第23話 元を断ちに行って来ます

妖精の輪フェアリーリングから出て来た魔物は一匹だけではなかった。


――ひぇぇぇっ!!何ですかあれっ!?


キマイラ、ワイバーン、ワーウルフ、コカトリス…等、私が一度は目にした(主に漫画やゲームで)化け物勢揃いですよ!!


いやあああっ!そりゃあ私、魔物退治したいって思っていましたよ!?思っていたけど、いきなりあんなの相手にしたいなんて思わない!ってか、兄様達が危ないっ!!いや、私も危ないけど!下手すれば死ぬけど!!


「エレノア!いいか、決してここから動くなよ!?」


「は、はいっ!」


さっき「何かあったら真っ先に逃げろ」と言われていたが、魔物は一匹二匹ではない。動いたら逆に、それを標的に一斉に襲い掛かってくるだろう。だから私は動かない方がいいのだ。


「オリヴァー!エレノアを守りつつ、俺達を援護しろ!」


「分かった!」


「ルーベン、ウィル、ダニエル、俺が取りこぼした魔物を連携して倒せ!いいか、相手の属性をよく見極めるのを忘れるな!」


「若様の方こそ、愛しい姫君の前で無様を晒されませんように!」


「ほざけ!ルーベン、お前はまだ剣に魔力を込められないんだ!無理だと判断したらすぐに引け!無駄死にをすれば、それこそ忠誠を誓った女が泣くぞ!」


「心得ましてございます!」


そんな事を言い合いながら、クライヴ兄様達が魔物めがけて突撃する。魔物達も兄様達に向かって攻撃を仕掛けてくる…が、クライヴ兄様が渾身の一撃を放つと、物凄い衝撃波が魔物の半分を瞬時に凍結、破壊する。


その殺戮の刃から逃れた魔物達が、クライヴ兄様に向かって四方から襲い掛かる…が、それらは瞬時に消し炭へと変わった。私を背に守りつつ、放ったオリヴァー兄様の火の魔力が炸裂したのだ。


それを更にすり抜けた魔物は、ウィル達やルーベンが連携して次々と倒していく。


普段は優しくて気の良い兄ちゃんって感じのウィルだけど、かなり強くてビックリした。きっと騎士団の中でもそれなりの実力の持ち主だったんだろう。そうじゃなければ、オリヴァー兄様とクライヴ兄様のお供として選ばれなかった筈だから。


「す…すご…!」


未だ手の中でジタバタもがいている妖精の事も忘れ、圧倒的な力で魔物達を次々倒していく兄様達に、今自分が置かれている状況も忘れて魅入ってしまう。


だが、魔物は一向に数を減らさない。

それはそうだ。なんせ妖精の輪フェアリーリングから次々と溢れ出てくるのだから。


『ど…どうしよう!』


いくら兄様方やウィル達が強くても、無尽蔵に湧いて出る魔物を相手にしていたら、いずれ大怪我を負ってしまうだろう。最悪、命を落とす事になってしまったら…。


『クソッ!ハナセ!コノ、ブスオンナ!!』


キーキー声に諸悪の根源を思い出し、握る手に力を込める。いや、決して「ブス」と言われたからじゃありませんよ?


妖精の奴、「ギャー!」とか喚いていたが知った事か。


「ちょっとあんた!あの穴、さっさと塞ぎなさいよ!!」


『ハァ?ソンナノ、ヤルワケナイダロ!』


「あっそう。死にたいんだ」


『アッ!チョッ!マッテ!ヤメテ!ツブレル!ホントニシヌ!』


「こっちは大切な人達の命がかかってんのよ!さっさと何とかしなさいよ!!」


『ク…ッ!コ、コノコムスメ!イトタカキ、シコウノソンザイニムカッテ、コノフケイ…!マジメニユルスマジ!』


いと高き?至高の存在?このミノムシが?冗談言わんで欲しい。


「あっそう、じゃあ至高の存在さん。まずはそのカタコト言葉止めてくんない?!聞き辛いから!」


『コ…この小娘!どこまで不敬なんだ!ほら、これでいいだろ!』


「おお!やれば出来るじゃない!じゃあ、次はさっさとあの妖精の輪フェアリーリング何とかして!」


『…妖精の輪フェアリーリングは、キノコを崩せば消滅する。簡単な話だ』


「穴のキノコを崩せばいいのね!?」


では、早速!…と、妖精の輪フェアリーリングに目を向けてみるが…駄目だ。あんな魔物がウジャウジャ湧いて来る所になんて、とてもじゃないが近寄れない。


「ちょっと!そもそも近寄れそうにないから!あんた、あの妖精の輪フェアリーリングの製作者なんでしょ?!いと高き存在なんでしょ?!何とかしてよ!」


『無理だ。作ったモノは消せない』


「あんた本当に至高の存在!?作ってはい、終わりって、製作者としてどうなの!?やっぱただのミノムシか!」


『なんだ、そのミノムシというのは!よく分からんが、物凄くムカつくぞ!』


私といと高きミノムシが言い争いをしている間にも、皆の攻撃をかわして私達の前まで辿り着いた魔物を、オリヴァー兄様が剣を振るって一刀両断にする。どうやら魔力で攻撃する分を防御に回したようだ。…それって、つまり…。


――ヤバい。確実に皆が疲れてきているんだ!


そもそも、この妖精が妖精の輪フェアリーリングなんぞ開きやがったから…!おのれ、この諸悪の根源、どうしてくれようか!?


…待てよ?もしかしてこいつが死ねば、妖精の輪フェアリーリング消えるんじゃ…。


『おい!今お前、恐い事考えたろ!?無理だから!私が死んでも、状況変わらないから!』


ちっ!気が付いたか。察しの良いヤツめ。


『…そんな事をしなくても、元を断てば穴は塞がる』


「元?それってどこよ?!妖精界か!?そこに行けって!?」


冗談じゃない。妖精界なんて行ったら、帰って来られないじゃないか。

知ってるんだからね!妖精はそうやって、あの手この手で人間を自分達の世界に引きずり込もうとするって事は。


『違う!妖精界ではない!別のダンジョンだ!そこにこのダンジョンに通じる妖精の輪フェアリーリングを作ったのだ!』


――は?別のダンジョンに?じゃあ、そこからあの魔物達はやって来ているって事?そういえば、妖精界にあんな魔物がウジャウジャいるって、よく考えてみれば変だよね。


「どうして、そんな悪戯したのよ!?」


周囲に衝撃波が炸裂して、思わずしゃがみ込む。オリヴァー兄様が二重に防護壁を作ってくれて助かったようだが、いくら妖精が悪戯好きって言ったって、これじゃあ悪戯なんてレベルを超えているだろう。


『…悪戯ではない。私は脅されて仕方なくやったのだ』


なんですと!?脅されてやったって…何で?!しかも、どうしてここに魔物を?


ひょっとして、今日兄様達が視察にやって来るって知っていたから?その誰かがこの妖精を使って、こんな事を…?


「誰が…そんな事を…」


『知らん。興味も無い。分かっているのは私と半身を使い、このような事をしでかしている諸悪の根源は、お前らと同じ人間だという事だけだ。』


嘲笑混じりに言い切られる。うん、そこは素直に同族としてゴメンと言いたい。


でも妖精にも色々種類がいるように、そいつらと私達は同種であるけど、全く別の人間だ。こんな、相手を嬲り殺すような悪辣な事なんて…私達は絶対、死んでもやらない。


「ねえ、そもそも何て脅されたの?」


『…私の半身が捕らえられている。アレが捕らえられている限り、私に選択の余地はない。あの魔物達も、あ奴らが私の半身を利用して捕らえたものだ』


半身?…もしかしなくても、仲間…もしくは伴侶の為か…。でも妖精を生け捕りにするなんて、どうやったんだろ。


『う…それは…。私がねぐらにしていたダンジョンに…だな。ある日物凄く旨そうな果物が山のように置かれてて…その、夢中で食べていたら、いつの間にか捕らえられていたというか…』


思わずガックリと肩を落とす。食い気につられて捕まった訳ですか。いと高き至高の存在が?馬鹿なんですか?


『半身は、特殊な妖精封じの鳥籠に入れられている。私が破壊しようにも、力の大半を半身の元に置いてきてしまったから、手の出しようがない。それゆえお前のような小娘なんぞに、不甲斐なくもこうして捕まっているという訳だ』


妖精はそこまで言うと、しょんぼりとしてしまった。う~ん。嘘言っているようには見えないな。


「…ねえ、さっき元を断てば穴が塞がるって言ったよね?じゃあ、私をその魔物を送り込んでいる奴の所に連れていく事は出来る?」


妖精が、驚いたような顔で私を見つめる。


『…私を信用するのか?私が魔物の巣に道を作るとか、考えないのか?』


「う~ん、いや…考えなくもないけどさ…」


そもそも、今この妖精が言った事が事実かなんて事も分からないし、逃げる為の嘘かもしれない。でもどっちにしろ、このままではジリ貧だ。だったら一か八か、試してみるしかない。


「上手くいけば、貴方の半身も助ける事が出来るかもしれないし、私も兄様達を助けられる。ね、お互いの利益の為に手を組みましょう」


『……信用出来ない。お前もあいつらと同じ人間だ。約束なんぞしても、きっとすぐ反故にするに決まっている』


う~ん、そうきたか。妖精に信用出来ないって言われちゃったよ。まあ、そりゃそうだけどさ。でも人をたぶらかすのが趣味って生き物に信用うんぬん言われるのって、それってどんな「おまゆう」だよね。


でもこれで、この妖精が嘘をついてないとほぼ確信が持てた。


「信用出来ないのはお互い様だよ。でも貴方はこれからも、その悪者達に脅され続けて、やりたくない事するの?貴方の半身もきっと、自分のせいで貴方が苦しんでるの見るのは辛いと思う。だからさ、信用はしなくてもいい。私を利用するって考えてくれればいいから」


私は戦っている兄様達を見た後、手の中の妖精に向かって頭を下げた。


「お願い。私に力を貸して!」


『………』



すると、私の目の前に、次々とキノコが生えてくる。そしてそれは青白く光り、妖精の輪フェアリーリングへと変わった。


「こ、この中に入ればいいのね?」


『…そうだ』


私はゴクリと喉を鳴らす。やっぱり恐い。でも、このまま何もしなかったら私だけじゃなく、大切な人達が死んでしまうのだ。


私は覚悟を決め、オリヴァー兄様に向かって叫んだ。


「兄様!聞いて下さい!」


「エレノア!?どうしたんだ!」


「私、この魔物達が出て来る場所に行って、妖精の輪フェアリーリングを壊して来ます!兄様達は、私が妖精の輪フェアリーリングを壊すまで、ここで頑張って耐えて下さい!」


「エレノア!一体、何を…」


戸惑いの表情を浮かべたオリヴァー兄様が、私の足元にある妖精の輪フェアリーリングを見て驚愕に目を見開く。


「それじゃあ、行って来ます!」


「待ちなさい!エレノアッ!!」


「あ、兄様!後ろにワーウルフが!」


オリヴァー兄様が慌てて後ろを振り向いた隙に、私は妖精の輪フェアリーリングの中へと飛び込んだ。





◇◇◇◇





「――ッ」


何度も瞬きをしていると、周囲の真っ白な光がゆっくり晴れていく。


「ここは…?」


気が付けば私(と妖精)は、洞窟独特の岩肌に囲まれた場所に立っていた。


『…おい、約束は守った。いい加減、私を解放しろ!』


「え?あ、ゴメン!」


慌てて握りしめたままだった手を広げると、妖精がフワリと宙に浮きあがった。

…悪いと思うけど、どう見てもミノムシがふよふよ浮いているようにしか見えない。


「それにしても…。本当に別のダンジョンと繋がっていたんだ…」


一回ダンジョンに入っていたお陰で、ここがただの洞窟ではなく、ダンジョンの中であることが分かる。でも、先程までいたダンジョンとは明らかに違う。魔力に満ちた空気と威圧感が桁違いだ。魔物の気配も物凄く強く感じる。


――ん?魔物の気配?


「どんどん送り込め!もっと!もっとだ!」


突然、金切り声のような男の声がダンジョン内に響く。


慌てて周囲を見渡すと、声はあの大きな岩場の向こう側から聞こえてくるようだ。しかも、強い魔物の気配もそちらの方から感じる。


『ひょっとして…』


あのダンジョンに魔物を送り込んでいる奴がいるのかもしれない。

はやる気持ちを抑えながら、足音を立てないようにゆっくりと岩場に近付き、そっと向こうを伺い見る。


すると目の前に広がる、ぽっかりと開けた場所にフードを被った複数の男達がいるのが見えた。しかも彼らの足元には妖精の輪フェアリーリングが光っている。


「ええぃ!魔獣共め!一向に奴の死体をこちらに持って来ないではないか!」


「ジャレッド様、どうかもうその辺で。ここまで魔獣を送り込んでも駄目だということは、ここらが潮時でございましょう」


「諦めろと言うのか!?折角の好機をふいにしろと!?嫌だ!俺は俺の未来と『運命』を奪ったあいつに…。オリヴァー・クロスに必ず復讐してやるんだ!さあ!もっと強い魔獣を召喚し、この中に送り込め!」


男はそう言うと、手にした鳥籠を掲げる。


「あれが…まさか」


『私の半身だ』


すると鳥籠の中心が光り輝き、頭上から音も無く魔獣が姿を現す。そして妖精の輪フェアリーリングの中に次々と吸い込まれるように消えていった。


間違いない、あいつらが魔獣を私達の元に送り込んで来た元凶だ。しかもやはり私達を…というか、オリヴァー兄様を狙っているのだ。


早く、あの妖精の輪フェアリーリングを何とかしなくては。


「…ねえ貴方、私の姿を視えないように出来ない?」


『…なにせ力が足りん。視えなくする事は出来ないが、気付かれにくくする事は出来る』


「それでいいよ。じゃあ、お願い」


『うむ』


私は妖精に魔法をかけてもらい、なるべく音を立てないよう、気配を殺して男達の元へと向かう。

幸いというか、男達は妖精の輪フェアリーリングに集中している。なので魔法の手助けもあり、私の接近には全くと言っていいほど気が付かないでいる。


『――今だ!』


充分過ぎるほど間合いを詰めた私は一気に跳躍すると、一番近くにいた男の背後から飛び蹴りを喰わせた。


「うわぁ!」


不意の攻撃に、男は溜まらずたたらを踏んで妖精の輪フェアリーリングの中へと足を踏み入れてしまい、そのまま魔物達と共に妖精の輪フェアリーリングの中へと消えて行ってしまった。


「な、何だ!?」


私は次に、男を蹴り上げた反動を利用して空中で身を捩ると、振り向いた首謀者らしき男(ジャレットと呼ばれていたか)の顔に飛び蹴りを喰らわせた。


「ブッ!」


吹っ飛ばすつもりが、やはりというかウェイトの関係で男はよろけるだけだった。だがその拍子で、男の手から鳥籠が地面へと落ちる。


私は地面に着地するや、素早く鳥籠を手にすると、妖精の輪フェアリーリングのキノコを数個足で踏みつぶした後、全速力でその場から逃げ出したのだった。

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