第二章 王家のお茶会編
第13話 お茶会へのお誘い
「おはよう御座います、お嬢様」
私の誕生日から早、一月とちょっと。
私は今日も兄様達と朝食をご一緒すべく、身支度を整えて食堂へとやって来た。…のだが。広いテーブルに用意されていた朝食は、何故か私の分だけだった。
「おはようございます。ジョゼフ。あれ?いつもの時間なのに、今日は兄様方がいらっしゃらないのね?」
「はい。オリヴァー様もクライヴ様も、早朝から学院へ行かれております。どうやら生徒会のお仕事が溜まっておられるようですね」
「そ、そうなんだ…」
ジョゼフの言葉に、私は一人汗を流した。
非常に優秀なオリヴァー兄様とクライヴ兄様は二人とも、当然の事ながら生徒会に入っている。
でも二人とも、私と一緒にいる時間を大切にしたいって言って、今迄授業後にしていた仕事を一定数まで溜めた後、今日みたいに早朝に登校し、一気にまとめて処理するようになったんだって。
道理でいつも同じ時刻に帰って来る訳だよ。兄様達…どんだけシスコンなんだ。
それにしても…。
クライヴ兄様はともかく、オリヴァー兄様は副会長をされていると言っていたのに、そんな仕事のやり方で、誰かしらから文句が来ないのかな?
「大丈夫で御座いましょう。『お嬢様の為』という理由であれば、大抵の事は許されます。なにせお嬢様は女性であり、オリヴァー様とクライヴ様は、お嬢様の婚約者であられるのですから」
おお、ここでも女性至上主義は生きているという訳ですね。
…でもそうなると、学院内での私の評判って最悪かもしれないな。あの兄様方に無理させてるんだから。絶対、凄い我儘お嬢様って思われているよ。
「外野の言う事など、お嬢様が気になさる必要は一切御座いません。お嬢様の素晴らしさは、お兄様方や旦那様方、そして我々さえ知っていれば、それで良いのです!」
うわぉ…。キッパリ言い切られましたよ。
あ、傍に控えていたウィルや他の召使達も、ジョゼフの言葉に力一杯頷いている。
うん、有難いけど、私のせいで兄様達の評判が落ちるんじゃあないかと、それが心配だよ。
「オリヴァー様もクライヴ様も、全く気にされないでしょう。…むしろ、そう誤解させた方が都合が良いと思われているでしょうね…」
「え?ジョゼフ、何か言った?」
「いいえ。さ、今日は採れたてのカモミールとフルーツのハーブティーで御座いますよ。冷めないうちにお召し上がり下さいませ」
後半部分、小声でよく聞こえていなかったのだが、なんかはぐらかされてしまった。
まあ、兄様達がそれでいいなら、いっか。この世界の常識を、私の常識と照らし合わせてはいけないのだ。うん、深くは考えまい。
私はそう自分自身を納得させると、爽やかな甘い香りのする紅茶を口に含んだ。
◇◇◇◇
王立学院内にあるカフェテリア。
吹き抜けの巨大なサンルームは、所々に樹木や花が植えられ、学生達が思い思いに授業の合間の息抜きや、食事やお茶を取れるようになっている憩いの場だ。そして、貴族の子女達の社交の場ともなっている。
実際、常に貴族の令嬢の誰かしらが、お茶を飲んだり、取り巻きや専従の召使にお菓子を食べさせてもらったり、何やら楽しげに囁き合ったりしている姿を見る事が出来る。
そして彼女達が話す内容の大半は、自分の恋人や婚約者がどれだけいるかとか、スペックがどれ程高いかとか、どこかに良い男がいないかとか…など、いわゆる肉食女子的内容で占められているのだ。
「あれ?君達、授業はどうしたの?」…なんて指摘する者は、ここにはいない。
ぶっちゃけ彼女らは学院に学びに来ているのではなく、己の伴侶ないし恋人を探す為に来ている訳で、下手をすれば授業に一度も出ず、カフェテリアで一日を過ごすご令嬢方もザラなのである。
勿論、中にはきちんと学ぶ為に学院に通っている者もいるにはいるが、ごく少数しかおらず、もれなく変わり者扱いをされていたりする。
「ねえ、ご覧になって!オリヴァー様とクライヴ様よ!」
「ああ…。なんて麗しいお二人なのかしら!」
ご令嬢方がうっとりと頬を染め、熱い眼差しで見つめるその先にいたのは、ご令嬢方から距離を取るように、陽光が降り注いでいるテラス席に座っている、オリヴァーとクライヴであった。
「ああ…。愛しいオリヴァー様。あの方に手折られるのを、心待ちにしている花達が沢山いるというのに。よりにもよって、まだ乳臭い妹の筆頭婚約者なんかに命じられてしまわれるなんて。なんてお痛わしい…!」
「あら!それを言うならクライヴ様もですわ!なんでもその妹が酷い我儘娘で、オリヴァー様だけでなく、クライヴ様も婚約者にしたいと、父親であるバッシュ侯爵様にねだられたのですって!しかも、嫌がるクライヴ様を縛り付ける為、無理矢理専従執事にまでしてしまったとか!」
「んまぁ!なんて欲深い子なんでしょう!オリヴァー様を独占するだけでも、許しがたいというのに、クライヴ様にまで、なんて仕打ちを!」
「だからここ最近のクライヴ様は、以前にも増して女性を遠ざけられておられるのね!嫉妬に狂った妹が、何をしでかすか分からないから」
「ああ…!なんておいたわしい!私が傷ついたそのお心を、慰めて差し上げたい!」
「ご覧になって!クライヴ様もオリヴァー様も、何か愁いを帯びた暗いお顔をされて…。あ、溜息をつかれているわ」
「きっと、婚約者である妹の事で悩まれていらっしゃるのよ」
学院の人気を二分する男のどちらをも自分のものにしているエレノアに対し、勝手な憶測を交えた嫉妬混じりの不満を囀ずっていたご令嬢達であるが、実の所、独占欲丸出しなのは彼らの方であり、暗い顔をしているように見えるのは、溜まった仕事をこなす為に早起きした結果の寝不足ゆえである事を、彼女らは知る由も無かった。
その時、オリヴァー達を見ていた御令嬢方から黄色い歓声が上がった。
「ご覧になって!アシュル様よ!」
「きゃあ!アシュル様がいらっしゃるなんて!運が良いわ!…ああ…。黄金の髪が煌めいて…なんて美しいの!」
ご令嬢達が、前にもましてうっとりと熱い眼差しを向けるその先には、オリヴァー達に近付いて行く金髪の美少年の姿があった。
「やあ、オリヴァーにクライヴ。なんか疲れた顔しているけど、大丈夫?」
「アシュル殿下」
「よう、アシュル。相変わらず無駄に爽やかな笑顔だな」
「無駄なんて酷いなぁ。普通に爽やかって褒めてよ」
そう言って、人好きのする笑顔を浮かべるこの男こそ、この国の第一王子である、アシュルであった。
豊かに煌めく金色の髪は毛先に緩く癖がついていて、瞳の色はアクアマリンのような澄んだ水色をしている。肌は透き通るように白く、染み一つ見当たらない。そしてどんな女性でも溜息をついて見惚れるであろう程、非常に整った甘いマスクをしていて、オリヴァーやクライヴと並んでも、全く見劣りしない。
つまり、エレノア的に言えば「眩し過ぎて目が潰れる」レベルの美形である。
「しかし、君達も大変だねぇ。大切な婚約者ちゃんの為に、わざわざ早朝に仕事こなしてるなんてさ」
アシュルは断るでもなく勝手にオリヴァー達が座るテーブルの空いた席に座ると、からかうような口調で話しかけてくる。それに対し、オリヴァーは曖昧な笑顔を浮かべ、クライヴはぶっすりとした顔で無視を決め込んだ。
こういう時、下手なリアクションは却って墓穴を掘る。通常運転が一番だ。
「ああ、オリヴァーはともかく、クライヴは巻き込まれているだけだったね。でもまさか、君まで妹の婚約者になるとは思わなかったよ」
「…侯爵様が決められた事だ。それに、俺にも一応のメリットがあったからな」
「ああ。まあねぇ…。君、ご令嬢方の『お誘い』に辟易していたもんね。でも、貴重な女性からのお誘いを蹴りまくるなんて、世の男性達からすれば贅沢もいいトコだよ。僕なんて、大切な友人がいつか背後から刺されるんじゃないかって、いつも冷や冷やしていたもんさ。そういう意味では「良かったねー、おめでとう!」って祝辞を述べたい!」
「…述べんでいい!お前の方こそ、第一王子の癖に、いつまでも婚約者を作らず、適当に遊んでばかりいるのはどうなんだよ。さっさとイイ女見つけて身を固めろ!」
「え~?だって、いい子が見付からないんだもん!」
わざとらしく溜息をつきながら、少しだけ拗ねたように唇を尖らせるアシュルに、『その「いい子」とやらは、女と遊びまくれば見付かるのかよ!』…と、喉から出掛かってしまい、慌ててグッと耐える。
なんせ見えないだけで、ちゃんとそこかしこにアシュルの護衛が潜んでいるのだ。彼らは王子の行動のチェック係も務めているので、自分の不敬な発言を彼らが上役に報告されかねない。
自分に叱責や罰が降りるのは構わないのだが、もし万が一、バッシュ侯爵への叱責に繋がったりでもしたら申し訳ないなんてものではない。
『まあ…。こいつなら大丈夫だろうがな…』
このアシュルという人物、第一王子であり、絶世の美貌を持っているにも関わらず、それに驕ったり気取ったりするところが一切ないのだ。その上、身分の上下に関わらず、気さくに誰とでも接する人柄が、男女問わずに絶大な人気を博している。
実際、自分がこんな不敬罪に当たりかねない口調で話していても、咎めるどころかむしろ喜んでいる節がある変わり者なので、今考えていた事をそのまま伝えたところで、笑って流してしまうに違いない。
「だったら、適当なトコで妥協しろ!」
「妥協ねぇ…」
フッと、アシュルの表情に憂いが混ざり、その一瞬後、いつもの飄々とした笑顔に戻る。
「それが出来たら苦労しないんだよねぇ。あ~あ、どっかに、素直で可愛くて真面目で明るくて、ちゃーんと頭の中身がしっかりしていて、話していて楽しい女の子、いないかなぁ?」
アシュルの台詞を聞いた途端、オリヴァーとクライヴの脳裏に、エレノアの顔が浮かんだ。
「「………」」
二人は目線を合わせ、頷き合う。今、二人の心は一つになった。
――こいつには、絶対エレノアを会わせられない!
「…そんな女、いたらいいな」
「…殿下。いつかそんな女性が現れるといいですね」
「…ねえ、クライヴ、オリヴァー。なんで棒読み口調なの?しかも全然心がこもっていないように感じるのは、僕の気のせいかな?」
「とんでもありません。心の底からそう願っておりますよ?ただ理想をもう少し低くした方がいいんじゃないか…とは思いますけどね」
「理想が高かろうが低かろうが、僕の自由だからほっといてよ。…って訳で、はいこれ!」
ポン、と机の上に置かれた真っ白い封筒に、オリヴァーが首を傾げる。
「殿下、これは?」
「王家主催のお茶会の招待状。エレノアちゃんに!」
「…殿下、エレノアは渡しませんよ」
「君、どんだけ妹に対して盲目な訳?心配しなくても、妹ちゃんだけじゃなくて、他にも今年10歳になった子達には、全員招待状出しているから、安心しなよ」
「ああ…。そういや、お前の弟、今年で10歳だったな」
「そうそう!僕も10歳になった時、お茶会やったしね。王家の恒例行事だよ。ちなみにこのお茶会って強制参加だから、断る事は出来ないよ?」
すかさず退路を塞ぎ、アシュルがスゥッと目を細める。
「君から妹ちゃんを奪う気は無いけど、興味はすっごくあるんだよね。だって、僕が心から実力を認めている君が、傍から見ていても分かるぐらい溺愛している婚約者なんだよ?どんな子なのか、気にならない方がどうかしている」
「…ま、お前の気持ちも分かるし、止めはしないけどな、アレに勝手に期待しといて、「詐欺だ!」って、文句言うなよ?」
「はははっ!相変わらず君は妹に手厳しいよね。安心しなよ。本当に、どんな子なのか興味があるだけだから。そもそも、父親に強請って君らを手に入れ、いいように支配している子なんかに期待はしていないから!」
ピクリと、オリヴァーの眉が上がるが、クライヴは冷めた表情で肩を竦める。そんな対照的な二人を面白そうに見つめながら、アシュルは用事は終わったとばかりに、おもむろに立ち上がった。
「じゃあね。お茶会、弟達共々楽しみにしているよ」
ひらりと手を振り、ついでとばかりに自分達を遠巻きに眺めているご令嬢方にもニッコリ微笑みかけ、湧き上がる黄色い悲鳴をバックに、アシュルは颯爽とその場を立ち去って行った。
「…クライヴ…」
「…分かっている、オリヴァー。みなまで言うな。むしろ、お前のようにエレノアラブを全開に出来ない分、俺のが辛いんだからな!」
「でも…でもっ!たまに、たまらなくなるんだ!エレノアの為とはいえ、あの子の魅力を偽り、真実を公言出来ない事が、こんなにも辛いなんて!あんなに可愛くて素直で、天使よりも天使な子なのに…!」
「ああ…。おまけに俺達に向ける笑顔の愛らしい事と言ったら…!しかもその笑顔のまま、「お兄様、大好きv」なんて言われてみろよ。「何度俺を殺しに来る気だ!?」って、うっかり殺意すら湧いてくるわ!」
「完全に同意するよ!…ああ、エレノア。生徒会の仕事さえなければ、今朝も一緒に朝食がとれたのに。あの子が一人ぼっちで寂しそうに食事を取ったかと思うと、今でも胸が張り裂けそうになる!」
実際の所、エレノア本人は至って朗らかに、いつも通り楽しく豪華な朝食を満喫し、フレンチトーストに至ってはお代わりまでしていたのだが、シスコン達の妄想は止まらない。
周囲に悟られないよう、努めて穏やかにかつ、冷静に、シスコン共は妹の素晴らしさについて、存分に語り合ったのだった。
「にしても、王家のお茶会か…。これは流石に、侯爵様でも断れないね」
ひとしきり語り合って満足したのか、正気に戻ったオリヴァーが僅かに顔をしかめながら、第一王子の置いて行った招待状を手にする。
「ああ。それに、行かなきゃ行かないで、増々
王子が10歳になったら行われる『お茶会』
同い年、もしくはそれに近い年齢の令嬢達が必ず参加しなければいけない…という事は、どう考えても確実にお茶会という名のお見合いパーティーであろう。
「うん。でも考えてみれば、良い機会かもしれない。一番権威のある王家のお茶会に参加しておけば、後はどのお茶会を欠席しても角は立たない。しかもその際、エレノアが世間で噂されている通り…いや、それ以上のご令嬢だと、周囲に見せ付けてしまえば…」
「当然、王子達も今後一切、エレノアを王妃にしようなんて思わないだろうな。他の野郎共に睨みを効かせる手間も省ける。…確かに考えてみりゃ、好都合だな」
二人は互いに視線を合わせ、ニヤリと笑った。
「早速、お茶会に向けて、入念な対策を練る必要があるね」
「そうだな」
「へっくし!」
「お嬢様!?お風邪ですか!?」
「ううん。いきなりくしゃみが出ただけ。大丈夫よ。…ん?あれ?何か寒気が…」
「お嬢様!?誰か!お医者様をお呼びしろ!それから風邪に良く効く薬湯を!さ、お嬢様はベッドにまいりますよ!」
「そんな、くしゃみ一つで大げさな…って、え?わっ!?ち、ちょっと!本当に大丈夫ですってばー!!」
その頃、バッシュ侯爵邸では、お嬢様がいきなり風邪を召されたと、召使達がてんやわんやの大騒ぎになっていたのだった。
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