第8話 お父様登場
オリヴァー兄様とクライヴ兄様。二人の兄様達と暮らし始めてから、一週間が経過した。
流石にここまでくると、今私がエレノアとしてここにいるのは夢でもなんでもなく、現実なんだなぁ…と、実感する。…いや、実感せざるを得ないと言うべきか。
ここは色々と…。本当に色々と言いたい事がある世界だ。
私が大学入学を目指した切っ掛けである、男女のキラキラしく、甘酸っぱい世界をすっ飛ばし、「種の繁栄」という、生々しい価値観が跋扈している。
そして男は皆、大なり小なりイケメンで、女は産めよ増やせよを合言葉に男と遊びまくっている。…生々しい…。生々しすぎるよ。
青春すっ飛ばして大人の世界に突入しちゃった感、半端ない!
しかも私、恋愛経験ゼロの喪女なんだよ?!少女漫画見ながら、ラブなロマンスを夢見ていたんだよ?なのに、いきなりレディース文庫の世界にこんにちはだよ。ハードル高すぎでしょ!!
…まあ…ね、所謂転生(?)しちゃった訳みたいだし、元の世界に戻れないなら、慣れるしかないんだよね。でもなぁ…。出来れば一通り大学生活をエンジョイしてから、この世界に来たかったなぁ…。
幸い、戦国時代みたいに女捕り合戦的に、女が男の所有物扱いされての産めよ増やせよな訳じゃなくて、あくまで女性上位の世界みたいだから、そこを上手く利用して、何とか相思相愛の相手をゲットし、その人と幸せな人生を歩みつつ、その結果として子供が出来ましたー的に、女としての義務を果たそう。
子作りがメインの結婚では無くて、あくまでお互いに愛し合って、その結果、愛の結晶を授かりました…って感じを目指したい。子供も、一人でも産めばオッケー…な筈。
結局子作りには変わらないじゃん、なに夢見てんだ。…なんて言わないで欲しい。シチュエーションは大切だよ。うん。
そして…。
「…あ!帰ってきた!」
すっかり聞きなれた、馬車の音。時刻は午後3時過ぎ。私のこの世界で出来た兄達が、学園から帰ってくる時間だ。
「オリヴァー兄様!クライヴ兄様!お帰りなさい!」
二人が玄関に入る前に屋敷から飛び出し、二人に抱き着く。まずはオリヴァー兄様、そしてクライヴ兄様。この順番は常に変わらない。
何故かと言うと、以前クライヴ兄様に先に抱き着いたら、オリヴァー兄様がひっそり落ち込んでしまったからだ。なんでもオリヴァー兄様は筆頭婚約者だし、そこら辺の優先順位は大切らしい。
それって、一夫多妻のお国で第一夫人を常に優遇しなきゃいけないのとちょっと似てる?確か夫人達の一族も絡んでくるから、扱いを間違えると、部族間戦争にも発展しかねないって、どっかのテレビの特集で見た事あったな。
一夫多妻、超面倒くさい。私が男だったら、そんな面倒臭い思いしてまでも、何人も嫁なんていらんわ~…って思っていたけど、まさか一妻多夫の世界に生まれ、同じ苦労をする羽目になるとは思わなかったな。
まあ。こっちの世界では基本、夫が拗ねるだけで済むみたいだからいいけど、下手すりゃ刃傷沙汰だもん。ウハウハとハーレム満喫って訳にもいかないんだ。ご愁傷様です。
「ただいま、エレノア」
「おう、エレノア!いい子にしていたか?」
満面の笑みを浮かべながら、兄達が私を交互に抱き締める。
うう…兄様方、相変わらず麗しくて眩しいです。美人は三日で慣れるって言うアレ、兄様達に関しては絶対嘘ですね。一週間経っても全く見慣れません。今日も御尊顔の顔面破壊力に、妹は目を潰されそうです。
私は兄様達の美しさに目をしばたかせながら、元気に返事をした。
「はいっ!今日はマナーの勉強をしました!オリヴァー兄様、後でレッスンの成果を見て下さい!クライヴ兄様も、昨日教えて頂いた、ダンスの練習に付き合って下さると嬉しいです!」
私のお願いに、オリヴァー兄様もクライヴ兄様も、揃って相好を崩す。
「ああ、勿論だよ。でもエレノアは頑張り屋だからね。僕がチェックするまでもなく、きっと素晴らしい出来映えだと思うよ」
「そうだな。お前は運動神経も悪くないから、付き合ってるこっちも楽しいし。よし、今日はちょっと難しいステップを教えてやろう」
「有難う御座います!」
兄様達…。実は私にこうしてお願い事(我儘ではない)をされるのが凄く嬉しいみたいなんだよね。
それを教えてくれたのは、家令のジョゼフ。
「お嬢様。お嬢様は我儘をお控えになられると宣言されましたが、男にとって、愛する女性からの我儘は、とても嬉しいものなのですよ。ですからほんの少しでも、お兄様方に甘えて差し上げて下さい」
そう言われ、愛する女性というくだりはともかく、「成程…そんなもんか」と、ちょこちょことお願いをするように心がけるようになった。
そう、あくまで『お願い』ですよ?我儘ではありません。
今迄我儘三昧で、オリヴァー兄様はともかく、クライヴ兄様には嫌われていたっぽいからね。折角仲良くなれたんだから、再び呆れられないように気をつけなくちゃ。
ああ…それにしても、兄様達の制服姿、眼福だなぁ…。
制服は青を基調とした、スラリと身体の線が出るスーツスタイル。それに各々、独自のアレンジを加えている。
オリヴァー兄様は、貴族の子弟らしく、クラバットに青い宝石をあしらった止め具を使い、ネクタイ風にしていて華やかだ。袖とかにもさり気ない刺繍が施されていて、知的で貴公子然としたオリヴァー兄様に、とてもよく似合っている。
逆にクライヴ兄様は開襟シャツを少し着崩し、クラバットの代わりに黒のタイを緩く締めている。宝石や刺繍も一切あしらわず、全体的に見ても動きやすく、ラフな感じだ。
でもだらしないって風には見えなくて、逆にそのラフさが精悍な顔の造りを引き立て、まるで大人の男のような魅力を醸し出している。まだ十代半ばなのに…末恐ろしい十代だ。この2人、多分学院では物凄くモテているんだろうな…。
――今、私には自分の幸せな未来予想図実現…という名の夢と共に、また別の目標があるのだ。
それはズバリ、兄様達に自分自身の幸せを掴んでもらう事。
そもそも、オリヴァー兄様は母様の命令で私と婚約させられてしまったのだ。
優しい彼の事だから、不満も言わずに私に尽くしてくれているけど、こんなに素敵な人なんだから、手近な身内なんぞで妥協して欲しくない。
クライヴ兄様も同様で。私との婚約は、あくまで肉食女子を寄せ付けない為の防波堤代わりだと認識している。
それにこの兄、一見冷たい美貌を持ったクール男子に見えるけど、実は気さくな、とても優しい人だ。だから私が防波堤になって、肉食女子達の魔の手から守っている間に、この人の外面だけではなく、内面を見て慕ってくれる素敵な女性と巡り合い、幸せになって欲しい。
何より、この暴力的顔面偏差値と私みたいな平凡女子が並び立つなど、あまりに不釣り合い過ぎておこがましい。というか並んで立ちたくない。…というのが、半分本音でもある。
いや、女だというだけで価値があるのかもしれないが、私の精神が持ちません。人には分相応ってものがあるのだよ。
「エレノア?じゃあ早速、今日習った事を見せてみて?」
オリヴァー兄様の言葉に我に返った私は、兄様達に向かって淑女のお辞儀、カーテシーを披露したのだった。
◇◇◇◇
それから更に一週間が経ち、お父様がバッシュ邸へと帰ってきた。
私の父、アイザック・バッシュは、ゆるく癖のある鮮やかな赤毛を持ち、私と同じく明るい黄褐色の瞳をした、見るからに優しそうな男性だった。
顔の造作はウィルと同じぐらい。つまりこの世界ではフツメンという事だ。
「エレノア!ああ、私の命!私の事が分かるかい?父様だよ!」
お父様は私を一目見るなり、泣きそうな顔でいきなり抱き締めてきた。いわゆる羽交い絞めというやつだ。それも全力。顔も胸に押し付けられて、呼吸もままならない。
お…おとうさま…!お気持ちは分かりますが、少し力、緩め…!うう…い、息が…!
「旦那様、どうか落ち着かれませ!このままではお嬢様が圧死してしまわれます!」
ジョゼフの進言に、父様は慌てて自分の胸に押し付けていた私を解放した。
私はここぞとばかりに、必死に肺に酸素を取りこんだ。スーハースーハー…ああ、真面目に死ぬかと思った!
「ご、ごめんよエレノア。お前が記憶喪失になったと聞いて、心配のあまり、つい…」
「だ、だいじょぶです。確かに私、記憶を失くしてしまいましたが、二週間経った今現在、頭以外はどこもおかしくありませんから!」
だから心配しないで!という意味を込めて、父様にニッコリ笑いかけると、父様は一瞬相好を崩し掛けた後、目を丸くした。
「え…?二週間前…?」
「はい、二週間前です!」
あれ?父が半目になってしまった。一体全体、どうしたというんだ?
「…ジョゼフ…。僕がエレノアの記憶喪失の事を聞いたのって、確か今朝方なんだけど…?」
「はい。旦那様が携わっていた国の重要案件がようやく一段落したとお聞きしまして、それならばと今朝方、お知らせした次第です」
「ジョゼフ―!君と言い、他の者達といい、あんまりじゃない!?僕、一応この屋敷の主だよ!?そしてエレノアの実の父親だよ!?娘の大事を二週間後に知るって、おかしくない!?鬼畜過ぎだろ君達!!」
「エレノア様の命に関わる事でしたら、真っ先にお知らせいたしました。ですがお医者様もどこも悪くないと仰っておられましたし、念の為にとオリヴァー様にお知らせしておりましたから。ましてや、旦那様は大切なお仕事の真っ最中でしたし。中断されたら後々やっかい…いえ、旦那様のお為にならないかと」
「今君、本音駄々漏らしただろ!?この悪魔!鬼畜執事!」
「早くても馬車で一日かかる場所から、エレノア様の事をお知らせして半日で駆け付けてこられて、何を仰いますやら。文句でしたら、そのタガの外れたお嬢様至上主義を少しでも矯正されてから仰って下さい」
「うう…。執事が冷たい…!」
――…え~と…。何だか、どっちが主か分からん会話だけど、とにかくお父様がジョゼフに頭が上がらないんだなって事は良く分かった。
そういえば、ジョゼフってお父様が子供の頃からお父様のお世話しして来た、いわば育ての父みたいな人だって、前にウィルから聞いたな。
そんでもってお父様、ああ見えて凄く有能な方なんだって。でも、私が生まれてからこっち、何かにつけて私絡みで腑抜けになってしまう…らしい。
今回、まさか今の今迄、お父様に私の現状を知らせていなかったとは思わなかったけど、確かに知らせた途端、電光石火で娘の所に駆け付けてくるような人には、知らせたくても知らせられないだろう。ましてや、大事な仕事の途中だったんだから。
「お父様、ご心配おかけして本当に申し訳ありません。おまけにお父様やみんなの事も全て忘れてしまって…。でもお父様はお疲れにもかかわらず、こんな親不孝者な私を心配し、こうして駆け付けて下さいました。私、今凄く幸せです!有難う御座います、お父様!」
ジョゼフの言葉にへこみ切っているお父様に、私は『ファイト!』と心の中で激を飛ばしながら、抱き着いた。
そんな私を、父様は先程よりも更に目を丸くしながら、マジマジと見つめる。
「…え?エレノア?…え?まさか、報告にあったアレって、本当…?」
父様は恐る恐るジョゼフの方へと振り返る。ジョゼフは何やら悟った様子で父様に頷いた。
「旦那様。お嬢様は記憶を失くされ、天使へと生まれ変わられたのです」
…おい、ジョゼフよ。何だその天使にジョブチェンジ発言は。
だとすると以前の私って、悪魔ならぬ小悪魔だったってことかい?何気に以前の私をディスってませんか?流石は父様を育てたバッシュ侯爵家の有能執事。ただのお嬢様言いなり野郎じゃなかったんだね。
「天使に…」
次に父様は、オリヴァー兄様とクライヴ兄様の方へと視線を移す。
すると先程のジョゼフの言葉に同意するかのように、兄様達も父様に向かって深く頷いた。ちなみに他の使用人達は、私の複雑そうな心境を察してか、皆微妙に視線をそらしている。
「お父様。私、以前はとても我儘な子だったのですってね。だから罰として、こうして記憶を失ってしまったのですわ。私、これからは心を入れ替え、父様や兄様が自慢できるような、立派な淑女目指して頑張ります!」
「エ…エレノア…!」
力強く言い放った私を見ていた父様の顔が、徐々に赤く染まっていく。そしてその目には、うっすらと涙が…!
「ああ…本当だ。私のエレノアはいつだって天使だったけど、まごう事無き天使に生まれ変わってしまったんだね。本当に…。こんな奇跡が起こるなんて…!」
父様は嬉しそうに、私の身体を今度は優しく抱き締めた。
フワリと、良い匂いがする。優しい父様にピッタリの、優しく甘い匂いだ。
私は父様に抱き締められながら父様の涙を手でぬぐうと、頬にキスをしてあげた。
イケメンに自分からキスするなんて物凄くこっぱずかしいけど、この人にはこうする事が自然なのだと、『エレノア』としての私は本能でそう感じている。
すると私を抱く腕に力がこめられ、私は再び呼吸困難に陥ってしまい、慌てた兄様達によってサバ折り状態から助け出されたのだった。
ちなみに、お父様に抱き締められていた私は知らなかったのだが、私達親子のやり取りを見守っていた、オリヴァー兄様やクライヴ兄様、そしてジョゼフは、私の姿のあまりの尊さ(?)に、目や口元を覆って感動にうち震え、使用人達に至っては、膝から崩れ落ちる者続出だったらしい。
その後、オリヴァー兄様からクライヴ兄様が私の婚約者になった事を知らされた父様だったが、もの凄く深く、納得したように何度も頷いていた。
「うん。僕もそれ、大賛成だな。むしろそうしなきゃいけないレベルだよ、あれは。もし君達二人で厳しくなりそうだったら、僕に相談してね」
――はて?何が難しくなるのだろうか?
後で皆に聞いてみたのだが、曖昧な笑顔ではぐらかされてしまうばかり。
一体なんなのだろう…気になるなぁ。
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