で判明したのだった。


それはそうだ。


ただの我儘娘が、召使の恰好をしたリアムを自ら助け、自分のドレスのリボンを引き千切ってまで手当をするなんて有り得ない。というか、貴族令嬢としても有り得ない。


しかも普通のご令嬢ならば、誰もが見惚れる程の美しさを持つリアムに対し、「顔が綺麗だと苦労するわね」なんて同情した挙句、そのまま立ち去るだなんて、有り得ないどころの騒ぎではない。一体全体、どんなご令嬢なんだと興味が湧くのも当然だ。


だが、ちょっとした悪戯とはいえ、アシュルは公衆の面前で彼女に恥をかかせてしまったのだ。


男性が女性を侮辱した場合、その女性の傍に近寄る事はおろか、一生涯口すら聞いてもらえないのが普通だ。そしてそれは、王家と言えども例外では無い。


ましてやアシュルのした行動は「王家はお前を妃にする気など、毛頭ない」と、直接宣言したに等しい。お陰でそれを逆手に取って、オリヴァーには徹底的にエレノアとの接触を妨害されているのだ。


もう会う事もないだろうから…と、軽い気持ちで行った悪戯。それがまさか、こんな形で自分の身に跳ね返ってくるとは思ってもみなかった。お陰でとばっちりを喰らった形のリアムには、未だにチクチクその事を責められている。


「ふふ…。アシュルが手こずるなんて、流石はあのクロス子爵ご自慢の息子なだけあるな。そう言えばディランも、今回の件で天使に出逢ったそうじゃないか?」


落ち着いた雰囲気と溢れんばかりの大人の色気を醸し出しているもう一人の叔父、フェリクスは、黒髪と翡翠色の瞳を持つ、第三王子フィンレーの父親だ。


彼は普段、他国との外交を主に担当している為、滅多に王宮にいる事は無い。だがフィンレー同様、魔術の才能に特化している為、魔力通信を使って報告や情報をよく送ってくる。それゆえ、久し振りと言う感じがあまりしない。


「はい。それも報告書に記載しますが、とても素敵な少女だったみたいですね。あのヒューバードまでもが絶賛していましたから。なんでもディランに、「その子と結婚するから寿退社させて欲しい」と、冗談を言ったそうですよ。ディラン曰く「絶対、あれはマジだった!」だそうですけど」


「ほぉ…!あのヒューバードがか?」


「それは凄いねぇ!」


「はい。私も大変に興味をそそられました。ですが残念な事に、かの少女の素性はおろか、生死さえもハッキリとは掴めておりません」


途端、アイゼイア達は揃って眉根を寄せた。


「影達を使ってもか?」


「はい。分かっているのは、少女がかなりの剣の使い手であるという事。『土』の魔力保持者と言う事。それと、王都の貴族もしくは騎士の家系に連なる者であろう…と言う事だけです」


「へぇ?何故王都の…しかも貴族か騎士の家の子だと?」


「彼女は自分の剣に、魔力を込めたそうです」


「剣に魔力を!?」


その場の全員が、驚愕の表情を浮かべる。

それはそうだ。オルセン将軍が提案したその剣技は今現在、この王都の騎士達や一部の貴族達のみが使える高度な技だからである。


だがそうは言っても、アシュル自身も彼女が王都の人間かどうか、まして貴族に連なる者なのかという点では、未だ確信を持てていない。


もし彼女が自分の推察した通りの人物だとすれば、年齢から言って、リアムのお茶会に参加していなくてはおかしい。


そうでなくても、女性の数は少ないのだ。そんな風変わりで魅力的な少女がいたとして、噂にならない訳がない。勿論、少女の家族が総出で彼女という存在をひた隠していたとすれば、話は別だが。


「…成る程な。それにしても、少年の姿をしたり、騎士顔負けの剣技を披露したりと、随分規格外なご令嬢だ。バッシュ侯爵令嬢と張るな」


張るも何も、どちらも本人なのだから当然なのだが、幸か不幸かそれに気が付く者は誰一人いなかった。


「ええ。しかも、とても素直で可愛らしい子だったそうですよ。あのディランが、「見付け出したら、絶対嫁にする!」って息巻いてますからね」


「リアムに次いで、ディランも気になる相手を見つけたか。めでたい事だが…アシュル、お前は誰かいないのか?」


「いませんね。…というか、見つかる気がしません。なんせ私の理想は母上ですから」


キッパリと言い切ったアシュルを、王や王弟達は微妙な顔で見つめる。


「…それは…。確かに厳しそうだな」


「アシュル。何度も言うが、アレを基準にしてたら、お前はいつまで経っても独り身のままだぞ?」


「そうですね。ですから父上、私がそういう女性に出逢う可能性を増やす為にも、少し協力して頂けませんか?」


そう言うと、アシュルはクライヴが言う所の『胡散臭い笑顔』を浮かべたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る