第22話 ダンジョン探索

そんなこんなで、私達はやっとダンジョンの中へと足を踏み入れた。


「――ッ!」


「どうした?エレノア」


「何か…変な感じがします」


ダンジョンに入った途端、感じた違和感。


ゾワゾワッとするような、落ち着きが無くなるような…。まるで別の生き物の胎内に入ってしまったかのような感覚に、何だか得体の知れない不気味さを感じてしまう。


「姫様は感受性が高いのですな。ひょっとして、魔力の属性は『土』なのでしょうか?」


「はい、そうです」


ルーベンの指摘に、私は頷く。


「成程、それでですか。姫様、ダンジョンはいわば母なる大地が魔物を産み出す母体へと変異したものです。だからこそ、土の魔力をお持ちの姫様が反応されたのでしょう」


成る程、そういえばダンジョンって他の生き物達同様、成長するんだもんね。つまりダンジョンって、動かないだけの巨大な魔物なんだ。


…それにしてもルーベン。さっきから私の事『姫様』呼びしているんだけど、恥ずかしいから止めてくれないかな。


「それにしても、土の魔力をお持ちの姫様がいてくださったのは行幸でした。ダンジョンの視察に土属性がいるといないでは、効率にかなりの差が出ますからね」


「ルーベン団長の魔力は何なのですか?」


「私の属性は『風』です。ウィルの奴は『風』と、僅かですが『土』を持っています。若様方はそれぞれ『火』と『水』ですね」


はい、それは知っています。

でもそうすると父親が持ってる属性って、まんま子供に遺伝するって事なのかな。そう言えば兄様方もウィルも容姿が父親そっくりだし、そうなのかもしれない。こっちの世界は私が元いた世界と違って、遺伝子が特殊な働きをしているんだなー。


…ん?って待てよ。確か私の父様の魔力は『土』じゃなくて『火』だったよね?それに私の容姿は母親譲りって言っていたし…。って事は、誰しも父親の遺伝を受け継ぐって訳ではないのかな?


「そもそも『土』の魔力は女性に遺伝しやすい。逆に言えば、男性には滅多に出ない属性なんだよ」


オリヴァー兄様が補足してくれる。成程。


ちなみに、騎士団の中でもウィルみたいに、自分のメインの魔力属性の他に『土』の魔力を合わせ持っている人達がいるらしいのだが、『土』の魔力量そのものが弱くて、殆ど役に立たないレベルらしい。


だから数人だけいる『土』属性の騎士達は皆、他のもっと規模のデカいダンジョンの視察や監視に引っ張りだこで、今回こちらはベビーダンジョンの視察という事もあり、連れて来られなかったんだそうだ。


ふむ。私の前世では土の魔力は一番ありふれてて地味な印象だったんだけど、この世界では逆にレア属性だったのか。自分の魔力がレアものなんて、なんか嬉しいな。





その後も、どんどん奥を目指して進んでいく。出来立てっていうからちょっと大きな洞窟レベルかと思ったんだけど、そこは流石ダンジョンというべきだろうか。全く先が見えない。


まあでも、普通のダンジョンは階層が百近くあるのもざらみたいなんだけど、ここは出来立てだから、まだ一階層しか無いんだって。


「兄様、魔物いませんね」


ちなみにダンジョンの特徴なのか、普通の洞窟と違って何故か明かりを照らさなくても十分明るい。ルーベンに聞けば、まさにそれがダンジョンの特徴なのだとか。う~ん、冒険者に優しい造りになってんなぁ。


…とか思ったのだが、どうやら逆で、ダンジョンは外から入って来た人間や生き物達の死骸を養分にするらしく、生き物が入って来やすいような環境を整える傾向があるんだそうだ。うわぁ…。まるで食虫植物のようだ…。えげつないわぁ。


う~ん。それにしても、さっきから何故か、魔物と一匹も遭遇していないのは何故ですかね?


「どうやら冒険者連中が根こそぎ倒しちまったみたいだな。残念だったな、エレノア」


兄様、その顔ちっとも残念そうじゃありませんよ?


まさかと思いますが、私が来る前に、ルーベンに命じて魔物一掃させてた…なんて事はありませんよね?…ないよね?あ、なんか微妙に目線を逸らした!くっそう!兄様ったら、どこまで過保護なんだ!


そうして私達は魔物と全く遭遇する事無く、ぽっかりと開けた空間に到達する。


「あ!」


ふと、沢山の気配を感じて上を見上げてみると、赤、黄、青、橙といった光の粒が乱舞している。


「綺麗…」


「姫様?」


「エレノア、どうした?」


「え?ほら、沢山の光がキラキラと飛んでて綺麗でしょう?」


私が頭上を指さすと、皆は首を傾げたり訝しそうな顔をしている。え?ひょっとして、あの光が見えてるのって私だけ?!


そうこうしている間に、光は四方に飛んでいって岩の中に溶けるように消えてしまった。


「…エレノア。光は何色だった?」


「え?えっと、赤色とか…他に黄色や青や緑…とにかく色々です」


「ふうん。で、今光はどうなってる?」


「あちこちの岩の中に溶けるように消えました。あ、ほらあそこの岩、青白く光ってます」


オリヴァー兄様は、私が指差した岩に近寄ると、ゆっくり手をかざして呟いた。


「『鑑定』」


途端、岩が強い光を放つ。


おおお!リアル鑑定!初めて見た!ってかオリヴァー兄様、鑑定スキルがあったんだね。それって凄くレアなスキルだと思うんだけど、この世界でもそうなのかな?


「…青鋼あおはがねだ」


オリヴァー兄様が、やや緊張した面持ちでそう告げる。

それにしても青鋼あおはがね?それって一体何なんでしょうか?


青鋼あおはがねとは、普通の鋼の数十倍の強度と魔力を宿す鉱石だよ。オリハルコンには及ばないが、かなり希少な鉱物だ。エレノア、他に光っている場所は?」


「え、えっと…。あ!高い所…あのちょっと出っ張ってるとこです。赤く光ってます」


私が指し示した所。そこは聳え立つ岩の壁のかなり上方にあった。光が届かぬ暗がりに、ぼんやりと赤く光っている。


すると、クライヴ兄様が岩場を軽やかに駆け上がっていき、私が示した岩を剣の柄で砕いて、地面へと着地した。思わず拍手!


クライヴ兄様が砕いた岩の欠片をオリヴァー兄様に渡すと、兄様の手の中で岩が再び眩い光を放った。


「…まいったな。オリハルコンの原石だ。まだ生成前の種状態だけどね」


途端、皆がどよめいた。


え?オリハルコン?!それって、滅茶苦茶希少な鉱物ですよね!?ダンジョン内でも滅多に見付からないって、グラント父様が言っていたよ確か。


「若様…。それではこのダンジョンは!」


「ああ。希少鉱物を中心に生み出すダンジョンだ。若いダンジョンとは言え、あまりにも魔物の数が少なかったから、少し怪しんではいたのだが…。まさかここまで容易くオリハルコンの鉱脈が見つかるとは…」


「で、ですが、『土』の属性を僅かでも持つウィルが何も反応しなかったのは…一体?」


戸惑うルーベンの言葉を受け、オリヴァー兄様がウィルに話しかける。


「ウィル。君は何か感じたかい?」


「い、いえ。特には…何も」


戸惑いがちに答えたウィルに、オリヴァー兄様は頷いた。


「そうか。でもそれが当然なんだよ。ここは出来たばかりのダンジョン。実際、この鉱物達もまだまだ発芽したての種のようなものだからね。たとえ純粋な『土』の魔力を持っていたとしても、気付くのは難しかっただろう」


種…ですか。

つまりは赤ちゃんのようなものかな?


「エレノアが見たという様々な色の光。多分あれは、鉱物に宿る生まれたての精霊達だ。それがエレノアの『土』の魔力に惹かれて寄って来たのだろう。多分だが、エレノアの『土』の魔力は普通の者に比べて相当高いのだろう。そうでなければ精霊が自ら寄って来るなど有り得ないし、だからこそこうして、このダンジョンの特性にもいち早く気付けた」


そこまで言うと、オリヴァー兄様が優しく微笑みながら、私の髪を撫でた。


「出来立てとは言え、危険なダンジョンに君を連れてくるのは正直言って気が進まなかったんだ。でも今は君が一緒に来てくれて、本当に良かったと思っている。鉱物を産み出すダンジョンは、その特異性と希少性から出来るだけ早い段階で管理を徹底させる必要があるんだ。それをこんな出来立ての…しかも誰の手も思惑も付いていない状態で発見出来るなんて…。君は本当に素晴らしい、自慢の婚約者だよ。僕の愛しいお姫様」


そう言われた後、頬にキスされ、一気に顔がユデダコ状態になった。

更にクライヴ兄様にも頬にキスされ、脳が沸騰寸前状態になってしまったのは、当然というかの結果です。


うわぁ…クラクラするし目が回る。ウィルや他の従者達やルーベンも、そんな私を温かい眼差しで見つめていて居た堪れない。なんなんですか、この公開羞恥プレイは!


「さて、このダンジョンの特性は分かった。すぐに引き返し、父上に報告をしなくては」


オリヴァー兄様の言葉に皆が頷き、入り口に向かって歩き出した時だった。私の目の前を何かが横切る。


『え?』


それは瞬く間に、暗闇の中へと消えていった。


「どうした?エレノア」


「いえ、何かがいた気がしたのですが…」


「また鉱物の精霊が飛んでいたんじゃないのか?」


「う~ん。そうかもしれません」


でも、一瞬だけだけど目にしたあれは、人型をしていた気がした。鉱物の精霊達は、ただの光の粒だったから、ひょっとしたら別の何かなのかもしれない。…ひょっとしたら、魔物?


「あの、クライヴ兄様。小さな人型の魔物っていますか?」


「小さな人型の魔物…?小さいってどれぐらいだ?」


「えっと…このぐらい?」


そう言って、私は自分の人差し指を立てた。


「…かなり小さいな。妖精サイズじゃないか。そんな魔物、いたっけかな?」


「いえ、私が知る限りではいない筈ですが」


いないのか…。って、妖精!?いるんかい!

…って、そりゃそうだ。精霊がいるんだもん。妖精もいるよね。


妖精と精霊の定義は曖昧なんだけど、精霊は万物に宿る超自然的な存在で、対して妖精は人と神との間に位置する中間的な存在…って、以前聞いた事がある。


え?誰にって?私の元オタク仲間からですよ。


この考えって、こっちでも同じなんだろうか?ここから出たら兄様達に聞いてみよう。


「あれ?」


なんか、地面が光っている気がする。しかも蛍光灯のように輪になって。…あれは…キノコ?日本でいう所のツキヨダケ?それが私達の進行方向にいきなり出現した。どう考えても怪しい。…って!兄様方、なんでそのまま蛍光キノコに向かって突き進んでんですか!?


「オリヴァー兄様、クライヴ兄様!止まって下さい!!」


「エレノア!?」


「何事かっ!?」


途端、その場の全員が私をぐるりと囲んで守る体勢になった。いわゆる臨戦態勢ってヤツです。


「あのっ!兄様達には見えないみたいなのですが、目の前に、怪しいキノコの輪があります!」


「怪しいキノコの輪?」


「まさか…『妖精の輪フェアリーリング』か!?」


妖精の輪フェアリーリング?」


そ、それってまさか、妖精が作ると言われている、妖精界への入り口?

って事はまさか…さっき私の目の前を掠めたのって、本物の妖精だったの?!


その直後、私の全身に悪寒が走った。


――何?このヤバイ感じ…!?


「クライヴ、これは…!」


「ああ。間違いなく魔物の気配…!だが、微弱な上に、どこに潜んでいるのか…」


オリヴァー兄様もクライヴ兄様も、そしてルーベンやウィル達もいつもと違い、鋭く厳しい表情で獲物に手を掛けながら四方に目を光らせる。


そんな中、妖精の輪フェアリーリングが突如、強い光を放った。


「兄様!!前方30m先です!!妖精の輪フェアリーリングがある所から、何かが来ます!!」


その時だった。再び私の目の前に先程の『何か』が現れる。私は咄嗟にソレを手に掴んだ。


『ギャーッ!ヤメロ!ハナセ!!』


甲高い金切り声が上がる。


私の手の中にいるのは、まるでミノムシの様な枯れた葉っぱを幾重にも身に着けた小さな妖精だった。


「――ッ!あれは…!」


妖精の輪フェアリーリングかッ!!」


兄様達が一斉に、光る妖精の輪フェアリーリングに目を向けた。どうやらアレが視えるようになったらしい。それって私が、この妖精を捕まえたからかな?


クライヴ兄様、オリヴァー兄様、そしてルーベンらが次々と抜刀する。


「オリヴァー!ウィル!剣に魔力を込めろ!…来るぞ!!」


クライヴ兄様が剣に魔力を込めた次の瞬間、妖精の輪フェアリーリングから巨大な魔物達が出現した。

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