第10話 お義父様達の来訪①

私は朝からくたびれ果てていた。

いや、それ以前にもうくたびれ果てていたけどね。


まず、誕生日に私が着るドレスの色で、父様・オリヴァー兄様・クライヴ兄様の意見が合わず、散々揉めた。


「やはり天使なエレノアのイメージとしては白が外せないよ」


「いえ、エレノアの可憐で明るい色彩を引き立てるのは、やはり深い碧のような落ち着いた色合いではないかと」


「エレノアの可愛らしい顔立ちだと、パステルカラー一択だな」


「…あの…。私はどの色でもいいんですけど…」


「「「エレノアは黙っていなさい!」」」


「…はい…」


こんな感じで協議という名の言い合いを何時間も繰り返した結果、使用人達をも巻き込み、厳選なる投票が行われるにまで至った。


その結果、私のドレスの色は白いレースをふんだんに使用した、淡いヘーゼルグリーンに落ち着いたのであるが、何気に三人の希望を取り入れ、妥協した結果ではないかと私は疑っている。


そしてドレスのデザインだが、バッシュ侯爵家が懇意にしているオネェ様なデザイナーが呼ばれ、頭の天辺から爪先まで、半日以上もかけて事細かく採寸された挙句、試作品を毎日山のように持って来られ、連日ファッションショー状態になってしまった。


自分のドレスなのに、もう最終的にはどうでも良くなって「これでいい」と、適当に指差し決めた訳なのだが、私の妥協を見抜いたオリヴァー兄様によって、真剣にしっかりとドレスを選ばされましたさ。もう、選び終わった時は燃え尽きてたよ。真っ白だったよ。


でも身に着ける装飾品とかの類は、男性が選ぶものと相場が決まっているらしく、私は一切関与せずにいられた事に、ホッと胸を撫でおろした。


――そしていよいよ、本番である誕生日当日。


私は朝早くから起こされると、ジョゼフの手により風呂に入れられ、頭の天辺から爪先まで磨き上げられた。


それからペチコートのような下着を身に着けた私を、美容専門の召使達が取り囲み、あれよと言う間にドレスアップさせられたのだった。


その後は椅子に座らされ、ヘアアレンジやらメイクやらを時間をかけて施され、半ばウトウトし始めてた頃、ジョゼフにそっと起こされた。


「お嬢様、お支度が整いました。大変愛らしゅうございますよ」


美容専門の召使達も皆、やり切った感半端ない良い笑顔で頷いている。


もうこの時点でかなり疲れてしまっていたのだが、やはり私も女子の端くれ。期待にドキドキ胸膨らませながら全身が映る姿見の前へと立つと…。


「わぁ…!」


そこには普段よりも数倍可愛らしく、華やかな女の子が映り込んでいた。


白いレースのリボンで緩く編まれた髪の毛には、小さな白い花の飾りがあちこちに編み込まれ、艶々したヘーゼルブラウンの髪にとても映えている。


元々パッチリしている大きな目にもナチュラルメイクが施され、唇にひかれた薄紅色の口紅と相まって、なんだかやけにコケティッシュだ。


そして、私が燃え尽きながらも頑張って選んだドレスだが、裾が足首までの、ふんわりボリューム感のあるプリンセスラインである。


エンパイアラインやマーメードラインも捨てがたかったけど、この年でアレは流石に大人っぽ過ぎて断念。似合う子は似合うんだろうけど、私って基本、可愛い系だからさ。(背も小さいし)


それにしてもこのドレス。一見地味とも言える淡いヘーゼルグリーンなのだが、光が当たると反応し、艶々と光り輝いて一気に華やかな雰囲気へと変わる。更に美しい白いレースが上品でシックな印象を与え、お世辞抜きでとても素敵だった。ドレスに合わせた装飾品も、どれもこれも一級品だろうって感じのゴージャスさだ。


特に耳飾りとお揃いのネックレス。小さなダイヤモンドが無数に散りばめられている中央に光り輝いている、エメラルドらしき宝石…。これって絶対本物だよね。


ドレスと合わせて、一体幾らかかったのだろうか…。金額を知るのが恐い私は、根っからの庶民です。


「いかがですか?」


「とっても素敵!まるでお姫様になったみたいです!皆、本当に有難う!」


満面の笑みでお礼を述べる。


するとジョゼフ以下、使用人達が一斉に顔を手で覆って俯き、身体を震わせる。うむ。ここ最近こういった反応無くなっていたから、なんか新鮮だな。美少女(?)の魅力に打ち震えるがいい。化け学万歳!


「エレノア?入ってもいいかな?」


…などとアホな事を心の中で言っていたら、お兄様方の登場ですよ。はい、勿論です。どうぞ!


『――ヴっ!!』


室内に足を踏み入れた兄様方の姿を見た私は、ヒュッと息を飲んだ。


オリヴァー兄様とクライヴ兄様。どちらも黒をベースとした貴族の正装を身に纏っているのだが、その貴公子然とした美しさといったら…!今迄「お姫様みたい」とか自画自賛して浮かれ切っていた自分自身を殴り倒したい気分だ。


私が兄様達の晴れ姿(?)に釘付けになっているのと同様、兄様達も目を見開いた状態で私の姿を無言で見つめていた。


――互いに無言で見つめ合う事しばし。


兄様達の眩しさに目が痛くなったのと、あまりにも格の違いを見せ付けられた情けなさに、兄様達と顔を合わせていられず、思わず俯いてしまう。


次の瞬間、私の身体は浮遊感に包まれた。


慌てて顔を上げると、目と鼻の先にオリヴァー兄様のドアップが…!

…鼻血を噴かなかった私を、誰か褒めて欲しい。


しかし、耐えきったは良いものの、胸がバクバクし、顔もあわあわと真っ赤になってしまった不甲斐ない私を見ながら、オリヴァー兄様がうっとりと、蕩けそうな笑顔を浮かべた。


「ああ、エレノア。僕のお姫様。なんて綺麗なんだ。まるで木漏れ日の中に佇む花の妖精のようだよ」


ぬああぁぁ!!オリヴァー兄様のほめ殺しキターッ!!


「ああ。本当に綺麗だ…俺のエレノア」


ククク…クライヴ兄様までッ!!!


ああっ!いつものクールなお顔が、オリヴァー兄様並みに甘々にっ!!ほっ…頬まで薄っすら赤く染まってるなんて…そんな!ツンデレのデレ到来ですか!?兄様方、いけません!妹を褒め殺すおつもりなんですね!?殺人は犯罪なんですよ!?


「わっ…私なんかより…お…おっ…お兄様方の方が…カッコいい…ですっ!」


表現のレパートリーが貧相で済みません。でもこれ以外言いようがないんです。


「ふふっ。有難う、エレノア」


「お世辞でも嬉しいぞ」


オリヴァー兄様とクライヴ兄様が揃って笑顔になる。…くっ…駄目だ!もう眩し過ぎて目を開けていられない!


「エレノア?」


「…お前、なに目を手で覆ってんだ?」


「いえ、眩し過ぎるので、目の保護の為に…」


「「目の保護?」」


兄様達がまたハモってる。目を覆っているので分かりませんが、多分シンクロして首を傾げているんでしょうね。あれって見てて和みます。超好きです。ああ…見たかった。


「…うん、まあ…。エレノアの意味不明な発言はいつもの事だし。丁度いいからこのまま侯爵様の所に行こうか」


「そうだな。多分、今か今かとソワソワワクワクしながら待っているだろうからな」


「エレノアのこの姿を見たら、感激して涙ぐまれるんじゃないかな?」


「そうだな。その後でエレノアを抱き潰されないように気を付けないとな」


兄様達の楽しそうな会話が耳に入ってくる。

オリヴァー兄様とクライヴ兄様って、本当に仲が良いよね。


本人達から聞いた話によれば、クライヴ兄様のお父様であるオルセン男爵って、この国の英雄と言われている程強い冒険家なんだそうだ。で、諸々の功績が認められて、一代限りだけど名誉男爵の爵位を国王様から与えられたんだとか。


そんでもって、オルセン男爵とオリヴァー兄様のお父様であるクロス子爵。この二人はどういう訳だか親友で、しょっちゅう冒険に出かけるオルセン男爵の代わりに、クロス子爵がほぼクライヴ兄様の面倒を見てくれていたのだそうだ。


だからオリヴァー兄様とクライヴ兄様は、実の兄弟同然に育ったって訳で、そりゃー仲も良くなるよね。


そうして私はそのまま、オリヴァー兄様の腕に抱かれながら父様が待つ食堂へと向かった。だが何故か途中でクライヴ兄様にバトンタッチ。


――ヤバイ。私、重かったのだろうか?今日は心ゆくまでご馳走を堪能しようと思っていたけど、やっぱり少し控えた方がいいのかな?


「オリヴァー。代わって良いのか?」


「あのねぇ、僕はそこまで狭量じゃないよ。それにクライヴの物欲しげな顔が凄く可笑しかったからさ」


「…確かに俺もエレノアを抱っこしたかったのは認めるが、物欲しげな顔は余計だ!」


残念な事に、デブ疑惑にショックを受けていた私の耳に、兄様達の会話は入ってこなかった。





そうして食堂のドアの前へと辿り着くと、クライヴ兄様は私を床に降ろしてドアにノックをする。


「侯爵様、エレノアを連れて来ました」


そう告げると、まるで自動扉のようにドアが開いた。私はちょっと緊張しながら、それぞれの手を兄様達と繋ぎながら食堂に足を踏み入れた。その瞬間。


『――ッ!?』


私は石化してしまった。


だって、食堂には正装に身を包んだ、普段の数倍カッコいいお父様の他に、二人もの超絶美形がこちらを向いて微笑んでいたのだから。


一人は、長く艶やかな漆黒の髪と、憂いのある黒曜石のような瞳を持った優美極まれりな紳士。そしてもう一人は、短く切った銀髪に真っ青に晴れ渡る青空のような碧眼を持つ、スラリとしているが、物凄く引き締まった細マッチョな体躯の大柄な男性。


どちらもお父様同様、どう見てもオートクチュールの一点ものだって分かる、上質な正装に身を包んでいて…。なんかね…もう、この部屋の顔面偏差値が臨界点を突破しましたって感じだ。キラキラし過ぎて目が痛いどころではない。真面目に目が潰れてしまう!


「え?!父上?」


「親父!?どうしてここに?!」


兄様方が珍しく焦った様子です。…ってか、あんたらの父親かーい!!


そりゃあ超絶美形な訳だよ!よく見れば、髪も目も同じ色だし、顔の造りそっくりだし。つまりはお兄様方、将来ああなるって事なんですね!?眼福通り越して目が潰れます!ヤバいです!


「ふふ、驚いたかい?実は君達には内緒で招待していたんだよ!」


父様の悪戯が成功したようなドヤ顔が目に優しい…。はぁ…癒し要員だなぁ父様。ありがとう御座います。娘の目と心は貴方のお陰で瀕死を免れました。


「久し振りだね、オリヴァー」


「よう、クライヴ!お前の大事なお姫様を拝みに来てやったぜ!」


息子達を見ながら、私のお父様と一緒に笑っている兄様達のお父様方。この三人って、仲良いんだ。なんか意外。


「で、この子が噂のお姫様か。ああ、マリアによく似た可愛らしい子だね」


「本当だなー!でも目元はクリクリしてアイザック似だな。マリアのがキツくて細いだろ」


「グラント…。それ絶対、マリアには言わない方が良いよ?ああ…それにしてもエレノア!なんて可愛らしいんだ!本当に僕の天使は天使よりも天使!」


父様、物凄く嬉しそうだね。なんか背景にピンク色のハートが飛びまくっているのが見える気がします。


そんな事をぼんやりと思いつつ、私を見ながら嬉しそうに微笑む兄様の父様方に対し、私はまだ硬直が溶けずにいた。


「エレノア?二人にご挨拶は?」


父様の優しい呼びかけに、私はハッと硬直から溶け、慌ててマナー講座で叩き込まれたカーテシーをした。


「は、初めまして。クロス子爵様、オルセン男爵様。アイザックの娘のエレノアです。お会い出来て光栄です」


途端、和気あいあいとしていた雰囲気が、水を打ったように静かになった。


――あれ?おっかしいな?私としては精いっぱいの歓迎挨拶をしたつもりだったのだが…。


「…駄目だね」


「…ああ。不十分だ」


「えっ!?」


慌てて顔を上げると、二人が真顔でこっちを見つめていて、ドッと背中に冷や汗が流れ落ちる。な、何が足りなかったというのだろうか!?


「ここは無粋な敬称ではなく、『お父様』と呼んでくれなきゃ」


「そうそう!俺達の息子の嫁なんだから、父様呼びしてくれなきゃ駄目だよな!」


その言葉に、私はドッと脱力感に襲われた。なんなんだよもう…。なに失敗したのかって、凄く焦せっちゃったじゃないか!


「父上…。何を言い出すかと思えば…」


「親父…。なにガキみてぇな事言ってんだ。エレノアを困らせるな!」


「何を言う。可愛い娘に『父』と呼ばれるのは、この世の男性、全ての憧れなのだぞ!?」


「そうだそうだ!アイザックばっかり娘作りやがって、ずっと羨ましかったんだからな!待望の父親呼びを堪能する絶好の機会を見過ごせるか!」


…オルセン男爵はともかく、クロス子爵…。見た目を裏切って、かなりおちゃめな性格をされてらっしゃる。なんか、見た感じ正反対っぽいこの二人が仲良くなった理由、分かっちゃった気がするよ。


「さあ、エレノア。『メルヴィル父様』だよ。言ってごらん?」


「俺はグラントだ。『グラント父様』って言ってみな?」


うわぁ…。お二人とも、目が期待でキラッキラしてますよ。


うう…で、でも、こんな大人の色気駄々洩れな超絶イケメンを、いきなり『お父様』呼びするのって、凄く恥ずかしい。恥ずかしいけど!でも、こんなに期待した顔をされたら、応えない訳にはいかないじゃないか…!


「…メ…メルヴィル…父様…。グラント…父様…?」


こっぱずかし過ぎて真っ赤になりながら、消え入りそうなぐらい小さな声で名前を呼んだ瞬間、二人のお義父様プラス私の父が、揃いも揃って赤くなった顔を伏せて身悶えだした。

よく見れば、兄様達も周囲に控えていた使用人達も、父様達同様、肩を震わせて俯いている。あ、ウィルなんて、久々に蹲っちゃってるよ。おい君!傷は浅いぞ、しっかりするんだ!


「…ッく…。いい…。最高…!」


「ああ…。まさに今が人生の絶頂期だな…。ドラゴンぶっ潰した時より滾るぜ…!」


「この世に天使が降臨した…!!」


「…あの…。父様…?兄様…?」


周囲が静かに萌えたり悶えたりしている中、私は途方に暮れながら『あのバースデーケーキ、美味しそうだな。いつ食べれられるのかなぁ…』と、現実逃避していたのだった。

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