第30話 ダンジョンで起こったあれこれについて
あの後、兄様達ばりにボロボロになってしまっていたウィルとダニエルとも再会し、互いの無事を喜び合った訳なのだが、二人とも私以上に号泣していたのには参った。ウィルに至っては、床に崩れ落ちて泣きじゃくっていたもんな…。
ちなみに、ルーベンは色々な場所に奔走しているとの事で不在だったので、今度会った時に感謝の言葉を伝えようと決意する。
そうして、まだちょっと頭はぼんやりするし、身体もまともに動かせない状態だけど、移動するには問題が無いと判断した兄様方により、私達はクロス子爵本邸へと移動する事になった。
万が一の事を考え、私はセドリックによって追加の魔力を注いでもらう。…勿論手から。(残念だなんて思ってないからね!)
バッシュ侯爵邸に戻るのかと思ったのだが、あちらにはセドリック並みに『土』の魔力量が多い人がいないから、念の為クロス子爵邸に行く事になったとの事。ちなみに、父様達はもう既にクロス子爵邸に到着しているらしい。
そして馬車の中。ローブにすっぽり包まれ、オリヴァー兄様の膝に抱き抱えられている私の目の前には、なんか俯いてしまっているセドリックが座っていた。たまに目を合わせると、顔を赤くして慌てて目を逸らしてしまう。
どうやら彼、私のファーストキスを奪ってしまったと知って恐縮してしまったのか、あの後からずっとこんな感じなんだよね。
あれは私の命を救う為にした事で、人工呼吸のようなものなのだから、本当に気にしないでって言っているんだけど…。それでも態度は変わらずじまいだ。
本音を言えば、もっとあっけらかんとしていてくれた方が、こっちの心情としても有難いんだけど…。だって、そんな態度取られていたら、私もいつまで経っても羞恥心がこみ上げてきてしまうじゃないか。
まあ幸い、馬車に揺られている間は殆どウトウトして過ごしていたから、あまり意識しなくて済んだけどね。
――それにしてもこの二人、似てない兄弟だなって思う。
オリヴァー兄様と、母親違いの兄弟だというこのセドリック少年。彼にはオリヴァー兄様やメルヴィル父様と似た所が一つも無いのだ。
いや、オリヴァー兄様とクライヴ兄様も似ていないけどさ。
私が今迄見て来た男の人達は皆、その大抵が父親と容姿が似ていたから。だから、父親とも兄とも似ていないセドリックは、とても珍しい部類なのではないかなって、そう思ったのだ。
――家族の中で一人だけ似ていないのって、結構辛いよね。
それにオリヴァー兄様って、この顔面偏差値が異常に高い世界の中でも突き抜けた美貌の持ち主であり、その容姿は完璧にメルヴィル父様譲り。尚且つ、ほぼ実の兄弟同然に暮らしていたというクライヴ兄様も、美しさの種類は違えどオリヴァー兄様とタメを張る程の美形だ。
セドリックの容姿とて、この世界の顔面偏差値からすれば、かなり上位にランクインするレベルなんだけど、悲しい事に身内のだれもが顔面偏差値が化け物クラス。これじゃあ、嫌でも自分と比べちゃうんじゃないかな?
実際、オリヴァー兄様と話をしている時も、やはりどことなく一歩下がったような感じが見受けられた。オリヴァー兄様とクライヴ兄様の間にある、ごく自然な信頼感や距離感がこの少年からはあまり感じられない。
さもありなん。私だって、もしこの人達の弟という立場だったら、兄様達とどんだけ仲が良くたって「どんな拷問だよ!」っていじけてしまうだろう。嗚呼…。私、つくづく女の子で良かった。
『まあ、兄弟だからと言って、誰もが仲が良い訳じゃないけど…。でもこの二人、別に仲が悪いって訳でもなさそうだしな…』
この世界の仕組みは未だによく分からない。そんな自分が口を出すべきではないのだろうが、この優しそうな少年とオリヴァーとの距離がもっと縮まって欲しいと、そう思ってしまう。なんと言っても、セドリックは自分の命の恩人なのだし。
そんな事をつらつらと考えている内に、馬車はクロス子爵邸へと到着したのだった。
◇◇◇◇
馬車がクロス子爵邸に到着するのを待ち構えていたように、大勢の召使や騎士達、そして私の父様やメルヴィル父様が屋敷の前に勢揃いしていた。
「エレノアッ!!」
私がオリヴァー兄様に抱き抱えられながら馬車から降りてくると、血相を変えた父様が駆け寄ってくる。そして、オリヴァー兄様から渡された私を労わるように抱き締めてくれた。
「エレノア…。私のエレノア…!よく…よく、無事でいてくれた…!」
「父様…!ごめんなさい、ご心配をおかけしてしまって…」
「いいんだ。お前が謝る事じゃない。エレノア、お前がこうして無事で私の腕の中にいる。それだけで十分なんだから」
「う…ふっ…と、とうさまぁ!」
いつも私に笑顔を向けてくれている、優しい父様。そんな彼が、泣きそうな顔で身体を震わせている。
私は申し訳なさと安堵感から、小さな子供のように父様に抱き着き、大声で泣きじゃくった。
「バッシュ侯爵様。この度は我々の力が及ばず、ご息女をお守りする事が出来ませんでした。心よりお詫び申し上げます」
その言葉に、涙でぐしゃぐしゃな顔で振り向くと、オリヴァー兄様を筆頭にクライヴ兄様、ウィル、ダニエル、そしていつの間にかルーベン達が地面に片膝を着き、こちらに向かって深々と頭を下げているのが見えた。
「兄様!父様、ち、ちがうんです!兄様達は私を必死に守ろうと…!私が無茶をして!」
「うん、分かってる。オリヴァー、クライヴ、そして他の者達も顏を上げて欲しい」
その言葉に兄様達は顔を上げ、覚悟を決めたような真摯な表情を真っすぐと向けてくる。そんな彼らに向かって、父様はとても優しい笑顔を浮かべた。
「私もメルヴィルも、大体の事情は把握している。君達が悪くないって事は、ちゃんと知っているよ。それよりも、君達が一人も欠ける事無く無事でいてくれた事を、私は心の底から嬉しく思う。…よく、私の娘を守ろうと戦ってくれた。最大限の感謝を君達に捧げる」
「侯爵様…!」
グッと、何かを堪えるように顔を歪める兄様達に、父は再度優しく微笑むと、その横に立っていたセドリックにも優しく微笑んだ。
「君がメルヴィルのもう一人の息子か。確かセドリックと言ったね。有難うセドリック。君のお陰で娘の命は救われた。オリヴァー達同様、最大限の感謝を君に捧げる」
そう言って深々と頭を下げた父様を見て、セドリックは物凄く動揺しながら顔を赤らめさせた。
「い、いえっ!僕は…たまたま『土』の魔力を持っていただけで…。それに、人として当たり前の事をしただけです!ど、どうぞお顔をお上げ下さい!」
そんなセドリックを、オリヴァー兄様とクライヴ兄様が優しい顔で見つめている。うん、私も物凄く感謝していますよ。セドリック、本当に有難う。
「セドリック、私からも礼を言おう。今回、お前がいなければエレノアの命を救う事は出来なかったかもしれん。本当に、よくやった」
メルヴィル父様が、オリヴァー兄様達のような優しい顔でセドリックを労う。セドリックは緊張したような、でもとても嬉しそうな表情を浮かべた。
「メルヴィル父様…」
「エレノア。本当に大変だったね。無事で良かった」
そう言うと、メルヴィル父様がやや強引に父様から私を受け取り(奪い取り?)、優しく抱き締めてくれた。私もメルヴィル父様に抱き着き「心配かけて、ごめんなさい」とお詫びしたら、めっちゃ色気全開の蕩けそうな笑顔を浮かべ、頬にキスされた。
当然、私の顏は瞬時に真っ赤になった。幸い、まだ本調子では無かった為、鼻血は噴かずに済んだが、本当に顔面破壊力が半端ないよな、この人は。
「メル、もういいだろ。僕の娘返してくれない?」
「何だ、まだ良いじゃないか。私にとってもエレノアは義理とはいえ、大切な娘なんだから。もうちょっと無事を喜ばせてくれよ」
「父上、こんな時まで貴方という方は…。少しは自重なさって下さい!」
ジト目になってる父様に、しれッと返すメル父様。やや険のある口調のオリヴァー兄様。何だかいつもの日常が一気に戻って来たような感覚に、私は小さく笑った。
◇◇◇◇
その後、私はクロス邸の客間に運ばれたのだが、「ベッドに入る前に、身を清めたいんじゃないかな?」とオリヴァー兄様に提案され、一も二も無くそれに飛びついた。
なんせ聞いた話によると、あのダンジョンから私が戻って来てから丸二日経っており、その間、顔や服から見える部分をタオルで拭くだけだったというのだから。
…ちなみに、服をしっかり着替えさせられていたのは、私の心の平穏の為にも誰がしてくれたのか…という事は、敢えて聞かないでおきました。
――で、当然の事ながら、兄様方や父様方の入浴介助の申し出を丁寧に固辞させて頂いた私は、父様に付き従って来た私の唯一のお風呂係であるジョゼフの手を借り、お風呂場へと向かった。
「う…わぁ…!す、凄いッ!!」
ジョゼフに抱き抱えられながら訪れた浴場に、私は感嘆の声を上げる。
どうやらクロス子爵領は温泉が豊富に湧き出る地域らしく、なんと!日本でいう所の温泉かけ流し大浴場なる光景が、目の前に広がっていたのだった。
世界一の風呂好き民族出身者とあっては、もうそりゃあ、大興奮ものですよ。だって、温泉だよ?温泉!それが個人宅(と言っていいレベルの家ではないが)に備え付けられているんですよ!?全くもって、最高か!!
そんなエレノアの喜びように、ジョゼフは目を細める。
「お嬢様、それ程気に入られたのなら、深さもさほど無いようですし、今度お一人で入浴してみますか?」
そうジョゼフに言われ、テンションMAXになってしまった私は、ついうっかり「入りたいです!泳ぐの楽しみ!」…なんて言ってしまったのだった。
当然の結果というか、ここに滞在している間の一人入浴禁止を言い渡されました。…うう…無念。
そうしてジョゼフの手によって全身磨き上げられ、サッパリした私は客間の豪華なベッドへと寝かされた。
「それじゃあエレノア。疲れているだろうけど、君の身に起こった出来事を詳しく話してくれるかい?」
父様に髪を優しく撫でられながらそう促され、私はその場にいる人達。父様、メルヴィル父様、オリヴァー兄様、クライヴ兄様達に、今までの出来事を出来るだけ詳しく説明した。
私に仕えていた男が仕出かした企み。偶然出逢った冒険者達に助けられた事。そして、リンチャウ国の人身売買組織が我が国の貴族達と結託し、女性を密売している事などを。
「…成程ね。魔力を封じられているのに、どうやって別のダンジョンから魔獣を送り込むなどという、高度な芸当をやってのけたのかが気になっていたのだが…ダンジョン妖精を使ったか。それにしてもアイザック。今回の件は君の手落ちだったね」
メルヴィル父様の言葉に、父様が苦渋の表情で頷いた。
「ああ、メル。その通りだ。僕の判断が甘かったばかりにエレノアだけでなく、君やグラントの大切な息子達をも危険な目に遭わせてしまった。…今度は間違えないよ」
何を間違えないのか。…多分だが、あの男への制裁の事だろう。最も、その張本人は、クリスタルドラゴンによって殺されてしまっているのだけれど。
「それにしても、リンチャウ国か。あの国は女性を男の所有物として扱い、『金と力のある者が女を得る』というのを信条としている、世界でも極めて珍しい粗暴で悪評高い国だった筈。それゆえ女性の出生率が極端に低く、有能な人材も育たず、人口減少に歯止めがかからないと聞いていたが…。まさか我が国に入り込み、女性を買い漁っていたとはね」
…成程。この国のみならず、女性を大切にする国が圧倒的に多い中、私の前世で言えば一夫多妻というか、男尊女卑がまかり通っている珍しい国という事なのか。
私は、私達を襲ってきたあの男達を思い出していた。
この世界の男性達が子孫を残す為、必死にDNAを進化させ続け、基礎能力は言うに及ばず顔面偏差値すら底上げしているのに対し、そのリンチャウ国では、能力ではなく力で…すなわち暴力と金で女を服従させ、子を産ませているというのだ。
そういった男達が女を独占しているのであれば必然、優秀なDNAはあまり受け継がれなくなるだろうし、生まれ辛いとされる女性だって、増々生まれなくなっていくだろう。結果、人材と女性の枯渇で、国家衰退の憂き目に遭っている…と、そういう事なのだろう。
――しかし、腹立つな。
そうなったのは、リンチャウ国の自業自得じゃないか。なのに、他国に来て女性を不法な手段で入手し、挙句にろくでもない連中に売り払うなんて。そんなの決して許される事ではない。悪魔にも劣る所業だ。
でも、それにも増して許せないのは、そんな連中に手を貸しているこの国の貴族達だ。
父様達や兄様達も、みな一様に怒りの表情を浮かべている。普段にこやかに笑っているメルヴィル父様も…ひえぇ…目が笑ってない。こりゃ、ガチギレだ。
「父上、あの男の手の者を生かして捕らえております。一刻も早く奴等と手を組み、女性の売買に手を染めていた貴族共の洗い出しを!」
「いや、その必要はない。既に王家の命を受け、グラントが王家直轄の『影』達と共に事に当たっている。どうやら、貴族達の洗い出しもほぼ終わっているみたいだよ」
「え…何故!?この件は、我々しかまだ知らぬ筈では…」
オリヴァー兄様が明らかに動揺している。確かに、まだ何日も経っていないのに、犯人達の洗い出しまで終わっているなんて。一体どういう事なんだろう。
「エレノア」
「はい?メルヴィル父様」
「君をダンジョンで助けてくれた冒険者達だけど、確か名は…」
「ディーさんとヒューさんです。お二人とも、とても強かったです!」
エレノアは、あのダンジョンで出逢った二人の事を思い出し、思わず微笑んだ。
彼らがいなかったら間違いなく、自分は無事ではいられなかっただろう。本当に、感謝してもし切れない。
「そう。で、二人の特徴を話してくれるかい?」
「えっと、ディーさんは、凄く鮮やかな赤い髪と目をしていました。年は…オリヴァー兄様やクライヴ兄様と同じくらいだったかな?それとヒューさんは、黒髪黒目で目付きが凄く鋭い方でした。ディーさんもヒューさんも精悍な顔立ちをされている、とても美しくて優しい方達で…あれ?父様方、どうしたんですか?」
何故か、その場の全員が微妙な表情を浮かべている。あれ?オリヴァー兄様とクライヴ兄様、なんか表情消えてますよ?何で?
自分達を不思議そうな顔で見つめるエレノアを他所に、この場の全員が、とてつもなく嫌な予感を感じていた。
だって、それはそうだろう。エレノアが語るその冒険者の特徴に、思い当たる人物がいるのだから。
しかも、それが皆の想像している人物であるのならば、何故王家がそんなにも早く行動を起こせたのか、その説明が簡単についてしまうのだ。
「…エレノア。優しかったって、具体的にどんな?」
オリヴァーが内心の動揺を悟られないよう、努めていつもの口調で尋ねる。
「えっと、具合が悪くなった私を一生懸命介抱して下さって、焼きマシュマロとか作って下さいました!私の実年齢を相当低く勘違いされていたのか、わざわざ手ずから食べさせて下さいまして…。ちょっと恥ずかしかったんですけど、凄く美味しかったです!あ、でもやっぱり私の事、怪しいって疑っていたのか、色々質問されました」
「へぇ…。例えばどんな?」
「えっと…。年齢とか、私の好きなものとか、興味のある事とか…。あ、それと結婚相手はいるのか…とか?」
――しっかり、目を付けられている!!
全員が心の中で絶叫する。
間違いない。いや、ダンジョンにアルバ王国が指定する保護魔獣である、クリスタルドラゴンがいた時点で気が付くべきだったのだ。
エレノアが出逢った人物が、この国の第二王子、ディランであるという事を。
そして、そのディランが間違いなく、エレノアを『女性』として気に入ってしまったという事実を。
――しかし、なんという運命の悪戯なのか。
まさか、王家からエレノアを遠ざけたくて観光がてらダンジョン視察に行ったというのに、その所為でよりにもよって、一番会わせたくなかったうちの一人と出逢ってしまったなんて。
「…メル。あの男の実家、徹底的に潰すから」
「…うん。私も全面的に協力するよ」
アイザックとメルヴィルは取り敢えず、その切っ掛けを作ってしまった元凶への復讐を最優先事項とする事を決意したのだった。
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