第24話 イケメンと鼻血
『いやぁぁぁ!!こ、この鳥籠…重いっ!!』
「待てー!!このガキがっ!!」
重い鳥籠を抱え、必死に逃げるエレノアに対し、黒幕達は容赦なくレッドアローだのファイヤーボールなどを撃ちまくってくるのだ。
仮にも女に向かってなんという仕打ちをするのだと憤るも、今の自分の恰好(男装)を思い出して我に返る。
幸いというか、クライヴやグラントとの特訓で得た俊敏さと感知知能力を死ぬ気で総動員し、何とかやり過ごせている。けれど土地勘もなく、子供の足で逃げ回っていても、いずれは捕まってしまうだろう。下手すれば攻撃にやられて大怪我をしてしまうか最悪の場合死ぬか…。とにもかくにも、このままではジリ貧だ。
「ちょ…み、ミノムシ君…!どっか…いい、隠れ場所…とか…ない…?!?」
ゼイゼイと息を切らしながら、自分の頭にとまっている妖精に尋ねると、妖精は『ミノムシ言うなー!』とエレノアの髪の毛を引っ張る。痛くは無いがウザい。
『あと少しだ。もう少し先に三つ又に分かれた道がある。その内の左の道を曲がれ。別の階層への道へと繋がっている』
「分かった!」
エレノアは最後の力を振り絞り、走るスピードを速めた。そして件の三つ又へと辿り着くと、その勢いのまま左折する。
だが、目の前にあるのは巨大な岩だった。
『えええーーっ!!行き止まりー!!?』
…そういえば、通っていた自動車教習所でいつも注意されていたのは、左折右折の安全確認であった。
そう、一時停止は基本中の基本だ。それを怠った者には破滅が待ち受けているのだ。ただ一つ幸いと言うべきは、人を巻き込まない自滅事故だったという事であろうか。
『でも、ちっとも幸いじゃないー!!』
走馬灯的に現実逃避をしつつ、エレノアは次に襲い来るであろう衝撃に備え、ギュッと目を瞑った。
――だが、衝撃は一向に襲って来なかった。
「あれ?」
パチリと目を開け、キョロリと周囲を伺う。するとそこは巨大な岩の代わりに、あちらこちらに水晶と思しき結晶が生えている幻想的な空間が広がっていた。
「…ここって…」
『階層を進んだんだ。先程は77階層であったが、ここは最下層の80階層。水晶エリアだ。これで暫くは時間が稼げる』
「…出来れば、地上に出たかったんだけど…」
『知るか!私は半身を助けるという条件で、ここにお前を案内したんだ。お前は見事
「いと高き存在の癖にケチだなぁ、もう!」
だが等価交換としては、確かに妖精は対価を支払った。だから今度は自分の番だ。
『私の剣で切れるかな?オリハルコンだから、いけると思うんだけど…』
そう思いながら鳥籠を床に置き、剣を抜こうとした次の瞬間、ザワリと全身の毛が総毛立つ程の悪寒が全身を駆け巡った。
「な…何…?」
恐る恐る周囲を見渡す。すると、滅茶苦茶不快な金属音のような音が近付いてくる。それも複数…。しかも何やらカサカサという滅茶苦茶良からぬ足音(?)と共に、『ソレ』は姿を現した。
「――ッ!…ギ…」
『ソレ』を見た私は、上げかけた悲鳴をかろうじて飲み込む。
『おお、クリスタルスコーピオンか。そういえばこの80階層は、あ奴らの住み家であったな』
呑気なミノムシ妖精の言葉に、私は硬直したまま答えられない。
だって私達の目の前には言葉通り、透明でキラキラした巨大サソリ達がわさわさ集まっていたのだから。しかも一匹一匹が超デカい!あれ絶対、5メートルは余裕であるよね!?
『安心しろ。クリスタルスコーピオンの主食は水晶だからな。人間は喰わん』
そ、そうなのか。じゃあつまり、見た目を裏切って草食って事なのかな?
『ただ、奴らは縄張り意識が異常に高くてな。侵入者を喰いはしないが、襲いはする』
――ちょっとー!!それ、どこをどう安心しろと!?
そうこうしている間にも、サソリ達は私に向かって歯やハサミをカチカチ言わせて威嚇してくる。私は鳥籠を手にすると、ソロソロと前を向いたまま後退していき、ある程度の距離を取ってから全速力でその場を逃げ出した。
後ろをチラリと振り向くと、サソリ達はまだ興奮状態のようだが、私を追い掛けて来る気配はなさそうでホッとする。
「ちょっとー!これじゃあ落ち着いて鳥籠破壊出来ないじゃない!もっと安全な場所は無いのー!?」
『ここはダンジョンだぞ?大なり小なり危険はつきものだ。それにあやつらは、フロアボスでもなんでもない、ただの小物だ』
「そんな説明求めてないー!ってか、フロアボスって、何なのー!?」
『大声を出すな。…ああ、見付かった。避けろ!』
「へ?!」
何が…という間も無く、頭上が急に暗くなった…と同時に、何かが落下してくるのを感じ、慌ててその場から離れる。
ズン…と、地響きが起こり、超巨大な何かが私の目の前に飛来した。
キラキラと、全身を光り輝く鱗に覆われたその巨体。生き物というよりむしろ動く宝石のような、優美極まりないその姿。
『奴がこの階層のフロアボス、クリスタルドラゴンだ』
「クリスタル…ドラゴン…」
前世の知識として、知っている。
ダンジョンの中で、ダイヤモンドやミスリルなどの希少な鉱物を好んで食べるドラゴン。その食性から全身が希少鉱物で覆われ、殆どの魔力を跳ね返してしまうという伝説の生き物…。
クリスタルドラゴンは威嚇のような唸り声を上げながら、ゆっくりと私の方へと顔を向ける。
『あ奴は本来大人しいドラゴンだったのだが、身体そのものが希少な素材としてとてつもない高値で売れるがゆえ、先程私を使役していた奴らに仲間を殺されていてな。それゆえ、人間全てを敵と認識している』
「だから!冷静にそういう救いようのない情報、教えてくれなくていいから!!」
すると後方から先程のサソリ達が集まってくる音が聞こえる。ひょっとしたら、フロアボスの怒気に充てられてやって来たのかもしれない。
うわぁぁ…!後門のサソリ、前門のドラゴンだよ!これ詰んだ…かも。
ああ。前世では、いつ死んだのか分からないまま幼女になって、今度は魔物に殺されるとかって、私の人生って一体…。
せめて…せめて一回でいいから、男の人とお付き合いとかしたかったな。折角こんなイケメンだらけの顔面偏差値が異常に高い世界に生まれたってのに、お付き合いはおろか、鼻血を噴くだけの人生だったなんて…!
『オリヴァー兄様、クライヴ兄様…』
走馬灯のように次々浮かんでくる、彼らと過ごした日々。
私の大好きで大切な兄様達。せめて一目でいいから、無事な姿を確認したかったな…。
クリスタルドラゴンがこちらに向かってゆっくりと近付いて来る。それを見たエレノアは覚悟を決め、目をギュッと瞑った。
――ドン!!
「えっ!?」
物凄い爆音と爆風が巻き上がる。それに驚き、振り向こうとした身体はフワリと誰かの手に抱き込まれた。
そして次の瞬間、物凄い速さで元居た場所から移動していく。
「え?えっ!?な、なに…っ!?」
あっという間に、クリスタルドラゴンの咆哮が小さくなっていく。それでもスピードは止まらないどころか、所々で宙に浮かんだり落ちたりを繰り返し、まるでジェットコースターに乗ったような感覚に目が回りそうになってしまう。
『ひぃぃっ!は、腹がフワンフワンするー!目が回るー!!一体、何が起こってるのー!?』
「…ヒュー、そろそろいいか?」
「はい。ここまで来れば、もう大丈夫かと」
数分…いや、数十秒だろうか。浮遊感と疾走感が突然止んだ。
「しっかし、まさかあんな所に子供がいるとは…。おい、お前。大丈夫か?」
「ほぇ…?」
ジェットコースターから降りたばかりのような酩酊感にクラクラしながら、声のした方へと顔を向ける。
するとそこには、燃えるような紅い髪と瞳をした、クライヴ兄様ばりに精悍で端正な顔立ちの、超絶美形なお兄様のドアップが…。
「――!!!?」
「どうした?やっぱ傷でも負ってたか?」
カチンと固まってしまった私を見たお兄様は、心配そうな顔をしながら私の顏を至近距離から覗き込んでくる。
久々に兄様方ばりの顔面破壊力&視覚の暴力に遭遇してしまった私は、白目を剥くなり盛大に鼻血を噴いてしまったのだった。
◇◇◇◇
「大丈夫か?」
「は、はい…。だいぶ、気分も楽になりました。…あの…。お見苦しいさまをお見せしました。申し訳ありません」
今現在、私達は最下層から一段上の79階層にいる。
ディーさんの話によると、ここは水のエリアなのだそうだ。先程までの岩場とは打って変わって、真っ白い砂の大地と透き通るような綺麗な水を湛えた大小の湖が点在する、幻想的な場所だ。
そして目の前にいる紅い髪と目をした超絶美形の彼と、どうやら部下らしき黒髪黒目の青年は、たまたま80階層に来ていた冒険者なのだそうだ。
彼らはクリスタルドラゴンとクリスタルスコーピオンがあまりに騒がしかった為、悪質な冒険者が密漁しにきたと思い駆け付けたところ、小さな子供が今にも襲われそうになっていた為、慌てて助けてくれたのだそうだ。
彼らは鼻血を噴いてグッタリしてしまった私を休ませる為、急遽湖のほとりに魔物が嫌うという香木を炊き、お茶を淹れたり額を水で濡らしたタオルで冷やしてくれたりと、甲斐甲斐しく介抱してくれていた訳なのである。
はぁ…。たまたまとはいえ、良い人達に巡り合えて本当に良かった。
「なに、気にするな。恐怖と緊張から解放されて気が抜けたのだろう。無理もない事だ」
「……」
本当は超絶美形のご尊顔にやられて鼻血が出た…なんて言える訳もなく、私は黙り込むしかなかった。
ああ…それにしてもこの世界って、本当に私に全然優しくない。好みの美形に会うたびに鼻血を噴く女に、ロマンスなんぞやって来るもんかよ、ちくしょうめが!
「そうそう、まだ名を名乗って無かったな。俺はディー。こっちは俺の連れでヒューだ」
「ディーさんに、ヒューさんと仰るのですか。わた…いえ、僕はエルと言います。先程は危ない所を助けて頂き、本当に感謝しております。有難う御座いました!」
「ああ、エルというのか。よろしくなエル」
二カッと笑うディーさん。笑うと精悍な顔立ちが途端にやんちゃなイメージに変わってしまって、そのギャップに何だかドキドキしてしまう。
う~ん…。クライヴ兄様もそうなんだけど、クール系美男子の笑顔によるギャップ萌えって、破壊力半端ないよなぁ…。
「…で、聞きたいのは、エルが何でこんな所にいたのかだ。このダンジョンの管轄は特殊でな。俺達が納得出来る説明が聞きたい。理由いかんによっては、更に詳しい事情を聞く必要にも迫られるからな」
え?という事はこの人達って、このダンジョンを所有しているどこぞの貴族が雇った冒険者って事なのかな?そういえばミノムシ妖精、あのクリスタルドラゴンの仲間達が殺されたって言っていたし、ひょっとしてその調査で来たのかもしれない。
「は、はい。分かりました。あの、僕が分かる範囲でご説明します」
私は自分が女である事を伏せ、自分がここにいる訳を話し始めた。
自分の兄が仕えている地方領主の管轄内でベビーダンジョンが発生し、兄と共にそのダンジョンに視察に行った所、領主に恨みのある誰かが妖精を使って、魔物を送り込んで来た…と。
一部嘘はついているが、おおむね間違ってはいない。
ちなみに、その仕えている領主の名は明かせないと言ったのだが、それに関してはあっさり「問題ない」と言ってくれた。何でだろうか?
「成程…。それでお前がその妖精と一緒に、こっち側にやって来た…という訳か。ってかお前、可愛い顔してやる事大胆だな!下手すりゃ死んでたぞ?」
「はぁ…。でもどのみち行動してなかったら、全滅でしたし…」
「肝が据わってるんだな」
「大切な人達の命がかかってましたから」
そう。自分だけだったら、こんな無謀な事は流石にしない。というか、恐くて出来ない。
でも自分以外の人達の命がかかっているんだったら話は別だ。しかもそれが、とてもとても大切な人達の命だったとしたら。
ディーさんは私をジッと見つめた後、目元を優しく緩めながら頭をクシャリと撫でてくれた。何だかその行為がクライヴ兄様を思い出してしまい、うっかり目頭が熱くなってしまう。
「安心しろ。お前は俺達が責任を持って、地上に連れて行ってやる。…さて、と。で?その果物に齧り付いている枯れた葉っぱみたいなのが件の妖精か?」
言われて見てみれば、ミノムシ妖精がディーさん達の荷物の中からリンゴを引っ張り出し、夢中になって齧り付いている。
…確か果物を餌に掴まった筈なのに、まるで学習していないよ、この至高のミノムシは。ディーさんもなんか呆れているっぽい。
「ま、いい。ひとまず俺達も腹ごしらえするか」
ディーさんの言葉を待っていたかのように、私の目の前にスッと小枝に刺さった焼きマシュマロが差し出された。
「はい、エル君。あーん」
見れば差し出した張本人は、無表情のヒューさんだった。
あれ?私、今男装しているのに「あ~ん」ってされてしまいましたよ。ひょっとしたらこの世界って、男の子でも小さくて可愛ければ、こう言う事されるのが当たり前なのかな?
「マシュマロ、嫌いですか?」
「い、いえ!大好きです!」
「では遠慮せずにどうぞ。はい、あーん」
…覚悟を決めよう。
そもそも私はこの人達に助けられたのだ。その恩人の施しを無下に断るなど、あってはならない。マシュマロ大好きだし。
私は差し出されたマシュマロを、ぱくりと口に含んだ。
その途端、焚火でトロリと温められたマシュマロが口の中で甘く蕩ける。しかもこのマシュマロ、滅茶苦茶美味しい。きっと名のあるパティシェが作ったやつだ。
「美味しいですか?」
「はいっ!すっごく美味しいです!」
あ~んをされた恥ずかしさも吹き飛び、目をキラキラさせながら何度も頷く。
「…そうですか。それでは、お代わりをどうぞ」
差し出されたマシュマロを、今度は躊躇なくパクリと口に含んだ。うん、本当に美味しい。いくらでもいけそうだ。
「…至福…!」
「え?あの、ヒューさん。何か言いましたか?」
「いえ、何も」
う~ん。それにしてもディーさんが規格外の美形だから目立たないけど、この人もかなりのイケメンだな。
オリヴァー兄様と同じ黒髪黒目だけど、与える印象は随分違う。目も細く、しかも鋭くて、職業はアサシンと言われても納得してしまう雰囲気を持っている。
でもきっと優しい人なんだろう。だって私の為にまた、せっせとマシュマロ焼いてくれているし。
「…おい、ヒュー。ちょっといいか?」
そんなヒューの姿を汗を流しながら見ていたディーだが、焼きマシュマロに目が釘付けになっているエレノアに気が付かれないよう、こそっと小声で話しかける。
「何です?ディー様」
「お前…なんかあの子に甘くないか?そんなに子供好きだったっけ?」
「いえ。特には。あの子だから甘くしているのです。それが何か?」
サラッと言い放たれた言葉に、ディーの顏が引きつる。
「い、いや…。まあ、なんだ…うん。人の趣味に口を出すつもりはないが…。次は「お付き合いして下さい」とか言い出しそうだよな」
「ええ。許されるなら寿退社して、エル君と所帯を持ちたいくらいですね」
「おっ、おまっ!!そ、そっちの趣味があったのか!?ってか寿退社なんて許すかバカ!」
ここにきて、ヒューがわざとらしく溜息をついた。
「はぁ…。んな趣味ある訳ないでしょうが。あんた方兄弟に女遊びを教えたのは、この私ですよ」
「だったら何で!?」
「まだ気が付かないんですか?あの子、女の子ですよ」
「!?」
ヒューの言い放った爆弾発言に、ディーは驚愕に目を見開いた。
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