第26話 大地の魔力
いきなりの咆哮に、瞬時に身構えた私達の前に現れたのは…。
「…え?何これ?」
ヨタヨタと覚束ない足取り。大きさは大型犬程度の…でも、どう見ても犬ではないソレは…。小さなドラゴンの幼生だった。つまり、子ドラゴンだ。
おおお!ミニチュアドラゴン、超可愛い!目がつぶら!
子ドラゴンは私達を見るなり、警戒したように後ずさる。が、何だか弱っているのか、ふらりと身体がよろけて尻餅をついてしまった。
うっ!あまりの可愛さに昇天しそう…って、そうじゃなくて!
「だ、大丈夫!?」
咄嗟に子ドラゴンの元に駆け付けようとした私の身体を、ディーさんが慌てて押しとどめた。
「馬鹿か!?迂闊に野生の魔物に触れようとするな!しかも相手は子供とは言え、ドラゴンだぞ!?」
「で、でも…。あんなに弱っていますし…」
「ディー様。どうやらあのドラゴン、クリスタルドラゴンの幼生ですね」
――クリスタルドラゴンの幼生!?
私は目の前の子ドラゴンをマジマジと見つめた。
黒目勝ちのクリクリした瞳。青みがかった身体はまだ鱗に覆われておらず、つるんとしている。…これが、あのクリスタルドラゴンの子供…?
クリスタルドラゴンは身体が水晶のように透き通ってて、鱗も宝石のようにキラキラしていたけど、目の前のこの子の身体は艶々してうっすらと青みがかっているものの、光り輝いてはいない。
「エル君。クリスタルドラゴンは希少鉱物を食べ続ける事により、その特性を身体に蓄積していって、最終的にあのような姿になるのですよ」
成程、だからまだ子供のあの子は、親と色が違うんだ。
でも、何でまだ子供なのに親と離れて…しかも、こんな違うエリアにいるんだろうか?
「…多分だが、密猟者がこいつを生け捕りにして、ここに連れて来たんだろう。エリアボスであるクリスタルドラゴンの匂いがついているから、このエリアの魔物に襲われなかったんだろうが、あれだけ弱っているという事は、食事を満足に与えられていないな。自力でエサを採ろうにも、このエリアは希少鉱物が存在しないだろうし」
なんだそれ、酷い!あんなに小さいのに親から引き離されて、まともに食事も与えられずにいるなんて…。さぞかし心細くて辛いだろう。本当、あの子を密漁した連中、揃って地獄に堕ちろと言いたい!
「ひょっとしたら、あの幼生がここにいるのは、エル達を襲った連中の仕業かもしれないな。ここの希少生物を狩り尽くしてから、こいつを連れて逃げる気だったのだろうが…。ダンジョン妖精を取り逃がしたから、一旦作業を中止して、すぐにでも逃げようとする筈。だとしたらこいつを連れに、ここにやって来るかもな…」
「では、ディー様。あのドラゴンの幼生を囮に…」
「ああ。あいつらがダンジョン妖精を手中に収めたままだったら下手に手を出せなかったが、今なら何とかなるだろう。不意を突き、奴らを一網打尽にするぞ!」
「え?ま、待って下さい!じゃあ、この子はこのまま放置ですか?!」
「ああ。下手に近寄る事も出来んし、その子がいれば敵は油断する。安心しろ。その子は必ず、全てが終わったら親元に返してやるから」
「そんな…」
こんなに弱っているのに。本当は早く親の元に返してやりたいのに、私達の都合で放置するなんて…。
私はいたたまれない気持ちで、子ドラゴンを見つめた。すると子ドラゴンは私と目を合わせるなり、警戒の唸り声を止め、そのままジッと私と目を合わせ続ける。そしてクルクル…と、甘えるような可愛らしい声で鳴き始めたのだった。
まるで親に甘えるような鳴き声に私は我慢できず、ディーさんの腕から抜け出し、子ドラゴンへと駆け寄った。
「エルッ!」
ディーことディランが、すぐにエルを追い掛けようとするのを、何故かヒューが制止する。
「ヒュー!?貴様、何しやがる!」
「シッ。殿下、あれを…」
ディランがエレノアの方を振り向くと、すぐ間近にやって来たエレノアを見上げた子ドラゴンは、のっそりと身体を起こし、その長い首を伸ばして顔をエレノアの胸に擦り付けた。
「…おい、ヒュー…あれは…」
いくら子供とはいえ、ドラゴンは滅多な事では人に懐かない。特にクリスタルドラゴンは孤高にして至高とされる、知性高きドラゴンだ。それがまだ会って間もない、あんな小さな少女に懐くなんて…。
呆然とその様子を見ていたディランだったが、次の瞬間クッと驚愕に目を見開く。
なんと、エレノアの身体が淡いオレンジ色の光を放ち始め、その光はエレノアの抱くドラゴンの幼生を優しく覆っていく。
「キュルルルー!」
「わっ!ビックリした!どうしたの?いきなり大声出して」
先程までとは一変し、元気な鳴き声を上げる子ドラゴンに驚くエレノアだったが、更に元気よく自分に体当たりするように抱き着いて(?)きた子ドラゴンの勢いに吹っ飛ばされ、エレノアは地面へと転がった。
「わっ!ちょっ!わぷっ!た、タンマ!ストップ!」
舐めたり擦り付いたりと、全身で親愛の情を示す子ドラゴンに翻弄されまくっていたエレノアだったが、それを救ってくれたのはディランだった。
「ディーさん!」
「エル、お前、大丈夫か?」
エレノアごと抱き起された子ドラゴンが、途端に唸り声を上げてディランを威嚇する。そんな子ドラゴンを必死に抱き締めてあやしながら、エレノアは困惑した顔をディランに向けた。
「ディーさん、この子なんかいきなり元気になっちゃったんですけど?」
「ああ。そりゃーお前が魔力を注いでやったからに決まってんだろ」
ディランの言葉に、エレノアはきょとんとする。
「へ?わた…僕が魔力を?」
「ん?何だ、無自覚だったのか。お前の魔力は『土』なんだろ?ダンジョンは特に大地の魔素に満ちている場所だからな。お前が『土』の魔力を使ってそれを集め、その子に与えてやったんだよ」
「うぇえ!?そ、そんな高等技術を僕が!?」
思わず、大声を上げてしまった。
だって、大気中の魔素を集めるのって、実は物凄く難しいのだ。
いつだったか、オリヴァー兄様が集めた魔素で炎を創り出して見せてくれた事があったのだが、それに対して私は魔素を集める事すら出来なかった。
「エレノア。君は魔力操作がもうちょっと出来るようになってから、もう一度やってみようね?」
オリヴァー兄様にそう言われたにもかかわらず、私は魔素集めが全く出来なかった悔しさから、こっそり隠れて練習してみたのだった。
そして結果はと言えば…。
大気中の魔素を集めるのではなく、自分自身の魔力を全力放出してしまい、軽い貧血状態になってぶっ倒れてしまったのだった。
なんでもあの時の私の症状は、軽い『魔力切れ』状態だったらしい。
魔力とは体内の生命エネルギーそのものであり、それが枯渇してしまうと命を落とす事もあるのだという。
治療方法は、軽傷であれば適度な休養と栄養を取る事。重症になると、相性の良い魔力を持った人に魔力を注いでもらう、もしくは自分の魔力と同系統の魔石を摂取させるのだという。
あの時は、緊急輸血ならぬ緊急魔力補充を、たまたま在宅中だった父によって施される羽目になってしまった。元気になった後、私はオリヴァー兄様に「僕がうっかりやって見せてしまったばかりに、エレノアが真似してしまったんだね。本当にごめん!」って、物凄く謝られてしまったのだ。
私は兄様への申し訳なさに、激しくへこんだ。そして話を聞いたクライヴ兄様に滅茶苦茶怒られ、二度へこむ羽目になった。
話が長くなってしまったけど、魔素を集めるというのは、それぐらい高度な技なのだ。それを私は、無意識にやってのけたのだという。いやまさか、そんなこと有り得ないだろう!?
「信じられないか?だが実際、そのドラゴンの幼生は元気になった。それが何よりの証拠だよ。…全く、大したやつだなお前は」
そう言って、「よく頑張った」と言うように、よしよしと優しく頭を撫でてくれる。
その仕草がクライヴ兄様とそっくりで…。思わず顔を上げると、優しく微笑んでいるディーさんと目が合った。
「――ッ!!」
その結果、凶悪とも言える顔面破壊力をもろに喰らう羽目になってしまい、また顔から火を噴いてしまう。
――…くぅっ!…ッ…は、鼻血は乗り切った…!でも、目が…目が…ッ!!
「…お前、何目をつぶっているんだ?」
「眩し過ぎて…。目の保護です」
「はぁ?」
ディーさんの「訳が分からん…」という呟きと、子ドラゴンがペロペロ頬を舐める感触が伝わってくる。嗚呼、今ほどあの遮光眼鏡カモンと思った事は無い。
イケメンには大分慣れた筈だったんだけど…。私の周囲、凶悪過ぎる美形が多すぎなんですよ。まったく!
◇◇◇◇
「へぇー!これが転移門ですか!」
地面に浮かび上がった魔方陣に、私は感嘆の声をあげた。
「ああ。魔石を使うと開くようになっている。さっきもここに来る時、やってみたろ?」
「…よく、覚えてません…」
だってあの時、鼻血噴いててそれどころじゃなかったんだもん。
「ディー様。こ奴らはこのままここに転がしておきましょう」
ヒューさんがパンパンと手を払いながらこちらにやって来る。その後ろには、先程ディーさんとヒューさんが叩きのめした20名程の密漁団(?)が手枷足枷をされて床に転がされていた。
「ああ。数が多いしな。後で人を寄越すとしても…ま、何人か残っていりゃあ御の字ってとこだな」
ディーさんの言っていた通り、子ドラゴンが元気になったすぐ後、タイミングよく密猟者達が現れた。…のだが、あっちが私達の姿を確認し、慌てて攻撃態勢に入ろうとした時には既に遅く。瞬時に動いていた二人の攻撃をもろに喰らってしまった後だったみたいで、あれよあれよという間に全員がその場に崩れ落ちてしまったのだった。
凄かった。文字通り、瞬殺だった。攻撃している姿も見えなかった。
「ディーさんもヒューさんも、凄く強いんですね!凄いなぁ!」
尊敬の念を込め、キラキラした眼差しを向ければ、二人ともなんか照れた様子で顔を背けた。
フフッ。いつも私が照れるばっかりだから、なんか勝ったような気分だ。しかも美形の照れる姿って、凄く可愛いな。
…などと、自分達がエレノアに「可愛い」と思われている事も知らず、二人が二人とも頬を染めながら、笑顔全開で自分達を見つめてくるエレノアの愛らしさに心臓を鷲掴みにされていた。
『ああっ、クソッ!凄ぇ可愛い!本当にどうしてくれようか、この小娘!』
女の肌も知らない、初心な子供でもあるまいに。こんな子供の笑顔一つで、何でここまで動揺しなくてはならないのか。
兄のアシュル程ではないが、自分だってそれなりに遊んできたし、相手をしてきた女達には散々美辞麗句を捧げられてきた。
言い寄ってくるご令嬢達はそれこそ星の数ほどいたし、我こそはとグイグイ押してくる連中などは、言っては悪いが、目の前のこの少女よりも格段に美しい者達ばかりだった。
なのに、こんな飾らない言葉や態度に、何故こんなにも心が浮き立つのだろう。
なんの思惑も欲望も無い澄んだ眼差しが、どうしてこんなにも美しく思えるのだろう。
『あの…ディラン殿下、やはり私、寿退社をしてもよろしいですか?』
人生初めて感じる甘酸っぱい感情に浸っていた最中に、無粋な冗談(本気?)をぶっこんできた部下への怒りに、ディランはビキリと青筋を浮かべた。
『ふざけんなよこのバカ!ぶっ殺すぞ!?』
『フッ…私を殺しにきますか。いい度胸です。いつでもどうぞ。その代わり、返り討ちは覚悟なさって下さい』
『お前はー!!それが仕える主に対して言う台詞かっ!?』
「良かったね。これからお母さんの所に返してあげるからねー?」
「キュルルルー!」
ほんわかとしたエレノアと子ドラゴンとのやり取りに、ディラン達は我に返る。
「…あ~…。それにしても、あまりにも手ごたえの無い連中だったな」
「そうですね。…エル君、この中に君を襲った者達はいましたか?」
「それが…全員フードを被っていたから…。でも、僕と鳥籠を奪った男は、この中にいなかったと思います」
あの時一瞬だけフードの中の素顔を見たのだが、今この場に転がされている人達の中に、あの顔はいなかった。
「ふん。ここにはドラゴンの幼生を回収しに来るだけだから、下っ端の連中だけを寄越したのかもしれんな」
え?!って事は、ボスクラスの連中はまだどっかにいるって事だよね。…やだなぁ…。
オリヴァー兄様に恨みがあるみたいだから、ここで捕まえなかったらまた何か仕出かすかもしれないし、出来ればここでスパッと捕まえて、後顧の憂いを無くしたい。
「大丈夫だ、エル。このドラゴンの幼生を親に届けたら、その足で一気に地上に出る。そうすれば俺の従者…いや、仲間達が待っているから、残党の一匹も逃しはしない。だから安心しろ」
「は、はいっ!有難う御座います!」
ついでにエレノア自身も、しっかりお持ち帰りが決定事項になっている…などとはつゆ知らず、エレノアはディランに頭を下げた。
「ヒュー、って訳で、万が一残党がすでに逃げていた時の為に、こいつら生かしておくぞ」
「かしこまりました。では、魔物避けの香木と…結界も張っておきましょうか」
「そうだな。時間が無くて選別できんから、取り敢えず全員に施しとけ」
そう話し合うディラン達を見て、エレノアは汗を流した。
『成程…。このエリアにだって魔物いるんだもんね。つまりさっきの「何人か残っていりゃあ御の字」って台詞、「何人か魔物に喰われずに生き残っていれば御の字」って事だったんだ。うわぁ…。流石は冒険者。密猟者に対して容赦ないなぁ…』
――それにしても…。
ヒューと会話をしているディランを見て、エレノアはふと思った。
『ああいうの、『王者の風格』って言うのかな…』
ひょっとしたら、ディーはただの冒険者ではなく、貴族なのかもしれない。だって、人の上に立つのが様になっている…というか、人を自然と従えるカリスマ性を持っているように感じるのだ。
なによりこの人は、オリヴァーやクライヴと同種の匂いがする。
ひょっとして…いや、多分、この人はこのダンジョンを所有する貴族に連なる者なのだろう。
年は…聞いていないが、多分オリヴァー兄様やクライヴ兄様とそう違わないだろう。ひょっとしたら、王立学院で同級生だったりするかもしれない。
『無事に兄様達の元に帰れたら、ディーさんの事、聞いてみよう』
「エル、じゃあ80階層行くぞ」
「はいっ!」
王者の風格どころか、実際に王族な事などつゆ知らず、エレノアは子ドラゴンを魔方陣へと促した。
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