第5話 色々聞きたい事があります

――お嬢様の朝は遅かった。


「おはようございます、お嬢様」


昨日、何かと私の面倒をみてくれようとしたイケメンを後ろに控えさせ、『ザ・執事』といった初老のイケオジが私に対して深々と頭を下げた。ちなみに私はまだベッドの中にいる。


「お、おはようございます。…あの、済みません。なんか寝過ごしてしまったみたいで…」


時計を確認してみれば、もう11時だよ!


広い部屋のデカいベッドで一人。果たして眠れるだろうか。心細いな~…なんて思っていたのに、一瞬で眠ってしまったらしい。

挙句、こんな時間まで爆睡しているなんて…。どうやら私は自分で思っていたよりも神経がかなり図太いらしい。


私の謝罪に、お辞儀をしたままのイケオジの肩が一瞬ピクリと揺れる。が、顔を上げた彼の表情は非常に穏やかなものだった。流石は侯爵家の執事(多分)だな。キャラ変したお嬢様の言動にも一切ブレずか。素晴らしい。


ちなみに後方に控えている若いイケメンは、目を極限まで丸くしてこちらを見ている。まるで穴が空きそうな程、見られてしまっている。君、その態度、不敬罪だから。まだまだ修行が足らんね。


「いいえ。お嬢様は昨日はとても大変な目にあわれたのですから、謝罪など不要に御座います。むしろよくお眠りになられたご様子にこのジョゼフ、大変安堵致しました」


おお、このイケオジ執事(もう執事で決定)はジョゼフさんと言うのか。

ところで、後方に美味しそうな匂いをしたお盆を持って控えている使用人達がいるみたいなんですけど…?ここ、寝室だよね?


「さ、ではお嬢様。お好きなアプリコットティーをお入れいたしましょう」


「…え~と。あの、ここで…飲むんですか?」


「?ええ。お嬢様は大抵、朝食はこちらで召し上がっておられました」


――マジか!?なんて怠惰なんだ。


病人でもあるまいし、こんなベッドで食っちゃ寝しているなんて有り得ない!お茶とかパンくず零したりしたら不衛生だろうが!


「…私、起きます!」


「お嬢様?」


「起きて、顔を洗って服も着替えて、ちゃんと食堂でお食事をとります。ここで食べるのなんて嫌です!」


「お…お嬢様…?!」


おお、流石のイケオジ執事も焦り顔になったな。なんかいい気分だ。


そこで何故か兄の笑顔が脳裏に浮かんでハッとする。しかも『我儘は駄目だよ?』って優しい声が聞こえた…気がした。これが噂のパブロフ効果か!?



「あ…あの…。これって、私の我儘…なんでしょうか?」


オズオズしながらジョゼフに尋ねると、ジョゼフの顔が能面のようになり、私から顔を逸らした。うわああぁ!アウトかー!?


「……分かりました。ですが本日はこちらにお食事をご用意してしまっておりますので、いつものようにこちらで召し上がって頂いてもよろしいでしょうか?」


よ、良かった!ギリギリセーフだったようだ。私は安堵の溜息をつくと、満面の笑みを浮かべた。


「はい!勿論です!有難う御座います!」


「…天使…!」


「はい?」


「ああ、いえ。それではどうぞ、アプリコットティーをお召し上がり下さい」


「はーい。頂きます!」


フワリと杏の良い香り漂う紅茶を口に含む。うん、熱すぎずぬる過ぎず。流石は一流の執事の淹れるお茶だ。とても美味しい。


「とても美味しいです!」


私の満面の笑みを浮かべた賛辞に、冷静沈着の鏡といったジョゼフの顔が好々爺へと変わる。これは…デレか?


「それはよう御座いました。さ、今日は蜂蜜とバターたっぷりのフレンチトーストとスフレオムレツですよ。はい、お口を開けて」


「………」


出ました!ここにきてもまさかの『お口にあ~ん』


「…自分で食べます」


「――ッ!?お嬢様?!」


そうして私は先程のやり取りを再度繰り返す羽目になったのであった。






◇◇◇◇






お嬢様権限で何とか『お口あ~ん』を防ぎ切り、食事を終えた私は身支度を整えてもらうと、腹ごなしも兼ねてお屋敷探索に向かった。

今現在は、ひたすらに長い廊下をテクテク歩いている所である。ううむ…無駄に広いなこのお屋敷。


「お嬢様、お疲れではありませんか?」


後方から心配そうな声がかけられる。


「大丈夫よウィル。でもそろそろお屋敷の外にも行きたいです」


「そうですか。では、庭園にご案内いたします」


爽やかな笑顔を浮かべた、栗色の髪をオールバック風に後ろに撫でつけ、焦げ茶色の目をしたこのイケメン、1年前から私の専属召使になったというウィル君だ。


自己紹介をされ、そういえば私の傍にいつも控えていたなーと思いつつ「記憶が無くなってしまったので、お手数ですが色々教えて下さいね」と言った途端、足元から崩れ落ち、蹲りながら呻いていた。ひょっとして彼、身体かどっかが悪いのだろうか。


その後、復活したウィルに「階段は危ないですから」と言われ、抱き上げられたまま庭園へと案内された。お嬢様ってさぁ…。いや、もうこれ、慣れるしかないのかな?


「うわぁ…!き、綺麗!!」


案内された庭園には、色とりどりの花が植えられていた。


しかもオランダのチューリップ畑みたいに、理路整然と植えられているのではなく、イギリスの庭園のように、ごく自然にそこに咲いています。って感じに周囲の木々と調和するように計算されて植えられているのが分かる。


百花繚乱。これはまるで…そう、あれだ。昔読んだ『秘密の花園』あの作品を思い出してしまう。


「お嬢様、お気に召されましたか?」


「うん!凄い!!こんなに綺麗なお庭、初めて見ました!!」


興奮し、目をキラキラしている私を、ウィルは優しい顔で見つめる。


「ここはオリヴァー様がこの屋敷にいらっしゃった時、このようにお庭を整えるように命じられたのです。お嬢様がお喜びになるだろうと」


「オリヴァーお兄様が?」


「はい。実際、お嬢様はこのお庭をいたく気に入っておられました。オリヴァー様はお美しくてお優しいだけでなく、本当にご聡明なお方なのですよ」


うん、私もそう思う。

兄妹としての実感はまだ全然無いんだけどさ、お兄様が褒められるのって、なんか自分が褒められるよりも嬉しい。これがいわゆる、身内びいきってやつかな?


「はい!私もそう思います!ウィル、オリヴァーお兄様の事を褒めてくれてありがとう!」


「うっ…!」


ウィルが顔を真っ赤にし、身体をよろめかせるが、私を腕に抱いている為、根性で踏ん張った。よしよし、偉いぞ!


それにしてもこの人、医者に診てもらった方が良いんじゃないかな?


「い、いえ。当然の事を申し上げたまでです。実は私、元はクロス家でオリヴァー様付きをさせて頂いておりました。オリヴァー様がお嬢様の婚約者となり、こちらに移られる際、私も共にここへ…」


「そうだったんですか。…じゃあ、あの…差しさわりの無い程度で構いませんので、オリヴァーお兄様の事、教えて頂けませんか?」


「はい!勿論で御座います!」


私のお願いに、ウィルは嬉しそうに頷いた。





それから私達は外に設置されているテラスへと移動し、私はアフタヌーンティーセットばりに豪華な茶菓子とお茶を頂きながら、オリヴァー兄様について色々と教えてもらった。


兄様の父親であるクロス子爵は、女性達から絶大な人気を誇る美丈夫で、私の母の他にも複数人の女性を恋人にしているとの事だった。


そんな彼は、母様が一番溺愛している夫の一人である事。

クロス子爵に兄のオリヴァーが生き写しである事。

神童と呼ばれる程、文武両道に優れ、魔力量も相当ある事…など、素晴らしいエピソードが、これでもかとウィルの口から語られた。


しかし、魔力とな!?それって火を出したり水を出したり出来る、アレだよね?

ひょっとして、私にも魔力があるかも。そんでもって、空を飛んだり魔法が使えたり出来るかも?!おおお…夢が膨らむ!


おっと、うっかり興奮して話がそれた。


まあ、ウィルの話を統合するに、ハイスペック兄は学院でも物凄くモテているらしく、将来の夫にと、あらゆる女性達から猛アピールされていたらしい。


でも本人は女性を大切に扱うけど、あまりそういった色事に興味がなく苦労していたとか。なんでも。女性の誘いを男性が断るなんて失礼な事、基本出来ないのだそうだ。

唯一例外として、王家の男性陣だけ、女性を自分で選ぶ権利があるのだとか。


未成年という事で、何とかそういったお誘いをのらりくらりとかわしていたけど、成人である15歳を超えたら、どんな嫌な相手でも一定の礼儀を果たさなくてはいけないらしく、ギリギリ14歳で私の筆頭婚約者になってからは、女性達の猛攻も落ち着き、とても喜んでいたらしい。


なんでも筆頭婚約者は、婚約した女性以外の人が迂闊に手を出してはいけないって決まりになっているんだって。ただでさえ貴重な女性を望まない相手や悪い虫から先頭切って守らなきゃいけないからだそうだ。


その代わり、筆頭婚約者になった本人も、婚約者以外の女性と遊んではいけないのだそうだ。…う~ん。それって何か、兄様割り喰ってないかな?だって婚約者の私の方は、好きなだけ男と遊んでいいんだよ?


しかし…。いくらモテても、男性って大変だぁ…。私だったら、嫌な相手となんて、手も繋ぎたくないよ。


ひょっとして、母様もそれを見越して兄様を私の婚約者にしたのかな?所謂防波堤的な。溺愛している夫との間に出来た、夫そっくりの息子なんて、私だったら何としてでも守ろうって思うもん。うん、多分間違いない。


だったら私も妹として、大切な兄の防波堤となるべく、立派な淑女にならなくては。

そうして出来れば兄には、自分が心から惹かれる女性と巡り合って幸せになってもらいたい。


倫理観云々を差っ引いても、あんな完璧な人がこんな妹もどき(中身庶民の喪女だから)に生涯捧げるなんて可哀想すぎるよ。


――あ、そういえば。


「ウィル。お父様って、まだこちらに来られないのですか?」


兄の話しによれば、娘大好きの優しいパパみたいだから、私が倒れたなんて言ったら即行、駆け付けると思うんだけど。


「ああ。旦那様は今、詰めておられた事業計画が佳境に入っておられるとかで、お嬢様が倒れられた件につきましては、家令のジョゼフ様により緘口令が敷かれ、旦那様のお耳に入っておりません。その代わりとして、オリヴァー様に連絡が行きました」


お…おう…。そっか。


どうやらジョゼフ、父を馬車馬のごとく働かせている有能な部下の一人だったらしい。お父様、ご愁傷様です。

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