第11話 お義父様達の来訪②

あの後、父様方も兄様達も何とか立ち直り、遅ればせながら私の誕生会が開始された。


母様はと言うと、今現在妊娠中でつわりが酷く、不参加だそうだ。ちなみに子供の父親はこの場にはいないとだけ言っておこう。


まずは私以外の全員がワインで乾杯。私は当然、ジュースで乾杯。

そうして父様方や兄様方から、温かいお祝いのお言葉を頂いた後、宴がスタートした。


ちなみにプレゼントは、私のリクエストで食後に決まった。だって、さっきからテーブルの中央に鎮座している三段重ねの豪華なチョコレートケーキに目が釘付けになってしまってるし、実は朝から何も食べていないから、もうお腹はペコペコだ。


こんな状態でプレゼントをもらっても心からはしゃげない。物欲よりも今は食欲。花より団子とは、昔の人はよく言ったものだと思う。


そうして採れたてのフレッシュな野菜を使った前菜から始まり、私の大好きなクラムチャウダー風な魚介のスープ、焼きたてふわふわパン、魚料理…と、次々と運ばれてくるフルコースに舌つづみを打ちながら、皆で談笑する。


そして本日のメインディッシュはなんと、グラント父様が狩ってきた、サラマンダーのフィレ肉を使った香草焼き。なんでもこの日の為に、今年生まれのサラマンダーが生息する地域を調べて狩ってきてくれたんだって。つまりは子羊ならぬ、子サラマンダー?


ちなみにサラマンダーとは、コモドドラゴンのような姿をした魔物なのだが、貴族でも中々手に入れる事が出来ない珍味で、味も良く、何より滋養強壮に優れているのだとか。確かに肉はまるで上等なカモ肉のように濃厚で、非常に柔らかくてジューシーで美味しかった。


そこから、グラント父様が今まで冒険してきた国内はもとより、様々な外国の事。特に今まで討伐してきた魔物との戦闘についての冒険記が始まり、そのリアルファンタジーな世界に、私は夢中になって聞き入ってしまった。


「それにしてもエレノアは変わってんなぁ。魔物退治の話がそんなに面白いか?」


熱心に話を聞く私に気を良くしたか、相好を崩しているグラント父様に、私は元気いっぱい頷いた。


「はいっ!凄く面白いです!私もいつか低級の魔物でいいから、狩りをしてみたいです!」


「エレノア!そんな危ない事、私は絶対許可しないよ!?」


「え~!父様、そんなぁ!折角クライヴ兄様に剣を習ってるんだし、一回だけでも!」


「駄目です!」


「父様のケチ!」


「ははっ!勇ましいことだ。じゃあ大きくなったら俺と一緒に冒険に行くか?なあ、アイザック。俺が責任もってエレノアを守ってやるよ。それならいいだろ?」


「うぅ…っ。グラントとか…。う~ん…」


「エレノア!行くんなら親父じゃなく、俺が連れて行ってやるよ!」


今迄黙って聞いていたクライヴ兄様、すかさず参戦です。


ちなみに私の席は、いわゆるゴットファザー席と呼ばれる誕生席…ではなく、オリヴァー兄様とクライヴ兄様との間で、それぞれのお父様達と対面になるように座っている。


正式なマナーに乗っ取れば邪道みたいだけど、身内だけだからこれでいいんだって。お父様、フランク思想だよなー。大好き!


「えっ!?本当ですか?クライヴ兄様!」


「ああ。ただ、お前がちゃんと自分で自分を守れると判断してからな」


「じゃあ、訓練もっとします!頑張って強くなりますから、そうなったら絶対連れて行って下さいね?クライヴ兄様、約束ですよ!?」


「ああ。約束だ」


「じゃあ、指切りして下さい!嘘ついたら嫌いになりますからね!」


私が小指を差し出すと、クライヴ兄様が苦笑混じりに自分の小指を絡めてくれる。

そのまま指切りしながら「エレノア…。僕はまだ許した訳では…」という、お父様の呟きは丸無視させて頂いた。ごめんよ父。


「それじゃあ、僕も後方支援として参加しようかな?」


「オリヴァー兄様も?一緒に行って下さるのですか?!」


「うん。エレノアが行くなら、絶対に参加するよ。僕の魔力は攻撃系に特化しているから、エレノアを守ってあげられるしね」


そうでした。


実はオリヴァー兄様の魔力属性は『火』なのである。ちなみにクライヴ兄様は『水』だ。


なんかイメージ的に逆な印象を受けるのだが、持っている魔力が強ければ強い程、その人の纏う色素として現れやすいんだって。そう考えるとクライヴ兄様が水ってのは、色素的に納得だ。


オリヴァー兄様も、魔力を使う所を見せてもらった事があったのだが、なんとその時のオリヴァー兄様の目は深紅だったのだ。


髪の色も光沢が赤みを帯びていて、普段理知的で物静かなイメージのオリヴァー兄様が、ちょっとワイルド系になったそのギャップに、私の心は萌え滾ったものだった。


…待てよ?もしこの兄達と魔物狩りに行ったとする。そして魔物が現れたとして、クライヴ兄様が瞬殺するか、オリヴァー兄様が消し炭にするかで終わりになりそうだな。あれ?私の出番、無くない?


ちなみに私の魔力属性は『土』…うん、確かに私のカラーって茶色系だもんね。


う~ん…でも『土』って、防御系のイメージしかないなぁ…。


まだ魔力操作の訓練はしていないけど、いずれオリヴァー兄様が教えてくれるって約束してくれたし、私も兄様達に負けない攻撃力を磨こう。出来る事なら魔物、自分で倒したいしね。


「それじゃあ私、剣と魔力操作、どっちも上達したら、自分の剣に魔力を込めて戦ってみたいです!」


気を取り直し、ワクワクしながら、そう元気に宣言する。

魔力を剣に込めて戦う…。それってよく、漫画や小説で主人公達がやっているアレですよ!


前世では自分の姿を主人公達に投影して空想で盛り上がっていたアレを、まさか自分で出来るかもしれないなんて…。人生って本当、分からないもんだ。


「剣に魔力を込める?」


あれ?兄様達が私の発言に首を傾げたり不思議そうな顔をしたりしている。この世界ではそういう戦い方ってしないのかな?


「あの…。私、何か変な事言いましたか?」


「いや、変な事というか…。そういった戦い方って、ちょっと聞いた事が無かったからね」


「そもそも、普通の剣に強過ぎる魔力を注いだら、負荷に耐え切れなくて、下手すりゃ割れちまうからな」


えええ!そうなんだ!…うう…。私の中二病的野望が…。


「…いや、『普通の剣』なら割れてしまうが…。特別な素材で出来た剣だったらどうだろう。ねえ、グラント?」


「ああ。多分、オリハルコンやレアメタルなら、どんだけ魔力を込めても割れねえだろ。」


おおお!オリハルコンとレアメタル!!

特殊な鉱物って言ったら、やっぱこれだよね。この世界にもあったんだー!感激!!


「…しかし、驚いたな。まさか10歳になったばかりの…しかも女の子の口から、そんな戦い方を提言されるとは思わなかった。今迄は魔力と剣をそれそれ使い分けて戦っていたが、確かにその方法なら、攻撃の威力が何倍にも膨れ上がるだろうし、射程距離も飛躍的に伸びる。何より無駄が無い。魔力量が少ない奴も、魔術師に魔力を込めてもらって戦えば、戦力が桁違いに上がる。…うん。早速、試してみるか…」


そこまで言ってから、グラント父様は私を感心したように見つめた。


「エレノア。ひょっとしたらお前のアイデアで、これからあらゆる戦法が変わるかもしれん。まったく、たいしたお姫様だ!」


「そ、そう…ですか?」


よく分からんが、私の言っていた戦い方、どうやらアリらしい。


「エレノア。グラントはこう見えて、この国の軍事顧問をしてるんだ。その彼に褒められるという事は、とても凄い事なんだよ」


メルヴィル父様の言葉に首を傾げる。私、別にそんな大層な事言っていないと思うんだけど…。むしろ剣に魔力を込めるのって、凄くポピュラーで誰でも思いつくんじゃないかな。


あ、でも私の思い付きの元は、前世の漫画からだし、戦い方が確立しちゃっている世界では、中々そういったアイデアは思いつかないのかもしれないな。


「さて、そろそろエレノアが一番楽しみにしていた、メインディッシュへと移ろうか?」


父様の言葉に、私はパッと顔を輝かせる。

やった!いよいよ、バースデーケーキの出番だ!そうです、私の真のメインディッシュはケーキなのです!


テーブルの中央に燦然とその存在感を示していた、ふわふわスポンジに濃厚なチョコクリームがたっぷりとかかったチョコレートケーキ!ああ…。この瞬間をどれ程待ち侘びていた事か…!

今迄のフルコースで結構お腹一杯だけど、甘い物は別腹なのだ。さあ、気合を入れて食べるぞ!


「どうぞ、お嬢様」


「わぁ…!」


私の目の前に置かれたお皿には、綺麗に切り分けられたチョコレートケーキの他に、凄く小さな一口サイズのケーキが沢山盛られている。

あ、この中央の黄色いタルト、私の好きなカボチャのタルトかな?わ!カラメルとカスタードの二層になったプリンもある!嬉しい!


「お嬢様、お代わりは沢山ありますからね。旦那様方やお客様方も、もしよろしければお好きなケーキをお選びになって下さい」


ジョゼフの言葉通り、バースデーケーキの横には、大きなアフタヌーンティースタンドにミニケーキが所狭しと鎮座している。


「はーい!」


私は元気に返事をした後、早速、チョコレートケーキを口に含んだ。うん、美味しい!


フワフワしていながら、どっしり存在感のあるスポンジと、濃厚ながら口に入れた瞬間、シュワッと溶けていくチョコレートクリームとのハーモニーが最高!


はい。言われずともお代りをしますとも。でもまずは皿に乗っかってるケーキを全部食べてみなくちゃね。


「ほぉ…。これは可愛らしいケーキだね。でも何でこんなに小さいのかな?」


あ、メルヴィル父様、不思議そうな顔をしている。


「だってこうすれば、沢山色んなケーキが食べられます!」


「大きくても、色々食べられるだろう?」


「それはそうなんですけど…」


「父上。エレノアは食べ物を残す事が嫌いなんですよ」


すかさず、オリヴァー兄様が私の代わりに答えてくれる。それに対し、メルヴィル父様のみならず、グラント父様も目を丸くした。


「前はちゃんと普通のサイズのお菓子だったのですが、エレノアがこうすれば残さないで色々な味を楽しめるからって」


そうなんだ。私は基本、食べ物を残すのが許せないたちなのだ。


だから出されたものは全部食べるのを心がけているんだけど、食事と違い、常にふんだんに、それこそ四六時中提供されるのが、ケーキやクッキー、タルトといったお菓子達だ。


前世では滅多にお目にかかれない、趣向を凝らした美味しそうなお菓子の数々に、甘党の私はつい、あれもこれもと食べ過ぎ、度々お腹を壊してしまっていた。

遂には兄様達に怒られてしまって、「実は…」と、食べ過ぎてしまう理由を話す羽目になった。


兄様達は先程のお父様方同様、驚きに目を丸くしていた。きっと私の貴族令嬢らしからぬ発言に呆れられたのだろう。


でも私が食べ残してしまったものは、間違いなく廃棄されてしまうのだ。それじゃあ、折角作ってくれたシェフに申し訳ない。それ以前に、そのお菓子の材料を作ってくれた人達にも申し訳ないじゃないか。


だって彼らは、廃棄される為に頑張って作物を作っている訳じゃないのだから。


『米一粒、汗一粒』


お米を実らすには、それ程の苦労と努力がいるという昔の人の言葉。…あ、こっちの場合は『麦一粒』か。


ともかく私は、田舎のお祖母ちゃんがずっとお米を作っていたから、小さい頃からごく自然にそう言われて育ってきたのだ。だから「貴族令嬢らしくないって」なんて、そんなくだらない理由で、食べ物を残すなんてしたくない。


私はそれを、前世のなんちゃらに関してはオブラートに包みつつ、一生懸命兄様達に説明した。


そうしたら兄様達も、私の気持ちを理解してくれたのだ。…何故か物凄い勢いで私を抱き潰しながら。


「それじゃあ、エレノアが食べ残したお菓子は、僕とクライヴが食べてあげる。だからエレノアは、好きなものを好きなだけお食べ」


そうオリヴァー兄様は言ってくれたのだが、クライヴ兄様はともかく、オリヴァー兄様はあまり甘い物を得意としていない。クライヴ兄様だって、普通程度に食べるぐらいで、私みたいに物凄い甘党な訳でもない。


私の尻ぬぐいで兄様達に辛い思いはさせたくない。でもお菓子は食べたい。ああ…どうすれば…!


ふとそんな時、思いついたのが前世でよく行っていたビッフェだ。


色々な種類を沢山食べられるようにと、だいたいのビッフェのデザートは一口か二口サイズだった。あれを適用すればいいじゃないかと、早速提案したのだった。


「…成程。それでこのサイズになった訳なのだね」


なぜか真顔のメルヴィル父様に、私は焦った。

貴族のお客様に対して、こんなサイズのお菓子を出すなんて、常識外れじゃないかと呆れられたに違いない。ここは父様とバッシュ家の名誉の為に、何か言わなくては。


「あ、あのっ!説明申し上げた通り、このサイズになったのは、決して我が家の台所事情が苦しいとか、お客様をないがしろにしているとかではないのです。私の食い気が招いた結果というか…」


私の必死の言い訳を聞いたメルヴィル父様は、ちょっとキョトンとされた後、派手に噴き出した。そして何故か、グラント父様までもが爆笑しているではないか。


よく見てみれば、父様や兄様達も皆、口元を手で押さえて肩を震わせている。ジョゼフや他の使用人達は、流石に皆みたいに笑ってないけど、なんか口元がピクピクしちゃっているよ。肩も不自然に揺れてるし。


…笑いたければ素直に笑えと言いたい。


あれ、ウィル?何かいつの間にかいなくなってるけど、どこ行ったんだ?まさか耐え切れず、地下にでも潜って爆笑しているのか?


「ククッ…ご…ごめんよエレノア。いや…でも本当に、君は楽しくて不思議な子だね」


「…普通の令嬢らしくなくて、申し訳ありません」


「謝る事など無いよ。確かに君は普通の令嬢達とは全く違うが、少なくとも私は君の考え方に敬意を払う。君はとても優しくて、素晴らしい子だよ」


まるでオリヴァー兄様のように優しく微笑まれ、ちょっと頬を染める。私はこのままでもいいのだと、そう言ってもらえたみたいで嬉しかった。


「そうだな。こんな娘を持てて、俺も本当に誇らしいぞ。なあ、クライヴ、オリヴァー。エレノアはお前達には勿体なさすぎんじゃねぇか?なんなら俺が嫁に欲しいぐらいだ」


グラント父様のからかい混じりの言葉に、兄様達がムッとした顔をする。

何だかいつも大人びている兄様達が年相応の子供のように見えて、それが何だか可笑しくて、私はクスクスと声を上げて笑ってしまった。

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