第25話 本日は、お日柄もよろしく?

「お…お前…。エルが女の子って、それマジか?」


「マジです。だいたいそういうものを見抜くのも、私の仕事の一つですからね」


「……」


ディーは、エルことエレノアをマジマジと見つめる。


少し癖のあるヘーゼルブロンドの髪は短く切り揃えられており、大きな黄褐色の瞳は、まるでインペリアルトパーズのようにキラキラしている。健康そうな白い頬は、焚火にあたっているせいか、薄っすらピンク色に染まっていて…。全体的に見て、とても愛らしい。それに確かに、言われてみれば、全体的に丸みがあるし、男にしては華奢だ。


だが、やはりいまいち信じ切れない。


だいたい、平民にしろ貴族にしろ、女が生まれたら真綿でくるむように大切に育てるし、恋人ないし夫を得るまで、極力外には出させない。

それは希少な女性を不法な手を使っても手に入れようとする輩や、身分が上位の望まぬ相手に、大切な娘が見初められてしまうのを防ぐ為だ。特に平民や下級貴族などは、その傾向が強い。


極端になると、デビュタントや結婚式によって、初めて娘がいたことを周囲が知るといった話もあるぐらいだそうだ。


だからこそ、この目の前にいる少年が、実は少女であるという事実が信じられないのだ。

いや、ヒューがそうだと言うのなら、確実にそうなのだろうとは思うが、何故にこんな可愛らしい少女が男装などしてまで騎士見習いなんかしなければならないのか。とてもじゃないが、理解できない。


「ディー様。試しにお一つどうぞ。そうすれば、私の気持ちがお分かりになるでしょう」


そう言われ、マシュマロの刺さった小枝を手渡される。

ディーは躊躇しながらも、エルに向かってマシュマロを差し出した。


「…え~と…。喰うか?」


エルは俺とマシュマロをキョトンと見つめた後、ボンッと音がするぐらいに顔を真っ赤にさせた。


「え…あ…あの…」


面白いぐらいうろたえているその様に、うっかり悪戯心が湧いてきてしまう。


「何だ?ヒューなら良くて、俺じゃあ嫌なのか?」


「いいい、いえっ!そ、そうじゃありませんっ!」


「じゃあ喰えよ。マシュマロ好きなんだろ?ほれ、あーん」


ちょっと強引にマシュマロを食べさせようとしてみると、エルは恥ずかしさからか、更に顔を赤くさせながらモジモジしだした。


…おい、何なんだ。この可愛い生き物は!?うっかり新たなる扉が開きそうになってしまうじゃないか。


横をチラリと見てみれば、ヒューが口元を手で覆って顔を背けているのが見えた。…お前もか。お前もなのか!?


やがて、意を決したように、エルが俺の差し出したマシュマロをパクリと口に入れる。


「…えと…。美味いか?」


「お、美味しい…です」


「――ッ!!」


――可愛い顔を真っ赤にさせて、しかも潤んだ上目遣い…だと!?


おま…ッ!ガキのくせしやがって、なんて恐ろしい仕草をしやがる!俺だから良かったものの、他の野郎共だったら、間違いなくこの場で押し倒されていたぞ!?


見ろ!俺の隣の男を。心なし呼吸が荒くなっているのが手に取るように分かる。おい、正気に戻れ。お前、いつもの冷静沈着さはどこいったんだよ!?


「…ヒュー…。お前の気持ちは、十分理解した…!」


「…分かって…下さいましたか…」


「?」


口元を手で覆い、顔を赤くして萌えに震える男二人に、エレノアはキョトンとした不思議そうな顔で首を傾げた。





◇◇◇◇





その後、何故か微妙になってしまった空気の中、エレノアはディーから質問攻めにあっていた。


「エル、お前、年は?」


「え?11歳です」


「好きなもんとかあるか?趣味は?」


「甘い物が大好きです!えっと趣味は、兄との剣術及び体術訓練です。他にも魔力操作の訓練とかも少々…」


「剣術と体術の訓練か…。いや、いい趣味しているな」


「有難う御座います!いずれは自分一人の力で魔物を狩るのが目標です!」


「…そうか…」


ニコニコと嬉しそうに笑うエレノアに、思わず相好を崩しまくってしまうディーを、ヒューが見えない位置から突く。


『ディー様。鼻の下伸び切ってますよ』


『…ヒュー…。ヤバイ。素直で可愛くて戦えるなんて…。こんな理想の女がこの世に存在していたとは…!』


『ディー様、気持ちは分かりますが落ち着いて下さい。肝心な質問がまだです』


『ん?ああ、そうだったな』


ディーは顔を引き締め、次の質問に移る。


「エル、お前…その、決まった相手とかいるのか?」


「え?決まった相手…って…」


「まあ、ぶっちゃけ結婚相手だ」


「け、結婚相手?!…え~っと…」


「いるのか?」


「…はぁ…。兄…いえ、姉が…」


「ふ~ん…」


――え?何?このお見合い的ノリな質問の嵐は。


しかもさっきから、二人でコソコソ何やら話し合っている。あれか?やはり私の正体が怪しくて、探りを入れているのか?


まあ、そりゃそうだよね。私、仕える領主様の名前も、自分の姓も名乗っていないんだもん。きっと私から色々情報を聞き出して、後で色々調べようと思っているんだろうな。でも、情報は多ければ多い程良いって言うけど、私の結婚相手まで聞き出す必要ってあるのかな?


…でも出来れば、私がバッシュ侯爵令嬢だって事はバレたくないんだよね。


ここまで世話になっちゃったんだし、地上にも送ってもらえるみたいだから、どっちみち正直に話さないといけないんだろうけど、でもそしたら、「何のために男装したんだ!」って、兄様達に怒られそうな気がする。


――済みません、兄様方。でも緊急事態でしたので、不可抗力です。


『私が本当は女だって知ったら、この二人もドン引きだろうなぁ…。』


男装してダンジョン探検やってるお嬢様なんて、どう考えてもアウトだろうし。


お茶会であれだけダメ令嬢を披露してしまった後だし、「あそこのお嬢さんは…」ってヒソヒソされるのが目に見えてる。これ以上悪評がたったら、真面目に嫁の貰い手が無くなってしまうだろう。


…いや、兄様達がいるけどさ。でも所詮は防波堤代わりのなんちゃって婚約者だしなぁ…。はぁ…。今世も、また寂しいお一人様人生かぁ…。


そんな時、空気を読まずにミノムシ妖精が話しに割り込んで来た。


『おい、いい加減に戯れてるのを止めて、私の半身を解放しろ!』


「…それ、まんまアンタに言いたいんだけど…」


私達は、揃って妖精にジト目を向ける。


さっきまでリンゴと戯れていたのは、一体誰なのかと問い詰めたかったが、確かにいい加減、約束を守ってやらなくてはいけないだろう。


「それにしても、この光の玉が貴方の半身な訳だ…」


『と、いうより、私の『力』そのものだ』


「へぇ…。そうなんだ」


私はマジマジと、鳥籠を見つめた。


「綺麗だね」


『…そうか?』


「うん。まるで宝石みたい。あ、そんな事より、ちょっと待ってて。私の剣で切れるか試してみるから」


エレノアは腰の脇差を鞘から抜こうとした。


「エル。お前、その妖精の『力』を解放してやるのか?」


「え?はい。そういう約束でしたから」


「…それは、あまり良いとは言えないな」


「え?」


『何だと!?どういう意味だ人間!』


気色ばんだ妖精に、ディーさんが鋭い眼差しを向ける。おお…凄い迫力。クール系美形って、怒るとめっちゃ凄みが増すよね。


「理由はどうであれ、お前がやらかした事で、エルと仲間達は死にかけたんだろう?そんな相手に、取引と称して己を解放させようなど、おこがましいとしか俺には思えん。それに、妖精は平気で嘘をつく。今、お前の『力』を解放させて、俺達を襲わないとどうして信じられる?」


ディーさんの指摘に、ミノムシ妖精はグッと黙り込んでしまった。


まあ、確かにね。そもそも私は何の関係もないのに巻き込まれて、命の危険があったのだ。それは否定しない。


――…でも。


私はオリハルコンの脇差を引き抜くと、一点集中、気合を込めて鳥籠に向かって振り下ろした。


パリン…。と、まるで陶器が割れるような不思議な音を立てながら、鳥籠がバラバラと崩れ落ちる。すると、中にいた光が勢いよく飛び出すと、何故か私の周囲をクルリと一周した後、そっと頬に触れてきた。


私の頬に柔らかい温かさを残した後、光はミノムシ妖精の方へと飛んで行くと、周囲を嬉しそうにクルクル回りだした。


そうして光の玉はミノムシ妖精と同化するように、包み込むと、周囲を一瞬、太陽のように眩く照らした後、フッと消滅してしまった。


光の残滓がキラキラと降り注ぐ中、ディーさんが呆れたように私を見つめ、溜息をつく。


「…行ったか。ったく、お前は恐れ知らずというか、なんというか…」


「だってそれでも、彼は約束を守って、わた…僕をここに連れて来てくれました。だから僕も約束は守ります」


「ならばせめて、地上に無事に出るまで解放しなければ良かったんだ。万が一、お前達を害そうとした連中に襲撃された時に備えてな。あの妖精も、『力』がお前の手元にある以上、お前の指示に従わざるを得ないだろう」


「…でも、そんな事をしたら…僕はあの悪党どもと同じになってしまいます」


そもそも、あの妖精は無理矢理『力』を奪われ、意に添わぬことを強要され続けて来たのだ。だから人間そのものを恨んでいた筈。でも、それは当然だ。私だってもしあの妖精と同じ立場だったら恨むだろう。


それでもあの妖精は私の事を信用し、取引に応じてくれた。


なのに、私が自分の保身の為にあの妖精との取引を反古にし、その信用を裏切ってしまったなら、きっとあの妖精は永遠に人間を信じられなくなってしまうだろう。そんなのは嫌だな…って思ったのだ。とても。


「…なあ。もし、俺達がお前を助けてなかったら、同じ事を出来たか?」


痛い所を突かれた。確かに、ディーさんに助けられなかったら、真面目に命がいくつあっても足りなかったし、地上にも、どうやって出たらいいのか途方にくれていただろう。


「う~ん…。その時は、土下座でもなんでもして、また契約してくれるように拝み倒します。無事に帰ったら、山程果物贈呈するとか条件付けて」


こんな時なのに、呑気にリンゴ漁って食べていたから、その条件ならかなりいい線いけてたと思うんだよね。


途端、ディーさんとヒューさんが同時に噴き出した。


「はははっ!命令じゃなく、拝み倒すってか!成程な!」


「斬新な手ですね。ですが、非常に効果的かもしれません」


「そ…そうですか?」


う…う~ん。爆笑しているけど、褒められた…っぽい?


ディーは、笑っている自分達を不思議そうに見ている少女を目にし、胸に温かいものがこみ上げてくるのを感じた。

なにせ未だかつて、自分の欲望を後回しにしてまで、相手の事を優先する女なんて初めて見たのだ。


あの妖精の『力』を手にしていたのだから、主導権は完全に此方側にあった。

ましてや、この場には『女の望みを叶えて当然』な、男が二人もいたのだ。普通の女であれば、絶対に妖精の力を自分が使おうとしただろう。それに対し、妖精が怒って抵抗しようとすれば、自分達を使って妖精を従わせようとした筈だ。


だがこの少女は妖精を使役するのではなく、助けてもらえるよう、「お願い」すると言ったのだ。しかも土下座してでも拝み倒す…など。これが笑わずにいられようか。


「…ヒュー、俺はこの子に決めた。ここを出たら、エルの身元を徹底的に洗え」


「承知しました。ディー様…いえ、ディラン殿下」


この少女なら、きっと兄弟達も気に入るに違いない。

例え気に入らなくても…いや、むしろその方が自分にとっては都合がいいか。この子を自分だけの伴侶として、独占する事が出来るのだから。


ただ、どうやら既に兄弟と婚約してるようだが、王族である自分が婚約者として指名をすればいいだけの話だ。

問題は、この子自身が本当の事を知った時、どんな反応を見せるのかだが。なにせ、普通の『女』としてのカテゴリーに全く当てはまらない子だから。


――ふと、バッシュ侯爵令嬢の事が頭に浮かんだ。


一年前、弟であるリアムの婚約者候補を探す為に開いたお茶会で出会った、あの規格外なご令嬢。


影からの報告で、彼女が取った一挙一動や言動が明らかになったが、弟が言っていた事は、概ね事実であった。


リアムに絡んできた連中には、それ相応の制裁を与えた。特に、リアムに怪我を負わせたあの伯爵令嬢の生家は徹底的に。


今現在、あの伯爵家とその取り巻き達の生家は全てお取り潰しになり、一族は全て平民に落とされた。ただ希少な女性達は皆、修道院という名の高級娼館行きになった筈だ。


だが、バッシュ侯爵家が伯爵家への粛清に関わったとの報告はあがっていない。


あの時、バッシュ侯爵令嬢は、自分を侮辱した伯爵令嬢達の事を、身内に報告すると言って脅していた。にもかかわらず、その後、バッシュ侯爵家が動いた様子は一切無かった。

有能だが、娘に甘いとされているバッシュ侯爵も、妹を溺愛しているあの兄も、誰一人動いていないということはあの侯爵令嬢が、誰にも何も言わなかったということだ。つまり彼女はただ、リアムを助けようとして、牽制の意味で、そういう脅し文句を言ったのだろう。


「つまり、リアムに見せた姿こそが、本当のエレノア嬢って事なんだろうね。…迂闊だったな。うち王家と縁を結びたがらない貴族がいるなんて、想像もしていなかったからね。…考えてみれば、あのオリヴァーが執着する子なんだから、もっと疑わなければいけなかった筈なのに…」


そう言って、兄のアシュルは不敵に笑っていたが、今だもって、バッシュ侯爵令嬢を表に引っ張り出せずにいるようだ。

その事で、アシュルやリアムの関心を、益々引いてしまっているみたいだが…。まあ、俺も興味はあるが、ただそれだけだ。


俺が今、心を奪われているのは、この目の前にいる、小さな女の子ただ一人。


手の込んだお菓子などではない、木の枝に刺して焼いただけのマシュマロを、あんなにキラキラ嬉しそうな顔をして食べて、幸せそうに笑う女がいるなんて思わなかった。そして、恥じらう姿はまるで天使のように愛らしくて…。


きっとこれから先、一生のうちで、こんな女に巡り合うなんて幸運は二度とないだろう。婚約者が何人いたって構うものか。俺は必ず、この子を手に入れてみせる。


「エル、話があるんだが、いいか?」


「はい?」


「地上に戻ったら…」


その時、突如として鋭い咆哮が空間に響き渡った。


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ダンジョンがお見合いの場になった瞬間です。

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