第36話 三人目の婚約者

大浴場で倒れてから3日後、兄様達の休暇もそろそろ終わるとの事で、私達はバッシュ侯爵家に帰る事になった。


ちなみに父様達は、一足先に帰っている。…というか、部下達から「あんたら、いーかげん、帰って来いや!」と苦情が殺到したから渋々帰ったというか…。う~ん…それってなんだかなぁ…。


それぞれが、『宰相補佐官』『魔道師団長』『軍部総大将』なんて大役を拝命しているのに、あんなユルユルで大丈夫なんだろうか。

しかも、あんな国と国を巻き込んだ人身売買騒動があったばかりだってのに…。我が父達ながら心配だよ。


「罪を犯した貴族達を裁くのは王家の仕事だからね。だから父上達は、公にはあの事件にあまり関わらなかったんだよ」


その疑問をオリヴァー兄様に尋ねた時、返って来た返事がこれである。


「それって、貴族が貴族を裁くのは色々と問題があるからですか?」


例えば、派閥のパワーバランス的なものとか…?


「その通り。エレノアは賢いね」


あ、誉められた!なんかちょっと嬉しい。


「今回は貴族の捕縛から取り調べ、断罪に至るまで、全て王家直系が動いたらしい。それにこの問題が戦争に発展した訳ではないからね。だから父上達も積極的には動かず、のんびりしていたのだと思うよ」


「あ、戦争にならなかったんですね!良かった!」


この世界の中でも、このアルバ王国は特に女性至上主義な国だし、兄様達も父様達も、この件に関しては私が巻き込まれた事もあって激おこだったから、国を挙げてリンチャウ国を血祭りにするかもって、実は凄く心配していたんだよね。


いや、あの国がどうなろうと知った事ではないんだけど…。あの国に暮らしている、ちゃんとした人達や、当然いるであろう女性達が犠牲になるのはちょっとね…。それに戦争ともなれば、この国の人達だって無傷ではいられないだろう。


なんにせよ、人と人とが傷つけ合うのは、やっぱり嫌なものだし。


「うん、しないよ。そもそもあの国とうちとでは、国力が違い過ぎて話にならないし、属国にするのも面倒ばかりで利益にならないから、莫大な制裁金を課して手打ち…って所じゃないかな?」


「え?でもそれじゃあ、拐われたりした女性達は…」


「うん。だから、到底払いきれない額を吹っ掛けるんだよ。「減額して欲しければ、お前の国に拐われた、我が国の女性達全員を無事に返せ」って条件をつけてね」


な、成る程。つまりは駆け引きなんだ。


でも、流石に全員返ってくるのかな?まあ、あっちの国も必死に探すだろうけどさ。なにせ、賠償金が高くなるか安くなるかの瀬戸際なんだから。


「…まあ最も、全員が無事に戻るなんて、有り得ない話しだけどね。亡くなった女性や傷付いた女性も沢山いるだろう。そういう人達の数だけ制裁金は加算されるだろうから、結果的に減額どころか倍増するんじゃないかな?」


おお!つまりはこれっぽっちも、減額する気は無いってことですね。まあ、そりゃ当然か。


「賠償金のツケは国民に増税としてのし掛かり、やがてその不満は国や権力を持つ者に向かうだろう…。どの道、あの国はもう終わりだね」


冷たい表情で、そう言い放つオリヴァー兄様。


そうか…。もし、あの国の国民に不満が芽生えた時、『誰か』がどうしてこうなったのかという『真実』を、あちらこちらで囁くだけでいい。そうすれば彼らの怒りの奔流は、国に向かって押し寄せ、国は怒りの渦に飲み込まれて崩壊する。


つまりアルバ王国は『被害を受けた』と制裁金を請求するだけ。ただそれだけで、あの国を内部崩壊へと導く事が出来るのだ。


――国一つを滅ぼす程の怒りの深さ。


あの時、ディーさんが女性の事を『我が国の宝』と言っていた。

その宝を汚ならしい欲望の為に踏みにじられたのだ。ディーさん達の怒りは、そのままこの国に生きる男性全ての怒りなのだろう。


…その『宝』の中に、私なんかが入っていて申し訳ない気もするが。


まあ、一応女だし、よしとしてもらおう。兄様方、今後とも宜しくお願い致します。




――で、色々と本題が逸れたが、クロス子爵邸最終日の本日。とある少年(と私)の、一世一代の大イベントが控えているのだ。


それは何かと言えば…そう、セドリックが私に婚約の申し込みをする日なのだ。


数日前、こっそり大浴場に忍び込んで湯当たりでぶっ倒れた時、偶然聞いてしまったオリヴァー兄様とセドリックとの会話。


セドリックはあの時、筆頭婚約者であるオリヴァー兄様に、私への婚約の申し込みの許可を貰っていたのだった。


あの後、なんだかんだで婚約の申し込みは行われず、滞在最終日ギリギリの今日になってしまった。

それは何故かと言うと、セドリックが私のとんでもない姿(つまり裸)を目撃してしまった為、恥ずかしさのあまり、私をまともに見る事が出来なくなってしまったからだ。


セドリック少年…。こんな、どこもかしこもつるんとしたキューピー体形に、そこまで照れてくれるなんて…どこまでも純情なんだ。お姉さんは感動したよ!流石はまだ穢れていないだけの事はある。


…まあ…ね。かくいう私も恥ずかしさはある。あるのだが、「むしろこんな貧相な身体を見せてしまって済みません」という気持ちの方が強い。


オリヴァー兄様なんて、色々凄い女性教師達とのアレコレを経験しているし、モテまくっているから、さぞや目が肥えていらっしゃるに違いない。そんな方に、湯に浮かんでいるマッパで目を回したキューピーを見せてしまったのだ。その衝撃たるや、相当のものだったに違いない。


自分の婚約者のあまりにも残念な姿を目にして、兄様も「こんなのが自分の婚約者…」と、さぞや落ち込んだであろう。本当に申し訳ない事をした。


そんな諸々の思いを込めて「本当に申し訳ありませんでした」とオリヴァー兄様に謝った時、「頼むから、もう二度とあんな事をしないでくれ。心配で心臓が止まるかと思ったし、何より今度また同じような場面に遭遇したら、自分を抑えられる自信が無い」と、溜息交じりに言われた事からも分かる。


きっと兄様は「今度同じ事したら、婚約破棄を思い止まる自信がない」と言いたかったのだ。


だから私も「その時はどうぞ、遠慮なさらないで(婚約破棄して)下さい」と返したのだが、何故か兄様は絶句された後、真っ赤になってしまった。(あのオリヴァー兄様が!)


「え…。本当に、いいの?」


「はい!覚悟は出来ています!」


そんなやり取りをしていたら、傍に居たジョゼフに「お嬢様!はしたのう御座いますよ!?」と叱られてしまったのだが、何がどうはしたなかったのか、未だ持ってよく分からない。


…いかん。またまた話が逸れてしまった。


そんな訳で今現在、私はオリヴァー兄様とクライヴ兄様の立ち合いの下、セドリックと互いに緊張しながら向かい合っている。


なんせ、これから行われる事を私が知ってしまっているのだから、サプライズを演出しての、甘くドキドキなプロポーズ大作戦…とはいかず、私達の周囲はまるで、これから決闘をするかのような謎の緊張感に包まれている。


「…エレノア…」


意を決したように、セドリックが緊張した面持ちで一歩前に踏み出す。そしてその場に片膝をつき、私の右手をそっと手に取った。


「僕はこれから貴女に相応しくなるべく、誠心誠意邁進していきたいと思っております。どうか、共に歩む未来を僕に頂けませんでしょうか?」


途端、私は顔と言わず身体全体が真っ赤になった。


うわぁ~!!こ、これから何が起こるのか。分かってはいても、やっぱ照れる!羞恥で死ねる!堪えろ!私の鼻腔内毛細血管!


「あ…あ…あの…っ!セ、セドリック…」


「はい?」


「あ、あの…ね、申し出は嬉しいんだけど…。もうちょっと、お互いを良く知ってからでも、遅くないんじゃないかなーって思うんだけど…」


いやね、私も色々考えたんだよ。こんな会ったばっかりな上、碌なトコ見せてない女と、何でセドリックは婚約したいのかなって。


で、思いついた訳です。


ひょっとしたら、セドリックは肉食女子が苦手だから、大好きで尊敬している兄さん達が婚約しているんなら安パイだろうって事で、私で手を打ったのかなって。オリヴァー兄様もクライヴ兄様も、あんまり肉食女子好きじゃないみたいだし。


もしその考えが当たっていて、妥協で婚約を決めたんだったら、セドリックには是非とも一歩踏みとどまって、冷静に相手を知ってからにして欲しいって、そう思ったんだよ。

だってこの世界って、女は好きなだけ男捕まえて、気に入らなければ婚約破棄も容易く出来るのに、男からは婚約破棄出来ないって言うんだから。


まあこの世界、そもそも婚約破棄しようとする男そのものがいないんだけどね。なんせ女性が少ないから。


「…それは。エレノアは僕と婚約したくないと、そういう事なのでしょうか?」


うっ!捨てられた子犬のように、悲し気な顔で見つめないでくれっ!したくないとか、そういうんじゃなくて、君が後悔しないかって事が心配なだけなんだよ!


「し、したくない訳じゃ…ない…です」


途端、沈んだ表情がパッと明るくなった。…うう…可愛い…。


「エレノア。確かに僕はまだ、貴女の事を十分に知らないかもしれません。でも、僕の貴女への想いは嘘偽りではありません。僕は生涯、貴女だけしか愛さない。貴女さえいれば、僕はもう誰もいらない」


うあぁぁぁ!!び、美少年の口説き文句!レベル高い上に破壊力半端ない!!


こんなまだ小さい内から、こんな殺し文句を連発出来るなんて…。なんというスキルの高さ!こ、これが男子の嗜みというやつなのか!?うう…い、いかん…。こんな女子にとっての夢のシチュエーション、喪女には刺激が強すぎて…鼻血が出そう…!


「貴女には僕の永遠の愛と共に、生涯僕が作るお菓子を捧げさせて頂きます」


その途端、羞恥でぐらんぐらんだった脳内がピンと冴え渡った。


「え?!お菓子…?」


「はい。貴女が一番好きだと仰った、僕の作るお菓子です。それを何時いかなる時でも、貴女が望むものを、なんなりと作って差し上げます」


え?マジで?!言っちゃなんだけど、セドリックの作るお菓子って、どれもこれも本当に、私好みのドストライクで、超美味しいんだよ。それを、私が望めば何時でも何でも作ってくれるっていうのか?それも一生?!


「…えっと…。例えばだけど、セドリックが知らないお菓子を再現するって事は…?」


恐る恐る問いかけた私に、セドリックはニッコリ満面の笑顔で頷いた。


「はい。どのようなお菓子でも作ってみせます」


その途端、私の脳内には、ありとあらゆる和菓子の姿が浮かび上がって来た。


どら焼き、カステラ、きんつば、三色団子、芋羊羹…。あれらをまた食べられるかもしれない…?いや、ひょっとして、煎餅を食べる事も夢じゃないと、そう言うのか?!


「と言う訳でエレノア。改めて、僕と婚約して下さい」


「はいっ!喜んで!」


私は欲望に負け、即決した。


ごめんよセドリック。きっと君は将来、私と婚約した事を後悔すると思う。だけど、私の輝けるスイーツ・パラダイスの為、尊い犠牲となって下さい。


「…成程。確かに、セドリックにしか出来ない事で勝負に出たね」


「ああ。なんともエレノアを知り尽くした斬新な作戦だ。セドリックの奴、中々やるじゃねぇか」


――それにしても、まさかお菓子で婚約者を釣るとは…。


その作戦を思いついたセドリックにも脱帽だが、本当にお菓子で釣られるご令嬢がいるとは思ってもいなかった。


「クライヴ…。僕はまだまだ、エレノアの事を理解出来ていなかったようだね」


「いや、アレを理解出来る奴って、あんまりいないんじゃないのか?」


「…ひょっとしたらセドリックが、その理解者第一号になるかもしれないね」


婚約にではなく、まだ見ぬスイーツへの期待に夢を膨らませ、目をキラキラさせている愛しい妹と、それをニコニコしながら見守っているセドリックの姿を見ながら、兄二人は揃って汗を流したのであった。


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ちなみに、エレノアが最初にセドリックに強請ったのはどら焼きです。


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