第12話 お義父様達の来訪③

さて、デザートを思う存分堪能した後は、プレゼントタイムだ。


まずは父様から。


幾つものドレスとそれに合わせたアクセサリーのセット。それに加えて、「こちらが本命だよ」と言って渡されたのは、お洒落なパンツスタイルの服。いわゆるランニングウェアだ。


父様…。私が剣の修行の時に着る、動き易い服が欲しいと言っていたのを覚えていてくれたのか!


「父様、有難う御座います!凄く嬉しいです!!」


感激のあまり、飛びついて頬にキスをしたら、「もういいから!」ってぐらい倍返しでキスされまくった。


次にオリヴァー兄様。


「普段使い用だよ」と言って渡された箱には、銀色のブレスレットが入っていた。しかもその中心には、小さな淡い虹色の光を放つ、オパールのような宝石が埋め込まれている。


「うわぁ…。凄く綺麗です!」


嬉しくて早速つけてみると、緩すぎず、きつすぎず、絶妙に手首にフィットした。なんと、成長に合わせて大きさを変えていくように加工された金属なんだとか。


「気に入ったかい?エレノア」


「はいっ!オリヴァー兄様、有難う御座います!」


「その嵌め込まれている鉱石は、私がオリヴァーに頼まれて入手したものなんだよ。だからそれは、私とオリヴァーとの共同のプレゼントって事になるね」


そう言ってメルヴィル父様は含みのある目でオリヴァー兄様をチラ見した。あ、オリヴァー兄様がバツの悪そうな顔に。


いいんですよ兄様。出所はともかく、兄様が私の為に手を尽くしてくれたことが嬉しいんですから。


お次はクライヴ兄様だ。


プレゼントはなんと、鞘と柄に綺麗な装飾が施された、やや大ぶりのナイフ。


「いずれ木刀を卒業した時に正しい使い方を教えてやるから、それまで大切に取っておけ」


聞けばこれも、グラント父様に頼んで入手してもらったという、希少なオリハルコンから造られた特注のナイフなのだそうだ。

おお!ここでも親子共同作業ですね!有難う御座います!


――オリハルコン…!これがあの、夢にまで見た伝説の鉱物…!


その刀身自体が、まるで宝石のように煌めいていて、一見して普通の剣では無い事が分かる。なんて綺麗なんだろう。


「有難う御座います、クライヴ兄様!大切にします!」


それにしてもこのナイフ、見た目の重厚さに比べて、驚く程軽い。

これがオリハルコンの特徴なのか、はたまた私が使うから使い易いように造ったのか。


「…でも何ていうか。全体的に女の子へのプレゼントというより、男の子へのプレゼントみたいになっちゃったね」


父様が苦笑しながら言った言葉に、兄様達や父様方も「確かに…」と頷いている。


まあ…ね。オリヴァー兄様のアクセサリーはともかく、他はランニングウェアに剣だもん。完璧に御令嬢へのプレゼントとしてはアウトだよな。


そういえば…普通の女の子はどういうものを欲しがるのかな?やっぱ、豪華なお菓子とかドレスとか、お人形とかかな?


「まあ、小さい頃はそうだね。でも段々成長していくにつれ、自分好みの容姿の召使とか、宝石を散りばめた馬車、もしくは別荘とか、大きなものに変わっていって、更に年頃になれば、スペックの高い愛人候補や婚約者候補を…」


はい、オリヴァー兄様ストップ。みなまで言わずとも、よく分かりました。

しっかし、それにしても本当に、この世界の女子って肉食系だよね。


その後は、グラント父様が「腹ごなしするぞ!」と言って、クライヴ兄様を無理矢理中庭へと引っ張って行き、マジもんの模擬戦を披露して下さった。


いや~、凄かった。あのクライヴ兄様が防戦一辺倒になってしまっていたからね。


クライヴ兄様は必死なのに、グラント父様が余裕の笑顔なのがなんとも言えなかった。遂には意識を失わない程度にぶちのめされていましたよ。


それに触発されたか、メルヴィル父様までもが、オリヴァー兄様と魔法対決をやり始めてしまって、当然というか、オリヴァー兄様も防戦一辺倒。最終的にクライヴ兄様共々、地面に這いつくばる結果となってしまいました。


「くっ…父上…。よくも…!」


「親父…。いつかぶっ殺す…!」


オリヴァー兄様もクライヴ兄様も、高らかに笑っている父様方を、まるで親の仇のような物凄い形相で睨み付けています。

でも兄様方、正気に戻って下さい。その方達、親の仇ではなく、実の親ですからね?!実力つけても殺さないで下さいよ?






◇◇◇◇






夜も更け、エレノア達が就寝した後、メルヴィルとグラントが「久し振りに飲み明かそう!」と言って、アイザックの私室へとやって来た。アイザックも心得てたように、控えていたジョゼフに命じて、酒宴の用意をさせ、人払いをかける。


「いや、それにしても実に可愛かったなー、エレノアは!」


飲み始めて早々、グラントがグラスをあおりながらそう口にすると、メルヴィルもその言葉に同意とばかりに頷いた。


「ああ、本当にそうだな。それに女性と話していて、こんなに楽しかったのは生まれて初めだよ。『女性との会話は会話にあらず。忍耐をもって聞き役に徹するべし』っていうのが、我々にとっての常識だったからね」


「そうそう!てっきりキンキン声な我儘を延々聞くものだとばかり思ってたからな。まさかあんな、素直で可愛くて会話が成り立つ女が、この世に存在するとは思わなかったぜ!」


相好を崩しながら、エレノアの可愛さを語り合っている友人達を、アイザックはジト目で睨みつけた。


「メル、グラント。僕が散々エレノアの天使っぷりを知らせていたのに、まさか君達、それ全然信用してなかったの?!」


「お前はそもそも、最初から親馬鹿全開だったろうが!」


「そうそう。信用するもなにも、あの子が生まれた時から一貫して言ってることが何も変わっていないんだから、信用できる訳ないだろ?」


「うっ…!それはまぁ…そうだけどさ…」


ちょっと萎れてしまったアイザックを見て、メルヴィルとグラントは視線を合わせる。

裏表がなく、お人好しな彼をからかう事が、自分達の学生時代からの日常であり、お約束であったが、今も全く変わらぬやり取りに、思わず含み笑いが漏れた。


「冗談だよ、アイザック。実のところ、うちの息子が半年前にエレノアと婚約したって知らせてきた時から、ひょっとしたら本当かもとは思っていたんだ」


「そうだな。オリヴァーは君同様、エレノアに甘かったから、あの子の報告もいまいち信用できなかったんだけど、エレノアを毛嫌いしていたあのクライヴが、文句も言わずに婚約を了承したと聞いて、「おや?」って思ったんだよね」


「挙げ句に、エレノアのプレゼント用にって、オリハルコンが欲しいなんて言ってきやがったからな。だからまあ、興味が出て来たんで、お前の頼みに乗ってやったのさ」


「そうだね。ちょうど良いから、エレノアが大切な息子達にふさわしいかどうか、見定めてみたくなったんだ」


メルヴィルの言葉に、アイザックは苦笑した。


「女性に対して『見定める』なんて言えるのは、君達ぐらいのものだろうね」


メルヴィルもグラントも自分の知る限り、女性に不自由した事が無かった。グラントに至っては平民であるにも関わらず、メルヴィル同様、望めばどんな高位な身分の女性でも簡単に堕とす事が出来た程だ。


女性が圧倒的に主導権を握っているこの世の中で、驚くべきことに彼らは、その女性達から主導権を奪っていたのである。


自分の婚約者であり、現在は妻であるマリアもそんな二人を熱愛し、子を儲けるに至った訳なのだが、二人はマリアの事を、『女性だから大切にするが、あくまで恋人の一人』と位置づけ、明確に一線を引いていた。


マリア曰く「すぐ堕ちる男達と違って、あの人達のそういう所が面白くてたまらないのよねぇ!」との事だが、自分との間に出来た娘の筆頭婚約者に、メルヴィルの息子であるオリヴァーを指名したのは、やはりメルヴィルを特別視しているからだろう。


「それで?僕のエレノアは君達のお眼鏡に適ったかな?」


アイザックの言葉に、グラントとメルヴィルは、スッと表情を引き締めた。


「適うもなにも…。お前の言った通り、あれは危険だな」


「そうだね。オリヴァーも言っていたが、下手をすれば、ろくでもない大物に目を付けられてしまうだろう。…例えば王家…とかね」


アイザックからその危険性を語られ、娘を守るために協力して欲しいと言われた時、最初はまた親馬鹿が炸裂したかと思っていたのだが、エレノア本人と直接接してみた二人は、アイザックの危惧を理解した。


初めて会った義理の娘は、キラキラした瞳が印象的な、小さな可愛らしい女の子だった。


貴族の令嬢が自然に行う、相手を無意識に見定め、値踏みするような視線ではなく、自分達を何の思惑もなく、キョトンと見つめる姿はたいそう愛らしく、何より自分の父親よりも身分の劣る自分達に向け、目上の者に対する最上の挨拶、カーテシーをしてくれた時には、グラントと共に思わず言葉を失ってしまった。


そして、エレノアのその様子を当然といった顏で見ていたオリヴァーとクライヴを見て、自分達はようやく、アイザックの言っていた事が全て真実であった事を理解したのだった。


「はぁ…。それにしても何だアレ。真っ赤になって上目使いしながら『お父様』だぜ?マジ昇天するかと思ったぞ!」


「まさか女性の素の恥じらいっぷりが、あそこまで破壊力があるとは…。オリヴァーのみならず、クライヴまでもが堕ちる訳だ」


「それに…な」


「…ああ」


自分の欲望のみを優先するではなく、他者に対する思いやりを持ち、自分達貴族が甘受するものの価値をきちんと理解する思慮深さを併せ持っている。


更にグラントを感嘆せしめた、意表を突く10歳児とは思えない柔軟な発想。


「まさに、王家の男達が求める、王妃としての資質だよねぇ…」


メルヴィルが、憂鬱そうに溜息をつき、アイザックがそれに同調し、頷く。


――この国で唯一、男性が自分の望む相手を選ぶ権利を持っているのが王族の直系達だ。


そして彼らの『妃』になった時点で、確実に直系の王族達の血を次代に継がせる為、親兄弟のみならず、外界との接触を一切断たれ、王宮という名の鳥籠に囲われてしまう。


普通のご令嬢ならば、誰もが憧れる『王妃』という地位だが…。


『私もいつか、冒険に行ってみたいです!』そう、キラキラした目で話していたあの子が、そんな立場を喜ぶとは到底思えない。


それでも王子本人を恋い慕った結果ならばあるいは…。いや、そもそも王子達と恋仲になどさせたくもないが。


「それでアイザック、茶会の方はどうするんだ?」


「山のように招待状が来てるけど、全てお断りしてる。…本当はあと何人か、エレノアの夫なり恋人なりを決められたらと思っていたんだけど…」


「下手に茶会に参加して注目を集めたりでもしたら、廻り廻って王家に目をつけられて、横からかっ攫われる可能性があるからな」


「王子は4人。しかも末の王子は確か、エレノアと同い年だったか。間が悪いことに、王子達はまだ誰も婚約者を決めていない」


「一番上の王子は、クライヴと同い年だったな。飄々としていて人当たりは良いが、底の見えない人物だと聞いている。…少しばかり、探ってみるか」


「頼めるかい?メル。それとグラント。君の息子のクライヴなんだけど、エレノアの専従執事になってもらおうかと思っているんだ」


「エレノアのか?オリヴァーのではなく?」


「ああ。もし万が一の事があった場合、『筆頭婚約者』ならともかく、ただの『婚約者』では、一緒にいられる時や場合に制限がかかってしまう。その点『専従執事』であれば、特権として主人にどこまでも付き従う事が出来るからね」


「成程な。俺はあいつが「是」と言うなら、それで良い。…俺の方も、俺に出来るやり方で大切な息子とエレノアを守るとするか。まずは、義務や権利が色々面倒だからと一代限りにしていた爵位の底上げから始めるか」


「ふふ。エレノアが提案した戦法をスタンダードにしてしまえば、子爵位ぐらいはすぐに貰えるんじゃないかい?私も少しばかり、王宮に顔を出す回数を増やそうかな?」


「お?王宮魔導士団長の役、とうとう受ける気になったのか?」


「まあね。情報を得る為には、肩書はいくらあっても得こそすれ、損はしない」


「…済まない二人とも。あんなに表舞台に立つのを嫌がっていたのに、僕の都合で…」


「いいって事よ。今迄、自由に好き勝手してたんだ。ここらで一旦、腰を落ち着かせるさ」


「そうそう。普段、滅多に甘えてくれない大切な親友の頼みだしね。…それに、王家なんかに折角出来た可愛い娘を取られるなんて、物凄く癪じゃないか!」


「本当だよな!エレノアにいつまでも「グラント父様」と呼んでもらう為なら、俺はどんな苦労でも喜んでしてやるぜ!」


「………」


なんか息子達の為…というより、自分達の為なのでは…と思わなくもないが、とにかくこの二人の協力を得られた事は大きい。


「ま、とにかく15歳までエレノアを守り通して、さっさとオリヴァーとクライヴと結婚させちまえばこっちのもんだ」


「そうだね。王妃の条件の一つは『処女である事』だからね」


「うん。他の男と結婚してしまえば王妃になる資格は無くなる。エレノアにはそれまで、他の男性を選ぶのを我慢してもらわなきゃ」


「大丈夫だろ。5年なんてあっという間だし、そもそもエレノアにベタ惚れなオリヴァーとクライヴが、他の男に目を向けさせねえだろ」


「ふふ…そうだね。今日なんて、エレノアの前で恥をかかされたって、物凄く悔しがっていたからねぇ。あれだけ発破かけてあげれば、嫌でもやる気になるだろう」


「エレノアを守る為には、まずあいつらの実力の底上げは必要不可欠だからな!」


…なんか尤もらしい事を言っているが、ようは可愛い娘に良い所を見せようと、無駄に張り切ってしまった結果であろう。

まあ、それがあの二人のやる気に繋がってくれるのなら、結果オーライではあるが。


「それに将来、あんな理想の女を手に入れられんだから、ちっとぐらい苦労しやがれってんだ!」


「本当にねぇ…。もし私達が若かった時にあんな子がいたら、どんな手段を使ってでも妻になってもらってたよね。悔しいから、これからも折に触れて、しごいてあげるとしようか」


「二人とも…。大人げないよ?」


エレノアの虫払いをしながら、実の父親達のイビリとも戦わなくてはいけなくなった義理の息子達に対し、心の中で「頑張ってね」とエールを送りつつ、アイザックはグラスに残っていた酒を一息に飲み干した。

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