第31話 お友達になりましょう

私からダンジョンでの出来事を聞いた後、父様達は何やら話し合いがあるとか言って部屋を出て行ってしまった。


そして、それと入れ替わるようにセドリックが訪ねて来た。手には何やら、美味しそうなお菓子が乗ったトレイを持っている。


「エレノア様、少し宜しいでしょうか?」


「はい、セドリック様。私は全然構いませんよ」


むしろ暇していたので、喜んで迎え入れる。断じて、彼が手に持っているお菓子が気になったとは言わない。


「あの…。エレノア様が、甘いものがお好きと兄から聞きまして。お口に合うか分かりませんが」


そう言って、私の横に控えているウィルに渡してくれたトレイの上には、美味しそうな苺をふんだんに使ったスィーツが沢山並べられていた。


――おおっ、これは…ッ!


苺のミルフィーユ。こちらはフレッシュな苺のクリームをふんだんに使ったケーキ。わぁ…!苺のマカロンもある!


「有難う御座います!とても美味しそうです!」


目をキラキラさせ、取り敢えず…と、手にしたマカロンを口に入れる。すると濃厚な生クリームと、苺の甘酸っぱさのハーモニーが口の中一杯に広がる。外側のマカロンもあまり甘くなく、サクサクしていて凄く美味しい…。至福…。


「如何でしょうか?」


ちょっと不安そうな顔をしたセドリックに、エレノアは満面の笑みを向ける。


「凄く美味しい!こんなに美味しいマカロン、初めて食べました!」


私の言葉に、セドリックはホッとした様子でニッコリ笑顔を浮かべた。


「それは良かったです。頑張って作った甲斐がありました」


「え?作った…って、これ、全部セドリック様が?!」


「はい。僕、お菓子を作るのが趣味なもので。…あの…。エレノア様に、大変失礼な事をしてしまったお詫びになればと思って…」


私はポカンとした後、セドリックの発言により、またしてもぶり返してしまった羞恥に顔を赤くした。


しかし…それにしても、このお菓子を目の前の少年が作ったというのか。どう見てもプロのパティシェが作ったと言われても遜色ない、完璧な見た目と美味しさだ。


私が感心しきりでお菓子とセドリックをまじまじと見ていると、セドリックはちょっと困り顔で笑った。


「引かれましたか?あの兄達の弟である僕の趣味が、お菓子作りなんかで」


「へ?」


キョトンとした私に、セドリックは少し顔を俯かせる。


「僕はオリヴァー兄上と父親が同じなのに、兄上と違って父上の素晴らしい資質を全く受け継ぐ事が出来ませんでした。魔力の才能も、剣術の才能も…強烈なカリスマも…」


独白のようなその言葉は、間違いなく彼の本音であろう。まだ会ったばかりの私に対して弱音を吐かずにはおれない程、彼は己を苛む劣等感を抱いているのだろう。


「…確かに、セドリック様はオリヴァー兄様やメルヴィル父様とは似ておりませんが…」


ピクリ…と、セドリックの肩が揺れるのを見ながら、私は言葉を続けた。


「それでも、セドリック様にはセドリック様にしか出来ない、素晴らしいものが沢山あると思います。例えば、強い『土』の魔力をお持ちな所とか」


「僕の『土』の魔力ですか?」


「はい。クロス子爵領は、ダンジョンがとても多い領地です。その『土』の魔力がきっと、ダンジョンの視察や管理にとても役に立つでしょう。それに、このお菓子を作る才能とかもそうです。私、今迄食べた中で、このお菓子が一番好きです。美味しいだけじゃなくて、食べるとホッとする優しい味です。まるで、セドリック様の優しいお心のようですね」


セドリックは私の言葉に目を丸くした後、顔を真っ赤に染めた。その目は信じられないものを見た様な、驚きの色を浮かべている。


「そ…んな事…初めて言われました。母にはそんなものを作っている暇があったら、魔術の一つでも覚えろと…。クロス子爵家の血を引く者として、情けないと…」


「あら?ひょっとして同じ様な事を、メルヴィル父様に言われましたか?」


「…それは…ありません…。でも、きっと心の中では、僕の事を情けないと思っておられるかと…」


「いえ、メルヴィル父様だったら、思ってたら腹に溜めたりせず、直にズバッと相手に伝えている筈です。大切な身内であるのなら、なおさら馬鹿正直に!」


「ば…馬鹿正直…」


「そうです。だから言われていないという事は、本当にそう思っていないという事だと思いますよ?」


だってねぇ…。メル父様、ああ見えて凄くおちゃめな性格しているんだよね。


自分が面白ければ、息子であろうと義理の娘であろうと、容赦なく弄るし、煽るし、からかうし。今迄どんだけ、オリヴァー兄様がメル父様にブチ切れているか、セドリックに見せてやりたいぐらいだ。


「オリヴァー兄様やクライヴ兄様には?何か言われた事ありましたか?」


「…いえ。お菓子を作って差し上げると、いつも「有難う、美味しいよ」って…」


「でしょう?兄様方はとても優しい方達ですし、メルヴィル父様同様、大切な弟に嘘なんて言わない筈です」


「大切な…弟…」


「そうだ!私がちゃんと動けるようになったら、一緒に兄様方に稽古をつけて貰いませんか?私、オリヴァー兄様からは魔術操作を、クライヴ兄様からは剣の稽古をつけて頂いているんです」


「えっ!?エレノア様が剣を習っておられるのですか!?」


「そうですよ。私、女だてらに剣を習っているんです。淑女としてはあまり褒められないですよね。でも、好きだし楽しいからやってるんです。セドリック様と一緒ですね」


そう言うとセドリックは絶句し、それから少し顔をくしゃりと歪めた。


「エレノア様と…同じ…か。そう…ですね」


「ねえ、セドリック様。私とお友達になって頂けませんか?」


「えっ!?ぼ、僕が…エレノア様の…ともだち…?!」


「はい。私、年齢の近いお友達が一人もいなくて、ずっと寂しかったんです。セドリック様とお話するのはとても楽しいですし、もしセドリック様がお嫌でなければ…」


「い、嫌なんて!!…そのっ…ぼ…僕でよろしければ…喜んで!」


おお、物凄い真っ赤になっているよ。う~ん、可愛いな。思わず顔が緩んでしまいそうだよ。


「あの…エレノア様…」


「『様』は要りません。私達はお友達同士なのですから。これからは普通に『エレノア』と呼び捨てにして下さいませ」


「えっ!?そ、そんな…」


「それでは、私も貴方の事は『セドリック』と呼びます。ね?セドリック。これからよろしくね!」


砕けた口調でそう言ってニッコリ笑うと、セドリックは暫く呆けた後、ふんわりと、凄く嬉しそうな顔で笑った。ああ、この優しい笑顔。父様みたいで本当に癒されるなー。


「分かりました。…これから、宜しくお願いします。エレノア」


私達は顔を見合わせ、互いに笑い合った。






◇◇◇◇





「ああ、本当に美味しかった!ご馳走さまでした!」


お手製のお菓子を全部食べ切り、満足顔の私を見ながら、セドリックが嬉しそうに笑う。


「ふふ…。エレノアは本当に美味しそうに食べてくれますね。作った甲斐がありますよ」


「あら、だって本当に美味しいんだもん!ね、セドリック。よかったらまた作ってね?」


「はい。言われずとも、毎日作らせて頂きます。…その…。今回のお菓子だけでは、お詫びにならないと思いますし…」


ま、まだ気にしているのか!もういい加減そこ、引きずらないで欲しい。それにまだ、微妙に言葉遣いが固いよ。もっと気楽に接して欲しい。ほら、リラックス、リラックス!


「ど、努力はします。…あの、婚約者がいらっしゃるご令嬢は…エレノアの年齢では…その、口付けなどは挨拶程度にされていたりするもので…。まさかまだとは思いもよらず。ましてや、その…婚約者があの兄上方だったもので…。勘違いが恥ずかしいというか…。兄上達にも申し訳なくて…」


そこまで言うと、セドリックは真っ赤になって俯いてしまった。


まあ、そうだよね。婚約者差し置いて唇奪っちゃったら、いたたまれなくもなるよね。ましてや、それが兄の婚約者だったらなおの事申し訳なくて、どうしていいか分からなくなるかもしれないな。


…それにしても、私以上の恥じらいっぷりに、なんだか自分の羞恥心も忘れて笑いがこみ上げてくる。ふふ、可笑しいねセドリック。私が口付けが初めてだと知る前は、あんなに普通に堂々としていたのに。


そこでふと、私は思いついた事を聞いてみた。


「セドリックは…えっと、ひょっとして、経験あるの?」


「経験?」


「あの…口付けの…」


「あ、はい。ありますよ。男子としての嗜みですから」


そうだよね、セドリック、カッコいいもん。そりゃキスの一つや二つ…って、ん?


「嗜み…とは?」


「僕達男性は、女性と接する為に必要なマナーを成人する前から学び、実践しているんです。何時いかなる時でも、女性に恥をかかせる事の無いように」


…なんか、話の流れがおかしい方向に向かっている気がする。女性に恥をかかさない…って…。それって、ひょっとしたら…。


「…え~っと、その…。く、口付けも、そのマナーの一つ…なのかな?」


「はい。初歩のマナーの一つですね。でも口付けにも段階がありまして、実は僕、まだ上級までは教わってないんです」


口付けにランクってあるのか!?上級ってまさか、いわゆるディープなアレ?!


「…という事は、これからまだ色々と習われると?」


恐る恐るそう尋ねると、セドリックは当然といった様子で頷いた。


「はい。平民の男性の場合はよく分かりませんが、貴族の男性はそういうマナーを専門に教える方に、ひととおりの事は教わります。その後は自分なりに見識を深めたり、技術を向上させていったりするみたいですね。エレノアも、そういった話は他の方々やお母上に、色々聞かされているのでしょう?」


『何を?』とは、恐ろしくて聞く事が出来ない。いやまあ、想像はつくけどさ。


つまり…『男子の嗜み』って、いわゆる…『恋のいろは』って事で…。まあ要するに、エ…エッチな事!?


…まあねぇ…うん。女性に誘われたり誘ったりした時、そういう経験しといた方が有利だもんね。そんでもって、テクニックは無いよりあった方が断然いいよね。それで相手を夢中にさせてしまえばこっちのもんだし…って!あああっ!なに考えてんだよ私!


でもっ、でも…!そういった生々しい情報を、まさかこんな純粋無垢っぽい少年の口から聞く日が来ようとは…!もう、どうしたらいいんだ私は!頭ん中、パニック状態だよ!


――…待てよ?って事はまさか。


「あの…という事は、兄様方も…?」


「はい、当然されています。特にオリヴァー兄上は、どの先生方にも絶賛されていて…」


「セ、セドリック様!その辺で、どうか!」


ウィルが真っ青な顔で、セドリックに待ったをかける。


「え?どうしたの、ウィル?」


「エ、エレノア様は誰からも、そのようなお話をお聞きになっていません!」


「…え?」


「ですから!男女間における、そこら辺の裏事情は全くご存じないのです!口付け一つで、あれ程恥じらわれていたのですよ?!お察し下さい!」


そこで初めて己の失言に気が付いたセドリックが、慌てた様子でエレノアの方を振り返る。が、時すでに遅く。エレノアは能面の様な顔で、自分の世界に浸りながら何やらブツブツ呟いていた。


「そう…そうか…。そうだよね。してない訳ないよね…。どの先生からも絶賛って…。オリヴァー兄様…一体どんな凄技を…?!他のご令嬢とはやましい事はしていないって言っておきながら、しっかり済ませていたとは…。いや、それは勉強だからノーカンという事なのか…?」


「あ…あの…。エレノア…?」


「お、お嬢様…?」


恐る恐るといった様子で、セドリックとウィルが声をかけてくる。が、妄想に脳内を支配されたエレノアは止まらない。


「…クライヴ兄様だって、あんなに女に興味ないって言っていたのに…。はっ!ま、まさかウィルも…?勉強と称して、口では言えない色々な事を…」


「おっ、お嬢様!?そ、そのような目で私を見ないで下さい!」


――そのような目…とは?


「…ウィル…」


「は…はい?お嬢様…?」


「暫く…一人にして下さい。他の方々や兄様方にも、暫く私のお部屋に来ないようにと伝えておいて。お食事は、お部屋の前に置いておいて下さい。後で自分で食べますから」


「お、お嬢様~!!」


この世の終わりの様な悲壮な声を無視して、ベッドの中に潜り込む。…うん、寝よう。寝て落ち着こう。それが一番だ。


その後、ウィルから説明を受けた兄様達や父様方が血相を変え、必死にドアの前で何やら喚いていたらしいが、夢の世界へと強制的に旅立った私の耳に入る事はなかった。


===================


もう、お分かりかと思いますが、セドリックはど天然です。悪気無く、兄達を地獄に叩き落としました。

そして、未だ穢れていない(…)という事で、セドリックだけはエレノアに入室禁止されなかったので、暫くの間、セドリックがせっせと給仕係をやっていました。

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