第17話 王子様達とご対面しました

「おや、アシュル殿下だけでなく、他の殿下方もご一緒だとは…」


オリヴァー兄様が驚きに目を見開いた後、今度は眉根を寄せる。


「リアム殿下がおられないようだな」


確かに。

遠目だからよく分からないけど、ロイヤルファミリーの中に青い髪のちびっ子はいないようだ。


「どうやら、風邪を引かれて欠席のようです。先程の給仕が申しておりました」


クライヴ兄様、いつの間にそんな情報を仕込んでいたんですか。流石は有能執事。仕事早いですね。


しかし、今回のお茶会の主役なのに、欠席とは。ご令嬢方もさぞかしガッカリ…は、してないようだ。


みんな、他の殿下方の元に、我も我もと群がってる。ああ、第四王子様じゃなくても、王子様なら誰でも良い訳ね。流石は肉食女子。


「エレノア?あちらの王子様方が気になるの?」


オリヴァー兄様の言葉にハッとする。


そ、そうだった。昔の私、王子様と結婚したいなんて言ってたんだから、こういう場合は他のご令嬢達みたく、王子様と直接お会いしたい筈だよね。


「オ、オリヴァー兄様!私も皆みたいに王子様にご挨拶に行きたい!早く連れて行って!」


「エレノア、駄目だよ。リアム殿下がいらっしゃらない以上、いきなりご挨拶に行けば、他の殿下方のご迷惑になるからね」


成程、つまりはお見合い相手が不在なのだから、わざわざご挨拶しに行かなくてもいいという事ですね!…って事は…。やったー!普通にお茶して帰ればいいだけか!うわぁ…良かった。一気に気が楽になった!


だけど、ここにいる間はやるべき事をやらなければね。


「だって、お兄様はアシュル殿下とご友人なのでしょう?!ならすぐにご挨拶出来る筈だわ!」


「お嬢様。それはあくまで学園内での話です。今この場で我々は殿下の臣下として、礼節を守らなくては」


「何よ!クライヴったら役立たずね!私が殿下達にご挨拶したいのよ!私の執事だったら、何とかしなさいよ!」


「残念ながら、いくらお嬢様のご希望だとて、叶えられるものとそうでないものがあるのです。お嬢様も10歳におなりになられたのですから、そろそろそういった事実を受け入れ、学ばれたらいかがでしょうか?」


「うるさい、うるさい!!クライヴの馬鹿!役立たず!!」


…ふぅ…。こんなもんかな?


兄様方をチラ見すれば、二人とも満足そうに小さく頷いている。私は更に癇癪を起したふりをしながら、オリヴァー兄様の胸に顔を埋めて、小さく溜息をついた。…ああ、もう疲れる…帰りたい…。


そんな私の頭を、オリヴァー兄様の優しい手が、労わるようにサラリと撫でた。


「じゃあ、エレノア。そろそろお暇しようか?」


「えっ!?」


思わず上がった、抗議…ではなく歓喜の声に、クライヴ兄様が咳払いをする。私は慌てて再び気を引き締めた。


「い、嫌よ!何でもう帰らなくちゃいけないの?!」


「だって、エレノアがお嫁さんになりたいって言っていた王子様、今日はご病気で欠席だってクライヴが言っていただろう?お菓子も沢山食べて、お腹いっぱいだろうし」


「嫌!私、帰らないから!お菓子だって、まだ食べたいんだから!」


はい。正直、場が持たないのでお菓子を食べまくっていた結果、私のお腹はパンパンです。もういりません。流石の私も、緑茶と煎餅といった口直しが欲しいです。


「王子様なら、別の機会に会えようにするから。ね?エレノア」


「お嬢様。我儘も大概になさいませ」


「嫌ったら嫌~!!」


さ、流石に大声張り上げ続けていたから、息が切れて来た。あ、クライヴ兄様から、最後のダメ出しの合図が!…よし、今度はジタバタしてみよう。


オリヴァー兄様、私が落ちないようにしっかり支えていて下さいね!








「おお~!今回もまた、一段とすげぇな」


目の前で起こっている、野生の王国…ではなく、お茶会の様子を、ラフな正装に身を包んだ赤髪赤目の少年が面白そうに眺めている。

その横では、宮廷魔導士団の黒ローブを着込み、眼鏡をかけた黒髪、エメラルドアイの少年が、心底うんざりとした様子で溜息をついている。


「品がない。五月蝿い。早く塔に戻りたい。」


「まあ、そう言うな。お前達も通ってきた道だろ?可愛い末っ子の為に、もう少し我慢してくれよ」


王族らしい、白を基調とした正装に身を包んだアシュルは、ここぞとばかりに自分達に媚を売ろうと挨拶にやってくるご令嬢達を適当に相手しながら、そういう意味での興味を全く示す気配の無い弟達をやんわりと諌める。


「でもさ、兄貴。今回は俺達の時にも増して、凄くねぇ?」


燃えるような紅い髪と、煌めくピジョン・ブラッドのような深紅の瞳を持つ、第二王子のディランは、まだ少年ながら大人顔負けの体躯を持つ、精悍な容姿をした美少年だ。


だが、決して粗暴な…という訳でもない。第一王子のアシュル同様、驚く程整った顔立ちをしている。それに野性味がプラスされた結果、しなやかな肉食獣の様な危険な色気を放つ、ワイルド系美少年になった…といった感じだ。


「僕の年も酷かったけど…。なんか、年々ご令嬢方の質が低下している気がするよ」


対して、第三王子のフィンレーは、ディランとは正反対の、知性と理性が服を着ているのかと言われる程の知的系美少年だ。


サラリとした艶を含んだ黒髪と、吸い込まれそうに深い翡翠色の瞳を持っていて、魔術に傾倒しているとの噂通り今着ている服も、魔導士団員が着ている制服を、少し豪華にしたような作りとなっている。


興味を持ったものに対して以外、まるで表情筋が動かないとされる鉄面皮にかかっている眼鏡は、フレームの無い薄いタイプのもので、理知的な雰囲気の彼に非常に良く似合っていた。


「まあ、否定はしないけどね。そうそう、今回はお前達のお気に入りである、クロス子爵とオルセン男爵の義理の娘になる予定の子が参加してるんだよ」


「ああ…。アレ?」


フィンレーが興味なさそうな様子で会場の隅をチラ見する。


そこにいたのは会場の隅にある藤の木の下、オリヴァーの膝の上でテーブルの傍に控えているクライヴと、何やら言い合いをしている、遠目でも分かる程に奇抜で派手な格好をした女の子だった。


「う~ん。見れば見るほど、あの服のセンス…斬新だな」


「派手な格好をすれば目立つとでも思ったんじゃない?凡夫の浅はかさだね。…まあ確かに、嫌でも目がいってしまうというか…。にしても酷すぎるけど」


「あれがオリヴァーの溺愛してる妹君。エレノア嬢か…。まあ、クライヴのあの嫌そうな態度。あの振舞い。噂通りだね」


そのまま見ていると、エレノアはこちらを指差し、抱いているオリヴァーの腕から身を捩って抜け出そうとしているようだ。大方、自分もこちらに連れていけと駄々をこねているのだろう。


それに対し、クライヴが何か言ったのか、更にヒステリックに癇癪を起こしている。


『あの』オリヴァーが溺愛している娘なのだから、ひょっとしたら噂と違い、『割とまともな』ご令嬢ではないかと期待していたのだが。どうやらしっかり、噂通りの娘であったようだ。


「う~ん。やれやれ、オリヴァーもクライヴも大変そうだねぇ」


「あんなのが義理の娘なんて、クロス子爵が気の毒だね」


「オルセン男爵もな。見ろよ、息子の嫌っそうなあの態度。あんだけ息子が毛嫌いしてる女なのに、オルセン男爵もよくバッシュ侯爵に文句を言わねえよな」


「じゃあ、困ってる友人を、ちょっと助けてあげようか。ねえ、そこの君。バッシュ侯爵令嬢をここに呼んで来てくれる?」








「失礼致します。バッシュ侯爵令嬢に、殿下方がご挨拶をされたいとの仰せです」


騎士の言葉に、オリヴァー兄様に支えられながら海老反りをしていた私は、その姿のまま固まった。


『えええー!な、何で?!お見合い対象の王子様、欠席の筈でしょー!』


見れば、オリヴァー兄様とクライヴ兄様も固まってる。

そりゃそうだよね。私達、そろそろ帰ろうかーって話し合っていたんだから。(勿論、副音声で)なのに、あちら側から呼ばれてしまうなんて。そんなのってアリ?


いち早く我に返ったオリヴァー兄様が、素早く海老反り状態のまま固まっていた私を抱き上げ直した。


「エレノア、良かったね。王子様達が、君とお会いしたいって」


そう耳元で囁かれ、私はハッと硬直から溶けた。


「わ…わぁー!嬉しい!は、早くお会いしたいわ!」


バンザイして喜びつつ、眼鏡の奥は涙目だ。一体全体、なにがどうしてこうなった?!


とにかく、直々のご指名なのだから、お待たせする訳にもいかない。


私はオリヴァー兄様に抱き上げられたままクライヴ兄様を引き連れ、王子様方の元へと向かう。気分はもう、死刑台に向かう死刑囚だ。


「お嬢様。くれぐれも、王子様方に失礼の無いように(エレノア、しっかりしろ!落ち着いて頑張れば大丈夫だ!)」


「クライヴ…。余計なこと、言わないで(うう…クライヴ兄様…!が、頑張ります!)」


かくして、私は王子様方が寛いでいる東屋の前へとやってくると、芝生の上に降ろされた。


「アシュル殿下、ディラン殿下、フィンレー殿下。オリヴァー・クロスで御座います。本日は妹のエレノア共々、お招き頂きまして有り難う御座います」


オリヴァー兄様が臣下の礼をとり、クライヴ兄様もそれに続くのを見て、私も慌ててカーテシーをする。


「殿下方、は、初めまして。エレノア・バッシュで御座います。本日はお招き頂き、有り難う御座いました!」


「やあ、オリヴァーにクライヴ。それにエレノア。よく来てくれたね。こちらこそ、会えて嬉しいよ」


私達から見て、正面に座っている人が優しい口調で話しかけてくる。

顔がめっちゃボヤけてて、辛うじて笑ってるって事しか分からないけど、金髪だから、この人が第一王子のアシュル様だろう。


と言うことは、アシュル殿下が座っている椅子に凭れるようにして立ってるのが…赤毛だからディラン様。そして左側の席に座っていらっしゃるのがフィンレー様だろう。こちらも顔がめっちゃぼやけていた。つまりは全員、鼻血レベルの美形だという事だ。


――こ、この人達に気に入られたら、拉致監禁コースまっしぐら…。


恐怖と緊張で、ゴクリと喉が鳴る。


「さ、エレノア嬢。立ち話もなんだから、こちらに来て、僕達と一緒にお茶を飲まないかい?」


ひいいぃ!ななな、なんで一緒にお茶ー?!挨拶して終わりじゃないのー!?


どうしよう…どうすれば…。あ!そ、そうだ!演技しなきゃ!


早く…早く、我儘で常識知らずな令嬢らしく、喜びつつ、はしゃがなくては!ああ、でも上手く言葉が出てこないっ!


「エレノア?ああ、申し訳ありません殿下方。妹は喜びのあまり、言葉が出ないようです」


固まってしまった私を、オリヴァー兄様がさりげなくフォローしてくれる。ナイス!お兄様!


「お嬢様、折角のアシュル殿下のご厚意です。みっともなく殿下方に見とれているのは止めて、早くお席に着かれませ(エレノア、第一王子直々の誘いだ、断れん。可愛そうだが、ここは覚悟を決めろ!)」


クライヴ兄様にも渇を入れられ、私はギクシャクしながら、アシュル殿下の正面の席に座った。


あああ…!殿下方が何か話し合ってる!な、何か言われてるのかな?

うう…。つくづく、この眼鏡していて良かったよぉ!こっちの表情もごまかせるし!


「エレノア嬢、君、甘いものは好きかな?」


「は?は、はい」


「そう。じゃあ、このお菓子の中では、どれが一番好き?」


アシュル殿下がテーブルの上に置いてあるお菓子を指差す。え?ひょっとして、取ってくれるつもりなのかな?うわぁ、恐れ多いわ…。


「あ…えっと…。そ、その苺が乗っかっているケーキが…美味しかった…です」


「ふぅん…これか。確かに、美味しそうだよね」


そう言うと、アシュル殿下は苺のケーキを手に取る。


――ん?手に取った?…あれっ?!何故か一瞬、後方から殺気を感じた気がする。


アシュル殿下は、こちらを見てニッコリと笑うや、手にしたケーキをパクリと口に含んだ。


「うん、本当だ。とても美味しいね」


再びニッコリ笑われ、思わずポカンとしてしまう。え?なに?自分で食べちゃったよこの人。

…え~っと。こういった場合、どう返事したら良いのかな?「それはよろしゅうございました」って言えば良いのかな?


「あの…」


「お嬢様、何をいつまでも物欲しそうな顔で意地汚くご覧になっているのですか?淑女として、はしたないですよ」


私が口を開いた絶妙のタイミングで、クライヴ兄様がピシャリと言い放った。


『クライヴ兄様!?』


振り返って兄様の顔を見てみれば、物凄く冷たい表情で私を睨み付けている。が、その目には心配そうな色がしっかりと浮かんでいた。


――お兄様…!な、成る程。つまり今私は、好物を王子様に食べられて腹を立てているっていう体を取ればいいんですね。ご指導、有り難う御座います!


「誰が物欲しそうに見てるってのよ!」


早速、戦いのゴングが鳴った。


「お嬢様がですが?まさか自覚がおありにならなかったのですか?」


「何よ!使用人の分際で!なんでいつも嫌なことばかり言うの!?クライヴなんて大嫌い!さっきだって…」


「エレノア!止めなさい!」


初めて聞く、オリヴァー兄様の厳しい口調に身体がビクリとすくんだ。


「おにい…」


「ここがどこで、一体誰が目の前にいらっしゃるのか、君はちゃんと分かっているのかい?」


「……」


「エレノア。僕は殿下方にお詫びをしておくから。君はクライヴと一緒に席に戻っていなさい」


そう言い終わったオリヴァー兄様が溜め息をつく。


おお…!凄いです!兄様、真に迫っています。まさに、常識知らずな我儘娘のやらかしに困り果てていらっしゃる身内そのものですよ。さっきの厳しいお言葉も、演技だと分かっていても、ちょっとだけビビりました。


「さ、行きますよ。お嬢様」


席を立ち、俯いている私に手を差し出すクライヴ兄様。

その手をペチリと叩くと、私は挨拶もせずにその場から走りだした。


「お嬢様!?」


「エレノア!」


兄様方の声をバックに、衆目の中、人目をはばからず、中庭を全速力で走り抜ける私の心は悲しみではなく、喜びと解放感で一杯だった。


――やった!やり切ったぞ!


王子様方、不敬な女ですみません。でももうこれでお会いすることもありませんでしょう。ごきげんよう。いいお妃候補が見つかるよう、心から祈っております。


「って訳で兄様方、後のフォローは宜しくお願いしますね!」


私はそのまま後ろを振り返ることなく、脱兎のごとく、会場を後にしたのだった。


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