第15話 お茶会に向けての対策②

「ちょっと!このパンケーキ、私の嫌いなグズベリーが乗っかっているわ!」


「申し訳ありません、お嬢様。しかし、グズベリーはお身体にも良いので、シェフがお嬢様の為に、甘くシロップ漬けにしておりまして…」


「嫌いなものは嫌いなのよ!それに、この蜂蜜、いつものと味が違うわ!いつものにして頂戴!」


「お嬢様。そちらはリヌア産の蜂蜜で御座います。いつもの蜂蜜はラヌス産のものでして、これからの季節は例え侯爵家の力を持ってしても入手が困難かと…」


「あ、そうなんだ。じゃあこれでいいです」


「…エレノア。あっさり納得してどうするの。そこは『私が食べたいと言っているんだから、何が何でもいつものを持って来て!』と言わなきゃ」


「うう…。ごめんなさい…」


「エレノア?」


「わ、分かってるわよ!お兄様は余計な口挟まないで!」


「ああ。御免よエレノア」


…くっそう…!オリヴァー兄様、何気に楽しそうだな。


涼しい顔をしているオリヴァー兄様をジト目で睨みつつ、私は執事服に身を包んだクライヴ兄様にも目を向ける。


あっ!クライヴ兄様、なに肩震わせて俯いてんだよ!あんたも執事役、真面目にやれよ!あ、オリヴァー兄様にチラ見されて背筋を伸ばした。ふふん、ざまぁみろ!


私は今日も慣れない『我儘お嬢様』の小芝居に打ち込んでいた。


最初の頃、私は『お嬢様の我儘』というものがよく分からず、「今日は暑いから、ホットではなくアイスティーがいいわ!」とか言ったり、「これはもう、いらないわ!お腹いっぱい!」と、あと一口分のケーキを残したりした。


挙句、「私、我儘してもいいのよね!」と、嬉々として階段の手すりを滑り降り、兄様達のみならず、ジョゼフ達にまで叱られる羽目になってしまったのである。

兄様達に至っては「やる気があるのか!」との追加のお小言付き。…解せぬ。


そんな訳で、私の行動一々にオリヴァー兄様がダメ出し&監修して直させられている。そして、召使達も「我々も是非、協力させて下さい!」と、自ら申し出てくれたのだが…。


「お嬢様、以前のお嬢様ならこのような場合は『私に指図する気?召使の分際で!辞めさせるわよ!?』と、仰っておりました」


「いいえ、お嬢様。そこは顔を思い切り顰めるのです。そして一言『私の言う事は絶対なのよ!』と、高らかに胸を張って…はい、良く出来ました!」


…と、私のHPをゴリゴリと削りながら、過去における黒歴史を容赦なく突き付けてくれている。ありがとう。もはや私のライフはゼロを通り越してマイナスです。


いや、親切心からだと分かってるよ?分かってるけど、もう止めて!私が悪うございました!許して下さいと、土下座して詫びたい気分だ。


――そして、何より…。


「ク…ク…クライ…ヴ…!き、今日は、わっ、私のお気に入りの服じゃないわ!」


「はい。申し訳ありません。それとお嬢様。どもりながらお話されるのは、淑女としていかがなものかと」


「ううう…ごめ…。いや、う…うるさいな…!」


…これですよ。

クライヴ兄様を呼び捨てしなきゃならないってのが、真面目に大変なんだ。


我儘お嬢様口調や態度は、日に日に様になってきているのだが、これだけは中々慣れない。ついうっかり「お兄様」って言ってしまう時もあって、その度にオリヴァー兄様や、当の本人であるクライヴ兄様に注意されてしまうのだ。


最初は私同様、赤くなったりぎこちなかったりしていたクライヴ兄様だったが、今ではジョゼフに勝るとも劣らないぐらいの完璧な執事を演じ切っている。

最初の頃は、二人仲良くオリヴァー兄様に叱られていたというのに。この違いは一体なんなんだ。元々の出来か?あ、何か悲しくなってきた。


でもさ、私が慣れないのもクライヴ兄様にも責任があると思うんだよ。


だってね、普段から超絶カッコいいのに、執事服をビシッと着こなした兄様は、もうなんていうかね…。全てを超越したって感じなんだよ!


ストイックな色気というか、コスチューム萌えというか、とにかく魅力が何倍増しにもなっているんだよ!言ってるだけじゃ分からないかもしれないけど、本当に、本当に心臓に悪いんだよ!!


そんなクライヴ兄様に「お嬢様」なんて真顔で言われてごらんよ!もう、真面目に鼻血噴いて腰砕けるから!え?お前、やらかしただろって?…はい、実際鼻血噴きました。


はぁ…。でも兄様だって、私に初めて「クライヴ」呼びされた時、顔を真っ赤にしてうろたえていたのになぁ…。あーあ。あの頃のお兄様は可愛かった…。


「それで?お嬢様。お着換えになられるのですか?それとも寝間着のまま、一日を過ごされるのですか?」


「き、着替えるに決まってんでしょ!さ、さっさと手伝いなさいよ!!」


「かしこまりました。…お嬢様。お顔が真っ赤ですよ。熱でもおありですか?」


「ち、ち、ちが…ッ!ああもう!兄様の馬鹿ッ!!」


耐え切れず、兄様呼びした私を見ながら、努めて涼し気な顔のクライヴ兄様。上がった口角が実に楽しそうだ。


くっそう…。今に見てろ!いずれ絶対に超絶完璧な我儘令嬢になってみせるからな!上から目線の高飛車令嬢な私の命令に傅き、敬うがいい!






◇◇◇◇






「どうだ?エレノア。仕上がりは順調か?」


「…道のりは険しいです…」


「おいおい、そこは「うるさいわね!誰に向かって言ってるのよ!?」だろ?」


「いいんです!お夕食の時だけは、休憩タイムなんですから!」


ムキになって反論している私を見ながら、グラント父様が楽しそうに笑った。


今日は父様達の予定が合って、久し振りに全員で夕食を取っているのだ。メルヴィル父様もアイザック父様も、私達のやり取りを見て同じように笑っている。兄様達もだ。


ちなみにグラント父様、正式に国防軍の将軍職に就いたらしく、こちらに根を下ろすと言って、何故かうちに住み着いているのだ。

グラント父様曰く、「下手に屋敷を構えると、それの維持やら雇った人間の管理やらが面倒だから」だそうだ。


でもグラント父様、いずれ今より上の、しかも正式な爵位を与えられる予定らしく、その時は仕方が無いから屋敷を構えると言っていたなぁ。

…まあ、それでも面倒くさがって、ここに居座ると私は思っているけどね。


メルヴィル父様も、宮廷魔術師団長を拝命したらしく、こちらにある別邸に移り住んだのだが、何故かそちらよりもうちに入り浸っている。


メルヴィル父様曰く、「大丈夫。うちの家令は優秀だから」だそうだが、こないだその家令本人から、「いい加減帰って来て下さい」と、オリヴァー兄様経由で苦情が入ったと聞きましたよ。


全く、二人揃っていい大人がなにやってんでしょうかね。クライヴ兄様なんて、事あるごとに「うっとおしい、さっさと出てけ!」とグラント父様に文句言っています。まあ、グラント父様は剣術や護身術、メルヴィル父様は魔術を教えてくれるし、兄様達とのやり取り(兄様達は、ほぼ喧嘩腰)を見ているのが楽しいから、ずっとここにいてもらっても構わないんだけどね。


難はと言えば、視界の暴力に、私が未だ慣れないって事ぐらいかな?まったく、本当に親子揃って目に優しくないんだからなぁ…。


「それで父上。アシュル殿下以外の王子様方について、何か分かった事はありますか?」

「うん、それなんだけど、かなり厳重に王子方の情報は秘匿されているね。外交案件やパーティーなどの公務は全てアシュル殿下が前面に出ているから、王宮内でも他の王子方は滅多に見かけない」


「不穏分子や欲にまみれた輩が王子達に近付くのを警戒しているんだろうね。何より数多群がる王妃候補をアシュル殿下の陰に隠れ、じっくり見定めているのではないかな?」


父様が、メルヴィル父様の言葉を引き継ぐ。ふむふむ、成程。


つまりご令嬢方や貴族達が、その第一王子であるアシュル殿下にしかアピールが出来ないのを良い事に、アシュル殿下への態度とその他の態度が違う人間を、他の王子様達が陰で見極めていると。うわぁ…恐いわ。王家、えげつない。


でもまぁ、一国を背負う方達なんだもん。特に自分達の王妃になるご令嬢に関して言えば、美しいだけじゃなくて、王家の仕事をサポートしつつ、王子様達をちゃんと支えられる人じゃないと、務まんないよね。私はまず、その美しいってトコからしてアウトなんだけど。


ちなみに、王子様方の分かっている情報について、メルヴィル父様から説明があった。


まず、第二王子のディラン様について。


アシュル殿下と年子で、本来ならオリヴァー兄様と同期生という事になるのだが、そもそも学院に通っていないのだそうだ。なんでも王族って専属の家庭教師がつくから、学校に行っても行かなくても、どちらでも構わないんだって。


そして、この方の容姿はと言うと、燃えるように紅い髪と瞳をしていて、学問よりも武芸!…という、アウトドア派らしい。それ故、しょっちゅう王宮を抜け出しては、国内外で冒険者もどきをしているという変わり者なのだそうだ。


あ、でもグラント父様に憧れているらしく、そのグラント父様が将軍になるって決まって、喜び勇んで王宮に戻って来たみたいなんだよね。でも生憎、諸々の諸事情故、グラント父様とはまだ、お会い出来ていないらしい。


そして第三王子のフィンレー様。


この方の年齢は14歳。ディラン様と同じく、王立学院には通われていない。


黒髪に翡翠色の瞳を持った理知的な方で、魔術に傾倒しているらしく、ほぼ王宮の奥にある塔にこもって、術式の研究にあけくれているらしい。いわゆる引きこもりのインドア派だ。


職業柄、メルヴィル父様は何度かお会いした事があるらしいのだが、興味のある事以外には、とことん関心を向けないタイプであるようだ。


そして今回の重要人物である、第四王子のリアム様。


この方は、本当に表に出る事が無い為、メルヴィル父様でも殆どよく分からないらしい。しいて言えば、髪と瞳の色が青い…という事だけ。


ちなみにだが、第一王子のアシュル様は、眉目秀麗なうえ、文武両道でご令嬢方に絶大な人気を誇っている方なのだそうだ。


そのうえ身分で相手を区別することなく、誰にでも朗らかに接せられる、まさに『ザ・王子様』といった人物らしい。


う~ん。そんな完璧人間がこの世に存在するとは…。流石はロイヤルファミリーだね。


――で、ここが一番問題なんだけど、アシュル殿下はもとより、フィンレー殿下も、兄様方や父様方の話しによれば、ずば抜けて美しい容姿をされているみたいなんですよね。って事は、他の二人も相当の美形だという事になる。…そう、私の目が潰れるぐらいには。


美形のロイヤル軍団が控えているお茶会…。いや、それだけじゃなく、お年頃のイケメン連中もが大量に参加している筈のお茶会なんて、私、本当に耐えられるのかな?


ただでさえ、大勢の前で我儘娘を演じなくちゃならないのに、緊張して失敗したらどうしよう。いや、それよりも、美形の王子様達と対峙した時、あまりの眩しさに鼻血を噴く恐れもある。いや、きっと噴く。それだけはなんとしてでも避けたい!


「ああ…。いっそ、サングラスをかけられたら…」


「サン?なに?」


ヤバい!ポツリと呟いた言葉が、うっかりオリヴァー兄様の耳に入ってしまった!


「エレノア?そのサン…なんとかって?」


「い、いえ!なんかこう、眩しさを抑える色眼鏡とかがあったらいいなぁって思って!」


「眩しさを抑える眼鏡?」


不思議そうなオリヴァー兄様。あ、他の皆も私に注目してる。


「そ、そうです!それをかけたら、顔も隠れるし、周りがよく見えないから、王子様とお会いしても緊張しないかなーって思って…」


「…ふむ、成る程。眼鏡か…」


あれ?メルヴィル父様が、何やら思案されている。


「良いかもしれんな。エレノアの場合、我儘な言動だけでは弱いと思っていたんだ。色眼鏡は流石にあれだが…外からはかけた本人の瞳を隠し、特定の人間の姿をぼかすように魔力設定した眼鏡…。成る程。早速、試作してみるとしよう」


何と!そんな便利なものが作れるんですか!?魔力、凄いな!


「メル、じゃあなるべく、大きく作ってくれるかい?」


「具体的には?」


「父上、侯爵様。僕としては、顔半分が隠れるぐらいが良いかと」


えっ?!ちょっと待って兄様!何ですかそのサイズ。まるでギャグじゃないですか!


「あの…私としては、そんな大きくなくても…」


「じゃあ、縁は分厚い方が良いだろ。色は金なんてどうだ?」


「親父、そこはせめて黒にしてやらないと、エレノアが可愛そうだろ」


…聞いちゃいねぇ…。


いや、兄様。確かに金より黒のがマシです。でも問題はそこじゃないと思うんですが?!ああっ!父様が「じゃあ、ピンクで」なんて言ってるー!やめてー!絶対にイヤー!!


その後も、「じゃあ、髪の毛はキツい縦ロールにしよう」「ドレスは真っ赤か蛍光ピンクだな。フリルを死ぬほど入れるか」「ド派手な刺繍を入れるってのはどうだ?」「むしろ、真っ黒なドレスにしてみては?」「いや、せめて色だけは可愛い系にしてやらないと」


…などと、私の意向を丸無視した会話が飛び交った。


確かに…確かに、そんなぶっ飛んだ格好のご令嬢、王子様もドン引きだろうさ!だけどそれだけじゃなくて、その場の全員ドン引きだよ!


仮装大会に出るんじゃないんだよ?!私の記念すべきお茶会第一号なんだよ?!なんだってそんな、よりにもよって道化師かよって恰好で参加しなきゃならないんだ!?


勇気を振り絞り、白熱している兄様方に「その恰好だと、どう考えても目立ってしまいますが良いんですか?」って聞いてみたら、「悪目立ちだからいいんだよ」って返答された。


おい、ちょっと待て!悪目立ちしてどーすんだ!!

大事な妹、もしくは娘が笑いものになっても良いんですか、あんた方は!?


「君の素晴らしさは、僕達さえ分かっていれば、それで良いんだよ」


…いつぞやのジョゼフの台詞を、まんま良い笑顔で言い切られました。あ、クライヴ兄様や父様方も、力一杯頷いている。駄目だこりゃ。ピエロ決定だ。


仕方がない。もうこうなったらヤケだ。悪目立ちでもなんでもいい。究極の我儘お嬢様を見事、演じ切って見せようじゃありませんか!



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皆、エレノア弄りが楽しくて仕方がない様子です。

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