第21話 いざ、ダンジョンへ!

「うん、この串焼きは中々美味しいね」


私達は買って来た串焼きを食べながら、オリヴァー兄様を筆頭にダンジョンに向かっている。


貴族としては、こんな風に食べ歩きなんてもっての外だと思うんだけど、オリヴァー兄様もクライヴ兄様も気にしている様子はない。ウィル達お付きの者達もだ。


なんでも、クロス子爵領は前に言ったようにダンジョンが多いから、こうして直接、もしくはメル父様やグラント父様に同行してダンジョンに視察に行く事が多かったらしく、買い食いして歩くのはいつもの事なんだとか。


これ、多分というか絶対、グラント父様の影響だよね。そんでもってやってみたら楽しかったって、メル父様が嵌ってしまって、後はなし崩し的に全員が右に倣えしたんだわきっと。う~ん、クロス家と、ついでにオルセン家、フリーダムだね。


「さて、そろそろ入り口が見えて来たね」


兄様の言葉に前を向いてみれば、前方に鬱蒼と茂る森が見えた。そして多分ダンジョン目当てであろう大勢の冒険者達と、その前に立ち塞がっている騎士の様な格好の人達がいる。どうやらダンジョンは、この奥にあるらしい。


「やあ、ご苦労」


「これはオリヴァー様!お待ちしておりました」


オリヴァー兄様が騎士達に声をかけると、その中で飛びぬけて体格の良い男が前に進み出て、背後の騎士達共々、深々と頭を垂れる。どうやらこの人が騎士達のまとめ役のようだ。


それに頷きながら、オリヴァー兄様とクライヴ兄様が目深にかぶったフードを下ろす。すると途端に、周囲から息を飲む様な音や「凄ぇ…」と言った声があちこちから聞こえて来た。


うん、気持ちは分かります。兄様方、この顔面偏差値が異常に高い世界の中でも突き抜けた美貌持ってるからね。そりゃあ、同性であろうとも見惚れるよ。実の妹だって毎日見惚れていますからね。はい。


「おう、ウィル!どうだ元気にやってるか?若様達の足手まといになってねぇだろうな?」


大柄な騎士さん、ウィルを見つけるや声をかけてきたのだが、口調がめっちゃ砕けてる。あれ?よく見るとこの人、ウィルに似てるような…?


「止めてくれよ親父!ちゃんとやってる…と思う」


「ルーベン、ウィルはいつもよく働いてくれているよ。妹の面倒もしっかり見てくれているしね」


「はははっ!オリヴァー様、クライヴ様。もしこいつの仕事に不満があったら遠慮なく返品して下さい。俺が直々に一から鍛え直してやりますから!」


「親父!真面目に黙れって!!」


豪快に笑うウィルパパと、真っ赤になっているウィル。そうかー、この人がウィルのパパか…。

無精髭がワイルドさを引き立てているナイスミドルだ。見れば、ウィルとよく似た顔立ちをしている。


「さあ、ではダンジョンへとご案内致します。他の冒険者達は、私の部下達がここで足止めしておきますので、邪魔されずに調査が出来ると思いますよ」


そう言うと、ルーベンは颯爽と森の中へと足を踏み入れる。それに続き、私達も森の中へと入って行った。


「ところで、オリヴァー様。バッシュ侯爵令嬢はいずこにおわしますのか?」


森の入り口から遠ざかった所でルーベンが口を開いた。うん、私が一緒に来るって、この人には知らされていたんだね。


「ああ。エレノアは…」


「ああ、みなまで言われずとも分かっております。急に来るのをお止めになられたのでしょう?大方、ダンジョンに行きたいと仰ったのも、若様方への嫌がらせの為でしょうし。しかしまぁ、よくもこんな突拍子もない我が儘を考え付かれますな!あの温厚で人格者なバッシュ侯爵様のお嬢様なのに、かなり残念な…」


「親父!ストップ!もう口閉じろ!!」


「お?何だウィル。なにお前が仕切って…」


「いいから!オリヴァー様とクライヴ様を見てみろよ!!」


「は?…って、え?オ…オリヴァー様?あれ?クライヴ様も。ど、どうされたのですか?!」


ルーベン、兄様方の方を振り向くなり戸惑った表情になった。


そりゃそうだよね。今兄様達、めっちゃ無表情なうえ、背後に暗黒オーラを漂わせているんだもん。

ってか武人だったら、さっきからビシバシ感じるこの殺気を察しろよ。


「エル。ちょっとこっちにおいで」


オリヴァー兄様に呼ばれ、慌てて兄様の方へと走り寄ると、兄様は私の肩を優しく抱く。


「ルーベン、紹介するよ。僕の妹であり、婚約者のエレノアだ」


「――…へっ?」


「あの…こんな格好していますが、バッシュ侯爵の娘のエレノアです。初めまして」


ペコリと頭を下げると、ルーベンが固まった。


「エ…エレノア…様?…マジで…?」


「ああ、マジだ。お前が言う所の『我儘で残念』な俺達の妹だよ」


クライヴ兄様の止めの台詞で、ルーベンの顏からドッと冷や汗が噴き出した。


「ももも…申し訳ありませんっ!!!大変な御無礼を!!」


電光石火の勢いで、ルーベンがその場で土下座する。それを見たウィルは手で顔を覆うと、深く溜息をついた。


まあ、さもありなん。ウィルが声をかけるまで、あんだけ兄様達が暗黒オーラビシバシ出してんのに気が付かなかったんだからね。多分ウィルが止めなかったら延々喋り続けて、そんでもって最終的には兄様方にブチ切れられていたんではないだろうか。


ひょっとしてルーベンって、場の空気が全く読めない人なのかな?だからウィルが気使い魔になっちゃったのかもしれない。ウィル…何気に苦労してるんだね。


「全くお前って奴は!俺の親父から、こいつが一緒に来るって連絡あっただろうが!」


「そ、それが…。閣下とメルヴィル様からの連名の手紙には、この度のダンジョン視察を若様方がされる事と、エレノア様については『俺(私)の義理の娘がそっち行くから、くれぐれもよろしく!』としか記載されておらず…。まさか、このようなお姿でいらっしゃるとは夢にも思いませんで…」


「親父…」


「父上…」


うわぁ…。父様方、超適当だな!それじゃあこの人が私が来ていないって思っちゃうのも無理ないよ。ああ、兄様方が落ち込んでる。父様方がちゃんと説明していると思っていたんだもんね。ルーベンも土下座したままだし。


仕方がない。ここは私が何とかしなくては。


「あの、兄様方。グラント父様もメルヴィル父様も、きっと何かあった時の為に、私の情報を極力出さないように配慮されたのではないでしょうか?それにダンジョン視察は、領土を預かる貴族の大切なお仕事です。それを私は観光気分で同行したいとおねだりしてしまったのですから、この方がああ言うのはむしろ当然の事です。だからこれ以上叱らないであげて下さい」


兄様方もルーベンも、目を丸くして私の方をマジマジと見てくる。


兄様方、私の事を悪く言われて怒ってくれてるんだろうけど、記憶を無くす以前のエレノアって、言われたまんまのどうしようもない我儘娘だったし、オリヴァー兄様やクライヴ兄様にも酷い事言ったりやったりしていたと思うんだよ。いや、してたね絶対。


仕える主君の大切な息子を嫌な目に遭わせている奴になんて、それが例え守るべき女の子であっても良い感情を抱く訳なんてないと分かっている。

だからエレノアに対しての言葉が辛辣なものになるのも当然の事だ。むしろそれだけ兄様達の事を大切に思っている人なんだから、臣下として大切にしなければね。


「…エレノア様」


ルーベンはその場から立ち上がると、騎士が主君に対して行う礼を取る。


「先程の愚かな発言をお許し下さり、感謝いたします。クロス子爵家を守護する騎士団長として、このルーベン・ブラン。我が騎士団の忠誠をエレノア様にお捧げ致します」


おお!この人、クロス子爵の騎士団長だったんか!やっぱ貫禄違ったよねー。


――じゃなくて!


「えっ!?いえ、そこまでされなくても…」


だいたい騎士の忠誠って、仕える主君にのみ捧げるものでしょう?私なんかに捧げてどうするんだ。


「いえ、美しい姫君に忠誠を捧げるのは騎士として、そして男としての最高の誉れで御座います。どうぞお受け下さいませ」


そ、そんな事言われても…。


私は助けを求めるようにチラリと兄様方の方を見るが、二人とも私に向かって物凄い良い笑顔で頷いている。兄様方…。つまり私に忠誠を受けろと?


「…え~っと…。じ、じゃあ有難く…。あ、でも命なんて捧げられてもいりませんからね?!なんか凄く危ない状態になっても、助けるのは父様方や兄様方のついでで構いませんから!」


私の言葉に、ルーベンが「ブハッ!」と噴き出した。折角シリアスチックに決めていたのに、台無しにしてしまってゴメン。


あ、兄様方やウィル達も肩を震わせている。うう…。ひょっとしたらこういう場合は「光栄ですわ」とか言って微笑んでた方が、淑女っぽくて良かったのかな。…今更遅いけどさ。


「まあ、じゃあ話が纏まった所で、先に進もうか。ルーベン、報告によれば、このベビー・ダンジョンは『内向き』だったね」


「はい、オリヴァー様。それにまだ低級の魔物しか発生しておらず、集まっている冒険者達もランクが下の者か、かけだしの者達ばかりのようです」


「ふむ。じゃあダンジョンの『核』は破壊せずそのままで、ある程度成長するまでは、見守る程度にしておこうか。ただ、視察で希少鉱物が見つかった場合、採り尽くされないよう気を付ける必要があるね」


「は。そこのところは、いつも通りに…」


うむ。オリヴァー兄様、物凄い年上のルーベンに対しても『主君』として堂々と接していますよ、カッコイイ。


バッシュ侯爵邸でも一目置かれているし、本当に有能な人なんだよね。だから私みたいなのが婚約者なんて申し訳ないです。早く防波堤代わりの妹よりイイ人を見つけて、素敵な嫁さんと幸せになってくれる事を願っておりますよ。


まあ…でもその時はちょっと…いや、大分嫉妬しちゃいそうだけどね。

だって兄様達がシスコンなのと同じく、私もしっかりブラコンだからさ。


そうこうしている内に、ダンジョンの入り口である巨大な洞窟の穴が見えて来た。


「エレノア、お前は俺達の間にいろ。無いとは思うが、万が一の時にはウィルと一緒に出口を目指して走れ。分かったな?」


『えー!その時は私も戦います!』…とは言わず「はい、分かりました」と、素直に返事をしておく。


だってクライヴ兄様もオリヴァー兄様も、きっと本気を出したら物凄く強い筈。その人達が戦っている時、私みたいなのがウロチョロしていたら、私を守ろうとする兄様達の足手まといになってしまうに違いない。だから皆の為にも、私は真っ先に逃げた方がいいのだ。


「ま、安心しろ。これなら大丈夫って魔物が出てきたら、お前と戦わせてやるから」


「え?それってどんな魔物なんですか?」


「ま、妥当なのでスライムかな?」


「…兄様。私に戦わせるつもり、ないでしょう?」


あのプルンプルンを倒した所で、巨大ゼリーを切りましたぐらいの感動しかないですよ。


「バカ!スライムを舐めんな!あいつらにもランクがあって、問答無用で溶解液を吹きかけてくる奴だっているんだからな!…ま、そういうのはレアクラスだから、若いダンジョンにはいないがな。いたとしても、俺かオリヴァーが瞬殺してやるから安心しろ!」


「だから!瞬殺しないで下さい!私は戦いたいんですってば!」


そんなやり取りを、少し離れた場所からジッと見つめていたルーベンが口を開く。


「…なあ、ウィル。エレノア様は噂に聞いていたのとはまるで違うお方だな」


「ああ。とてもお心が優しくて、愛らしい方だろう?オリヴァー様もクライヴ様も、目の中に入れても痛くないぐらいにお可愛がりになられてるんだからな!もう俺達使用人は皆、あの方にお仕え出来て幸せの極みってヤツ!」


「…確かにな。あんな顔の若様方、初めて見る」


ルーベンは、エレノアを蕩けそうな顔で見つめるオリヴァーとクライヴに目を細めた。


――自分の主であるメルヴィル様の資質を全て受け継がれたオリヴァー様。


そして、クロス子爵家騎士団を鍛え上げてくれた、国王の覚えめでたき英雄グラント様が「あいつは俺によく似ている」と、密かに自慢しているクライヴ様も、どちらも自分達臣下にとって次期主君と仰ぐに足る自慢の若様方だ。


その彼らを不遇に扱ってるとされるバッシュ侯爵令嬢。


希少な女性。しかも貴族なのだから、多少の我が儘は仕方がない事と分かってはいても、快く思っていない者は多い。かくいう自分もその内の一人だった。


だが…。


自分の目の前でオリヴァー様やクライヴ様と笑顔で話されている、バッシュ侯爵令嬢エレノア様。


少年の姿をしていても愛らしい少女は、噂とはかけ離れたご令嬢だった。


目の前で自分の事を悪し様に言われたというのに、それを怒るでもなく我が主君の思惑を理解し、尚且つ「自分が悪かったのだから」と、暴言を吐いた張本人である自分を庇ってくれた。そのうえ場を和ませようと、あのような冗談まで仰られるなんて…。


そもそも考えてみれば、あのメルヴィル様とグラント様が、自分の息子を貶めるようなご令嬢を「よろしく」してくれなんて言ってくる訳がなかったのだ。


一年前、お二人がいきなり王都勤めをなされたのは若様方を心配されての事と思っていたが、本当のところは可愛い義理の娘の傍に居たいが為だったのかもしれない。…いや、きっとそうだ。間違いない。


でも、お二人の気持ちが今は凄く良く分かる。


自分だとて、もしあんなにも可愛い娘が出来たとしたら、岩にしがみついてでもどんな手段を使ってでも傍にいようとするだろう。


「…なんだろう。天使なのかな?いや、絶対天使だよな…あれ」


「親父…。顔がキモい。いい年したオッサンが、頬染めるな!」





「あれ?オリヴァー兄様。ウィルがルーベンに張り倒されています」


「ああ。あれって、あの親子独特のコミュニケーションなんだよ」


「そうなんですか。仲良いんですね」


うんうん、やはり身内は仲良しが一番だよ。…って、あれ?何か取っ組み合いの喧嘩に発展していますが、あれもコミュニケーションの一種なのかな?やっぱ騎士の家系って、拳と拳で分かり合うってのが家訓なんだろうね。


でもそろそろダンジョンの探索しないと日が暮れちゃうかも…って、あ!クライヴ兄様が二人をぶちのめした。しかも正座させて説教始めちゃったよ。


えっと…。私達、一体いつダンジョンに入れるんでしょうかね?



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ルーベンは場を和ませる為の冗談だと思っていましたが、エレノアは本気です。


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