第16話 いざ、お茶会へ!
「さあ、お嬢様。出来ましたよ!」
「………」
二ヵ月前、私の誕生日の時同様やり切った感半端ない良い笑顔で、整容担当の使用人達が私に声をかけてくる。…が、私にはあの時のような高揚感は欠片も無い。
「さあ、どうぞ。お姿をご覧になって下さい」
…ご覧になりたくない…。
だが、私にうだうだしている時間など無い。
仕方なく腰かけていた椅子から降りると、私は全身が映る姿見の前へと立った。
「…わぁ…」
抑揚のない声が無意識に漏れる。
そこにはまごうことなく、どこから見ても痛い系なご令嬢の姿が映り込んでいた。
顔半分は分厚い縁取りの眼鏡に覆われ、どこの悪役令嬢だよ!?とツッコミたくなるような縦ロールの髪にはド派手なピンクのリボンがこれでもかと自己主張している。加えて、リボンの色に合わせたような、フリフリどピンクなドレスと靴。
しかもこのドレス、白だけでなく、赤や青、黄色、橙…といった様々なリボンがあちこちに飾り付けられていてね…。もう、なんていうか…。「何なんだよお前は、頭イカレテルのか!?」と、セルフツッコミしたい気分だ。
「エレノア?出来たかい?」
貴族の正装をしたオリヴァー兄様と、豪華バーション執事服を着こんだクライヴ兄様が部屋へとやってくる。
「…うん。素晴らしいね。想像以上だ!君達、ご苦労様」
満足気にニッコリと笑うオリヴァー兄様。…あの…想像以上って…。
クライヴ兄様は、私から微妙に視線を逸らして肩を震わせている。くっそう!笑いたければ笑え!
「…兄様達は、相変わらず恰好良いですね」
抑揚のない声でそう言いつつ、溜息をつく。
それに引き換え、私はなぁ…。はぁ…。本当に、こんなまでする必要があるのかな。
そんな私を、オリヴァー兄様がひょいっと抱き上げる。
「お褒め頂き光栄です、僕の姫君。…うん、いつもみたく顔も赤くないし、心拍数も上がっていない。いい感じだね」
「はい。この眼鏡をかけているお陰です」
そう、今私がかけている、このバカデカい眼鏡。これこそ、この世界のグラサン!あらゆる意味で眩しさを軽減するスーパー眼鏡だ。
物理的にかつ強制的に、私が眩しいと感じた対象者の姿を上手くぼかしてくれる。しかも主に顔中心に。素晴らしい。なんて目に優しい仕様の眼鏡なのだろうか。
だから、普段だったら顔を真っ赤にして鼻血を噴きそうな程カッコいい兄様方の姿を見ても、ぼやけて見えるから顔が赤くならないで済んでいる。このイカレた格好の中で、唯一素晴らしいと思える点だ。
ちなみにこの眼鏡、フレームの色は私の必死の抵抗と泣き落としの結果、かろうじて銀に近い白色になっている。これがもしショッキングピンクになどなったりしたら、私は断固、お茶会に行くのを拒否しただろう。
「じゃあ、そろそろ時間だから、出かけようか?」
「あ、待って下さい!」
「ん?どうしたの、エレノア?」
「あの…。オリヴァー兄様。私が我儘仕様になる前に、ギュッてしてもらっていいですか?」
そう、この屋敷を出た瞬間、私の戦いは始まる。だからその前に、兄様達にうんと甘やかしてもらって、勇気をもらいたい。
「――ッ…!!」
途端、オリヴァー兄様が口元を手で覆って赤くなる。そして私の望み通りに優しく(でも力一杯)抱き締めてくれた。
「クライヴ兄様も…。私が嫌な事いっぱい言っても、嫌いにならないで下さいね?」
「――ッ!エレノア…!」
クライヴ兄様、オリヴァー兄様からひったくるように私を奪い取ると、ぎゅうぎゅう抱き締める。
「お前を嫌いになる訳ないだろ!俺の方こそ、お前に辛く当たるかも…いや、絶対辛く当たるが、嫌いになってくれるなよ?!」
「大丈夫です、兄様!私、この二週間にわたる修行で、兄様のお言葉に込められた心の声(副音声)が理解出来るようになりましたから!どんとこいです!」
「ああ。俺もお前の我儘な言動の裏にある、真実の声ってのが、割と理解出来るようになったぞ!これも俺達の絆のなせる技ってやつだな!」
「いいねぇ…君達、仲良くて。僕一人だけ蚊帳の外みたいで寂しいよ…」
はぁ…と、わざとらしく溜息をつかれ、私とクライヴ兄様の額にビキリと交差点が浮かんだ。
「お前はいつもと仕様が変わらなくて済むからな!」
「兄様ばっかり苦労してなくてズルいです!」
「だって僕、エレノアが我儘だった時も変わらずエレノアを愛していたからね。そんな僕に、なんの演技をしろと?」
「「………」」
そう言われてしまえば、クライヴ兄様も私も黙り込むしかない。
そうなのだ。この兄は、あの超絶我儘野郎だったエレノア(私の事だが)に対しても、惜しみない愛を注いでいて下さった、まさに兄の中の兄。ベストオブ・兄なのだ。
だからオリヴァー兄様はいつも通りの態度で私に接すればいいだけなので、この二週間はもっぱら、私やクライヴ兄様の監修だけしていた。…なんか理不尽だなと思うけど、こればっかりは仕方がない。
「さ、それじゃあ本当に行こうか。エレノア、クライヴ、頑張ってね!」
「はいっ!お兄様!」
「おう!」
そうして私達は馬車へと乗り込むと、一路、決戦の場である王宮へと向かったのだった。
◇◇◇◇
ドンッと聳え立つ、白亜の宮殿を馬車の中から見上げ、私はゴクリと喉を鳴らした。
見れば、あちこちに様々な馬車から降りているちびっこやら大人やらがいる。みんな、煌びやかに着飾っていていて眩しい…筈だが、この遮光眼鏡(仮名)を装着している私に隙は無い。
『さあ…。いよいよ、舞台の幕が上がるのよ!』
私は女優、私なら出来る、ガラスの仮面を着けるのです!…と、心の中でブツブツ呟きながら、私は恭しく差し出されたオリヴァー兄様の手を取ると、馬車から降りていった。
その途端、周囲の空気が凍った…気がした。
チラリと周りを伺ってみると、何かみな一様にギョッとしたような表情でこちらを見ている。…うん、分かるよ君達の気持ち。私だってこんな奇抜なファッションに身を包んだ少女がいたら、驚愕の表情でガン見する自信がある。
「さ、エレノア行こうか?今日はガーデンパーティー形式らしいから。王宮の庭園は季節を問わず、色々な花が咲き乱れて、とても綺麗だそうだよ」
兄様の言葉に応えるべく、私は深く息を吸い、言い放った。
「花なんて興味は無いわ!それよりもお庭でお茶会なんて最低!折角のお靴が汚れちゃう!オリヴァー兄様、会場まで抱っこしていって!」
「はいはい。分かったよ、エレノア」
オリヴァー兄様が苦笑をしながら、私を抱っこしてくれる。そんな私を、クライヴ兄様が冷たい表情で一瞥した。
「お嬢様、まだお茶会も始まっていないのに、もう我儘ですか?少しはご自分の足で歩こうとなさらなければ(どうした?やっぱ緊張しているのか?)」
「うるさいわねクライヴ!私は歩きたくないの!余計な口挟まないで!(いや、高い位置から出席者達を見たかったのです)」
「それは失礼致しました。ですが、主人の行動を諫める事も、執事の務めですので(そうか。戦いにおいて、状況分析は必要不可欠だからな。いい判断だ)」
私達は互いに、バチバチと火花を散らすふりをしながら、副音声で会話を行う。
「ああ、ほら。エレノアもクライヴも、それぐらいにしなさい。…これから高貴な方々のいる場所に行くのだから、もっと慎重に、お互いに仲良くね」
オリヴァー兄様は流石のスキルで、私達の心の中の会話をしっかり理解していらっしゃるご様子。
ちなみに今のオリヴァー兄様のお言葉は「これから敵の本丸に向かうから。各々方、油断めさるな」という意味だ。なぜ武士な口調なのかという点には深くツッコまないで欲しい。
『それにしても…』
オリヴァー兄様に抱っこされながら、周囲の人達をチラチラ盗み見てみるが、やはりというか大小問わず、男性は皆イケメンが多い。(皆、微妙に顔がぼやけて見えるから)
オリヴァー兄様やクライヴ兄様クラスは流石にいないみたいだけどね。やはり兄様達って、規格外なんだなぁ。
対して女の子達はと言えば、色々着飾って華やかだけど、顔面偏差値が異常に高い男性達に対し、顔立ち的にはわりかし普通な少女が圧倒的に多い。勿論、それなりの美少女もチラホラいるけどね。やはりというか、以前私が推測した野生の法則が働いているのだろう。…多分。
そして、大体の少女達が二人以上の取り巻き(もしくは兄弟?)を付き従えていた。オリヴァー兄様ぐらいの年のご令嬢達に至っては、もうあからさまに恋人だろうって男性達を侍らかしている。
ううむ…。肉食女子達の群れ…。話には聞いていたけど、やはり実際見ると凄い世界だな…。
彼女らはオリヴァー兄様やクライヴ兄様を目にするなり頬を染め、熱くてねっとりとした視線を向けてくる。対して私には、突き刺さるような鋭い視線を向け、取り巻き達とクスクス嘲笑したりしている。これまた実に分かり易い態度だ。
まあ…ね、こうなるのは分かっていたけど、やっぱ気分が良いものでは無いな。私の我儘っぷりを先制パンチで見せ付けたのだ。そろそろ本丸へと移動すべきだろう。
「兄様!歩くのが遅いわ!もっと早くして!私、喉が渇いたの!(兄様、すみません。私、早くこの場を離れたいんですが)」
「ああ、御免ねエレノア。…そうだね。ちょっと毒花の匂いがキツいから、急ぐとしようか」
私の要求に、兄様がニッコリと笑って頷く。なんかさらりと呟いた言葉に滅茶苦茶トゲがあった気がするが…まあ、兄様ってシスコンだからね。
「お嬢様、くれぐれも粗相をなさらないように(これからが本番だ。気を引き締めろ!)」
「うるさいわね!分かっているわよ!そんな事!(はい、兄様。了解です!)」
私達は、羨望と嫉妬の視線をビシバシと背中に感じつつ、その場を後にしたのだった。
そうして、お茶会の会場となっている王宮の中庭へと移動した私は、その美しさに目を丸くした。
『す、凄い!うちの庭園も凄く素敵だけど、こちらとは比べ物にならない…!』
青々と、瑞々しい芝生がどこまでも広がる空間。それに映える色とりどりの花があちらこちらに咲き誇っている。しかもこの季節では咲かない筈の花までも咲いていて、まさに百花繚乱。
そしてその花々を愛でられるような絶妙なポイントにテーブルや椅子が配され、その上には目も眩む程美味しそうなお菓子が所狭しと置かれている。
そしてお庭の中央には、真っ白な大理石で造られた、豪華な東屋のような場所があった。ひょっとしなくても、そこが王族達が座る場所であろう。
「じゃあエレノア、僕達はここでお茶を頂こうか?」
そう言うと、オリヴァー兄様は大きな藤の木の根元に設置されたテーブルへと向かった。
王族とお近づきになりたいご令嬢方は皆、少しでも東屋に近い席に座りたがるので、東屋からかなり離れた端の方にあるこの場所は人気がなく、私達的には絶好のポイントだ。
『うぉぉお!凄いなこの藤の花!前の世界でも、藤の花が有名な公園に行った事があるけど、それ以上だわ!』
垂れ下がった薄紫の花は、まさに狂い咲いていると言ってもいいだろう。
その幻想的な光景を、思わずうっとり眺めていた私の口に、すかさずクッキーが差し出される。
「さ、エレノア?君の好きなクッキーだよ。あーんして?」
――おっと、いけない!私、花なんかに興味の無いお嬢様って設定だったね!
慌てて差し出されたクッキーをパクリと口にする。サクサクホロリと口の中で溶けるように無くなっていくその美味しさに、思わず頬がゆるみそうになってしまう。が、我儘令嬢エレノアに、そんな反応は許されない。
「…兄様、こんな貧相なクッキーじゃなくて、もっとクリームたっぷりのケーキが食べたいわ!」
「ああ、御免ね。エレノアは生クリームが好きだものね」
そう言って穏やかに笑いながら、兄様はクリームが乗っかったプチケーキを口元に持ってきてくれた。
パクリと口に含むと、これまた濃厚なクリームの味が口の中いっぱいに広がって、滅茶苦茶美味しい。流石は王族が提供するお菓子だ。レベルが高すぎる。
「兄様!次はあっちのピンク色のがいい!早く取って!」
「はいはい」
――何気に視線を感じる…。
こんな会場の端にある席に座っているにも関わらず、あちらこちらから視線を感じる。うん、そりゃあそうだよね。私の兄様達、超、超、優良物件だからね。肉食女子なら涎が出るほど美味しそうだろうさ。それがこんな子供に傅いてご奉仕しちゃってるんだもん、そりゃあ妬ましいだろうね。
とびきり美しく、優しい兄に我儘を言いながらケーキを食べる私は、さぞかし可愛げのない我儘娘に見えるだろう。格好もアレだし…。だが、ここで手を緩める訳にはいかない。
「クライヴ!なにをボーっと立っているの?!私、喉が渇いてるの!早くお茶を淹れて頂戴!(済みません兄様。緊張とお菓子で喉が渇きました。お茶を淹れて下さい)」
実の兄に高飛車な口調で命令をする私に、クライヴ兄様は絶対零度の醒めた視線を向ける。
「かしこまりました。お嬢様が考え無しにお菓子を頬張って、喉に詰まらせては大変ですからね。すぐにお淹れ致します(分かった。今淹れてやるから、菓子を喉に詰まらせないよう、ゆっくり喰えよ)」
「余計な事を言わないで、さっさと淹れなさいよ!気が利かないわね!(有難うございます。気を付けます)」
あ、私達の副音声な会話に、オリヴァー兄様の肩が小刻みに震えているよ。…うん、兄様が楽しそうで、何よりです。
オリヴァー兄様のみならず、見目麗しき美貌の少年執事、クライヴ兄様までをも顎で使うちびっ子…。ふふ…。なんかもう嫉妬の視線ビシバシで、火傷しそうだよ。
『…にしてもさぁ…』
お菓子を食べながら、こっちも他の子達の様子を伺っていたのだが…。そこには驚きの光景が広がっていた。
「ちょっと!このお茶、私の好きな茶葉じゃないじゃない!」
「いやーっ!!私、あっちのお席がいいの!あっちに咲いている薔薇の方がこっちのお花より断然綺麗だもん!替えて来てもらって!」
「だから私、お洋服は白いレースのが良いって言ったじゃない!こんな服、私の魅力がちっとも出せていないわ!誰か家から取って来てよ!」
「ねえ、貴方。王子様が来たら、真っ先に私を称えなさいよ。あちらが私に注目して下さるように、なるべく大きな声でね!」
…等々。私の我儘って、スタンダードな方だったんだなーと、真面目に納得です。あ、向こうの席の子、癇癪起こしてお菓子スタンドひっくり返してる。あっちでは男の子を取り合ってご令嬢同士が取っ組み合いやってるよ。…マジか。
ひょっとして、これが普通のお茶会ってやつなのかな?だとしたら、淑女の嗜みとは一体…。
そういえば以前、クライヴ兄様が言っていたっけ。
『エレノア。世の女共の第一形態は制御出来ない野生の獣だ。それが年を取るごとに獣性の上に人間の皮を被っていき、いわゆる『淑女』と呼ばれる生き物になっていく。だがひとたび「これ」といった獲物を見つけたら、奴らは獣の本性をあらわにして、喉笛に喰らい付こうとしてきやがるんだ』
それを聞いた時は『兄様…ひょっとして、女性関係で
お貴族様の優雅な「うふふ…」「おほほ…」な世界とは程遠い目の前の光景に、うっかり猿山を思い出す。そうか…。これが第一形態かぁ…。う~ん…。確かにこの場では、我儘なフリしてないと逆に浮くなぁ。
対して男性陣はというと、キレて暴れたり、喚いたりするお嬢様方を何とか宥めすかし、お菓子を食べさせたりお茶を飲ませてあげたりと、皆必死だ。
まあ、男余りのこの世の中で、折角ゲットした恋人ないし結婚相手だもんね。捨てられないよう、必死になるのも分かるよ。
でもこれが、女の子への甘やかし無限ループになって、矯正不可能な程、自分勝手で高飛車なお嬢様が出来上がってしまうんだろうな。普通に育てば、ちゃんと素直な可愛い子になれるかもしれないのに。なんか勿体ないな…。
その時だった、急に黄色い歓声がわき上がる。
慌てて声の上がった方へと目を向けると、護衛の騎士に囲まれ、三人の少年(青年?)達が歩いて来るのが見えた。多分…いや、間違いない。王子様達だ。
『つ、遂に…!』
ロイヤルファミリーの登場に、私はゴクリと喉を鳴らしたのだった。
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