第14話 お茶会に向けての対策①

私の風邪ひき疑惑を、兄様達が帰って来るまでの間で何とか大丈夫だと皆に納得させる事に成功した。


あの心配性で過保護な兄達に、万が一にでも私が不調であると思われてしまったら、私は多分向こう一週間は、ベッドの上で生活させられるであろう。というか、絶対になる。


そして学院を休んでまで、私にベッタリと張り付いて、手取り足取り看病して下さるのだ。そんな生活、絶対に御免こうむる!


そして時刻は午後3時過ぎ。


今日も相変わらず、きちんと定時刻で帰って来た兄様達に、私は「おかえりなさい!」と飛びついた。


「ただいま、エレノア。朝食を一緒に取れなくて寂しかっただろう?御免ね」


「ただいま。お詫びにお前の好きなケーキを買ってきてやったから、一緒に喰おうな?」


「うわぁ!嬉しいです!兄様方、大好き!」


笑顔でお礼を言うと、兄様達が揃って蕩けそうな笑顔になり、それぞれが私の頬にキスをした。オリヴァー兄様が左側の頬で、クライヴ兄様が右頬だ。


ボンッと、今日も私の顏が真っ赤に染まるのを見て、兄様達は揃って甘く苦笑する。


「相変わらず慣れないねぇ」


「まったくなぁ」


「うう…。も、申し訳…ありません…」


そう言われたってさぁ!慣れないもんは慣れないんだよ!彼氏いない歴が、まんま年齢って究極の喪女が、絶世の美少年達にキ…キ…キス…されて、平気でいられる訳ないでしょうがー!!あんた達だって、超絶美少女にキスされたら、私の気持ちが少しでも…うん、分かる訳ないか。美少年が美少女とキスしたって、普通だ。それが当たり前なのだ。むしろ正しい絵面だ。


…いかん。もう、自分が何を言っているのか分からなくなってきた。


それにしても、ケーキかぁ…。また、アレやられるんだろうな…。はぁ…。






「はい、エレノア。あーん」


「……」


お膝の上に私を乗っけて、もの凄く良い笑顔でケーキを食べさせようとしているオリヴァー兄様。


兄様達、誕生日から急に、なんか私への子供扱いが加速している気がするんだよね。


挨拶する度、頬にキスしたり、抱き上げたり…は前からだけど、オヤツは必ずこうしてお口にあーんをやりたがる。しかもオリヴァー兄様だけでなく、クライヴ兄様まで!


しかも、ここで「もう私も10歳になりました。子供ではないので、自分で食べます」なんて言おうもんなら、ものっ凄く悲しそうな顔をした兄様達の姿にカウンターパンチを喰らい、心を抉られる羽目になるのだ。実際、最初言った時にそうなった。


ついでに、周囲のビミョーな視線がいたたまれなかった。


ジョゼフに至っては「お嬢様も10歳になられたのですから、少しは男心を理解するようになさらないと…」と、お小言を言われてしまう始末。


…って、ちょっと待て!私が悪いのか?!


お前らの方こそ、目も潰れんばかりの美少年に「あーん」をされて、萌えと羞恥に死にそうになってる、中身喪女の女心ってやつを、ちっとは理解しろよな!こん畜生!


…なんて心の中で叫んでますが、この世界ではこれが普通なんですよね。女は男に奉仕されてなんぼなんですよね。つまり私が慣れなきゃいけないって事なんですよね。ああ、分かっているさ。分かっているよ、そんな事!


『そう、分かってる…分かってるんだけど…でも…でもっ!慣れないもんは慣れないんだー!!』


そう心の中で絶叫しつつ、恥ずかしさと敗北感に打ちのめされながら、差し出されたケーキを大人しく食べる。


うう…。オリヴァー兄様の笑顔が眩しい…。絶対また私の顏、真っ赤になってるんだろうな。皆に、まだまだ子供だと思われてんだろうなぁ…。くそぅ!淑女の道は遠いぜ!


早く兄様達も、こんな妹なんかに尽くしてないで、ちゃんとした大人な女性に尽くし尽くされて下さい。そうしないと私の心臓、真面目にいつかパンクしちゃいますから。


『はぁ…。お嬢様…』


『今日も尊い…!』


オリヴァーの膝の上で、恥ずかしそうに顔を赤くしながらケーキを食べさせられているエレノアの眼福な姿に、今日も使用人達はうっとりと魅入っていた。


『お坊ちゃま方、お嬢様に「慣れないね」なんて仰っていたけど…』


『ああ。絶対「いつまでも慣れないでいて欲しい」って思ってらっしゃるよな』


『うん、絶対そうだと思う。ちなみに俺も、ずっとあのままのお嬢様でいて欲しい』


『あ、俺も俺も!』


『僕も!』


『私も同感ですね』


『ジ、ジョゼフ様!』


『貴方まで…!同士でしたか!』


そんな使用人達の会話など知る由もなく、エレノアはせっせと、羞恥心で味があまりよく分からないケーキを食べさせられ続けたのであった。





◇◇◇◇





「さて、エレノア。今日はこれから大事な話があるんだ」


ケーキを食べ終え、ホッとしながら紅茶を飲んでいる私に、オリヴァー兄様が改まった口調で話しかけてくる。


「はい。何でしょうか?」


「エレノアに、今から二週間後に開かれるお茶会の招待状がきたんだ。しかも王家から」


「お茶会!?」


――おおっ!やっと来ましたか!待ってましたよ!外の世界への第一歩!…でもいきなり王家かぁ。しょっぱなからハードル高いな。


ま、いっか。何はともあれ、外の世界にも行けるし、沢山の人にも会えるし、美味しいお菓子やお茶も飲める!ついでに友達も探すぞ!ああ、楽しみ!


「…エレノア、ちょっと聞いておきたいんだけど」


ワクワクしながらお茶会に思いを馳せていた私に向かって、オリヴァー兄様が真顔で声をかける。


「はい?何でしょうか?」


「君、王子様と結婚したい?」


――私は不覚にも紅茶を噴いた。


「ゲホゲホッ!に、兄様…も、申し訳ありません…ゴホッ」


「いや、ビックリしたよね、こちらこそ御免。で、さっきの質問なんだけど…どうなのかな?君は今でも、王子様と結婚したいと思っている?」


兄様、もの凄く真剣な顔をされている。ひょっとして以前のエレノア、王子様と結婚したいって言っていたのかな?あ、クライヴ兄様まで眉根を寄せてる。成る程、言ってたんですね。


「げ、現実的ではないと言うか…。正直、考えもしませんでした」


「じゃあ、興味は全く無い?」


「はい。この家以外の人達と会う事には興味はありますが、王子様に関しては、特に興味はありません」


いやまあ、こちとら元は庶民ですんで、ロイヤルファミリーとかいう人種への憧れは普通にありますよ?


でもそれって例えば、パンダやコアラといった珍獣に会うのと同じ感覚で、未知なるものへの憧れというか…そんな感じだ。それに私、見た目は10歳ですけど、中身は19歳なので、「王子様のお嫁さんになる」なんて寝言をほざくような年ではない。


「そう…。なら良かった…」


オリヴァー兄様とクライヴ兄様、あからさまにホッとしたご様子。…はっ!そうか!兄様方、私がお茶会デビューで「王子様と結婚したい!」って我儘言わないかどうか、心配で確認したかったんですね?


大丈夫、ご安心下さい。過去の私だったならいざ知らず、今の私は己を知っております。そのような恥知らずな我儘など、絶対言いませんとも。


「エレノア、それなら僕達も心置きなく、計画を遂行出来るよ。これからお茶会に向けて、頑張ろうね!」


「…はぁ…?」


計画?お茶会で立派な淑女として振舞えるように、マナーの勉強頑張るのかな?


「じゃあエレノア、以前のような我儘な言葉や態度をごく自然に振舞えるように特訓するから、そのつもりで。ああ、それとクライヴは君の専属執事としてお茶会に参加するから、クライヴの主人としても、しっかり振舞えるようになろうね」


「…はい…?」


え?何ですかそれ?つまり私に我儘令嬢になれと?しかもクライヴ兄様を顎でこき使えと?


「ち、ちょっと待って下さい、何ですかそれ!?マナーの特訓をするのならいざ知らず、何で我儘令嬢にならなくてはいけないのですか?!」


そんな事したら、ただでさえ悪いであろう私の評判が、更にがた落ちしてしまうじゃないか。しかも兄様達にも恥をかかせてしまう。


「それは勿論、君を王家から守る為だよ」


「王家から?意味が分かりません!」


「つまり、お前が王子に気に入られないようにするんだよ。なんせこのお茶会はぶっちゃけ、お見合いパーティーだからな」


――え?なんですと!?見合いパーティー?王家主催の合コン?お茶会が?


「そもそも、お茶会自体、貴族連中が自分の恋人なり結婚相手なりを見つける為の社交場なんだけどな」


「で、ではまさか…クライヴ兄様も、その…お茶会に参加した事が…?」


「ねぇよ!俺はそもそも、そういったモンに興味が無かったんだ!…まあ、オリヴァーは何回も参加してるが…」


「エレノア!僕は誓って、誰ともやましい事は無かったからね!?お茶会も父上の命令で行っただけだし、僕の心は未来永劫、君だけのものだから!」


ひぃっ!オリヴァー兄様!かおっ!顔が近いです!分かりました!信じます!何も無かったんですよね?!だからそんな鬼気迫るお顔で迫って来ないで下さい!いやーッ!また鼻血噴いてしまいますー!!


「…で、話を元に戻すけど、この国の第4王子様がね、君と同じく今年で10歳になったんだそうだ。で、どうも王家では王子が10歳になると、お茶会を開いて年の近い貴族の子女を招いて、婚約者を探すみたいなんだよ。生憎、僕もクライヴもそのお茶会に参加した事が無いから、どういう風に選定しているのかは不明なんだけど」


「でもお兄様。私が王子様の目にとまると決まってもいないのに、わざわざ我儘なフリをしなくても良いのではないですか?というか、目にとまる訳が無いと思いますけど」


「いや、間違いなく目を付けられる」


「そんなぁ!兄様達の思い込みですよ!」


だって、王子様だよ?王子様って言ったら、選ばれし血を持つ超絶美形と相場が決まっている。実際、兄様達に王子様について聞いてみたら、第一王子様であるアシュル殿下について言えば、見た目は完璧って言っていたしね。その10歳児も相当なレベルに違いない。


それに対して私なんて、家が侯爵家である事と、飛び切り優秀で超絶美形な兄様方がいるってだけが取り柄の平凡な女の子にすぎない。


いや、前世の私に比べれば可愛い部類に入るけど、男性の顔面偏差値が異常に高いこの世界では、どう考えても十人並みかそれ以下のレベル。とてもじゃないけど、王子様のハートを射止められるようなタマじゃない。


なのに、私の言葉を聞いた兄様達は、まるで残念な子を見るような眼差しで私を見つめた。


「はぁ…。全く、これだから…」


「ああ…。本当に分かってねぇ…」


「…オリヴァー兄様、クライヴ兄様。お言葉ですが、私は自分の事はよく分かっているつもりです!子供扱いなさらないで下さい!」


流石にムッとして反論する。このシスコン共めが。


「いや、分かってない。君は自分が思っているよりもずっと…。いや、それはここでは止めておこう。エレノア。もし万が一君が王子に見初められ、婚約者になったとする。そうしたら君はこの家を出て、王宮で暮らす事となる。そして一生、里帰りも僕達に会う事も許されなくなるんだ。会えてもせいぜい、半刻程度。しかも婚約者の王子と同席、もしくは監視付きでないと許可されない」


オリヴァー兄様の語る婚約者事情に、目が丸くなる。なんだその拉致監禁的生活は。


「に、兄様…。王子様の婚約者になったら、なんでそんな生活をさせられてしまうのですか?」


「勿論、王家以外の男の子供を産ませない為だよ。しかも、もし他の王子達が君を婚約者にと望めば、自動的にその王子達も君の夫という事になる」


「えええっ!?で、でもそもそも、私が望まなければ、婚約は成立しないのでは?だって、女性の方が恋人や夫を選ぶ権利があるのですよね?」


「…普通はね。王家に限って言えば逆で、男が女を選ぶ事が出来るんだよ。王家直系にのみ許された特権としてね」


つ…つまり、もし万が一…いや、億が一にでも、私が王子様に気に入られてしまったら、自動的に拉致監禁コースまっしぐらな上、強制的に重婚させられてしまう…って事なのか!?


ゾクリ…と、背筋に震えが走る。


嫌だ。どんなにその王子様が素敵な人でも、好きでもなんでもない相手と結婚なんてしたくない。ましてや一人だけじゃなく、何人もとなんて!


それに何より、兄様達や父様達、そしてこの家で仲良くなった人達全員と、さよならしなくてはならないなんて、そんなの絶対耐えられない。

兄様達を男として愛しているのかと言えば、今の時点ではまだよく分からない。だけど、この人達と離されるなんて、絶対嫌だ。


「兄様!絶対無いとは思いますけど、王子様に目を付けられないよう、私、頑張って我儘娘を演じます!」


「よく決断してくれたねエレノア!僕達も全力で君をサポートするから、頑張ろうね!」


「はいっ!」


「クライヴ。君もだからね?」


「…分かってる」


かくしてたった今より、オリヴァー兄様監修の元、お茶会に向けての特訓が始まったのだった。

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