第三章 ダンジョン編

第19話 私の行きたい所

あの波乱万丈な王家のお茶会から早一年。私は11歳になりました。


しかし、11歳にもなったというのに何故か私の身長、あまり伸びないんだよね。体形だって、ちょっとはあちこちに膨らみが出て来てもいいと思うのに、何故かツルペタのまま…。いかん、なんか目頭が熱くなってきた。


おかしいよね。普通11歳って、第二次性徴期真っ盛りだから、女子の私は男子よりも早く、身長も体形も大人の階段を昇って行く時期な筈なんですよ。


実際、日本女子やっていた時はそれぐらいにいきなり身長伸びて、女の子特有のアレもきて…。いや、アレは来なくてもいい。来ても誰に相談すればいいのか分からないし、恥ずかしい。そして何より鬱陶しい。


「エレノア?何を考え込んでるんだ」


「クライヴ兄様」


本日は学院がお休みなので、私は朝からクライヴ兄様と剣の修行を行っている。ちなみに今現在は、ウォーミングアップしている最中だ。


「いえ…なんというか…私、成長遅いなぁって思って」


「ん~?別にいいじゃないか。そんなグングン成長しちまったら、こっちは寂しいからな。ゆっくり大人になっていけばいい」


そう言って、私の頭を優しく撫でてくれる兄様。


――くぅっ!銀色の髪が太陽に当たってキラキラ輝いていて、麗しい御尊顔と合わさってダブルで眩しい。相変わらず、本当に目に優しくない美しさです。妹はいつになったら、この暴力的顔面破壊力に慣れるのでしょうか。


「兄様は、凄く成長しましたよね」


「そう思うか?」


「はい。とても」


私と違い、この一年でクライヴ兄様はグンと大人っぽくなった。いわゆる、第三次性徴期ってやつです。


身長も前より伸びて、今ではグラント父様と変わらない。まぁ、相変わらず剣術も武術も父様に敵わないらしいんだけど、グラント父様曰く「前よりはマシになった」…だそうだ。マシ…ですか。グラント父様。息子に対して、言い方本当に容赦無いね。


「そうだとしたら、お前のお陰だな」


「私の?何故ですか?」


「男が成長する時なんて、愛し守りたい者が出来た時って相場が決まってるからだろ」


――キャーッ!!


ボフンと、顔から身体から真っ赤になって湯気がたつ。


サ、サラリと凄い事言いましたよ、この人!折角クールダウンした身体が一瞬で熱くなってしまったじゃないですかー!!い、妹に対して、何殺し文句言っちゃってんだよ!!


「おっ、お、おにい…さまっ!そ、そういうお言葉、他に言う方、いらっしゃらないんですかっ!?」


私の婚約なんて、一時的な防波堤代わりなのに、未だにこの兄はシスコン全開でこんなクソ甘ったるい台詞を私に向けて吐いて下さる。あれだ、確実にオリヴァー兄様の影響受けてますよ。本当にけしからん!


ゾクッ…と、なんか物凄い冷気を感じた。


見れば、クライヴ兄様の顔が無表情になっている…って、ヒィッ!目!目が笑ってません!冷え切ってます!氷結です!なんか背後からも、オーロラらしき何かが見える…気がします。しかも極彩色ではなく、おどろおどろしい色のやつが!


「…エレノア。お前、それどういう意味だ…?」


声が滅茶苦茶怒っているー!!荒げていないのが余計に恐い!恐いです、兄様!


ガクガクと涙目で震えている私を見て、クライヴ兄様が先程の無表情から一転、打って変わって笑顔になった。…いわゆる、『黒い微笑み』ってやつだ。


「お前、余計な事ばかり考えて、頭が沸いてんだろ。運動不足ってやつだな。よし、今日は特別に、俺が親父に受けているレッスンを体験させてやろう。普通の奴だったら三日は寝込むかもしれんが、幸いお前は鍛えているからな。今日一日筋肉痛で動けなくなる程度で済む。安心しろ」


――兄様ー!!それ、ちっとも安心できないやつ!グラント父様の特別メニューって、死亡フラグしか立ちません!!


「まずは基礎訓練からな。腹筋200回、腕立て300回、屋敷周りを全速力で10周、その後は素振りを高速で千回。さあ、やるぞ!」


「クライヴ兄様!そんなもん体験したら私、死んでしまいますよ!」


「やかましい!とっとと始めろ!」


「わーん!兄様の鬼ー!!」






…それから一時間後。


「つ…疲れた…!」


何とか基礎訓練はこなせたものの、もう心臓はバクバク、膝はガクガク、腕もブルブル、息も絶え絶えになってしまい、私はみっともなく鍛錬場の芝生の上で大の字で伸びていた。


え?淑女として、その恰好はアウトだろって?

うるさいわ!それじゃああんたも、私と同じ目に遭ってみろってんだ!むしろ失神しなかっただけでも褒めて欲しいくらいだよ!くっそう!


そんな私を尻目に、全く疲れを見せる事無く、クライヴ兄様が腰に差している鞘から剣を引き抜く。


そして意識を集中させると、手を剣へとかざし、ゆっくり横になぞる様に滑らす。するとその動きに合わせるかのように、普通の剣が青白く光り輝いていく。


クライヴ兄様の魔力、水の属性の一つである『氷』の力が剣に宿ったのだ。


そのまま、クライヴ兄様がその剣で様々な型を振るう。青白い光が残滓となって光の帯を作り、氷の魔力が周囲にダイヤモンドダストのような煌めきを撒き散らす。まるで一分の隙も無い剣舞を見ているようだ。


「綺麗…」


思わず呟き、食い入る様にクライヴ兄様の剣さばきに魅入る。


一度、的を相手に攻撃をしてみせてくれた事があるのだけど、振るった剣からの衝撃波が的を直撃するや凍り付き、原型も留めぬ程に霧散してしまった。


…凄かった。あの的、牡牛程の厚みと大きさだったんだけど、それが一瞬でクラッシュアイスに!


私が提案した(という事になっている)剣に魔力を込める戦法だが、割と早い段階でグラント父様が実用化にこぎつけた。流石は英雄と呼ばれる戦の申し子である。


そして、それを私や家族の前で披露してくれたのだが、その時私が「グラント父様!凄い!カッコいいー!」と、大興奮してはしゃいだ事で、クライヴ兄様のやる気に火が付いたらしく、今ではクライヴ兄様も完璧に剣に魔力を込められるようになっている。


え?私ですか?


私は今のところ、2割程度…いや、1割程しか剣に魔力を込める事が出来ないでいます。はい。


クライヴ兄様曰く「魔力が安定していないから」だそうで、今現在は魔力を安定して出せるように、オリヴァー兄様から指導を受ける日々だ。


これまたオリヴァー兄様も、魔術に関しては容赦なく私をしごいて下さるんですよね。あんまり上達しないのが気に入らないのかもしれないけど、そこは天才と凡人の違いと諦めて欲しいです。


ちなみにオリヴァー兄様だけど、剣を使っての戦闘はクライヴ兄様に敵わないそうなんだけど、剣にムラなく魔力を込められるのはオリヴァー兄様の方が上。


結果的に、戦闘能力はどっこいになるのだそうだ。なんでもオリヴァー兄様も、グラント父様を絶賛する私を見て奮起したらしい。二人揃って、安定のシスコンっぷりです。


私はあちこちギシギシ言ってる身体を何とか起こすと、10歳の時にクライヴ兄様から頂いたナイフを腰ベルトに差した鞘から引き抜いた。


実はこのナイフ、私の我儘…というかお願いで、30センチ程の片刃の剣に鍛え直されているのだ。


片刃の剣。…そう、つまりは憧れの『日本刀』ですよ!まあ、脇差サイズなんだけどね。


勿論、この世界に日本刀なんて存在しないから、お父様にイラスト付きで説明して、何とか作れないかとお願いしたみた。


「ふーん。面白い剣だねぇ。エレノアは本当に色々よく考え付くから、感心するよ。でも、何でわざわざ片刃にするの?」


父様には当然そう聞かれたのだが、「憧れの日本刀が欲しいからです!」とは当然言えない。


なので、憧れ以外の理由…その方が怪我をする事無く、直接剣に触れながら魔力を込める事が出来るから…と言っておいた。後付けみたいだが、嘘ではない。本当にそう思ったからだ。ついでに、峰打ちの概念も伝えておいた。


戦争とか、魔物退治とか、一撃必殺の場合には必要のないものだけど、戦いの最中に生け捕りにしたり、殺したくない相手と打ち合ったりした時なんかには有効だという事を、拙いながらも父様に説明していく。


私だって、ひょっとしたらこの剣で誰かと戦う時がくるかもしれない。

甘っちょろい考えかもしれないけど、その時は出来るだけ相手を傷付けたくないから。


「つまり、人を生かす剣です!」


「人を生かす…剣…」


父様が目を丸くしていました。


そして父様からその話を聞いたグラント父様が「エレノアは面白い事を考えるなー!」と大笑いした後、少しだけ真顔になった。


「剣は『殺す為の道具』だという認識が当たり前と思っていたが…。そうか。剣は人を『生かす』事も出来るんだな。エレノア、お前はたいした娘だ!」


そう言って優しく頭を撫でてくれた後、グラント父様は懇意にしている鍛冶師に私の希望を伝え、見事ナイフは脇差へと形を変えたのだった。


後に、その鍛冶師がその刀を自分なりに改良したものが騎士達の間で評判となり、主に魔力を剣に込めて戦うタイプの騎士ご用達になったんだとか。


私は先程のクライヴ兄様に触発され、刀に魔力を込めてみる。


だけどやはりというか、刀身はクライヴ兄様の時のように均等に魔力を宿さず、斑に魔力の残滓が点滅しているだけだ。


「う~ん…。やっぱ駄目だなぁ…」


「エレノア。また失敗か?」


「はい。…兄様。私もいつか兄様のように、美しく剣に魔力を宿す事が出来るでしょうか?」


「ああ。お前は驚く程剣術の筋が良い。オリヴァーに習って、魔力を完璧にコントロール出来るようになれば、きっと出来るさ」


優しく笑いながら、クライヴ兄様は私の髪にキスを落とす。しっかり真っ赤になりながら、私はクライヴ兄様を見上げて微笑んだ。


「………」


「クライヴ兄様?」


「ああ!ったく、お前って奴は!」


そう言うと、クライヴ兄様は私を自分の胸に抱き締める。あ…。兄様の香り…爽やかで優しくて、凄くいい匂い。


「お前、15になるまでそのままでいてくれよ。…でないと、俺の理性と自制が効かん」


そのまま…とは。まさか、この幼児体形のままでいてくれって事ですか?何ですかそれ。こんな体形の15歳がいてたまるか!というか、私が嫌だ!


私の第二次性徴期…頑張れ!頼むからいい仕事してくれよ!





◇◇◇◇





結局、私は筋肉痛が酷くて稽古を続行出来ず、クライヴ兄様に抱き上げられた状態でサロンへと連れて来られた。

そこではオリヴァー兄様が珍しく難しい顔をしながら、手元にある手紙を見ている。


「オリヴァー兄様」


「やあ、エレノア」


私に名を呼ばれ、一転渋面を笑顔に変えた兄様は、私に向かって両手を広げる。あ、今度はこっちにおいでって事ですね。…嫌です。


「なんで?」


「…私、さっきまで沢山運動して、いっぱい汗をかきました。しかも、運動着のままです」


「僕は全然気にしないけど?」


「私は気にします!」


「あ、そう?そんなに気になるなら、僕がお風呂に入れてあげよう。ジョゼフ、早速入浴の用意を…」


「待って下さい!!何でそうなるんですか!?」


11歳にもなって、実の兄にお風呂に入れられるって、どんな羞恥プレイなんだ。たとえツルペタ体形でも、断固拒否だ!また鼻血噴いちゃうだろうが!


「だって、汗臭いのが気になるんだろ?僕は全然気にしないのにねぇ…」


あ、これって脅しだ。お風呂が嫌なら、自分の腕の中に来いって、そう言いたいんだ。

…この人なら、絶対に有言実行するよね。くぅっ…!オリヴァー兄様、なんて鬼畜で卑怯な…!


――結果、私は脅しに屈した。


「ほれ、オリヴァー」


クライヴ兄様が、苦笑しながら私をオリヴァー兄様に手渡す。あっ!やめて兄様!ほっぺにキスって、それだけは…!


「うん、エレノアからはいつも、甘い匂いがするね」


キスしちゃった後で、そんな台詞を耳元で囁かないで下さい!妹を憤死させるおつもりですか!?


うう…オリヴァー兄様。この一年で、より一層美貌に磨きがかかりましたが、妹弄りにも拍車がかかりましたよね。だから私はいつまでたっても、こんな真っ赤で無様にうろたえる羽目になるんですよ。本当、寿命が縮まるから勘弁して下さい。真面目にお願いします。


「と、ところで兄様。さっき読んでいたお手紙はなんなんですか?」


途端、オリヴァー兄様の顔から笑顔が消えた。


「ん?ああ、アレ?お茶会のお誘いだよ。…王家から」


「え?!またですか?」


「うん、そう。また…ね」


オリヴァー兄様は先程読んでいた手紙を手に取ると、手紙は一瞬で炎に包まれ、灰になってしまう。…あの、王家からのお手紙ですよね?不敬ではないのでしょうか?


実はあのお茶会からこっち、王家からのお茶会の招待状が定期的に届くようになってしまったのだ。


その度、丁寧に欠席のお返事を差し上げているのだが、暫くすると、また招待状が届くの繰り返し。


キレたオリヴァー兄様が、第一王子のアシュル殿下に直接お断りの旨を告げ、遠回しに「もう送ってくんな!」って伝えてるんだそうなんだけど、その都度笑顔で「あ、そう?」と仰られて終わり。取り付く島もないらしい。


「一体全体、どういう訳なんだか。あんな風にエレノアをからかっておいて、個人的にお茶会に誘ってくる意味が理解できないよ」


うん、私もよく分からない。


だってさ、どう考えても王子様達、私に良い印象なんて持っていなかったよね?あのお茶会の時に、直々にお呼ばれされたのだって、我儘な私をちょっと懲らしめようとしたってのが理由だった訳だし。


でも、その王子様達のやらかしのお陰で、私がお茶会を断っても角が立たないんだそうな。でも、いつ強硬策を取られるか分からないって、オリヴァー兄様はイライラしている。


「…これから長期連休のシーズンだし…。いっそどこかに避難するって手もあるかな…」


そう呟くと、オリヴァー兄様は私の顏を覗き込む。うっ…!眩しいです。お兄様。


「エレノア?どこか行きたい所はあるかい?」


「い、行きたいところ…?」


おおっ!遂に私、この屋敷から外の世界へデビューですね!あ、あのお茶会は世界へのデビューにカウントしません。だって、外の世界と言っても、肉食女子の闊歩する野生の王国だったから。


「うん、そう。僕の生家であるクロス子爵邸に行ってもいいし、バッシュ侯爵領の中にある避暑地でもいい。君の行きたい所に連れて行ってあげるよ?」


クロス子爵のお屋敷!オリヴァー兄様とクライヴ兄様が生まれ育った場所か…。凄く興味がある。お父様の領内も、温泉とかあったら最高だな。あ、海も見てみたい。いっそ、外国旅行とかでも…。


その時、私はとある事を思い出した。

そうだ…。今なら『あそこ』に連れて行って貰えるかもしれない。


「オリヴァー兄様!行きたい所決めました!」


「うん、どこかな?」


「私、ダンジョンに行ってみたいです!」


元気に言い放った私の爆弾発言に、兄様方は驚きで目を丸くした。

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